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三話、ショッピングモール

◆◆◆


「■■■■■! ■■■■■■!」


「……?」


 学校からの帰り道、見慣れた商店街を歩くと変な存在が出てきた。

 真っ黒で、人の形をしてる気持ち悪いナニカ……なんだろう、これ。


「あなたはどなたでしょう、うちの子に何か御用件ですか」


 黒いモジャモジャから僕を守るように、一歩前に出る上司。

 国としては僕の魔力生成能力復活を求めているはずなので、余計なトラブルによる欠損を恐れての行動だろう。


「■■■■■!! ■■■■■■■■、■■■■」


 黒い塊が、何か不快なノイズを言い出す。

 気持ち悪い、吐き気が出てきて口を思わず手で覆う。


「あなたに親権はもうないでしょう」


 しん、けん……ダメだ、気持ち悪くなってきた。

 なんだろう、考えたくない、気持ち悪い、吐きそうだ。


「アラカくん、背に隠れなさい」

「? ……」


 耳に届かない。何も聞こえない。

 そのためとりあえず上司の指示通り、背に隠れる。


「■■! ■■■■■■■!」

「っ……」


 こちらに詰め寄る黒い物質。

 なんだろう。気味が悪い、頭に痛みが走る。


『この悪い子めっ! ■さんはな、■ちゃんのことえっちだと思ってたんだぞ?

 え? ああ、■■さん! いやあ、あはは、■■さんには頭が上がりませんよ。あ? なんだよ……アラカか、失せろよばっちいな。なーなー■ちゃん、すごいぞ。見てくか』


 あれ、これ、なに、いたい、なにこれ、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛みが溢れ出す、きえてきえろ失せろ死ねよ消えろ、なにこれいたいいたいいたいいたい


 パン……乾いた音が、耳に届く。



 …………息が乱れる。涙が頬を伝う、泣きながら、記憶を散らすように頭をグチャグチャにする。


「ふーっ…ふーッ……!」


「わかりますか■■さん。今私が軌道を修正しなければ貴方、死んでましたよ。

 あと商店街では撃たないように」


 上司の言葉で目の前が正常に見える。

 僕の手元に硝煙を出している拳銃が握られており、腕は上司によって掴まれていた。


 加えて上司の腕から血が溢れていた。


「ぁ、ぁ……」

「問題は何一つない。銃弾は受け止めてる」


「いやそうはならんやろ」

「なんであの人、平気で銃弾受け止めてんだよ」

「目立ったイカれかたしてないけど、あの人も割と異常者枠だからなあ」


 軍から渡されていた銃を無意識に使っていたらしい。黒い塊のすぐ隣を掠って消えたので被害はおそらくなし。


「申し訳ございません。

 やはりこの子は貴方の元には行かせられません。

 この子がいつ、お前らを殺してしまうか分かったものではありませんから」


 銃を取りあげられる。僕の銃……。ダメだ、不安が増えてきた。

 人を殺す手段が、自衛の手段がない、コワイコワイコワイコワイコワイこわ、嫌だ。返して、壊れる、いやだ、無力は嫌だ、苦しい、やめて。


 泣きそうな顔で訴えたら、銃を返された。よかった、胸裏ポケットに入れる。火傷した。まあいいや。

 ……? なんか銃軽くなった……? ちょうど弾丸ほど……気のせいかな。


「それにいつ。この子が襲われるか分かったものじゃありませんから」

「■……」


 黒い塊が何か歯軋りをしている。


「全部調べはついていますよ、ははは」


 愉快そうに手を開く上司、しかし目が全然笑っていなかった。


「■■■■■■■」


「は?」


 雰囲気がガラリと変わった。殺意が商店街中に充満する。

 そこら辺で遊んでた子供が、野菜を可愛いね、あげるよとか言ってくれたおじさんが、駄菓子屋のおばちゃんが一気にそれを感じ取った。


 泡を拭いたり、真っ青になって視線が下に入ってたり、意味もわからず怯えていたり、反応は様々だ。


「お前さ……」


 動揺に怯えて。レンガ道に黄色い汁を垂らしてる黒い塊に近付いて胸ぐらを強引に掴んだ。


「まともな人間は娘にそんな感情抱かねえよ!!

 お前頭おかしいんじゃねえのか!?!?」


 怒鳴り散らす、本当にキレてる上司。

 胸ぐらを離し、黒い塊の顔面を蹴り飛ばした。


「気持ち悪い、今すぐ消えろ。この薄汚い恥晒しが」


 上司は黒い塊に近付いて、黒い塊を全力でぶん殴った。

 倒れた黒い塊の頭らしき場所を掴んで地面に叩きつける。


「私は去勢済みだ。二度とその汚ねえ口開くな」


 強烈な威圧。それを放ち、黒い塊は意識を失った。


「ダメだ、本当に気持ち悪い。アラカくん、行きましょう」

「?」(コクリ)


 手を引かれてついて行く。商店街の人に迷惑かけたので後日、謝りにいかなければならない気がする。


「後で菓子折りを持って私の方で謝罪しておく。殺意を撒き散らしたのは私だしな」


 考えてることが見抜かれたのかそうフォローされる。そしてこちらをチラリを見て、何かに気づいたのか膝を付いて僕と向き合った。


「涙が出ている、拭き取るから静かに。

 あと鼻血が出ている」


 ポタポタと血が服についている。ティッシュを軽く当てられる。

 本当だ、いつのまに。


「遅かったので迎えにきましたが正解だったようですね」


 その時、不思議な女性に声をかけられた。

 何故か現代日本では見慣れない白と黒を基調にしたフリルのドレス……メイド服を着た女性だ。


「む……君は手配していた子、で相違ないかね」

「はい、アラカお嬢様の世話係として配属されました。

 羽山アリヤ、18歳です」


 ニコリ、と笑顔を浮かべて亜麻色の髪をしたメイドの女性はそう告げた。


◆◆◆


 突然だがアラカには会話機能がとても限定的なものになっていた。


 以下の二つ、そのどちらかを達成しなければ会話は不可能である。


 〝一定以上の信頼を稼いだ相手しかいない環境でなければ、声を発することすら難しい〟

 〝魔力の込められた特殊な薬を投与する〟


 ゆえに彼女の世話をする点においてはまず【会話ができない】という段階から始まるのだ。


「アラカくんは何故か私が育てたというのに根っこは優しい子だ。

 心は酷く壊れているが理性はその限りではない。

 一ヶ月ほど接すれば何か変化があるだろう」


 彼女、アリヤが屋敷に配属された日に言われた言葉だ。

 他にも大きめの辞書みたいなものを支給されており、そちらにも目を通していた。


 街の一角に聳える屋敷。そこは何処かの貴族のお屋敷を想像させる綺麗な場所だった。


 そしてこれから仕えるであろうお嬢様への挨拶にアリヤは向かい……天使を見た。


「(わ……きれい……)」


 部屋にある家具はシックなベッドに、透明性のある丸テーブルと椅子だけだ。


 そのシンプルな部屋で、アラカは椅子に座って窓から外を眺めていた。

 木々が生い茂り、夏風が入り込む中に。彼女はいた。


「……ぁ」


 一瞬、見惚れてから


「本日よりお嬢様のお世話をさせていただきます、アリヤです。

 よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げる。アリヤはその綺麗な主人に対して、とても強く惹かれたことを今でも覚えている。


「…………」

「っ……」


 そして頭を上げたアリヤは、アラカと瞳を合わせーー絶句した。


「(なんて……)」


 そこにいるだけで、見つめられるだけでわかる。

 ーーこれは壊れた人間だ。


 人として大事な箇所が抜け落ちているとしか思えないほどに、壊れたものを瞳の奥に見た。


「…………」(こくり)


 アラカは会釈をする。それは了解した、という意味であり、それだけでアリヤは救われた気がした。


「(うん、大丈夫…大丈夫。

  心が壊れてる、と聞いていたけど……しっかりと、声は聞こえてるみたい)」


 そしてその後、アリヤは部屋の掃除を始めた。


「(権謀術数の本……? 珍しい本を読んでるんだなあ……)」


◆◆◆一週間後。


 その日、アラカはアリヤに筆談で頼みショッピングモールに来ていた。


「……お嬢様、厳しかったらいつでも言ってくださいね」


「……」(こくり)


 例え厳しくともアラカはここに来たかった…

 外が怖いという認識を壊す必要があったのだろう。


「お嬢様、付き添いは必要ですか」


「……」


 アラカはスマホのメモアプリを開いて見せる。


『必要ないよ。ここから先は僕一人で構わない』


「了解しました、何か必要なことがありましたら連絡を」



 そう言って下がるアリヤ。過干渉をせず、本当に僅かな干渉しかしない。

 それはアラカからしたらかなりマシな印象であった。

 人間不信を拗らせきってるアラカからしたら、側にいるだけで不安な気持ちになる。


 ショッピングモールに入ると、空気は一気にガラリと変わったのを二人は気付いた。


「それでさ……ぁ……」

「あ? なんだ……」


 アラカを見て、気まづそうに俯く通行人。

 アラカの身体は幼く、庇護欲を掻き立てる存在であるほどに傷付けたという事実が胸を抉るのだ。


「……なあ」

「……ああ…。わか、ってる……」

「ここ来たら、しっかり、謝ろう……昔から彼は優し……」



 と、途中まで言いかけてから……はっと、気付いた様子で、俯いた。



「……優しい青年、だったんだよ……」


 それが今では、あんな風に何も喋れなくなっている。

 ーー誰が、そんなことをしたのか。全員がしっかりと自覚できていた。



「……みえない」



 アラカはポツリと、そんなことを呟いた。


 不快。アラカの脳にじわりと痛みが広がる。

 そして目を開くとやはり案の定、アラカの目には真っ黒な人のような形の存在が写っていた。


「…………」


 ーー何も見えない。

 アラカにはどのお店も、どの人も、店員も、一部の商品でさえ瞳には真っ黒な何かにしか見えなかった。


「……………」


 ただその代わり、殺意が湧かない。

 きっとこれはアラカの脳が自己防衛をするために起こした現象だろう。視界に入れれば不快感を覚えるけれど、そこまでひどく無い。


「(見えるのは……数人。

  荷物からして、観光客)」


 アラカの視界にまだマトモに映る人間を見るも、それは町の外からの人間だけだった。


「(ショッピングモール……。

  昔、何かあったか、n)」


 ーーーーお前、人を強姦した癖に何平気で彷徨いてんの? はははははは、死ねよ

 ーーーーうちで入った改造スタンガンの実験させてくれよ、な? おい!!

 ーーーーお前聞いたよ、なんでもお前の元部屋、やり部屋になってんだって? 今夜俺らも使う予定なんだ〜ww


 アラカは息が出来なくなり、嗚咽を漏らしながら涙を溢れさせた。


「…ぁ…・ぅ、ぁ……はx、…」


 膝を着き、首を絞める。

 苦しくて、苦しくて、吐きそうになるアラカの様子に周囲も注目するも近付いたりは決してしない。いいや。しても大丈夫なのか分からないのだ。


「なあ、助けろよ……」

「そ、うだ、な……」


 そんな声が聞こえて、一人の男性が近くの店から借りた毛布を持って近付くが。


「ひっ……!」


 心底、心の底から怯えた表情をされた。

 涙が溢れて、瞳孔が恐怖一色に染まり、それが彼らに降り注ぐ。


 ーー自分達の罪が、棘となって胸をぐちゃぐちゃに壊す感覚に襲われる。



 じわ……



「なあ、あれ……なんで、血が、滲みでて」

「わから、ん……」


 周囲がまた困惑する。アラカの身体から、正確には身に纏う服が真っ赤な血の色で染まっているのだ。


 良く見ればアラカは首に包帯を巻いており、そこから血が滲んでいた。


「あ……ご、ごめん……なさい」


 そしてアラカの絞り出すような声で、綴られるのは謝罪だった。

 消え入りそうな声で、泣きそうな声で。必死に声を殺しながら腕で頭を守るようにして。



「ごめんなさい、ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 ーーーーアラカにとって周りが敵にしか見えていないと、誰が見ても明らかだった。

 周囲の人間は誰もが思った、謝るのは自分の方なのにどうして、と。


「……ぁ、ち、が」


 そこで初めて、男は動いた。毛布を床に置いてから


「ご、ごめん……ここに、毛布、置いとくから」


 そんな罪悪感で潰れそうな声で、そう告げて去った。

 誰も幸せにならねえなこの構図。

次回より、新しい部分になります。



感想、ブクマ、評価、いいね。いつも本当にありがとうございます…! 大変、モチベに繋がっております…

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