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三十八話、暁とアリヤ

長いです


◆◆◆

 深夜、アラカが行方不明になり一日が経った。

 その間、名前の書いていない手紙が送られてきた。



 ————娘さんは数日中に帰ります。今、綴といますので不安なら連絡を。



 その手紙には不信感マシマシだったが一応、綴に電話してその安否を取ったことでこの件は片付いた。





「暁さん?」



「あ、ああ……こんばんは、羽山…様」

「様付けやめてください」



 私はふと、安堵からか真夜中にも関わらず、外に出ていた。


 すると宿の近くを走っていたのか、汗を垂らしていたタンクトップの暁さんがいた。細マッチョ。綴さんにも似た中世的なエロス。



「何をしているんですか?」


「……少し、走ってました」



 私に気付いたのか、顔を上げて、少しだけ気まずそうにそう答えた。



「それは、どうしてですか?」

「……走りたいと思ったから、ですね」



 そう告げてから、顔を曇らせた。



「いえ、ただの誤魔化し、なんでしょう。こんなものは」




 そう告げると、こちらへ真っ直ぐ向き直り、



「羽山さん」




 暁さんは向き直り、膝を折った。



「護衛の役目を果たせず、申し訳ございませんでした」



 ————暁さんは土下座した。



「ぇえええええええ!?!?」






 困惑の土下座から早数分、ようやく落ち着いてきた私は暁さんは声をかける。





「はあ……そうですね、少し歩きましょう」


「…………」



 ………………………………



「(コイツ……動かねえ……)」



 まさかの土下座フォーム継続に少しばかり押して命令をする。



「護衛対象からの命令ですっ」



「…………はい」



 そういうと立ち上がり、私に着いてきた。

 夏の気候だ、空も、大地も、風も、全てが夏だ。


 なら河原でも綺麗な夏が見れるだろう。


 深夜など気にせずに私は歩き出した、宿を出て、暗ければ遠くに見える街道沿いの街灯を目指す。



「それでなんで急に土下座なんですか?」

「私の役割は……あなたの護衛です。

 ならばあの時、私がすべきだったのはすぐ様に起き上がり……羽山さんを安全な場所へ連れて行くことでした」



 ————コイツ何言ってんだ?


 薄暗い路地を障害物をステップ踏みながら避けていく。

 湿気に含まれた風が、鼻を掠める。


「暁さんは、私を守ったじゃないですか。

 そのおかげで、私は傷を受けていませんよ」



「守ったのは私ではありません……綴様と、アラカ様です。私は守れなかった……」



「足を負傷しても尚、逃すようにしろ……なんて貴方は他人に命令できますか?」



 私を庇って、暁さんは足を怪我した。今は治っているけれど、下手すれば死んでいた。

 咄嗟に庇う……それをしただけでもこの人はすごいと思う。



「……できません」



 ……のだけど。





「ですが私は罪人です。罪人であるならば、誰かを傷付けた屑なら、一般の方の2倍、いいや10倍でもハンデを背負って生きていかなければ帳尻が合わないでしょう」




 この人真面目というか自尊心ぶっ壊れてるな……。


 狭い路地の端を見れば溝があり、苔が生えている。

 都心から離れれば幾らでも目にする光景。それがこんな場所でもあるのだと言うことが、不思議とおかしい。



「あのですね……貴方、自分が言ってること理解してますか?」



 呆れるような自尊心のぶっ壊れように息を吐いて、振り返り胸ぐらを掴む。



「暁さんはさっきからこう言ってるんですよ?

 〝生身の人間だけど努力次第でドラゴン並みの強さを持たねば!!〟

 ————ってなんですかそれ」



 比較対象にお嬢様や綴さんを眺めたら、そりゃここまで卑屈になるわ。

 生身で超人を超えるなんて、それこそ英雄にしか成せない所業だろう。



「しかもそれが分かっていながら〝自分は罪人〟という言葉で分からなくしてます。

 罪は自分を傷付けるためのオモチャではないんですよ」

「————」



 暁さんは急に足を止めた。

 お嬢様が以前、ポツリと呟いていたことがある。


 ————どんなに現実を見ようとしてる人間でも、ふとした不幸で人は簡単に宗教に染まる。



「きっと暁さんは罪という宗教にハマっていたんですよ。

 ただやるせない……何かの想いを誤魔化そうとしていたのですよ」



 まあそれがなんなのかは、以前起こした事件でお察しだけれど……。


 けれど、宗教……か。


 私は足を止めて、ふと……何処かを眺めたくて……視線を深夜の川辺へと向けた。


 気が付けば、そこは大きな橋の上だった。ロマンもない、車が時より過ぎ去る灯のように背を掛ける。



「この世の人はみんな……合理性(現実)と、宗教(逃げ道)の間で生きてるんですよ」



 橋の手摺に腕を乗せて、夏の風を頬で受ける。



「私にもあるんですよ、宗教」



「一人語りになりますが、罪悪感があるのなら、どうか聞いてください」

「はい…」



 ただ黙って聞いてくれるようだ。もう昔のことだし、己の中で整理のついたこと。

 ただ、この人にはこの一人語りが必要だろう。



「私……怪異が嫌いなんですよ」



 手摺に体を預けて、手をぶらん、と垂らす。



「幼い頃にですね? 家族が、目の前で怪異に殺されたんです。

 怪異は…叫んで、泣いて、壊れながら、獣みたいに私の家族の首や、耳や、腕を喰い千切り続けたんです」



 腕を微かに圧迫する姿勢で、手の先がじんわりと熱くなる。



「大切な家族……私を除いて、姉に、父に,母に……マトモな親なのかは、子供の私には判断できませんでしたが……それでも、幼い私は好きだったんですよ」



 もう昔の記憶で、ほぼ覚えていない。薄れる記憶が、ただただ笑えてくる。



「だから私はきっと……怪異を見たら、怒り狂っておかしくなる。

 もし悪びれもせずに殺人をするような怪異だったら、以前の私ならば過剰反応してしまうでしょうね」



 いつか、そんな日があったような気がする。

 そして、その時、私の総体からは一つの衝動が溢れかえっていたのだろう。


 私は憎んでいただろう、それはきっと…きっと…。



「きっと————殺そうとするほどに怒りを剥き出しにしていたでしょうね」



 真っ暗な夜風を浴びて眺める河原は、ホタルが飛んでいて…ただただ、鬱くしく、不安を煽ってきてる気がした。



「今は……違うのですか」


「はい、気付いたんですよ。

 私はただ、怪異という存在を酷く歪なレンズにしていただけだったんです」



 脳裏に、お嬢様とメスガキ(ウェル)の姿を浮かべる。

 メスガキがざぁこざぁこと煽ってきた、夕飯テメエの分に辛子入れんぞ。



「そのレンズを通したら、どんなもの怪異でも、私の家族を殺した怪異の姿に変えてしまう」



 怪異というだけで殺意を剥き出しにする、本当に笑える危険人物だと、思わず失笑する。



「けれど……想像したんですよ。思考実験という奴ですね」



 くるりと回って、手すりに背を預ける。



「もし、目の前の怪異のウェルがいて、その隣に人間だった頃のウェルがいる光景を想像したら…私は怪異のウェルだけに怒りを覚えて、人間のウェルに対しては何も思わなかった」



 それはつまるところ、こういう意味だろう。



「怪異という種族だからぶっ殺そうぜ!! って……笑えるでしょ?

 差別主義者の見本ですか? あははははは」



 差別とは、ある事柄を理由に不当な差をつけること…。


 怪異という理由で死ねと、生きる資格などないと無遠慮に暴走をしていた。



「何が言いたいか、分かりますか?」




 暁さんの背に貨物トラックが轟音を鳴き叫び、

  私の背にある月は荒れ狂うように、赤く染まった気がした。




「常識とは18才までに積み上げられた偏見の堆積物にすぎない。

 自分に対して、暁さんは偏見が過ぎます。

 我も人、彼も人ですよ」



 アインシュタインは後世に生きる人に〝価値観さえ疑う心〟を残したかった。


 だから、そう。



「————人が聖人の真似事をするな、分相応を知るがいい。

 つまりはそういうことです」







「……………………しかs」


「だああああああああああああ!!!」



 ドォォォォォォォォォォォンッ!! と、回し蹴りを放ち橋から暁さんをぶっ飛ばして落とす。



「うん! お嬢様みたいにしようとしたけどやっぱ無理!! やっぱり素が一番!」



 詩的とか無理だわ私には! もう面倒くせえから殴ろう! うん!!



「それでもクヨクヨするならこれが罰!! これで分からないならフォーリ◯ダウン・レイティバグ使いますよっ!!」

「え、ちょま、なんでそんなエロゲのネタを」


「問答無用っ! ————天◯失墜ッ!!」




「え、ちょ、ま、————ぎゃああああああああ!!」



 ドボォォォォォォォンッッッ!!! という強烈な音とそれ以上かと思えるほど大きな水飛沫を上がった。



「……見様見真似だと、まあ、失敗しますよねえ……」

「無茶苦茶すぎる……」



 真夜中の川で、大の字でぷかぷか浮かぶ私と、全身が打撲傷で凄いことになってる暁さん。


 まあその打撲傷、私が原因なんだけどね。



「はあ。今、本当は秋なのに…何してるんでしょうねー」

「羽山さん、ブーメランって知ってますか?」



 夏の気候でも、夜は寒い、とんでもなく寒い。


 その中で川に飛び込んで、服に水がこれでもかと染み込んだのだから、そりゃあもう寒い。



「自分を許せないならその度に蹴り飛ばします。そして気に食わなければまた蹴り飛ばします。

 それが罰だと納得してください、出来なければ次は飢餓虚◯・魔王星を撃ちます」

「ブラックホールなんですがそれは」



 意外とこの人、マニアックなネタ知ってんな。意味もなく笑い声が漏れる。



「菊池家関係者の男は大体面倒臭い。だから殴るぐらいが丁度良い。

 これは菊池家の家訓ですっ」

「初めて聞いた……」

「それはそう、今作ったんで」



 あははは、と腕で顔を隠して笑い声を吐き散らす。


「なんだこれ? 会話したと思えば気に食わなくて蹴り飛ばして悩みとかクソだる鉄拳制裁っていつのドラマですかこれ」



 笑える、もう本当にくだらなくすぎて意味もなく笑えてきた。



「はは、はははは」

「………くす」


「あ、暁さん笑った」



「ええ、とても可笑しくて。思った以上に…いいや、思っていた100倍も破天荒な方だったんですね」



 くだらなすぎてもう笑える。暁さんもクスクスと上品に笑う。これは受けの笑顔。




「こんばんはっ! 怪異さんですよっ♪

 ————ご一緒いいかしら?」

変化少ないのでそろそろテコ入れします。



序章5話の伏線回収です

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