六十話、守護騎士戦 後半その1
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キスを終えて、唇を離すと至近距離にいるキス魔を、レビィアは上がった心拍数と共に見る。
「心中とは男女の想いを確かめ合うためにする自殺らしいですよ」
「…?」
悪戯っ子のような笑み浮かべ、アラカはレビィアを地に置き。
「___心中では無いでしょう? あなた方は」
レビィアの無意識からの勘違いを真っ向から切り捨てた。
「レビィアさん、貴女は間違えてますよ。
とても、とてもではありませんが…あの子の意思をまともに見れてない」
そう言われて、レビィアは脳に走る電流に困惑するが、それがなんなのかも分からず。
「貴女は生き残る、あの子も殴る。
どちらもこなして、貴女が間違えてると証明しましょう」
その背中を、眺めるしか出来なかった。
◆◆
「(パスは強引に繋げた…で、あの極小太陽をどうするかだけど…)」
周囲を見る、かつての空港は見る影もない。
地も、壁も、障害物もドロドロに溶け…否、サラサラとすら呼べる程度には流動性を待ち今も足を溶かし殺している。
______ジャラ…
「……」
瞬間、流動性に満ちた激痛の世界に、そんな音が鳴り響く。
「うんまあ……やはり、仕込んでいます、ね」
危険な状況…そんな場合をあの人が想定していないはずがない…とアラカは〝ドス黒い光を放つ首輪〟へと目を向ける。
【規定以上の魔力を検知しました。
発動条件五千七十四項目中 一項目に該当】
首輪が変色し、首輪から〝溢れ始めたソレ〟はやがて…空間から姿を現した。
「くろ、い…鎖…?」
首輪を中心に黒い鎖は溢れ出し、アラカの身体を縛り…空間を割き…機械質な音声をノイズ混じりに撒き散らす。
【鎖状炉心ノ解錠ヲ行イマス】
「………」
___カチ。
鎖は動く。その所有者へと動き始める。
————カチ、カチ。
鎖は締まる…白銀の少女の身体を締め上げる。
————ギシ……キシ……。
締め上げる、締め上げる。それこそがこの鎖の本来の使用法だとでもいうかのように。
刹那に。
___パキンッ。
という余りにも軽い…けれども酷く耳に残る音が響いたと同時。
アラカの背後に、〝ソレ〟は顕れた。
「黒い、剣」
アラカの背後…まるで黒竜が守護する伝説の剣の様に鎮座するそれは…そこにあるだけで冷や汗が止まらなくなる。
黒い剣、ただそれだけなのに、周囲はひたすら不安になるのは何故なのか。
黒い剣、見覚えのある〝赤黒い稲妻〟をきしらせて…周囲の空間へ絶えず帯電を行うのは何故なのか。
「___ぁ」
黒い剣、それが何故なのか気付いた一人は…ふと、頭を抱え始めた。
「___ぁ、ぁー…ぁ、ぁ」
黒い剣の〝能力〟を、
黒い剣の〝大元〟を、菊池アラカは誰よりも早く気付き、そして
「ぁ、ぁ、あ、ああっ、ぁ゛」
___ブチ、と自らの首に指を突っ込み。
「ぁぁぁぁ゛ッ!!!」
血管ごと引き千切った。
頭の皮膚を引き千切り、耳を抉り、ぐちゃぐちゃに壊し続ける。
その瞬間に魔力で強制的に回復させ、〝耳と耳を繋げる〟という作業をしては引き千切り、瞳をぐちゃぐちゃに潰しては破壊して引き千切っては再生をする。
下手したら、いいやまともな人間なら間違いなく死ぬ、致命傷ばかりを刻んでいる。
「ァァァァァアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛————ッ゛ッ゛!!!!」
ビッ、ビチッ————喉が潰れて、喉から血が飛び散る。
その光景、その異質さに、周囲は〝何かが起こった〟とだけ知り、そして
「___魔力が、もどっ、て、る…?」
現状を把握した。
◆◆◆
時を同じくして…そこから10キロは離れたところで二人の少女がいた。
「あれ、は…?」
羽山アリヤ…まだ身体の調子が戻らない彼女は付き添いの護衛と共に来ていた。
「アラカちゃんの…数年前の状態なの」
〝ごえい〟と書かれた鉢巻を巻いている怪異…ウェルがそのアラカのことを告げた。
二人の前には空間に映し出された〝中継映像〟が鎮座する。
それはウェルの手紙による〝千里眼〟の応用だった。
「そも、全世界を覆える魔力が、一人の器に収まるほうがおかしいの。
多過ぎる魔力が、常に逃げ場を求めて身体中で暴走を繰り返し続ける……それが数年前の菊池アラカだったの。
縁の世界でも、覚えがないの?」
「……あ」
アリヤは縁の世界で邂逅していたアラカを思い出す。
あの殺意、敵意のことを。
「収まりきらない魔力は…そのままアラカちゃんの身体に激痛として駆け巡ってるの…あんな風に、少しでも魔力を使えば、肉は弾け飛ぶの」
「(常に殺意と、不快感を滲ませてた……のって、まさか…常に耐えられない域の激痛に襲われ続けてたから…?)」
「まともに休めないし、寝るなんてもっての外なの。
でも生存本能で勝手に魔力が働いて、生きながらえ続けてたの」
「あれが、数年振りの、菊池アラカの……」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ゛ッ゛!!!」
「————全盛期なの」
◆◆◆
【鏖殺の加護___武装〝■■■〟】
それを眺めて、和服を身に纏った少女 さんは不敵な笑みを浮かべていた。
「嗚呼…あの加護が芽吹いたか」
あの加護…それは過去に さんが渡したものであった。
「あの剣はなんですか」
背後に降り立つ、一匹の黒竜…。
綴は さんへと問いを投げた。
「あの剣は俺のものだよ。
と、言っても昔使っていただけなのだがね」
呆気なく、その正体を明かす さん。
そして愉快げにその剣の効果も教えてくれる。
「効果は極めてシンプルさ。
___魔力を消費しない、というだけの武装だ」
魔力を消費しない。ただそれだけの武装…と、言いながらも さんは明らかに〝その先〟すら見据えているようだった。
「……さ、不貞腐れてないで早く立てよ。あの子のヒーローだろ」
振り返り、ばたんきゅーしてる綴(黒竜)へと声をかける。
そう、綴はここに来て真っ先にぶっ倒れたのだ。
「不貞腐れてはいませんよ」
だがそれに対して、やる気の無い声で反論する。
「気持ち悪い発言が、思った以上に大ダメージなだけです」
このお豆腐メンタルが。
それに対して さんはハア、とため息をついて慰めようとする。
「…まあ確かに、俺の怪異の誰か一人からでも気持ち悪いと言われたら…ダメだ、想像したら気分が悪く…おぇ」
さんもばたんきゅーした。
「雑魚メンタルですね」
「お互い様だろ」
尚これは、ラスボスとラスボス候補の会話である。
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あの時の声、アラカです。
※二章 四十一話参照