四十話、ミサキ
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私が消えると、そこには、当時のまま、10代後半ほどの姉がいた。
羽山ミサキ。私の……死んだ、あね。
「あら……むー?」
姉が、生きて、私を見ている。不思議な気分だった、何故だろう、何故、私は、。
「大きくなったねえ、アリヤ」
————この人に、出会い頭に正体を見破られたんだろう。
「な、なん、で」
「分かるよ〜、まあ入りなよ〜、お茶ぐらいは出すよ」
そう誘われるまま、ミサキ姉さんの当時住んでいた離れの部屋に行く。
部屋の中は相変わらず簡素なまま、当時入り浸っていたまま、そこには姉の離れがあった。
「っ」
あまりの懐かしさに涙腺が緩む、姉が冷蔵庫から紅茶とコップを出して注いでくれる。
「それじゃ、話でも聞こうかな。
どうしてアリヤは大きくなっちゃったの?」
首を微かに傾げて紅茶を傾ける姉に、私は声を漏らした。
「それが、まだ情報が少なくてわからない状態で…」
「じゃあ、記憶がある限り、色々聞かせて?」
「うん…」
そうして私はここまでの事情を話し始めた。
「つまり今、世間を騒がせてる怪異……そのかなり上位の存在の仕業かも…ってことね。
アリヤはどう思う? 妄想でいいから何か話してみて」
冷静に微笑んで、姉は聞き返してくる。
「……恐らく、だけど〝聖女〟は、何かを調べようとしてるんじゃないかな、と」
「ふむふむ、その着眼点は〝目的〟に当てた故の判断、と見ていいのかしら?」
姉は頭の回転が早い、親とかとは違う域に存在していた。
だから私は姉の部屋に入り浸り、懐いていたのだろう。 その姉は極めて冷静に
「うん、殺害とするには行動に積極性が無さすぎる。
人質、とするにはわざわざ此処に閉じ込める意味が分からない。
見たところ、興味は私にはない」
興味は私ではなく、私の周りの何かだと思う。完全な想像なのだが、そこまで外れている気はしない。
「じゃあその怪異の能力は,何かな」
「……この世界を生み出せる能力……たぶん、精神干渉系の一種で、記憶とかの再現をするんだと思う」
過去の私、過去の家、過去の土地、それは私の記憶にしか無い存在だと思う……が、姉はそれを聞いて少しばかり唸って見せた。
「うーん。おそらくだけど、その怪異は記憶を司る異能では無いと思うよ」
紅茶をこと、と机に置くと…近くの茶菓子の袋を開け始めた。
そしてコインの形状をしたクッキーを皿の上に置くと、その周りを人差し指でするりとなぞる。
「ねえ、アリヤ。貴方の記憶ではこの20XX年8月7日13時21分…貴方は私と一緒に紅茶を楽しんでいたかしら?」
「……!」
円状のクッキーを、くるりくるりと、指でいじる。
「もしここが過去の世界だとしても、必ず再現する上での〝材料〟が必要になるのではないかな。
例えば————あなたの記憶だとすれば?」
ぱき……と、ミサキ姉さんは指先でクッキーの中心を突いて砕く。
「記憶は一巻きのスクロールでしかない。
ならば本来、こんな世界を生み出せるわけがない。
この会話だって、壊れたビデオデッキのように流れていたはずよ」
クッキーの破片を摘んでは裏表を眺めて見てから、姉はパクリと口に含んだ。
「そうでないのなら————私がその怪異の可能性、とかね」
ティッシュで口元を微かに拭い、私をみる。その視線に私はぞくりと、背筋が震える感覚に襲われた。
「これは私の勘だけれどね。
————縁、ではないかしら」
砕けたクッキーの破片を皿の中心に集める、破片は沢山の面を晒して、皿の上に鎮座していた。
「人と人が繋ぐ縁、それを仮定として行動してみればいいと思うわよ、一応はね」
さて、と言いながら姉は立ち上がり、押し入れを開けて布団を確認し出した。
「とりあえず私の部屋は拠点として貸してあげる。離れだしロリアリヤぐらいしか来ないし、立ち位置上何処かに行ってもバレる心配は無いわ。
情報収集も兼ねてそこら歩いてみなさい。もし世界があなたの縁で綴られているのならば……貴女だからこそ気付けることがあるはずよ」
そう言って布団を敷こうと取り出そうとした、刹那に。
「アアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ゛ッ゛ッ゛ッ゛ーーーーー!!!!!!」
ドォォォォォォォォォォォンッッ!! 爆音、轟音、この世に存在できるありとあらゆる語彙を尽くしても表せないほどの悲痛な獣の〝咆哮〟が、周囲一帯に響き渡った。
そんな強烈すぎる爆音に、姉は極めて疲れた様子で息を吐き…吐き捨てるように告げた。
「……歩くまでも無いみたいね」