十三話、神さまの取りこぼした悪夢
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————意識は、呪いと共に底にいた。
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その日は、ザァザァと、雨が降っていた。
街全てを覆い尽くす黒い雲が、空間そのものへ鬱を撒き散らす。
街の一角、住宅地…そこを、二人の少女が傘を刺して歩いていた。
「…レヴィア」
「…なに」
ウェルとレヴィア、二人の悪ガキは並んで歩き…目の前の路地から出てくる少女たちを見つけた。
「あ、二人とも」『わお、ですの』
アリヤと司書、片目の包帯が外れ、翠色の瞳のアリヤに二人は困惑する。
「その目…あと、司書じゃん。おひさなの」
「…覚醒したのね、ようやく」
右目に宿る強烈な思念と、以前とは比べ物にならない魔力を内包してるアリヤ。
それだけで即座に事情を悟る。
「二人はどうしてここに?」『ですの? あ、こっちは黒英雄から聞いたですの』
「…情報源の怪異拷問したの」「あの女マジで脳が半壊してたから苦労したわ」
軽く情報共有しながら、合流して歩き出す。
みんな、何処が目的地なのかは一言も言わなかった。
口にしたくない場所で、いうまでもない場所だから。
「自力でここまで来ましたか」
目的地の〝一軒家〟の前で綴と が、ふわりと立っていた。
黒幕(綴)がここにいるのは構わなかった。
ただ___
「や、待ってたよ。みんな」
___彼女が、いることは、想定外だった。
「黒幕とママなの」
「黒幕はともかく、御母様も知ってたなんて」
『御母様…』
怪異たちの生みの親、全ての元凶、全知にして全てへ殺意を送るもの。
その存在を前に、アリヤがそっと…前に出た。
「お義母さん…と呼ばせていただきます」
「構わないよ、何が聞きたいのかな、アリヤ」
空間へ緊張が走る。 はあいも変わらず、アリヤへ愛おしい子を見るような瞳を向ける。
「…」
アリヤはそんな視線からそっと逃げるように顔をさける。今からする問いを、酷く冒涜的なことだと考えてしまうから
だが、ややあってから…微かな勇気と、傘から落ちた雫が描いた波紋を見て…
___息を呑む。
___顔を上げて、目を見開く。
恐らくこれは何かの分岐点になってしまう、そんな可能性を脳裏に浮かべて
「どうして、と聞いても良いのでしょうか?」
「うん、聞いてくれると、俺も格好がつくね」
「…どうして?」
その問いに、アリヤは続ける。
答えを逃さないために、逃げるような人ではないと分かっていながら。
「どうして、お義母さんはこの場所を知ってるのですか」
自分たちが怪異に拷問や、魔物と死闘を繰り広げて手に入れた情報を、何故先取り出来ているのか。
「ずっと、見てたからだよ」
その答えを、 はぽつりと溢すように答えた。
「…なら、どうして」
そこまで続けて、自分の問いが恥ずべきものだと知覚して…それでもその問いだけはどうしても止められなくて
「っ…! これが、身勝手で、どうしようもなく酷い八つ当たりなのは、自覚してます」
どうしても、どうしても嘆きたくて泣きたくて堪らないから、アリヤは
「どうして、お嬢様を助けてくれなかったんですか…?」
その問いを、投げかけた。
「貴女なら…どうするかは、分からない…だけど、あなたなら、出来た…なのに、どうして」
方法や手段などは考えない、だが、この人ならば、何もかも出来てしまえるこの人なら出来たのではないかと、そう思わずにはいられない。
超越者、生命創造の力、神を超えてしまったナニカ…この存在なら可能なのではないか、とアリヤは思わずにはいられない。
「…」
ざぁ、ざあ、と雨が降る。
誰も、何も、話さない。
「…」
ざあざあと、雨が降る。
重い、重い沈黙の果てで、
「…俺の意志だよ」
ふと、 は真相を漏らした。
「俺が見捨てたいと思った、それが理由だ」
目を真っ直ぐ見て、何も、何も偽らない済んだ瞳で彼女は答えた。
「ああ、俺は見捨てた。
菊池アラカを見捨てた」
見捨てる、そのワードを噛み締めるように、何度も咀嚼するように口にする。
「アリヤ、君の言う通りだよ」
間違いではない、間違いではないのだと、告げる。その薄情すぎる真実を。
「俺ならば、あの子を救えた。
あの空間を全て破壊して、あの子を連れ出せた…それをしなかった、俺ならば、出来たはずなのに、だ」
手段があった、力があった、その上でしなかった。
あまりにも清々しい、清々し過ぎる答えだった。
「俺は見捨てた、あの子を見捨てたのだよ。
君の怒りは正当だ」
そして、一切目を逸らさず、責められることすら覚悟の上で…しっかりと。
「俺のせいだ、すまなかった」
怪異の首領、全ての元凶は頭を下げた。
「___どうして」
先ほどと、同じ音。だが、その嘆きに込められているものは…どうしようもないやるせなさで。
「…っ、こんな、八つ当たりに…どうして、そんな、…っ、」
アリヤは、その瞬間、気付いてしまった。気付けてしまった。
「(___本気で、自分一人のせいだと、思い込んでる)」
その痛々しさ、自分一人で出来てしまえる人間特有の自責、どうしようもない病みが、あまりにも〝彼女〟に似ていたものだから、
___傷だらけの、小さな背中を思い出して。
「___」
アリヤの瞳から、涙が溢れる。
「見捨てた…? 違う、何か理由があった、それは分かる、貴女は何の理由もなしに見捨てない…それに、それに、何もできなかったのは、私で…っ」
ぐ、と息を喉元で抑えて…耐えきれずに…
「…中で、待ってます」
その〝一軒家〟の門を瞳で睨む。
それだけで門はまるで八つ裂きにされたよつに破壊されて…そこへアリヤは踏み入った。
「じゃあの、ママ」
ちゅ。
「は? キス? 羨ま…私も」
ちゅ。
『おかーさま! グッバイですの!
そして司書もやりたいー』
ちゅ。
全員すれ違いざまに の、頬に軽くキスをしてから門へ入る。
◆◆◆
「不器用な人だ」
「…何がだね」
四人娘が入った後で綴が呟いた。
「貴女には出来ませんでしたよ。
我々にも出来なかったように」
第二から第五、全てを使った上で出来ないことだった…と、綴は告げる。
一軒家の外壁を、掌で触れる。
「当時、半径1キロメートルでした。
それが、今はこの家の一部にまで狭まっていますが…」
忌々しいものを思い出して、顔が曇る。
その結界のせいで救出がままならず、あそこまで壊れた。
「ここには、結界があった。
どうしようもなく、強烈なのが…恐らく貴女でも、気を抜けば、簡単に殺されるレベルの」
彼女に勝てないのなら最早それは結界と呼べるような代物ではない。もっと別次元の何かだ。
「うちの鋼…部下に調べさせましたが、79%の確率で同士討ちになっていたようですよ?
ここの結界は」
79%で死ぬ、その域にまで至っている結界。そして が死んでしまったら、その時ほかの怪異はどうなる?
「簡単な話だ。
貴女は世界中にいる子供を悲しませたくなかったのでしょう」
「…」
自分一人が死ぬのは良い、心底どうでも良い。ただし、自分の死で悲しむ存在があまりにも多過ぎた。 がアラカを救わなかった最大の理由はきっとそこなのだ。
「アラカくんと、それ以外の子供達。
二つを天秤に乗せたら後者に傾いた…1より101の方が重かった…そういう考え方をする女です」
皆等しく可愛い子供、本当に、心の底から思うからこそ、そう言う思考へと傾いたのだ。
「それでも俺の意思で見捨てた、それだけは変わらない事実だ」
そう告げる瞳は余りにも真摯すぎた。
「___みつ、け。た」
ズドオォオォンッ! と、雷のように空から降ってくる黒い獣。
真紅の瞳に殺意と、恩讐を滲ませている。
「…待ってましたよ…アラカくん」
和かに微笑んで、綴はアラカを迎える。
___その瞳は、一切笑っていない。
「ここに、君の探してたものがある」
「___」
菊池アラカが、向き合うべきもの。
その場所は、ここにこそあると綴は告げる。
「この場所に、この忌々しい地獄に」
___壁に___スプレーで、下品な落書き。
足元に___動物の死骸。
そこら中に貼られた、卑猥な写真のポスター。
嗚呼、それはまるで、悪意に満ちた御伽話にそっくりで。
「___君の実家に、君の探していた全てがあります」
一番最初、悪夢が始まった特異点。
悪夢と絶望を生み出し続けたパンドラの箱。
そこへ、ようやく向き合う時が来た。
【幻想の加護 _開花型_】
物語を司る加護。アリヤが担い手となったことで攻撃特化のものへ変質した。
防御は低いが、常に背後で司書が防御バフを撒き散らしてるせいで明らかに他とは比べ物にならない域の性能になっている。
攻撃も対象を見て物語を選ぶ___つまり、ありとあらゆる属性の攻撃を放てるため、攻撃Aというにもあまりにも過小評価である。
攻撃 A
防御 C(A)
魔力 C(A)
魔防 C(A)
読んでくださりありがとうございます…!




