十八話、口にしたくない言葉
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————10:01 廊下。
食堂を追い出されて、アラカは部屋に戻ろうとしていた。
他に調べる箇所もあるが、その前にしておきたいことがあったのだ。
木造の廊下を歩き、自室を目指す。
「…………あの」
アラカの腕の中の黒い生き物が声を出す。
「…………離して、いただけないでしょうか」
「…………」(ふるふる)
拒否られた。
廊下を歩き。歩き、歩き、壁に鏡があり、アラカは立ち止まる。
「…………」
鏡の向こうで、壊れ切った瞳のアラカが映る。
瞳には闇しかなく、常に殺意が渦巻き身体を蝕むように覆う。
「……きたない目」
鏡に映る自分に触れて、アラカはそんなことを呟いた。
「………綴さん…」
鏡にいるアラカと、アラカは目を合わせながら空いている腕の中に閉じこめられてる黒竜へと呼びかけた。
「綴さんが、気持ち悪い存在にしか思えなくなりました。
どうすればいいですか?」
「何故かを知ればいい」
腕の中の黒竜は何一つ変わらない声でそう告げた。
そして再び問いを投げた
「何故、私を気持ち悪いと思うのですか?」
「だれも信用でき無いからです。
信用できない誰かが側にいる、それは気持ち悪いというには十分な理由でしょう」
そこまで言って、アラカは歯軋りをする。
鏡の中にいる自分を握り殺す勢いで指に力を入れる。
「……ごめんなさい。とても我儘ですね、僕、は」
自嘲気味に、吐き捨てるようにそんなことを口にする。
「導いてもらって」
知恵を受け取り、
「過去に、拾って」
それは純然たる事実であり、その影響でアラカは殺意をある程度発散できた。
「なのに、どうしても」
そう、どうしても、とアラカは涙をポタリ、と落として。
「なのに、信じられない……。
気持ち悪い、吐きそうだ、殺したい、貶したい、ふざけるな、と……」
他人に対して殺意が止まらない。信じられない、どうせ裏切る。
「アラカくん」
腕から綴は飛び降りて、身体を大きく変化させる、人間の姿になる。
灰色の髪に、何処か疲れてる瞳でアラカを見つめる。
「私は言ったはずです。
君はもう誰も信用するな、と」
それは先ほど、アラカに伝えたものであり、アラカ自身も飲み込んだ答えのはずだった。
「問いを投げましょう。
君は私を、どう思いたいのですか?」
その問いに不快感を滲ませてアラカは、殺意に満ちた声で答えた。
「信用、したい。
せめて、されたことと同じ程度は、そうじゃ無い、と、そうじゃないと……!」
-————どん。
アラカは綴に迫られ、逃げられないように壁ドンをされる。
「ダメじゃないですか」
鏡の壁にはアラカの白銀の髪が移り、綴の瞳には頬を紅潮させるアラカが写っていた。
「信用したくない自分を愛すること……それを忘れたのですか」
「でも! それ、でも…」
アラカは声を荒げるも、すぐに力無く言葉が途切れる。
「恩、ある、から……」
消えそうな声でポツリと呟くアラカに、綴は言葉を続けた。
「アラカくんは、確かに少しずつですが、前に進んでいますよ」
そう、優しい瞳で綴は続けた。
「アラカくん、どうして私に〝気持ち悪い〟と言ったのですか」
「それ、は……気持ち悪いって、思ったから……」
「他の人に、同様に言いますか」
「……ぁ」
その言葉で、アラカは気付いた。
それを狙っていた綴は、そのまま優しい声で問いかけた。
「どうですか」
「……いい、ません」
他人と綴の違いはなんなのか————その概念を、アラカと綴は決して口にはしなかった。
口にすれば、その〝特別〟が汚れてしまう様な気がしたから。
だから決して言わなかった。
「最近では〝自分のペース〟という言葉を成長しようとしない子供に対して告げる〝何も考えていない人〟が増えているようですね。ですが……君になら言って大丈夫そうなので言います」
鏡廊下で、二人以外は誰もいない場所で……綴は告げた。
「————君は自分のペースで、確かに少しずつ歩いてるんだよ」
ニコリ、と微笑む綴にアラカはドキッと心臓が高鳴るのを感じた。
「そもそも、誰かにそれを覚えることって、本当はもっと多くの時間を使うものでしょう。
君の場合はもっともっと沢山のはずです、個人的にはもう少しゆっくりでもいいのでは? と思うほどに凄いスピードです。……よく頑張りました、ですよ」
君は異常なほどに成長している、と案の告げてから綴はアラカの瞳を見て……微笑んだ。
「愛してますよ、アラカくん。
とても可愛い頑張り屋さん」
「————」
ぷしゅー…とアラカの頭から湯気が出る。
「さて、人の形態だと不審者扱いされそうなのでまだドラゴンの姿になって……と」
ぎゅ……アラカはドラゴンになった綴を速攻で抱きしめた。
「……」
「……あの、アラカくん? その……下ろしてくれると、あの……」
ぎゅぅぅぅぅぅ……。
「…………」
「あ……はい……このまま行くのね」
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