九話、魔法少女たちは
菊池アラカとの邂逅から一日…木苺 姫は変身をとき帰路についていた。
「あの子……一体」
中学生の制服を着ている姿は彼女の普段の様子を表している。
「わ、菊池アラカだ!!」
「え、うそ! 増版されたんだ!」
その時、商店街の本屋の前で黄色い声を上げる女子高生が目に入る。
そしてそのなまえは姫が今まさに考えている人の名であり…
「(菊池アラカ…? って、まさか)」
菊池アラカ、先程邂逅した少女の名である。
「お、お姉さん! 菊池アラカって?」
「わあ、驚いた」
姫は無意識に女子高生たちに突撃していた。
「菊池アラカってそれは…」
「もしかしたら知らないんじゃない…? 小学生みたいだし、テレビとか見ない家庭なのかも……」
「あー、小学生ならスマホ無いとかもあるかあ…新聞も読まないもんねえ」
そんでもって、あんな事件を親が教えるわけもない…と聞こえないように呟き…女子高生は優しく教えようとする。
「えっと、怪異って分かる?」
「うん、悪いことする酷いやつらのことだよね」
世間での認識はそれで間違いない。
拷問殺人、また刑務所でカニバリズムに指名手配犯に口にするのも憚れるような拷問を繰り返して殺害…それが世間での認識だ。
「菊池アラカっていうのはね、その怪異を倒してくれてたの。
5年間、ずっと一人でね」
「え…?」
想像していた話とは全然違ったことに姫は困惑の声を漏らす。
「世界中の人に力を貸していてね……英雄、なんて呼ばれてるの」
女子高生の暗い表情に、その理由に姫は気付けない。
「(なんだ、姫と一緒じゃん)」
そんな当たらずとも遠からずなことを思う魔法少女…彼女は次の日、得た情報を仲間に告げた。
「うん、そっか」
「英雄…ぐぬぬ、クマ」
ファミレスで魔法少女ブルーと、パチベエを集めて姫は会議をしていた。
「あのさあのさ! お願いしたら協力してくれるんじゃ無いかな!」
そういえば敵意はない、と言っていたしと付け足す姫に、ブルーは遠い目でコーヒーを飲む。
「それは無理クマ!」
「え? なんで?」
パチベエはどん!と机を叩いて…深刻そうに話し始める。
「菊池アラカは……堕ちた英雄なんだクマ」
「堕ちた英雄…?」
「ふぁ?」
堕ちた英雄(初耳)にブルーは思わず咽せた。けほけほっ、と咳き込んでコーヒーの水滴を拭く。
「力あるのに、それを意地悪でみんなに貸さない悪いやつなんだクマ!」
「ええ! 独り占めしてるってこと!? 許せない…!」
「独り占め、とは違うんじゃないかな」
激昂しかけた姫に冷や水をかけるようにブルーが言葉を挟む。
それに対して「青ちゃん?」と姫は小首をかしげる。
「他の人の権利を押し退けて自分だけのものにしているなら、独り占め。
自分のものを自分が有していることを独り占めとは言わないよ」
「? 姫、難しい話わかんない」
あ、ムカつくこいつ。
ブルーは少し瞳を閉じて……どうすれば伝わるかを考える。
そして、ふと姫の苺の髪飾りをみて。
「…姫、その髪飾り可愛いね」
「え、ありがとう!! お気に入りなんだ〜」
「私にくれない? それ。無料で」
ブルーはここにおけ、と言わんばかりに手を差し出す。
「え、やだよ!! 姫のだもん!」
「独り占めだ、ずるい」
それはあまりに自分勝手な言動だろう。人のものを欲しがり、よこせと言って拒まれたら独り占めだと非難する。
「なんで青ちゃんに渡さないといけないの? 姫のだよ! 意味わかんないんだけど」
「それだよ」
姫の激昂、当然のことだろう。あまりにも自分の都合で人に迷惑をかけようとするその姿勢、誰だって怒りを覚える。
「あの時、あの子はその感想を抱いていたんじゃないかな。
自分の物を、みんなに無償で渡せ……そんなこと言われたら、人によっては怒りで声を上げるだろうね」
今、あなたが怒っているように…と、ブルーは冷静にカップに注がれたコーヒーへ視線を落とす。
「それはこれとは違うじゃん!! マジカルパワーはみんなのだよ? なんでよくわかんない話するの?」
「必要な話だからだよ」
間髪入れずに返す。
「必要な理由は、後回しにするとして…どうして、マジカルパワーは、みんなのなの?」
「みんなのだからだよ!!」
姫の答えはあまりにも返答になっていない……だが目を見ればわかる、目の前の少女は〝本気でそう言っている〟ということに。
「…それは、どうして?」
「みんなが持ってるものを勝手に取ったんだよ!」
「…その根拠は?」
いつもはここで引いてくれるのに……と姫はポツリと呟く。
それに対してブルーは冷や汗を垂らして、それでも譲らない姿勢を見せる。
「マジカルパワー、とかいうがみんなのものって…誰から聞いたの?
それともみんなが持ってるのを、あなたは見たの?」
何故、魔力がみんなのものなのか…そう思う理由は何かとブルーは再度問いかける、しかし。
「だってダメじゃん。みんなの…というか、難しい話やめてよ…そんな話されてもつまんないよ」
そう言って不貞腐れる。そしてその後会話するも、返事は大してない。不貞腐れた様子で座ってる。
「もうしらない! 青ちゃんのばか!」
店を出る姫。
「ちょ、姫クマ! ブルー、頭を冷やすんだクマ! 後で謝るクマよ!」
それの続く形で消えるパチベエ。店内に一人残させたブルーは…息を吐く。
「…難しいな。子育て」
ずーん、と落ち込んで……どうすればよかったんだろう、と思考を始める。
「(分からないと…本当に危険なのに。
英雄は…こちらが障害だと認識したら即座に切り捨てるよ…)」
まだ無害で〝無視できる存在〟として扱われてるからいいものを…と。
ブルーは頭を抱える。
理解を促しても「難しいから分かんない」と投げられて、心を寄り添おうとした上でやんわりさとしても「なんで賛同してくんないの!?」と怒る。
「(…周りに、謝って回ろう。それでどうにか、穏便にして欲しいと頼み込んで……
菊池アラカにも、頭下げて…菓子折りとか用意しないと…)」
ブルー、ただ一人シラフの子。
「(……こっちが、間違えてるのかな…それともこの一人と一匹の感性がおかしいのかな…わからない、分からないよ…)」
自分が悪で、彼女らが正しいのではないか……変な価値観の一人と一匹に日々囲まれる中でそんなことすら考え始めていた。
「(自分の価値観が正しいと、信じるなんて…どうやってやれば良いか、分かんないよ…)」
間違えてるのは、自分かもしれない。
正しさの基準は何だろう、菊池アラカなら知っているのかな。
「(…教えてほしい、なんて言えないか。
こっちの立場では…)」
そう一人ごちり、ノートを開く。仲間の中で、一人ぼっちの気分を味わいながらも……それでも、と。
「(こっちは、馬鹿なんだから…状況整理くらいは、しないと…)」
馬鹿だから、ノートで纏めないとまともに思考も出来ない…とブルーは姫の癇癪を思い出して
「(…っ)」
涙を袖で拭って、黙々とペン先を走らせた。
どうすれば、説得できるのか…誰も傷付かずに済むのかを必死に思考して…。
読んでくださりありがとうございます…!
青ちゃん……不憫な子……