五十一話、怪異《変異種》
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ぶち。という音と共に弾ける血肉。
その音の発生源を、アリヤは気付かなかった。否、気付きたくなかった。
「アリヤさんッッ!!」
だが、その目、その意思が告げることに、アリヤは気付かざるを得なかった。
気付かずにいられたら、どれだけ幸福なのだろう。
これから先、彼女はこの瞬間を忘れはしないだろう。
自分の人生を壊したのは、怪異だと思い込んでいた少女————そう思うことで己を守った少女は、忘れられないだろう。
「ッッ!!」
サバイバーの動き早かった。躊躇のない動きで事前に用意していた槍で刺突を放つ。
寸分違わぬ刺突はアリヤの肩に牙を突き立てた鬼を牽制することに成功し、そのまま中段に槍を構える。
「ちょ、ちょっと!! 死なないでよ! 司書、回復系のある!?」
「ええと、ええと、ちょっと待って、ですわ」
槍の先を鬼へ向けて、ただ視線を外さない。
「(頬にかすり傷、腹部に何個か穴が空いてる……けど、殺意は違わずある……)」
鬼を正確に観察して、未だ敵は危険な存在であると認識を改める。
「(獣……しかも手負い。
槍の切先が、この獣にどれだけ聞くか…)」
————手負いの鹿は最も高く跳ぶ。
そんな詩の一文を脳裏に浮かべ、頬に汗が伝うのを……サバイバーは感じる。
そうこうしているうちに司書が該当のページを見つけ、祝詞を読み始めた。
「〝瓶の悪魔は小僧を騙し〟
〝小僧は悪魔を騙して脅す〟
————小僧は魔法の布を得た」
その布は擦るだけで怪我を治療する魔法の布。
瓶の悪魔、知恵の回る小僧、その物語の名を————喚ぶ。
「〝ガラス瓶の中の化け物ッ!〟」
黒法師が二つ浮かび上がり、それが小人の形と化け物の形を描く。
そして二者はペコリと頭を下g————
「劇は良いから早く治おぼぼぼぼぼぼぼぼぼ」
化け物&小僧「(´・ω・)…ハイ」
小僧の影法師は布でアリヤの傷を擦り、瞬く間に再生させ
「……ッ!? は、ぁ!?」
————無かった。
再生には程遠い、まるで皮一枚破った切り傷を治したかのような〝効きの悪さ〟
アリヤを抱き寄せ、その現状にワナワナと震える。その言葉にサバイバーもまた動揺する。
「ダメ、傷が治らない、です、わ」
「そんな、なんで!?」
鬼へと降り注ぐ視線を外さず、サバイバーは困惑する————槍がブレた。
司書は書を開き、その場所に描かれたアリヤの解析結果を読み解く。
「これ、は……ナニカ、次元そのものが違う……え? いや、ん…なに、これ。判定、異世界人…? 異世界、また異次元に分類されるものに本体あり……はぁ? はぁ!?」
————時間遡行者。それどころか、この世界そのものが〝再現された世界〟なのだ。
「効果が極めて浅い、効果がないわけじゃないけれど、それでも薄い……。
じゃ、じゃあ、この傷、は」
「————違うわ」
槍が震える、己が辿り着いた真実に、その真実が齎す現実に負けじと、震える————槍の先に、それは伝わる。
「この出血は、アリヤさんの自傷……どの因果がどう繋がってるかは分からないけれど、アリヤさんがアリヤさんを傷付けたのなら……その威力は等倍、ということでしょう」
アリヤの右目に付いた傷は、威力を失わない。何故ならその傷は彼女自身がつけた傷だから。
つまり、それはこういう意味である。
「このまま、じゃ……死ぬ、ですの…?」
「…………」
沈黙————否、それは慎み。
深い感情は沈黙ではなく、慎みをもって語られる。それを知らない司書ではなく……。
「————え?」
————その慎みが、慎みを知らない怪物へのチャンスなっていた。
「しまっ……!」
ぶち。食欲を撒き散らしながら暴れる怪物は、震える槍先を嘲る。
「けひゃ、ひゃひゃーーー!!」
怪物は止まらない————怪物の掌が槍を捉える。
怪物は止まらない————手の平を抉られながら。
怪物は止まらない————腕の骨ごと壊されながら、それでも知らぬと嘲り笑う。
「(ッッ!? そう、か、原理、は全然わからない、けど! アリヤさん、の攻撃、も、効果が浅い……ッ。クソ、しくったです、の……!)」
死兵と化した怪物へ、司書はゲロを拭き、すぐさま本で応対を————————
————————ぶち。
「ぁぁ、ぁぁぁぁぁ、ぁぁぁぁ、け、ひっ」
「放せええええええええええッッ!!! 触るな触るな触るなですわあああああああ!!」
ボロボロに、表情が抜け落ちたまま、薄汚く口角を上げている女。
目は包丁で滅多刺しにされ、身体も包丁で滅多刺し、流れる血液は止めどなく、臓器はまともに機能してる部分が少ないほどだ。
精神に関しては最早言うまでもない、アリヤの激情に壊れ切った精神は完膚なきまでに破壊された。
————で、だから?
「ま、て…………どういうこ、とでし、て」
思い切り、じたばたを繰り返す司書は、呆然と、己が捕食されてる現状に、それでも不可解な事実に気付き。
「なんで御母様の加護を受けてない……怪異じゃない……お前、が」
けほっ、と血を吐き、今なお自分を押さえ付け、捕食を続ける化け物を睨み付け。
「なんで人間が魔力を宿してるんですの!!?」
身体強化、身体強化————身体狂化。
「く、そ……! 離れろおおおおおおお!!」
槍を放つサバイバー、横薙ぎ、刺突、刺突刺突、横薙ぎ横薙ぎ刺突、刺突刺突刺突刺突刺突横薙ぎ刺突横薙ぎ横薙ぎ横薙ぎ上段刺突横薙ぎ刺突横横横刺刺横横横刺横横刺————荒れ狂う嵐のように放つ槍、それは両手剣のように大雑把で、けれどもその全てが絶技めいた切れ味を放つ。
「ああああああああああああああああ!!!!」
それがどちらの声なのか、それともどちらの声でもあるのか、分からない、分からないままだった。
大量出血で死にかけのアリヤ、捕食され続ける虫の息の司書、狂乱し槍を放つサバイバー————————魔力を持つ異物。
その攻防は、だが、その攻防は……ある一つの決壊により、終わりを迎えた。
————ぶち。
「————————————————」
ぶち破られた、
それは誰のもの? ————牙で穴を開けられた
それは誰のもの? ————考えたくない彼女。
それは誰のもの? ————ロリ。の、あそこ。
————それは、司書のどこ?
————喉ものと、大切な、致命的な、箇所。
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「————」
音が、遠い。
「————————」
否、遠いのは、音じゃない、
「————————————」
遠いのは————引き伸ばされてるのは————————
「————————————————————」
————この、一瞬だ。
沈黙? いいや、一秒? 今、どれだけの時がたった?
二秒?一秒? それとも、それ未満?
だが、そんなお姉さんの、ちっぽけな問いは…………一人の、否、一つの変化で、掻き消された。
「けひゃ、ひゃひゃ…ひゃ」
———— パキ
初めは、そんな音だった。
————ピキ、パキっ
お姉さんの手で八つ裂きにされた異物、それから、そんな音が響いた。
————ピキ、ピキピキっ、パキンっ
変化を、していく。何か異物がひび割れて……卵から雛が還るように、ある、ろりっこの姿へ、変質を、して。
————パキ、パキ…パキ…。
そして、それは何か、お姉さんが一番見たくない、ものへと、変化をして
「ね、ねえ、知って…る?」
意味もわからず、問いを聞いてくれる人など、いるわけないのに、問いかけた。
「司書、の、ね…力、は……現実を否定しようとする力、が本質的な、もの、なの。
それで、ほら、あのこ……本、好きでしょ? その、属性が……物語が、現実に、現れるって……形に出たの」
【幻想郷】の加護は、現実逃避が本質。現実破壊の概念も織り込まれた……本来は【破壊特化】の加護なのだ。
「あの子は、もしかしたら……〝自分が捕食される現実〟を否定しようとした……んじゃ、ないかなって、お姉さん……おもうの、よ」
やめて、知りたくない、やめて、やめて、やめて、やめて。
「それで、さ。…………お姉さん、は、ね? 生きたい、死にたくないって、意思を、手助け、するの。
それで、さ……司書もきっと、それ、願ったんじゃないかな、って…おもう、のよ」
いや、でも、他の可能性も、でもこれしか、そうじゃなくて、そんなのどうでもよくて、え、と
「それ、で……魔力、魔力…そう、なんでか知らないけど、あの化け物……魔力、持ってるじゃない?
全然、わかんないけど、持ってるのよ、あれ…………えへ、へ……へ、それ、で、何らかの、パスができ、たんじゃないかなっ、て…」
————————————————あ、あ。
「死の剥奪させた世界を生み出す【生存者】の加護、
現実破壊の理を本質に宿す【幻想郷】の加護。
魔力を持つ、化け物の……捕食……ああ、ああっ、あ、ああああッ……」
————運命の産物————
最早そうとしか言えない。その場を構築する全てが、この最悪へと導いていた。
「————加護の暴走、一つの加護では、こうはいかない。
ああ、あは、、そっ、か」
目が、くらつく、目の前の…………ある、知り合いの形をした、化け物が、にたり、と笑う。
「————お姉さんの、せいか、これ」
怪異 司書。 その体の形を奪った化け物は…………けたけたと、笑い始めた。
読んでくださりありがとうございます…!