おまけ4、文学の価値
◆
落ち着いてから、何故か俺の腕に牙を突き立てるアラカへ目を向ける。
ムラマサも負けじと頸を食いちぎろうとしてくる、競わなくて良いから。
「遅くなったけど、いらっしゃい、ここは二度目かな」
「はい、以前は河原の近くでした」
夜の河原で、膝枕をしたのを覚えてる。
「嗚呼、そうだったね。あの河原はどうだった?」
首筋に牙を突き立てて血を吸うアラカへ問う。可愛い。
「とても、とても綺麗でした」
「ふふ、ありがとう。
夜になると綺麗な蛍が飛ぶからね。俺も気に入っているんだ」
ふと、思い付く。そしてアラカと…頸に(うなじ)に牙を突き立ててるムラマサに聞こえるように告げる。
「二人とも、せっかくだし見に行くかね」
「…!」
◆
手を繋いで、三人で並ぶ。風が吹き、草が舞う。
ひたすら心地いい風が頬を撫でる。
「価値観の違い……掴めたかな、アラカは」
「……はい」
手を繋ぎ、歩く中で以前の宿題を出される。
「ムラマサからは、何を学んだ?」
「…視点の置き場所、です」
さんの隣で歩いてるムラマサへと、軽く視線を送る。
ムラマサはそれに気付くと さんの腕にギュッと強く抱き付いた。
「無意識のうちに〝過去〟という立ち位置から見ていた。
〝こうだったらいいな〟という思考は、現実との軋轢をどうしても生じさせる…」
そして挑発的な笑み…ほお。私も さんの腕にギュッと強く抱き付く。
「それはどうして?」
「それは、現実の否定……現実に抗うことを意味する、から…戦うのだから、当たり前に傷つく」
そして、それはある種の人間にとてもよく見られる現象。
「宗教家ではない……宗教に染まった人が、現実を見て壊れるのと、同じ現象」
そして、現実は一つだけ…だから、どうしても、結果は負けになってしまう。
「ならば、どの様な答えを描けば良い?」
河原に座り、流れる川を遠目に眺める。
川の側で、妙な角度に咲くたんぽぽが、とても、とても歪で、綺麗に見えた。
「____過去を消化する。
大前提とし、て…あの悪夢……いえ、あの記録に対して〝これは過ぎたことである〟という認識をつけること。
過去は消えてなくなりは、しませんが……然るべき、成長で、帳消しには、なって良いと、思います」
過去は、無くならないけど、無かったものとして扱える。
私はそう考える…そのために出来る〝区切り〟があるとするなら、それ以外しらない。
「ああ、だからか」
さんが納得したような声を漏らして、私とムラマサを抱き寄せる。
「(最初から、最後まで、相手が成長することばかりを望んでいたのは……この子自身が、過去を過去にしたいからなのだね)」
とても、とても綺麗な河原に… さんの小さくて、でも綺麗で、あったかい鼓動が伝わる。
「(過去にあったことを、誰よりも帳消ししたいから……過去を成長に活かそうとしてる……それなのに、加害者が何も成長していなければ)」
心地いい。この小さなお母さんの願いで世界が滅ぶなんて、微塵と感じ取れない
「(なるほど、それは決壊してしまう……というかこの子、マジに悪の才能ないな)」
歪に咲いたたんぽぽ。
頬を撫で、優しく伝う草花の香り。
川の流れは、小さく、それでも微かな心地よさを運んでくれる。
「それが……価値観のずれ、ですか。
以前、 さんが、指摘した…」
「いいや、外れさ。しかもビックリするほど外れてる」
「…………ぴぇ…」
外れた。
「あはは、随分と可愛らしい鳴き声を漏らすね」
そういうとぽんぽん、と私とムラマサの頭に,優しく触れて…小さく抱き寄せる。
「普通の家庭は、虐待なんてない……心安らげる空間だということ。
正直共感に関してはさっぱりだが、理解を以て認識なさい」
虐待が、ない…それくらいは分かる。虐待がある家庭が異常であることくらいは知っている。
「嗚呼、ちなみに君らの抱いている普通の家庭のイメージ……かなり異常だからね?
普通の家庭はモラハラとか無いし、妹と仲良くしてるとかいう理由でチクチク言ってくる親とか、まず異常だからね」
「「…?」」
「ううん、と…そうだね。
アラカ、次のことを想像なさい」
そう告げられ、私は瞳を閉じる。
普通の家庭、それを脳裏に思い浮かべる。
「君は子供…七歳くらいの子が嫌なことがあって、夜に大泣きしたとしよう。
それに対して、親はどんな対応を取る?」
…………普通の、親ならば。
「普通の、家庭なら」
……そういえ、ば。過去、魔力が目覚める前、は………家はたぶん、普通だった。
なら、きっと
「とりあえずびっくりさせて、黙らせます。
暗い部屋に閉じ込めて外から、扉をドンって殴って、その音で泣き止めと命令、します」
「うんちょっと待とうか」
止められた。
「ちなみにそれ、体験談かな」
「? はい」
「そっかぁ」
とんでもない殺意を感じる…表情は和かなのに、肌がピリつく。
「嗚呼、ごめんね。ちょっと、おかしくなりかけた」
殺意をまだまだ滲ませながら、そう告げる さん。
その中で、ふぅ、と息を吐くと…少し疲れたように微笑んで,話を続ける。
「君らの思い描く…そうだね、本当に理想の、物語の中にしか存在しないような家族……それが世間一般における普通の家族だよ」
「「…?」」
————?
「り、そ…?」
「常に相手に気を遣わずに…? いやでも、多少はある、でしょう…あい、ても人間だし、それに…力も強いから、子供なんていつでも殺せる立場、ですし…嫌なことがあれば、怒鳴ってくるくらい、は…流石に」
____まずその可能性を想定してることが異常だと気付いてない。と、 さんが呟く。
普通の子供が〝常に親を怒鳴られる可能性を考え続けてる〟わけねえだろ。
という話らしい。
「うぅ…なんて不憫な子たち……君ら今、普通の家庭は八つ当たりしてくる奴がいます、みたいなこと言ってるよ」
「「????」」
————?
「でも、人間、て、そんな、もの…だと、おもいます? だれ、もが」
「……(こくこく)」
そう告げると、ままは、ある提案をしてきた。
「…アラカ、君、一年はここにいるといい。ムラマサと一緒にお勉強だ」
◆◆◆とある怪異のプロローグ
疲れた。とても長い時間、苦痛を覚えていた、きがする。
抱き締められながら、昼寝をして……寝物語の様に、声が聞こえる。
「苦痛というのは、これから先、訪れる幸せを、より強く味わえるためのもの」
ふわふわする意識に、そんな声が聞こえる。みみに、つたわる。
「大丈夫さ。苦痛は幸福を味わうためのスパイスでしかないのだから」
よしよしされる、まま。
「Water, is taught by thirst.」
————水は渇きが教えてくれる。
「辛い時、悲しい時に、少しでも寄り添ってくれるのなら……それだけで、文学は文学の価値たり得る」
ねむい、ねむい。
ああ、でも……あと、すこしで、ここをでる、から……今日ばかりは、いいか。
「苦しくなったら……苦痛を味わった後で、ここに来なさい……抱きしめて、ヨシヨシしたげるから、ね?」
ああ、また、いこう。ここにかえって、くるため、に。
感想、ブクマ、評価、いいね。いつも本当にありがとうございます…! 大変、モチベに繋がっております…