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四話、コードレス



「久しぶりですね」

「……?」


 顔を上げる。そこには青年がいた。年はアラカより少し上程度に見える青年、灰色の髪を揺らし、全てに疲れ切ったような瞳を携え————右腕と左足が義手がついている。


 そしてその中性的な男はアラカの知り合いでもあった。


「……!」


 どうにか震えるままに、身体を起き上がらせようとする。

 それは今までアラカが見せたことがないほどに強靭な意志であった。


「無理に跪かずとも構いません、傷に障ります」

「……」(ふるふる)


 跪く。それだけの行いはアラカにとって他に替えようのない価値を宿していた。


「……そうですか」


 それを理解しているがゆえ、傷が開くのを承知の上で実行させる。


 力無い身体に鞭を打って、それでもしたいから、とアラカが激痛に蝕まれながらも膝をつく。


「ひさし、ぶり…です

 コードレス、さん」


 ————何を泣いている。

 ————そうだ、もっと俺を殺そうとしにこい。その痛み、全て受け止めてやる。

 ————嗚呼、まだだ。そうだ、もっと殺しにこいッ!!


「すみ、ません……あなたから受けた全てに、報いることが叶いません…でし、た」


 自分の私物を全て捨てられ、家から追い出された日にアラカを拾った元敵軍幹部————番外個体コードレスだった。

 男だった頃、まともな生活が出来たのはこの男の影響が大きいため、アラカにも認識出来たのだ。


「まけて、しまい、ました……」


 そしてそれだけではない。

 アラカはこのコードレスに、強烈な尊敬を覚えていた。

 まるで人生の師を崇めるような、神の教えをこうような心地でコードレスを見た。


 人生に欠損を与えたレベルの過去の事件さえ、自分を置いて謝罪をしだすレベルで、だ。


「構いません、今の君を痛めつける趣味はありません。

 以前と教えたはずですよ、この場合は如何にするのですか」


 泰然自若に、覇王然としたオーラすら纏いながら問いかける姿。

 それをみてアラカは一瞬「とおとい…」と呟くも即座に顔を引き締めた。


「敗北を、価値ある敗北に」

「はい。まずは一人でやってみなさい、いつものように」

「はい…っ」


 覚悟に染まった、確かな瞳を上げる。

 僅か数言で瞳に光を宿させる。それは過去、数ヶ月で誰もなし得なかった行動であった。


「大変でしたね」

「……っ」


 そんなコードレスの言葉にうるっ、と目尻に涙が浮かぶ。

 だが即座に涙を堪えて、毅然とした態度を装いながら言葉を紡いだ。


「いいえ、些事、です」

「それは頼もしいですね」


 そう言われてビクッ、となるもすぐに犬耳をしおらしく萎ませて返答する。


「………こーどれす、さん。その、義足と…義手。は?」

「…………趣味です」

「(初めて聞いた……)」


 阿保そうな笑顔を浮かべるコードレス、その馬鹿そうな陽気さに久しく楽しい、という感情がアラカは思い出した。


「……」


 そしてコードレスはアラカの状況を見た。






 身体の包帯に血が滲み、見るからにいたいけな少女が目尻に涙を浮かべて自分のことを〝嬉しそうに〟見ているのだ。


 結論から言おう————コードレスは無言で萌えた。


「…………食事でも行きませんか、何か食べたいものがあればそこへ」


 場の空気を察してか、それとも萌えを紛らわすためかは不明だが。

 結果としてコードレスはアラカを別の場所に移動させるいう最適解を得ていた。


「ハンバーグ…!」


 子供のようにハンバーグ食べたいと言ってから、初めて自分の言ったことを自覚して。


「ぁ……」


 顔が真っ赤になる。


「…………いえ、すみません。

 はしたない、真似を」

「いいや、構いません」


 そこで初めてコードレスは愉快そうに笑った。素直にハンバーグを食べたい!と言ったアラカを可愛らしいと思ったのだろう。

 愉快そうに笑い、それを恥ずかしそうに悶えるアラカ。


「正直で結構。では行きましょう」


「ふぁっ」


 そういうとコードレスはアラカを抱き上げて……所謂、お姫様抱っこの形でその場から立ちあがった。


「ああ、この汚れ。掃除するか」


「あ、そ、その……こちら、で、掃除して、おきます」


「そうですか。ならばお願いします」


 一時間後、ファミレスでアラカとコードレスは食事をしていた。

 アラカはコードレスが選んだ服を着ていた。


「……」

「……とても似合っていますよ、アラカくん」


「…………ぁ、ありがとう、ござい、ましゅ……」


 茶色の短パンと、黒いサイハイニーソ。上にはシャツに黒い大きめのパーカーだ。


 頬などにガーゼが貼ってあり、頭に包帯を巻かれてる姿は庇護欲を掻き立てられる。

 まるで暴力から逃げるように街を歩く荒んだ少女のように危険な魅力があり、

 微塵も活力を感じれない虚無の瞳は壊れてしまった人形のような背徳感があった。


 不良の様な魅力と、心の壊れてる人形の魅力が合わさりそこにいるだけで目を惹く存在になった。


「…………」


「…………」



 アラカはドリンクバーでメロンソーダを飲み。

 コードレスはコーヒーをテーブルに置き、座りながら本を開いてそれを自由気ままに読んでいた。


 互いに無言ではあるものの、互いにどこか不思議な居心地の良さがあった。


「…………」


「…………」


「ありがとう、ございます……食事。

 ご馳走、になりました……」

「君が美味しく楽しめたのならそれで満足です」


 コードレスの微塵も変わらない態度に懐かしささえ覚えながら、そのまま過ごした。


「■、■■」


 そこへ不意に声をかけられ、無言で二人はその声の主へと目を向ける。


「……」

「……」


 アラカには何も見えないし、青年には誰かも分からない。


「私の連れに何か用でしょうか」


「■……

 ■■……■■■、■■■■……」


「ふむ……アラカくんの義妹さん、ですか」


 コードレスの問いに黒い塊が何かを呟く。


「……」


 アラカは反応しない。否、反応できない。

 冷や汗で顔が溢れ、動悸が早まり、恐怖が心臓を占めていた。


「……声を掛けられたら、最低限の返答を。

 とは、いかない理由があるようですね」


 コードレスは上着を脱ぐとアラカの頭に被せてから抱き上げた。


「すみません、体調が悪いみたいだから失礼します」


「■、■■……■■■、■■■■■……」


「そういうわけにはいきません。

 お金ぐらいはこちらで払います、では」


 お金をコードレスが支払うと、そのまま、コアラを抱き上げる要領でアラカを持ち上げてそのまま去った。



◆◆◆


「…………」

「あの、ここ」


 アラカが連れて来られたのは以前、暮らしていたコードレスの家だった。

 明かりをつけて室内の家具が照らされる。


「……?」


 首輪と、手錠と、鎖が置いてあった————あと未開封のペット用のトイレが置いてある。


「え、あ、あっ」


 それに気が付いたのかアラカは困惑しながら急いで首輪から顔を逸らした。


「何を想像しているかは知りませんが落ち着いてください。

 君の家が分からないのでとりあえずここに連れてきたまでです」


 そのためその首輪は完全な偶然である、とコードレスは告げる。


「そうですね」


 しかしなにかを考えたのか、コードレスは首輪を拾った。


「…………アラカくん、君の意思を聞きましょう」


 アラカへ向き直り、首輪をくるりくるりと回して……パシ、と掴む。


「アラカくん、君はこの現実から逃げ出したいですか?」


 ガラス玉のような瞳がアラカを映す。


「君が望むのなら、君を遠い異空間に連れ出してそこで監禁することも出来ます。

 そこで精神が治るまで、過去を忘れてしまうほどに長い時間を過ごさせることもできます」


 ゆえに、それを拒むなら逃げ出せ。と視線で伝えて……首輪の金具を外した。


「…………」


 首輪を開き、アラカへ向けてくるコードレス。

 アラカはそれを前に、特に抵抗する様子もなく……後ろ髪を静かに上げた。


「……っ」


 首輪が巻きやすいように、としか思えない配慮をする。

 自分から犬になる、という意味不明な状況にコードレスは息を呑む。


「…………え、あ……と……」


 かちゃ、かちゃ、と金具の小さな音が聞こえる。

 静かなマンションの、明かりすら付いていない一室……窓から差し込む曇り空の灯りのみが照らすのみである。


「……」


 首輪を付け終わり、手を離すコードレス。アラカは何処か放心状態でコードレスを見つめた。

 一歩離れて、首輪を掛けられたアラカは呆然とコードレスを見る。


「……わ、わん……」


 薄暗い部屋で、首輪を掛けられた銀髪の乙女。

 そんな状況で犬の鳴き真似。


 ————不道徳な魅力がそこにはあった。


「っ!」


「…………」


 コードレスはアラカの手を掴み、手錠をかける。

 足枷や鎖を繋ぐ音が小さく響く。


「……あ、あ、あの…」


 順調に整い始める監禁の準備。

 首輪とペットシートとかあるのはまだ言い訳できるけれど手錠は明らかにおかしい。まあ気のせいだろうし寝◯られ地獄を前には些事である。


「……ごめんなさい、保留、させて、ください」


 しかし、そこで初めてアラカは言葉らしい言葉を紡いだ。ワンと鳴いた上での発言とは思えねえ。

 それが常人とは比較にならない重みを持つのは間違いなかった。


「……こ、こには…向き合う、ために、来ました……。

 逃げる選、択肢はもう……捨てて、ます」


 そうだとも、必要なのは勝利の美酒だ。

 この子はまだ敗北の安寧に眠ることを望んでいない。


「だから」


 そう、ゆえにこそアラカはこの誘いを斬り捨て…


「終わったら…その時、続き、を……お願いします」


 ——ずに、メス落ちを予約し出した。


「分かりました、いつでも監禁されたい時は言ってください」

◆◆◆

 翌日、マンションの一室で布団くるまり、コードレスは目を覚ました。

 服はゆったりとしたパーカーを着ていた。


「……?」


 何かの音が聞こえて不思議に思う。

 トントントン、と何かの音が聞こえる。


「……包丁の音」


 そこで初めて、昨日のことを思い出す。


「(そういえば……昨日、とめましたね)」


 ————加えて首輪まで着けた。


「……?」


 ポニテをして、以前使っていたアラカのエプロンを身に纏い料理をしていた。


「お、おはよう、ございます……」

「(…かわいい……)」


 首輪と鎖はまだ繋がったまま、こちらを見てくる姿にコードレスは致命傷を受けた。


「お早うございます」


 アラカは昨日、首輪と手錠を嵌められてそのまま夕食を食べてテレビ見たり勉強したりして寝た。コードレスもそのナチュラルな馴染様に「あれ、コイツここが実家だっけ?」と誤認し掛けたほどである。


「……?」


 コト……と、茶碗にご飯をよそい、無言でちゃぶ台に置く。


「…………」


 アラカはこの部屋で過ごしていた際、せめてもの恩返しに料理や掃除をしていた。

 アラカからしてみればそれの延長でしかなかった。


 味噌汁に、ご飯に。魚。一般的な和食であった。


「…………」

「あっ、いただきます」

「……」(こくり)


 声を出すのが怖くて、慣れないので無言で手を合わせる。コードレスもそれに合わせて手を合わせる。


「…………あの」

「…………」


 まず味噌汁を軽く飲んでみた。特別珍しい味噌汁ではなかったが、素朴で好きな味だった。


「……監禁、するんですか?」

「…………」


 身体が温まったところで魚の身を解した。


「…………」

「…………する気はありませんよ。今は」


 パクリと食べる、塩味がよく聞いていて美味しい。


 同時に魚の脂の旨味が口に広がる。若干、ほんの僅かに感じる箸の先ほどの魚特有の苦味さえ旨味を増長する薬味としての機能をする。


「…………されて、見たかっ…たので」


 久々に美味しいご飯を食べた心地だった。


「…………ご飯、美味しいです」

「…………あり、が…と…ござい、ましゅ」


 魚の身の後味が消えないうちにご飯を食べる。


「…………」

「…………」


 ご飯の素朴な甘さが魚の旨味と、魚の苦味。

 素朴ではあるものの、日本人が古来から好んだ味は舌から脳へ、脳からDNAへへと伝わり、再び舌に戻る。〝美味い〟という感覚に〝旨い〟という味が加算される。


「……下宿、は…だめ、ですか」

「ならば後で連絡を取りでもしましょう」


 無言で箸が進む。

 彼女も、俺でさえも。


「…………」

「…………」


 アラカはご飯の上に魚の身を乗せ、醤油の瓶を手に取り、少々かける。

 慣れた手付きだった、一時期、この部屋に住んでいたのだから当然だろうとは思う。


「…………家に連絡して、もいいです…か?」

「構わいません、自由に過ごしてください」


 アラカはご飯を食べながら冷静に分析する。


「…………」


 俺はご飯を食べ始めた。


 箸でご飯と、魚の身を合わせて取り……それを食べる。

 醤油の味、ご飯の甘味、魚の旨味、魚の苦味……全てが完成した一つの逸品であった。


「苔の衣を、着せてくれませんか……?」


 醤油が微かに滲んだご飯に、ふりかけのユカリをかける。


「…………そう言った行為は一切しないと約束できるならばしますよ」


 パク、とご飯を食べた。ゆかり美味い。


「……」

「……何故君は、そこまでメスになりたがるのですか。

 昨日もこともそうですが」


 アラカは麦茶を飲んで、また味噌汁へ手を伸ばす。


「…………ご、ごめ」

「謝罪は求めていないし怒ってもいません。

 ただの興味本位ですよ。言いたくなければ別に構いません」


 ずず……彼の味噌汁を啜る音が聞こえる。


「…………」

「…………疲れた、のです」


 窓から差し込む夏の明かりは、ただただ明るく、フローリングに映る僕たちの影を強めた。


「……疲れてしまって……甘えたがって、いるみたいです。僕の心は。

 身体を差し出して……守護してる人を求めたみたいです」


 首輪に、そっと、出来る限り優しい手で触れながら……。


「……そうですか」


 ミン、ミン……と、セミの声が遠くで聞こえる。近所の公園からだろう。

 その公園は歩けばすぐなのに……とても、遠くにいる気がした。


「————」


 アラカの箸が止まる。魚の身がポロ、と落ちる。

 窓の外で、緑の枝に止まる雀が鳴いた。


 コードレスは味噌汁を啜る。身体が温まる。そして麦茶を飲んで、また休む。


「……」

「……」


 沈黙が溢れる、しかしその空間は重いわけではなかった。


「不思議、ですね、普通なら……陰鬱な空気、のはずな、のに、居、心地がいいと感じ…てしまう」


 明かりをつけず、窓から差し込む夏の日差しに照らされながら。

 見つめ合う男女。一方は怯えながら、何処か相手に媚びようとして。もう一方はただ全てに興味を失ったかのような瞳を携えて。


「ええ、不思議ですね」


 夏の日差しは酷く眩しく……遠いものだった。


「きっと、私たちの価値観はずっと昔から壊れてる。

 壊れたまま、心底楽しく生きている。

 だからこんなに…綺麗に感じるのでしょうね」


 夏が来た、陰鬱な夏が。

 足につけられた鎖が力なく鳴り……夏の陰鬱さに身を任せた。


「(貴方が、全て怪異の仕業だと証拠集めてくれたこと。知ってるんですからね)」




 これは陰鬱な日々の中で、少しずつ、ゆったりと、無理のないのんびりさで前へ進む少女の物語だ。

感想、ブクマ、評価、いいね。いつも本当にありがとうございます…! 大変、モチベに繋がっております…

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[良い点] 「……わ、わん……」 ↑犬耳銀髪美少女のわん、は大変な破壊力ですね。 [気になる点] キーパーソンの登場でしょうか。 今後の展開が気になります。
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