十一話、幻想郷の加護、帰ってきたクソロリ
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はらり、はらりと、右目に巻いた包帯が解けていく。
懐かしい声に、懐かしい背中、以前、聖女の能力で見せられた過去の世界そっくりで
『幻想の魔眼、司書の加護が目覚めたようですのね!』
「し、書…?」
『ええっ、司書ですの!』
ぴょこんっ、と擬音が出てきそうなほど元気な声で返す司書。
その姿は記憶の中の彼女そっくりで、目尻に…微かな熱を覚える。
「うんうん、しっかりと継承されてるみたいです、わ!」
「け、継承? もしかして、加護?」
「そうですの! これ見れ」
ポケットから小さな手鏡を取り出して、私の、文字通りの〝目〟の前に向ける。
「あれ、右目が…翠色に」
そこには、右目だけが翠色になっている私の顔が写っていた。
それはかつて見た司書の愛らしい瞳とそっくりの色合いであり、けれど自分の意思で確かに動かせることもあり…
「ブオオオオオオオオオオ!!!」
「っ、まだ猪がk」
『____カチカチ山』
バァンっ! 爆発音と共に弾け飛ぶ黒イノシシに唖然とする。
声の主は司書であり、彼女の目の前にはかつてと同じ大きな本が開かれていた。
『れでぃーに割り込むなんて紳士の風上にもおけなくって、よ!』
そこまで言ってから、口角を不気味に歪めて
『嗚呼いや____糞食うしか脳がない豚畜生には、無理な話でしたね(笑)ごめん、ごめ…w…っ…w』
「この性根から腐り切ったロリ畜生にしか出来ない煽りは…間違いない、司書、なんだね」
『おう待てやこら』
間違いなく、そこにいるのは司書だった。
死んだと思っていた残滓が、私の人生を変えてくれた存在はそこにいた。
『さて、アリヤさん!
奴を倒しますわよ!』
「え? あ、あのイノシシまだ生きてるの?」
『ええ、魔力がまだ残ってるんですの!
製作者がタフになるように作ったんでしょうね』
製作者…上で楽しそうに…否、心底不快げに微笑んで見物してる黒い英雄を見る。
あまりにも雑魚い魔物を相手に手こずるこちらを、殺意を籠った目で見ている。
馬鹿にしてるのか、それとも倒せないこちらに憤りを感じているのか…まるで分からない。
『毎ターン配られるコマンドカードを選択するんですの!』
「待ってなんか始まった」
バババッと、視界の端で5枚のカードが配られる。遊◯王かな?
そのうちの四枚は真っ白のカードで、右端のカードだけ『カチカチ山』という文字と絵柄が刻まれていた。
『カチカチ山のコマンドカードがあるんですの! アリヤさん、このコマンドカードを使うんですの! 意識一つでカチッと!』
「え、ええ!? こ、こう…?」
使う、という意識をもってカードを見れば選択されたのか上にスライドされ____ナイフに血管のような者が浮き出てきた。
「うわなんかキモいの出てきた」
真紅の、血のような、燃え盛る炎のようなドロドロの液体がナイフのうちを駆け巡っているような謎の感覚があった。
『さあ! 武器に〝物語〟が宿りましたわ!! 奴に一撃喰らわすんです、の!』
「ごめん、その前にこれなんてソシャゲかだけ聞いていい?」
疑問とツッコミどころが浮かぶものの今は戦闘中、一撃喰らわせる…という言葉に反応してナイフを握る。
「とりあえず刺せば良いのね?」
『いえーす! 奴はカチカチ山で怯んでる!
あとターン制バトルだから動かない』
「ターン制なの!? 普通に瀕死でフラフラしてるだけに見るけど!?」
ターン制ならお嬢様は二回行動かな、なんて思いながら。不思議と〝右目に宿る新たな力〟に誘われるまま。
「幻想強化」
椅子に乗り
「収束、圧縮」
アーケードへ飛び
「圧縮、圧縮、強化、収束」
壁を蹴り
「武装強化、コーティングオーケー」
風を背に、疾走し
「____うおらああああああああああーーッッッ!!!」
自らに強力な魔力強化を圧縮しながら流し込み、そのままイノシシへ突き立てる。
「____消え失せろ」
瞬間、イノシシが〝内部から爆発した〟
それと同時にナイフから消える赤い模様、どうやら異能が上手く発動した結果らしい。
「アタッカーであり、同時に背後にいる司書が、バフを撒き散らす、援護射撃も可能、と。
なるほどなるほど、強いね、これは」
おめでとう、と言いたげに歩み寄る姿に司書が前に出る。
『途中であそこまで殺意を向けてきて、よく言えましたね』
お前ほんと微笑みながら毒吐く癖治んねえな。
「殺意? 殺意」
きょとん、とした様子で言葉を反芻する。
そしてそっと微笑みながら
「殺意って____これのことだろう?」
____あまりにも、濃厚すぎる殺意を撒き散らしてきた。
「っ!?」
『ひっ』
視界が暗く、足元がおぼつかない。
ぐらんぐらんとする。頭に強烈な熱が常に吹き出しているような不快感。
____これが____殺意____?
視界が暗いのに思考の全てが強引に真っ白にされてるような、
その重圧の中で気絶しかけた、刹那に。
「あははは、殺し過ぎて殺意が常に漏れ出てるみたいなんだよ」
ごめん、とは決して言わない。
これもきっとお嬢様と黒お嬢様の違いなのだろう。
「だからさ____この程度で殺意とか、意味不明なこと言うのやめてもらっていいかな」
そう言い終えると殺意が溶ける。
きっとこちらの様子を見て、もういいかと考えたのだろう。
「えへへ(笑)勘違いしちゃったかな(笑)
この世界の僕は、かなり善性寄りで、殺意も黒いドラゴンの影響でかなり緩和してるからかもね(笑)」
この英雄、潜在的に煽り性能が高い。
お嬢様と同じレベルかもしれない。
「しかしまあ、勝利したのは君たちだ。
菊池アラカの真実、そのヒントを教えるよ」
そういうとメモ帳を取り出して何かを書き込み…一枚破いてこちらへ渡す。、
「準備ができたらこの番号に掛けてきてよ。
じゃあね」
そして黒お嬢様との邂逅は終わった。
◆◆
戦闘が終わってから電話で正道様に電話して色々な処理をしてから司書とようやく向き合えた。
『久しぶりですのね、アリヤさん』
「うん、久しぶり。助かったよ。
命の恩人だね」
簡潔にその事実を分かち合う。
その後で、気になったことを質問する。
司書もそれ待ちであるみたいだった。
「けど司書、どうやって私に加護なんて残せたの?」
『うーん、偶然ですの!』
おい。
『本当に、本当に小さなカケラでしたの。
それこそ英雄ですら気付けないほどの加護』
だが、その続きを教えてくれた。
雨のゲームセンター内、丁度良い、瓦礫に腰を下ろす。
『司書はあの時、マジ大変でしたの。
喰われながら咄嗟の判断で、どうにか加護を移そうとした』
あの時、喰われながらの司書はただただ必死だったのだろう。
『…いや、移そうとしてしてしまったから、ああなってしまったのかもしれませんわね』
怪異司書、その変異体…正体は互いに口にしない。
私も司書も、叶うなら思い出したくない真実だ。
『結果的に残せたのは小さな詩の一節に過ぎないものでしたの。
効果なんて軽度の精神安定バフに、潜在能力の向上くらいしか出来ませんでしたの』
「____」
その言葉に、今まで知らなかった真実に気づいた。
「ずっと、そばに居てくれた…?」
『…独りぼっちの女の子を、手が届かない場所から見てるなんて…そばに居るなんて、言えなくてよ、ですの』
「____」
____胸の奥から、熱い感情が、溢れそうになる。
不完全な加護継承だった、だから今まで目覚めることができなかったのだと、司書は告げた。
でも、それでも、私は一人じゃなかった…。その事実が、脳を揺さぶる。
『ある時、アリヤさんと、司書の繋がりが一時的に強まった。その瞬間に英雄が司書に気付いて引き上げてくれましたの。
加護としてしっかり機能するレベルまで回復してくれた時は感動で泣きそうでしたわ〜』
縁の世界に入り込んだ時のことを言っているのだろう。
そこでお嬢様が処置をして、今に至る。
「なるほど…」
そこまでの事情を知り、その上で私は今まで言いたかったことを告げた。
「____ありがとう」
嗚呼、違う。
これじゃない、言いたいのは、こんな一言だけの想いじゃなくて
「ご、ごめん。私はお嬢様じゃないし、何か洒落の効いた言葉を言えない」
今まで、必死に我慢して、親が死んでも、それでもがむしゃらに、生きて
「本当は、もっと、もっと、なんか、ぐちゃぐちゃになってる、胸の奥を、思いっきり言えたら良かったけど」
それで、ようやく、辛いときにそばに居て、守ってくれたお姉さんに、あえ、て
「ぜ、ぜんぜ、ん…っ゛。言葉にすんの、出来ないくらい。ぐちゃぐちゃで」
だめだ、だめだ、もう、口で表現出来ないのが、こんなにも息苦しいのに
「____ありがとう____」
そんなことしか、言えない。
ポロポロ涙が溢れて、感謝したいこと、たくさん、たくさん言いたいのに、でもそれしか出なくて、
『幼い子供を、手助け出来ないところから見てることは…そばに居るとは、言えませんの』
その後、私は大泣きした。
司書に頭撫でられて、大泣きし続けた。
お淑やかなんてものとは程遠く、みっともない子供みたいに泣き続けた。
◆◆◆
『何はともあれ戦力補充ですの!』
泣き腫らした後、司書は意気揚々と宣言した。
本を開いて編成、と書かれたページを開いた。
そのには『R カチカチ山』が一枚だけ登録されていた。
『今あるデッキはカチカチ山だけ、司書が持ってた童話は大半が消えてしまったです、の…』
これでは心許ない、と告げてから『召喚』と書かれたページを開き始めた。
『なので童話を呼び出すんです、の!』
『ピックアップ 冬の女王』とか書かれたページを飛ばしてビギナー専用と書かれたページを出してきた。
『初回だから10連無料ですのよ!』
「急にソシャゲ始まるのなんでなん???」
『まあまあ、初回10連でSR一枚確定だから引くですの』
とりあえず促されるまま、召喚ボタンを押す。まんまガチャだった。
『R 狐の嫁入り』
『R カチカチ山』
『R ウッドタウン』
『SR 花咲じいさん』
『R 狐の嫁入り』
『R さるかに合戦』
『R 人間椅子』
『R ジャックと豆の木』
『R カチカチ山』
『SR 鏡の国のアリス』
うん、ガチャだわコレ。
『Sレア補助カード〝鏡の国のアリス〟、これは汎用性が高いんですの! 素材が集まればこのアリスを強化してLレアにも出来るんです、の』
「なんか江戸川乱歩混ざってね???」
おい、人間椅子おい。
『これ以外にも書店や図書館で能力確保ができるんです、の!』
「急にソシャゲチュートリアルみたいなのは始まった」
一先ず強化画面とかメモリアルとか『お前これソシャゲパクったろ』と二、三回ツッコミを入れながら戦力強化をし続けた。
おいロリっ子




