二十五話、レヴィア
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二日後、未だ精神が不安定なアラカ。
けれどもその間、現実は悲しいぐらいに進み……その日、本来護衛する予定だった対象と顔合わせをすることになった。
夏風の漂う街、その郊外にある長閑な庭園。
庭園にはその地を囲う形でアートがあった。ドームの骨組みのような金属のアート。
シンプルな形状に、無粋な芸術を一切孕まないそれはある種の完成形とも思えた。
その中心に……彼女はいた。
茶菓子と、紅茶の入ったティーカップを用意しながら……その香りが鼻腔を擽る。
「お初にお目にかかります。
N◯R絶対殺す聖教国の教皇、レヴィアです♪」
なんか見覚えある金髪を揺らして穏やかに女性は挨拶をした。
「ってあれ…?」
————やる気0%。
真っ白に燃え尽きた様子でなんか「ぁー」って呟いている様は本当に活力ゼロを思わせる。地の文のやる気も語彙力と一緒に抜け落ちていた。
綴といちゃいちゃシーンが来るまで語彙力はこんなもんだろう。
「おはつ、です。あらか、です」
やる気なさそう。
まさかキャラ一人消えるだけでここまで語彙力が壊れるとは思っていなかったのだろう。見積の甘さが祟っていた。
「貴方とは、一度お話をしてみたかったのよ。
まあ座ってくださいな、アラカさん」
促されるままに、椅子へと腰掛けるアラカ。
「まあ、まずは紅茶でもどうぞ」
「…………いた、だ、き、ます……」
ティーカップの水面を見て……アラカは、ぼろぼろの自分に、微かな怒りを覚える。
「……汚い、瞳……」
耳が一個無くなってから……アラカは再生させることが出来なかった。
何故だか再生することに、嫌悪を覚えているのだ。
「(こたえは……もう、得てる……この、傷、は……)」
水面が揺れ……そこに写る影を散らす。
「(わかって、るんだよ……そんな、こ、と……)」
喉奥に疼く怒りを流すように、紅茶を飲む。
「私も失礼するわね〜」
レヴィアはその様子を微笑ましく思いながらテーブルの下から
————髑髏盃を取り出した。
「……?」
「ああ、これ? オシャレでしょう? ラムダ縫合の部分を持つと飲みやすいのよ」
人の頭蓋骨を、切断して作られる盃。
それに紅茶を注いでレヴィアは器用に飲み始めた。
「ねえアラカさん、この面が……貴方の元、自称友人さんのものだったら、どう思うかしら?」
盃の口を離しながら、そんなことを不意に尋ねる。
「…………」
それに対して、壊れ切った瞳は何も動かない。
「……さあ」
ポツリと溢れた言葉は、何も映さない瞳をそのまま抉り出したようなものだった。
「てれ、びの…む、こうで……しん、だ、人が、いて、も……特、に、な、にも」
「じゃあ……私に対しては、どうかしら?」
「それ、も……とく、に、は」
テレビの向こうにいる人殺し。それに対して別に時に思わないのと同じだ。
「何故かしら」
「そこに、何か理由がある。
それを聞かずに、切り、捨てるのは……」
辿々しい声で呟く。
「…………………気に、食わない、気が、するから、で、す」
ギリ……と牙を軋らせる。
「やはり、あなたには不思議な資質があるみたいですね」
瞳を細めて、そう告げるレヴィアは……ただ、底知れない…という感想を与える。
「では、あなたを傷つけた人にも、理由はあったのかしら」
「……………はい」
危険なところに斬り込むレヴィア。しかしアラカは理性を総動員したのだろう、過去を極力思い出さないようにしながら……声を漏らした。
「た、だ……みん、な……つかれ、て…いた、の、……で、す」
————ピキッ…と、何かがヒビ割れる音がした。
「狂気、は…よわ、さ、から……うま、れ、る。
だ、から………」
殺したいほど憎んでいる人間、それを擁護すること。
それにより生じる軋轢……それが殺意の呼び水となっているのだ。
「み、んな……こ、のげん、じ、つに……まけ、て、しまっ、た……の、だと…お、もい、ます」
「なら……復讐しない?」
その問いに、アラカは首を横に振る。
「それ、で、も……こ、ろし…ま、す」
「それは、何故かしら?」
その言葉に、胸を締め付けられる思いを…アラカは覚えた。
「おも、い…は……ど、うし、ても……。
きえ、て……く、れな、かっ、た……です」
感情と理性は別物だ。感情は理屈で分解は出来ても、底にある想いを書き換えることだけは出来ない。
「……賢く生きることは、できないのかしら」
「賢く……いき、る…?」
————復讐は何も生まないよ?
————なんでそんな酷いことばっか考えてるの!! やめなさい!!
————賢く生きようよ。ほら、だから私に捨てられるのよ。
殺意が、鳴動して鼓動を鳴らす。
「それ、は……」
ぴくり……と、殺意が鳴り響く。
触れてもいないティーカップに、ヒビが入る。
魔力を持つ存在は、その殺意だけで物理現象さえ起こし得た。
「どういう、意味か……わかって、言って、ます、か……」
声は平静を装っているが、その底には計り知れない憎悪と悪意が捩じ込まれていた。
————もっと心に余裕とは持てないの?
————復讐心なんて何も生まないよ←元凶。
————どうすれば良いか一緒に考えよっ←壊した原因。
アラカは知っていた。過去に彼女を傷付けた元凶からその類の言葉を。
怒りを軋らせた彼女を、余計に壊した言葉を。
「牙を、きしら、せ……。
はぎ、しり、をして……」
常人では抱くだけで絶死しかねない殺意。その箱を今、開けたのだ。
「その、上で……ちな、みだ、を飲めと……あなたは、いうの、ですか………」
それが〝賢く生きる〟ということ。
それを〝できませんか?〟と、部外者が、その衝動に精神を掻きむしられたことのない常人が、軽々しく土足であがる。
「(ああ、やはり……この子の行動原理は殺意だ)」
その中で、レヴィアはアラカの人格を……知った。
「(殺意を、必死に押し殺している……その性質が、あまりにも高潔で、清廉だから彼女はここまで……壊れてる)」
理性が〝育ちすぎている〟がゆえに起きている軋轢。
殺人はいけないという意志が齎す重度の殺意。それがアラカを蝕んでいた。
「(……あら、これ不味いわね。
今の、問いかけ自体がかなり強烈な禁忌に……)」
今、何か不用意な行動を起こせば〝目の前の護衛に殺される〟。そんな確信に近い予感がレヴィアにはあった。
「…………ごめんなさ————」
「…………」
「————」
触れるな。問うな、知るな、思うな、平然と、平凡な日々を過ごせた人間が〝異常者に近づく事〟……それが余りにも殺意を軋らせる、不快感が滲み溢れる。
ここで初めて気付いた。
「(嗚呼、このままじゃ————本当に殺される)」
殺すか————殺さないか————。
その瀬戸際で、殺意を軋らせているのが分かる。
本当に、常に限界なのだ。心の器が棒一本の表面張力にさえ劣る。
「……ッ…」
————この殺意のままに行動すれば、君は幸福になれるよ。
「————」
ぶち。
「………?」
血が庭園のテーブルに、ポタリと零れ落ちる。
それは誰の血なのか、レヴィアは状況も理解が追いつかなまま……血を垂らす……その先を見た。
「……!」
————アラカは自分の右手の付け根に、ナイフを貫通されていた。
殺意を軋らせながら、それでも耐えようとしている。
「……ッ!」
————ごりゅ。
肉ごと、抉り壊す気でナイフが半回転を起こす。
右手が在らぬ方角へ曲がる。
「っ……! っ、ぁ゛ぁ゛ッ…!」
ぶち、ぶちぶち…………。
「…………」
「………っ」
「……ごめ、ん…な、さい……」
血が滴り……〝千切れた右手〟がボタッ……と、落ちる。
「いえ、良いのよ……私が、悪かったの」
「…………それ…は…ち、がい…ま、す……」
レヴィアの声に、否定を投げるアラカ。
「かが、い、しゃ、なら……まだ、し、も。
わた、しは……あな、た、に…なに、も……され、て、な」
声が止まった。
「ッ……!」
————殺したい。理性など、捨てれば、この場で殺せば……。
理性が、勝手に溢れ出す。
悪の才能が、あまりにもなさ過ぎる少女は……八つ当たりの一つさえ、八つ当たりだと認識〝できてしまう〟
「………あた、ま……ひや、し、て、きま、す」
ただ八つ当たり出来れば、ふざけるなと、怒りを露わにすれば……楽なのに。それさえ出来ない。
「私こそ、ごめんなさいね。そう、よね……」
ポツリと、独白のようにレヴィアは声を漏らした。
「誰かを諭すって、その闇を真正面から…受け止めることだもの、ね」
相手がアラカだからこそ、実害は無かった。
だがこれが……理性がない相手であれば…………きっと〝諭す代償〟を味わっていただろう。
「……手はこっちで掃除しておくから気にしないで。
はい、手、もらうね」
アラカは手を再生もできず……ただ傷口を強く…強く、壊死するほどに強く握り潰す。
「…………」
庭園に備えられた綺麗なテーブルは……アラカの血で染まり切っていた。
その状況で、ただ会釈をして……アラカは逃げるように、庭園を後にした。
「……擬似人格共有/タイプ17 解除。
認識調整/持続————異能【聖女】 発動」
鬱々……
綴消えたせいでモチベが死にかけてました。
予定では綴は〝章の終わりに帰ってくる予定〟でしたが無理ですごめんなさい。あのドラゴンすぐに帰ってきます