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五十四話、こいつ嫌い。

自分の感情を無意識に偽って、自分の自由意志で自分の感情捩じ伏せてるやつ大嫌い。


◆◆◆◆


 始まりはただ、興味だった。

 幼い頃から、家にいる、年上の男の子。



 ただ、父も母も、その男の子をいない存在として扱っている。それだけの話。




 その、小さな背中が、微塵も動かないその背中が……とても苦しそうに見えたのを、今でも覚えてる。



〝ねえ、あなたはだあれ?〟



 だから、少しだけ話しかけてみた。


 少しだけ、困り顔を浮かべて、母の方をチラリとみた。そして母が祖母との電話に夢中になっているのをみて…




〝ええ、と…僕はムラマサ。お兄さん、かなぁ〟



 と、困り顔で、そっと答えてくれた。



 とっても悲しそうで、儚そうなその声に…頬が熱くなったのを、覚えてる。





〝ごめんなさい、ムラマサくん。本当に言いずらいことなんだけど…あの子にあまり、関わらないでもらえないかしら〟


〝はい、わかりました…ただ、あの、あの子から話しかけられたら…〟



〝…とにかく、お願いね〟





 そんな、会話が後ろで行われていたことにも気付かずに…



〝むらまさー! あに!〟


〝……う、うん。兄だよ…〟


〝なんでちっちゃいおこえー?〟




 ただ、無邪気に、声を掛けた。




〝お前、また話しかけたらしいな。母さんが怒ってるのを見て、可哀想だと思わないのか?〟



〝はい…すみません、中学を卒業したら、すぐ出ていきますので〟


〝お前、そういう言い方やめろ! 俺が悪者みたいじゃないか!!〟


〝あっ、す、すみません…〟




 この親は、たぶん悪い人だ。と、その時疑いを持った。




〝■■は凄いわね〜勉強できるし、将来はお医者様かしら〟


〝今日はご飯を食べにいこう!〟




 両親は、そんなことばかり言い続ける。


 けれど、私は気付いていた。





〝お前、何がしたいの?〟

〝少しはあの子を見習いなさい!!!〟



 結局、彼らが周囲に優しかったのはそういうこと。

 彼らは愛ではなく、殴っていい誰かのおかげで円満になっていたのだと思う。




〝ストレス、無ければ…その捌け口があらば…っ、そりゃ、円満、よ…〟



 舌が噛み切れるほど、歯を食いしばる。



 たぶん、私は恵まれていた、のだと思う。

 仲の良い両親、優しい言葉に、優しい環境。



〝学校で賞状もらったの!? 凄いじゃない!!〟



 そして私自身、恐らく才能のある方だったのだから、全ては既に満たされた。


 太陽は私を祝福した。

 環境は私を賛美した。

 世界は私を歓喜した。




〝ピアノコンクール〟

〝成績優秀〟

〝感謝状〟


 だが、常に、常に、何かが足らなかった。





〝…これじゃない〟




 これじゃない、なら何なのかと聞かれても分からない。

 分からないから怒りが何処へ向かえばいいのか、まるでわからない。



 沸々と煮えたがるナニカ、だがそれが分からない。





〝受験失敗、かあ〟



 ある時、ふと…挫折した。努力が足りず、届かなかった。本当にそれだけの話。



 それなりに努力はしていたが、ただ〝それなり〟というだけでは届かなかっただけの話。

 両親は憐憫の眼差しと共に慰めた。






 ____その時初めて、満たされた気がした。



 どうしようもないやるせなさもある、どうして、という怒りもある。

 怒りは怒りだし、ストレスはストレスだ。


 だが同時に、こうも思った。




 ————こうして内心でのみ怒りを覚えているのは、兄さんと同じ感覚じゃないか?


 








 ————あの人の痛みが、知りたい。




 その瞬間、その刹那に私の人生は狂ったのだろう。



 胸に走る痛み、これじゃないという怒りはある。気が狂いそうな憤怒もある。だがそれさえ兄と同じなら……我慢できる。





 ————なら、私も苦しんでみよう。









 酒をやった、アイスもキメた。



「兄さんっ、にいさんっ、にいさんっ、にいさんっ」



 それは私の人生ではじめての不幸《幸福》。


 薬中の猿にお尻をナイフで何度も刺された。いたい、苦しい。だけど兄さんと同じように、我慢しよう。



「ああ、にいさん、にいさん、いたい、とっても痛いよ、にいさん、にいさん」



 おへそに。女の子の大切なところに、何度も何度も何度も何度もタバコを押し付けられた。あつい、切れるような感覚が、ああ、あああ、ああああ。




「にいさんーー! にいさん、にいさんっ♡」




 殺される、壊される、怖い、怖い————この恐怖が、にいさんの味わった地獄。



「おいあげへ、にいさんの、とこ! いきたい、いきたい、にいさん、にいさん、にいさんっ」




 目玉抉られ女ができる。左目にタバコを押し当てられる、にいしゃんっ、にいしゃんっ。




 お尻に高濃度アルコール瓶を刺される。



 いたい、いたい、いたい、いたい…この痛みが、兄さんへ近づけさせてくれる…っ







〝ぁ、れ、…?〟




 なんで、わたひ、ないてるん、だろ











 あ、そっ……か。











 にいさんが、ないてるからだ。



◆◆◆


 おや、また俺好みの子が来たものだね。



 こんにちは、お嬢さん。俺のことは、そうだね…まあ、好きに呼んでくれ。




 え? ママ? あはは、そうだね、ママだよ、よろしくね。

ブラコン拗らせて死んだ人

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