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二話、バスの中で

◆◆◆


 学校、というのは古くから様々なイベントが催されてきた。

 例えば弥生時代に存在したハイスクールでは土器の作成、

 江戸時代では子供の教育のため、罪人の首斬り体験学習などが盛んであった。民営事典より。


 そしてそれは現代でも例に漏れず、秋を謳歌する紅葉の山の側を県立破滅願望学園高等部アラカたちのバスが走っていた。


「ポッキーくれ」

「ボッキーは?」

「してねえ」


 バスの中は普段陰鬱な空気を放つクラスとは思えないほど和やかな空気であった。

 そしてクラスのうちの9割はとある箇所へと視線を向けていた。


「菊池さんとウェルさん……すごい可愛い」

「モデル級が二人も並んで寝てるとそりゃ絵になる……可愛すぎる」

「というかなんで平然と転入してるんだろ……」


 後ろから二列目の二人席には銀髪の首輪犬耳美少女アザつきと、赤髪のツイテール美少女アザ付きがいた。

 周囲と比較しても背の小さい彼女らは、その事情も加味した上で二人用の座席に組まされていた。


「……」


 アラカは静かに教科書を読んでおり、その隣でウェルは背もたれに身体を預けていた。

 ——刹那に。


「ぁ……ぅ゛…っ ぃ゛ゃ゛……ぁ…ー」


「「「!!」」」


 ——発作。それはウェルが来てから何度かあった現象だ。

 過去のトラウマを突発的に思い出し、苦しそうな声で泣き出す——人が周囲にいる状況ならばその確率は跳ね上がる。


 幼い美少女が しかも複雑な立場の子が泣き出す。それは周囲を動揺させるには十分すぎるものだった。


「(ど、どうする)」

「(どうするっていつも通り……いや、いつもはどうしてたっけ)」

「(え、確かいつもは菊池さんがウェルさんを連れ出して)」


 ぽふ………。


「「「…………」」」


 クラスメイトが目の前の光景に言葉を失った。端的に言おう。

 ——アラカが自分の胸にウェルを引き寄せた。



 本を片手に、泣き出したウェルを自分の胸に引き寄せて……そのまま、ポフっと男の夢(顔面ダイブ)をさせたのだ。


「「「(……!?)」」」


「……」


 アラカはそっと、自分のジャージをウェルに被せて肩を引き寄せてよしよしした。


 無言で、それでも穏やかに行われるそれはクラスメイトの心を撃ち抜くには十分すぎた。


「(可愛すぎないか……)」

「(……なんだ、あれ。ここ天界……?)」

「(ウェルさんも泣き止み始めたわ……)」


 片手には本を、瞳は変わらず虚無であり、そして幼い少女の身体でそれを行う姿は酷く不道徳めいた魅力を宿していた。


 心身ともにボロボロの少女が気丈に振る舞い、心が壊れかけてる少女のお姉さんのように振る舞う。


「陰鬱な魅力……か」


 誰かが呟いたそれは、酷く的を得ていた。


「ちょっと……そんな言い方」

「確かに酷い言い草だけど……それ以上にほら、見てみろよ」


 安定したウェルはただ、穏やかな顔で、虚無の瞳に浮かぶ雫はそこで止まり……


「…………」

「…………」


 ウェルは、怯えるようにアラカへ手を伸ばした。ジャージを被せられたことにも気付かず、そっと、手を伸ばし始めた。


 ぼろぼろの壊れそうな心で触れ合う様は、ただただ拙く……

 シャボン玉に触れるように、

 怯えるように、恐れるように……

 けれども、それでも愛おしい誰かが欲しくて、


 そっと……怯えながら手を伸ばす。


「……ぁ……」


 ひた……、とアラカの頬に触れることができた。

 そのことを信じられないかのように、ウェルは虚にアラカを見つめ、


「…………」


 ——アラカが、本を置いたその手で……ウェルの手の上から触った。


「ぁ、ぁあ……」


 涙が溢れ始める、そして決壊する様にアラカの胸に顔を埋めて……声を殺して必死に泣き続けた。

 アラカの身体をぎゅ、と抱き締めながら、逃がさないと、逃げるぐらいなら壊れるほどに抱き締めたい、と泣きながら、声を殺して、ひたすら泣いていた。


「(おい、何泣いてるんだよ……)」

「(うるさいわね……感情移入よ)」


 いつの間にかその安堵の涙に、バス内はしんみりとした空気となる。

 バスのガイドさんも空気を読んだのか、穏やかな夜の湖にいるかのようなBGMを流し始める。


「過去一で心地がいいガイドになりそうですね」


 マイクの音声を下げて、副音声と思えるほどの大きさでガイドさんは窓から見える景色を説明し始めた。


「君がそれほどに怯えてしまうことは仕方ない……周囲の環境を鑑みれば、よくここまで保てたね、と褒めてもいいほどに頑張ったよ、君は」


 そんな中、アラカがそっと言葉を紡いだ。心が落ち着いてきたウェルへ告げる言葉は彼女への理解を意味する言葉であった。


「その上で……止まってはならないだろう。

 君の瞳に映る全てを〝君を傷つける敵〟から〝ただそこにあるだけの存在〟に変える……それが僕からの宿題だよ」


 同情などを微塵も感じさせないのはアラカらしい在り方であった。


 そして歪とはいえ、精一杯生きてきたことにある種の誇りを持つウェルにとってはそれはとても居心地のいいものだった。


「……君に必要なものは……〝手段〟だ。

 人と関わる術……状況把握の能力、論理的思考の手順……。

 それを学び、人に関われば……きっとその怯えも、ただの影になるだろう」


 小さな、静かな声なのにバスの中にいる生徒の耳には深く通る。


「僕は君の全てを許容する毒婦にはなれない。

 そしてその毒は恋に溺れて壊れた君にとっても耐え難い苦痛であろう」


 無表情で、無感情で告げているはずなのに不思議な感覚に襲われるのは何故なのか。


「…………だから——」


 結論を述べようとして核心的なことを言おうとした時点で口が止まる。

 そして諦めたように息を吐くと


「…………紅葉、綺麗だね」

「……。…うん」


 窓へ目を向けて、ただ静かにそう呟いた。

 陰鬱な空気なのに、不思議と安堵が広がっていた。


「「「(あの続き、なんて言おうとしたんだろ…)」」」


 そんな空気の中、最後まで落ち着いた…様相でバスは着いた。

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