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六十三話、おわり


 ぼちゃ、という音と共に…流動性の世界に堕ちるイカロス。


 彼は最早燃え滓で、命の維持も…本当に、本当にあと僅かで途切れるだろう。



「おれ、は、助け、る……それしか、できぬ、し。それしか……知らぬ。

 助ける、の、だ。助ける、のだ……おれ、は、助け、るの…だ」



 だというのに、燃え滓の黒い人型は……必死に膝を起こすのだ。



「……うん、加護のオンオフは可能みたいだね」



 砕けた剣と共に……黒い塗装を失ったアラカ。

 彼女は膝まで、サラサラに溶けた金属?のような海に足を焼かれながら……壊れたムラマサを観測した。



「助ける、のだ。妹、を。守護する、のだ」



 じゃぶ、と…アスファルトが出すとは思えないような音で、歩を進める。

 空はもう、暗く……太陽はすでにかき消えた。



「そのためだ、けに、俺はいると、知るがいい」



 それでも立つのは、彼がもう……休み方を、誰にも教えてもらえなかったから。



「な、あ……」



 ポロポロと、泣いていることを気付いてるのかも。

 そもそもここにいるのかさえ定かではない壊れた口角で、



「分かる、だろ……?」



 アラカへと掴みかかえるように、


「弱者が」



 何かを、観測して欲しがりながら




「生きてる、なん゛て……」




 歯がボロボロと、壊れている。皮膚も、焼き焦げて全身が黒く染まっている。



「間違い、なん゛だ、よ゛ッ」



 そう告げたところで、膝が壊れて……微塵も動かなくなっていることに、気付いた。




「俺は、おれ、は……」




 神経が焼き切れて、もう駄目なのだと……もう終わりなのだと、察してか…力を失い。



「もう、惨めな弱者が存在しない世界で……強い人だけの、世界に、……ついていきたい……」




 ————本当に、そんなことは微塵も思っていないくせに。



「俺みたいな弱者を、殺し続けないといけないんだ………………なあ、おい」



 ぽた、ぽた。



「俺は……なにがしたいんだ…?」




 ぽろ、ぽろ、溢れる雫。


 全身が黒く焼け焦げて…もう黒いだけの人形が、涙だけを溢し続けている。



 月を背に、壊れた黒人形は、ボロボロと涙を流す。



 弱者に生きる価値はない、弱者に生きる価値はない、弱者に生きる価値はない。



 ————それは一体、誰の言葉だったのだろうか。



 自分自身への声? そんなわけもない。だってこんなに痛いんだもの。


 と思えば、たぶんそれも違う。



「言葉は人を表す…何か言ってみればいい。

 それで君という人間が分かるだろう」



◆◆◆


「…ベン、ジョンソンかよ」



 劇作家…確か錬金術師、とかいう劇を作った男だった、はずだ。



「正解を口にすれば、何か変わるかもしれない、よ?

 自分が絶対思ってないはずのことを、何か言って見てよ」



 女は言う。それが正解なのだ、と。



「死の淵だよ? きっとどんな言葉も許してくれる。だって死ぬのですから。

 普通の人は死の淵の人間の言葉を、決して遮ったりしない…相手も遮られたくない瞬間だと思うから、尚更に」



 死の淵だから…このあと、言ったことで何かされるとかは、特にない…と言いたいらしい。



「そうだね、じゃあ」



 そこで、英雄は……何処か、異質めいた雰囲気を纏い




「君の殺意を糾弾する奴がいたら___私が殺す。

 レビィアに対してしたように、私が殺してあげる」




 そんなことを、軽々しく告げた。



「あなたの殺意、私の殺意によく似てると思うの。

 だからあなたの殺意を観測すれば、きっと、ああ」




 瞳が、真紅に染まっている……夜、に見たそれは……酷く、酷く印象的な、月のようだった。



「私は___君の悪意も観測したい(愛したい)



 うちにある天秤が、揺れ動く。


 片方には殺意を、もう片方には彼から見えた世界が。


◆◆◆


 世界というのはあまりにも怖いものだらけだ…と、俺は思う。



 養父も、養母も、怖い。怒号を浴びせられるし、八つ当たりのように殴られる、そして殴った後で「これは愛なんだ、ごめんね、ごめんね」と謝ってくる。



 君が悪い…けど知っていた、恐らくあの人たちは…いい子が好きなんだ。




 幼い頃から、みんな敵だった。怖かったし、気味が悪くて、常に恐怖して…過ごしてたと思う。


 精神病も、多分幾つか発症していた…色も見えなかったし、料理の味もよく分からなかった……後者に関しては割と便利だった……食べるものはいつも…その、アレだったから。




 外で生きる方法わからない…けど親の不快で、怖くて、気味が悪くて、悍ましい。



 あ、あ……けれど……俺の、感情とかを、抑圧してきた環境が。





 誰かが、その環境を殺してくれる…?


 殺意をl殺意のまま暴走されても、いい…? それの邪魔をするやつを、殺す…?



 レヴィアを、一瞬で壊したよう、に……俺の敵は、コイツが、殺して、くれる……。



 天秤が、壊れ、ヒビが、ヒビが、入って…亀裂が、はしっ、て……あ、あ




 ————おれ、殺意を剥き出しにして、良かったんだ。



「れ、ゔぃ……」



 最後の力を、振り絞り……〝何故か頭だけ綺麗に再生してる〟レヴィに、近寄る。



 足の神経は、もう焼き切れてる……それどころか、硬化し始めた流動性のある金属に、絡め取られて動けない……だから、足を、ちぎって……無理に、無理に動いた。




「……ぁ、ぁ」



 足はもう、真っ黒で……ボロボロと…出来の悪いクッキーみたいに、砕けて、とれた。



 膝立ちで、崩れ落ちるように…して…声を、最後の、声を、告げる。



「ずっと、ずっと…」




 ぽつり、ぽつりと……ひさびざ、に…感情とか……込めた〝フリ〟を一切、しない声を、出した気がする。




「お前の、こと……だいきらいだ……と、おもう、たぶん…。

 ごめ、ん…・お前の、こと……すげー、きらいだった」




「みんな、きらい、で怖くて……さ。常に怒号と、嫌味しか、なくて、それでさ、家族にとって、都合いい、妹の面倒を見て、優しいお兄ちゃんって〝俺〟を、演じ続けてた………の、か……?」



 演者が、演じるキャラになりきり、自分がなんだか分からなくなるように……その果てで自殺するように。


 おれは、ぼくがわから、なかった、のか。




「ちが、う、あたまに、いたい、のが、これはだれの、どっちの心、だ……?」



 自分の想いを声に出すことすら満足にできない、そんなことに無性に、どうしようもない怒りと、やるせなさと、救いようがない自分と、目の前の脳足りんのゴミに、殺意が溢れ出して、涙が溢れる。



 ___あ、あ。







「どうして」




 それは、嘆き、と言うより……決壊し始めたダムのよう、で。




「な、あ……どうして」




 嘆きが、沸々と、現れて。




「ねえ、どうして?」「どうして?」「どうして?」





 殺意の波濤が、ふざけるな、と、徐々に声が…自然と荒げていくのが、わかる。





「どうして、自分の考えしか言わないの」「どうして俺の意見を壊すの?」「どうして自分勝手なの」「俺苦しいって言ったよね」「『おまえだけ苦しいんじゃないんだよ!こっちの気持ちも少しは汲み取れよ』」「どうしてそんなことが言えるの?」「今まで、何度も、何度も」「気持ち汲み取って生きてきたんだよ?」「すごい凄いって言って欲しそうだからそれ汲んだんだよ?」「6歳の時も、クソガキの時もいつも、いつも、いつもいつも汲んでたんだよ?」「なんでそんな自分勝手なの?」「なんでそれ自覚してないの?」「なんで自分が気を遣われてきた側だって知らないの?」「おまえら一度も汲み取ったことないのに」「お前らが汲み取ったと思い込んでるのも、におまえらが気持ちよくなれるように、そういうポーズとったのに」「どうしていつも自分が汲み取ってる風に言うの?」「どうして俺を『自分勝手』っていうの」「どうして苦しんでたことを訴えることが自分勝手なの?」「ねえどうして?」「どうして?」「どうして?」「うるせえよ゛!! 早く死ね今すぐ死ね゛!!」「どうして?」「どうして、すぐに俺を壊すの?」「毎晩うるさい夫婦喧嘩を枕元で」「身体が壊れ始めたのに、どうして俺のせいにするの」「おまえのせいで、どうして」「死ね死ね死ね死ね」「どうしてこんなに苦しい思いをするの?」「俺が自分勝手なの?」「自分勝手なのは、全部俺なの?」「自分勝手自分勝手自分勝手自分勝手自分勝手自分勝手な」「どうして」「助けてっていうことも許されない?」「助けてって言えなかったの、お前らのせいだよ?」「なのに『どうして言わないんだ!!』って怒鳴るの?」「機嫌が悪いからってストレス解消に毎日八つ当たり」「なのにどうして自分は味方だって嘘つくの?」「言ったよ?」「言ったよ?」「ねえ、言ったよ?」「我慢しろって怒鳴ったの誰」「言いたくないって意思壊したの、誰?」「8時間も詰め寄ったの、誰?」「地獄みたいな環境にしたの誰?」「ねえ、なんで」「いじめ悪化するかもしれないから下手な真似しないでって言ったよ?」「なんで先生に告げ口で終わりなの?」「イジメ悪化したよ?」「お前らにいった結果がそれだよ?」「なんでそんなこと、2回も起きるの?」「ねえ、どうして?」「どうして。」「お前らのせいじゃん」「どうして」「ねえ、どうして?」「状況をひたすら最悪にして、なんでドヤ顔してるの?」「もう大丈夫だろって上から目線でドヤ顔してるの?」「ねえ、最悪なんだけど」「絶対しないでって言ったこと、なんで全部するの?」「なんで相手の話微塵も聞いてないのに、聞いてる自分偉いって気持ちよくなれるの?」「ねえどうして」「どうして、ねえねえ」「どうして?」




 最後の方はもう、強烈な怒号だった。強烈な怒りを叩きつけるような激怒の声に、のどが、ほぼ潰れてる。




「ぁ、あああ……」



 しゃがれた声で……叫びまくった声に…満足をしたのを、表現して。




「ぁ、あ……なん、か…いうっ、て」




 満足………そう言えば、死にかけの老人が、満足したら……未練がなくなって死ぬとか言う話、どこかできいたっ、け



「すごく……すごく……」



 ————頭の重みが、抜けるような、感覚で。




「なんか、すごいだなあ…」



 そらを、みあげて、そうおもう。



「————ぁ、ああ……」



 そのとき、みた朝日を、初めて観たような気分になって。



 おれは、そのまま、灰となり……風に攫われた。




 レヴィは憎い(大嫌い)で、憎い(好き)だったのだ。


 これは、ストックホルムのような恋……自分を騙して、自分は〝聖女が好きな騎士のお兄ちゃん〟なのだと思い込んで、自分を殺して…………この、地獄みたいな世界を、どうにか乗り越えたかった。

◆◆◆????




「どうして? こんなに可愛いじゃないか」



「君は、ああ…酷く俺好みだ。そんな恥じる姿も纏めて愛してしまいたい」




「君の過去を見れば、そう考えるのは当然すぎることじゃないか……」



「愛情飢餓…ね…うん、ますます可愛い」


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