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二十一話、片鱗

◆◆◆

 校庭を見渡すことの出来る道をアラカは歩く。校舎へ続く道をふと歩く。

 曇り空の下、靡く髪を指でそっと弄る。


「……………」


 ——銃弾がアラカの肩を撃ち抜いた。

 吹き出す血に、銃傷を気にも止めずまた歩き出す。


「……うそ」


 映画のような光景に驚き、ぽそ…と校門の外から声が聞こえる。


「…………」

「え、あ、あれって」


 校舎の中にいる何者かの声がアラカに気付いたのか銃弾が止む。


「…………」


 一歩踏み出す。ぽた、と血がこぼれ落ちる。

 二歩踏み出す。じわ、とブラウスを赤が染める。


「…………」


 三歩、四歩と静かに歩を進めるアラカ。


 ふと、立ち止まり、校舎の遥か上を眺める。


「……………そう」


 何に頷いたのか、誰にもわからないままにアラカは声を漏らす。


 只々、その姿は幻想的で。


 虚無の瞳が、微塵も揺れ動かずに。

 包帯だらけの満身創痍の体で

 ただただ疲れ切った様子のまま。


「…………」


 バリケードをあくまで優しく乗り越えて、


 靴箱で靴を履き替えて、アラカは歩き出した。

 靴箱を過ぎて、階段を登る。探してる場所は、何処か既に分かっていた。


「…!? え、あ、き、君……は……」


 階段の踊り場、銃を持った男が立っていた。

 恐らくテロリストの一人なのだろう。


「こんにちは。要求、通り…きましたよ」





◆◆◆

 放送室に案内され、そこでアラカが一番最初に見たのは傷付いた黒い塊と生徒だった。


「(……腕と、足に、一発ほど、か。

  殺すよりも、痛めつけるのが目的…みたい。

  でも放置したら、死ぬかな……)」


 血が溢れており、顔色も悪い。

 部屋には武装した人間が三名ほど。アラカを連れてきた人間と、見張りと、奥にて座る男だ。


「動画に出てたやつが来た…? そうか、じゃあ……って……え……?」


 テロリストのリーダー格らしき男が振り返り、振り返ってからアラカの姿に困惑してタバコを口から落とした。


 年齢は二十代半前後ほど。何処か疲れ切った様子でタバコを愛用しているようだった。


「……念のため聞きますが、菊池アラカくん……かな?」


 幾らか、こちらを怯えさせないような声色で語りかけてくる男。

 それに対してアラカは無言で首を縦に振った。



「……何しに、きたのですか。

 悪いのですが、やめてほしい、というお願いは聞けませんよ」


 丁寧にいう男。男には敵意は欠片も無く、それどころかアラカを気遣う様子すらあった。


「…………」


 アラカは瞳を閉じて、その言葉を脳裏で反芻する。そしてややあってから、静かに声を出した。


「僕個人としては、やめてほしい……か、どうかは…正直、よくわからない」


 それはテロリスト達の予想し得ない言葉だった。


「やめて。なんて言葉は……ここまで来て、決断をした貴方方の人生に対する侮辱だ。

 加えて、そこの人たちの人生は、どうのこうの……と、説きたいとも……思えない」


 ぽつり、と外で雨雫と落ちる音がした。

 校庭の花壇に咲いた……少しだけ枯れ始めたアサガオの花弁を雨が当たる。


「ならば、と……どうして、こんなことをしたのか。なんていうことも貴方達への侮辱としか思えない」

「それは……何故?」


 そこで初めて、テロリストは問いかけに何故を返した。

 アラカはその問いかけにも特に動じず、落ち着いた様子で言葉を返した。


「それは恐らく、君たちの人生に大きく関係するほどの想いだろう、と思うからですよ」


 アラカは目を細めて、倒れている傷のついた生徒へ目を向ける。

 膝をついて、地面に垂れ落ちた血を指で触れる。


「この先の人生を捨ててしまうほどの、それほどまでの何か。

 それを部外者である僕が聞くこと、そんなの君達の人生をオモチャのように扱うのと同義だ」


 指についた血をみては、指と指を擦り合わせて……その液体を感じ取る。


 ただ、どこまでも相手の気持ちを、立場を汲み、少女は話をするのだ。

 一番苦しい立場である癖に、一番殺意で満ちているはずなのに、だ。


「それでも、部外者の僕に出来ることと言えば……こうして」


 そっと立ち上がり……腕を鷹揚に広げる。傷だらけで、一部では銃弾で撃ち抜かれて血が溢れてる箇所すらあるひたすら痛々しい身体。

 それに対してテロリストは辛そうに目を背けた。


「君が殺そうとしたら、それを受け止めて。

 銃弾が飛ぶなら、それを受け止める。

 その程度のことしか、できやしない」


 無言でテロリストのリーダーはアラカへと治療道具を投げ渡した。


「……なんで、だ」


 そして心底納得できない様子で、問いかけた。


「君を壊した奴らだぞ、コイツらは」


 それは段々と、着実に、彼のうちに秘める怒りを表へと出しながら。

 ——決壊する。


「あの動画を見るだけで気が狂いそうになった!

 当事者の君なら俺の痛みとは比べ物にならないほど酷かったはずだ!!

 それが! どうして!!」


 声を荒げてから、ハッ…とテロリストは急に冷静になる。

 アラカを怖がらせたかもしれない、といいや間違いなく怖がらせただろうと思うがしかし。


「どうして、か……」


 特に気にした様子もなく、


「ただ……気になったのですよ。

 貴方たち……僕の過去の、被害者が」


 被害者。あろうことかアラカはテロリストを指して被害者である、と解いた。


「僕の過去のせいで、こんな場所まで来て、こんなことをさせてしまった。

 それに対しての、謝罪と……然るべき、救いを」


 それを為したいのだと、ポツリポツリと…言葉を続ける。


「あんなものを見せたせいで、壊れた人間がいる。

 それは……あまりにも、不快な現実です。許容できません」


 雨が、振り始めた。


「だから、来ました……」


 さあ、さあ、と雨が降り……テロリストとアラカの二人が、窓の外から見えた。


「はっ、救い…? 救いですか」


 それを何処か演技たらしく嘲笑い、テロリストはアラカの方へと踏み出した。


「じゃあ今すぐ、ここで君を嬲ってしまおうか?」


 どん、とアラカの前に立ち、見下すように見る。

 それはどこか脅しているように見えた。


「男連中全員を連れて、だ。

 …………それが嫌なら、君は帰りなさい。これは……お駄賃だ」


 何かないかとポケットを探して、缶コーヒーを掴むと、男はアラカへ渡した。

 だがしかし。


「————別に、構いませんよ?」

「は……?」


 アラカの返答は、彼らの予想を大きく裏切るものだった。


「別に構わいません……こんなにも、汚い身体だもの」


 ぽつり、と呟きながら残った上で、義手の肘を摩る。

 そして、血の吹き出ている腹部を何度か摩りながら、言葉を続ける。


「腕と、脚は、一本ずつなくなってる。

 耳に関しては、もう人外のそれだよ。

 髪も、白銀といえば聞こえはいいけれど精神的な影響で色素が抜け落ちただけのもの

 ————ほら、こんなにも、汚い……」


 手を広げて、血塗れの平をテロリストへ見せる。

 ポタリ……と血の液体が、地面へ零れ落ちる。


「だけど、女としての機能は、幾らかあるのだよ。

 そんな、そこらの便所虫にも劣るこの腐った身体で人が一人救えるのなら……お釣りが来るんじゃないかな」


 壊れたガラス玉のような瞳で、そう微笑む。

 その言葉に、その瞳にテロリストは冷や汗と、涙が止まらない。


「なん、で……」


 テロリストの頬をスーッと涙が流れる。ただ、この男はそういう男だったのだろう。

 根っこはただの、弱い青年だったのだろう。


「お兄さん、元々…何してた人なのですか?」


 膝から崩れ落ちるテロリストに、アラカは問いかけた。

 もう交戦も意思も敵意も微塵も感じられなかった。


「……自衛、隊、だよ……。

 くそったれの、自衛隊だ……」


 自衛隊。ゆえに武器の取り扱いにも長けていたのだろう、とアラカは納得を示す。


「どうして、自衛隊に入ったのですか」


 その鈴のように愛らしく…透き通り……優しい声は、不思議と抗えない魅力があった。



「最初、は、ただのお金と資質の問題だよ。勉強より体を動かすのが性に合ってた、それだけなんだ……でも、少しずつ、少しずつ……変わっていって、さ」


 それは正直に、テロリストのリーダーの正真正銘の声だった。


「俺は…俺は…………」


 涙が溢れ出す中、懺悔するように……アラカへ言葉を送る。


「君みたいな、子を、怪異から守りたくて……。

 後に続く世代の代わりに、俺が傷付けば、って……!!」


 アラカは手を差し出して、テロリストは無意識にその手を取った。


 膝をつき、泣きながら、懺悔するように。



「一生懸命頑張ったじゃないかッッッ!!

 血反吐を吐いてまで繰り返し鍛錬して、戦わされて、ずっと、ずっと必死に生きてきたじゃないかッッ!、!!

 君は!!! たった一人でッッ!! ずっと、ずッ゛と゛ッッ!

 なんで、なんで……どうして…ッッ」




 顔を上げた時、男の顔はぐちゃぐちゃに、涙で濡れていて。



「————なんで……君みたいに、必死に生きて、奉仕した人間が苦しまなくちゃいけない…?」



 必死に生きてきた人間が、その輝かしい努力が全て踏み躙られ、嘲笑われる…そんな現実が殺したいほど気に食わなくて、壊したくて堪らなくて。



「ぐちゃぐちゃに壊れながら、泣きながら、それでも足を、ただの一度も止めなかった……誰よりも、何よりも頑張った、必死に生きてきた……そんな君が…、なんで…どうして…っ…!」



 



「女の子を、さ……守る、ヒーローに、憧れた、んだ。

 必死こいて、守って…笑顔を向けられる、ヒーローに……」


 だというのに現実はただただ厳しく。一人の女の子さえ守れない無価値な自分だ。




「でもダメだった゛!!」




 男は今でも覚えている、小さな、小さな男の子の命が手の中で、自分の無力で、自分の非力で少しずつ、少しずつ消えていく……そんな感触を。



「俺は、何をしたかったんだ……」




 アラカの両方の二の腕をガシ、と掴む。

 アラカも特に抵抗せず、男を見た。



「君、みたいな子が、俺以上に苦しんで……壊されて。一生懸命、必死に生きて、なのに、なのに…

 もう、わけわかんねえよ、この世界は、もう……いやだ……」



 鼻水と涙でぐちゃぐちゃになっている男の顔が写る。


 それに対してアラカは……


「よく頑張りました、ですよ」


 ただ、そう……優しく、聖母のような母性を秘めた声でそう告げた。



「貴方がいたことで確かに救われた命もあったはずですよ。

 貴方に必要なのは救えなかった(誰か)ではなく、守ることのできた誰かへ目を向ける勇気だったのでしょう」



 結局この男は大人になり切れなかっただけなのだろう。

 救えた人もいれば、救えない人もいる。それをみて、現実を見て、自分はよくやった、と納得できなかった……ヒーローを目指した子供なのだろう。



「もう少しだけ、貴方のことが大好きな誰かのことを見てあげてください。

 そして貴方は凄いのだと……貴方は確かに誰かを救えたのだと、そう思いなさい」



 こんな壊れたものに、目を向ける必要はないのだと。



「見れば傷付くだけの存在などに、足を引き摺られないでください」



 その声に、納得できない……と、しかし決壊寸前の心境でテロリストは持ち堪える。

 一番救われるべき菊池アラカの、壊れように怒りでどうにかなりそうなのだ。



「きみ、は…。きみは……っ」


「……世界中の人を、自分一人で救えるわけが、ないじゃないですか。

 ……なんて、言っても貴方には難しいでしょうね……世界はそういうものだと、思えなかったから…きっと、ここまで来てしまったのでしょうから」



 アラカはテロリストの頭をそっと撫でる…それは女神が幼い子供をそっとあやす様な仕草で。



「けれど、大丈夫ですよ」



 その言葉は、とても優しく……きっとアラカ本来の善性から来る言葉で。



「その言葉でこんなにも笑顔になれたのですよ、僕は。

 自分本位で行動してしまうのは少し頂けませんが……

 〝そう思ってくれる人が確かにいるという事実〟……それは僕の心に、とてもよく……響きました」



 にこり……と、少しだけ無理をして浮かべる笑顔に……テロリストは呆然とするも、すぐに自分は気遣いをされていると気づき。



「ぅ、ぁ、」



 それはまるで、大人の涙というより……子供が痛い現実から救われた時の、感動の涙のようで。



「ほら、笑顔……。ね…?」



 その幼い姿に、確かな母性があり。


「ぁ、ぁああ、ぁっ……ああああああああああああーーーーーッ!!!!」


 もう限界だ、と大声で泣き出した。





 ————尚、その部屋は放送室であり……その会話は全て、放送中であり。



「「「…………」」」



 外と校舎内、全てに大音量で広がっていた。

 そしてニュースで生放送されていた。

正道ガチギレ案件。



感想、ブクマ、評価、いいね。いつも本当にありがとうございます…! 大変、モチベに繋がっております…

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