二十三話、夕立を背に。
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夕立、窓外では紅い灯が木々を照らす。
夏の草花はゆらりと、その葉を燻らせる。
「やあ、お邪魔するよ」
ふわり…と、黒い軍服が微かな重力に逆らうように浮かび上がる。
黒い長髪に、琥珀色の瞳……中学生ほどの背丈なのに、その背中は何故か悍ましいほどに巨大だと…そう思わずにはいられない。
「…………?」
夕立、血に染まった包帯を……その隙間からぴく……と揺れる耳が、来訪者を告げていた。
「? あ、ママ」
「うん、ママだよ。久しいね、ウェル」
「わーい」
来訪者が呼ぶ来訪者。
小さな友は、小さな母の背に無邪気に抱き着く。
「あはは、相変わらずだね。俺に抱き着くのは君くらいだよ」
そんな声に、虚無の瞳を浮かべる。
虚無の瞳と、琥珀色の瞳が重なる。そこには澱んだ闇が宿り、今も躍動を繰り返している……。
夕陽の影が、その世界を黒く焦がす焔のようで、不思議と落ち着く。
「やあアラカ。お邪魔します、だよ」
「……っ……」
枕元に座り、ウェルは の背に甘えるように抱き着いてる。
懐いてるようであった。
ただ、目を覚ましたということは……側に彼がいないということを自覚するということであり、涙が芽吹く。
「————小さなこのバラを誰も知らない」
ゆらりと燻る陽炎が……その動きをやめた。
「巡礼者だったのかも」
窓外の草花は、心地よい風に、頬を緩ませる。
「私が道から摘みあげて」
片方だけ空いた窓の隙間から、ほんのりと暖かい風をおぼえた。
「君に捧げなかったなら」
頬を緩ませる風に、アラカは を見上げる形で、その顔を見た。
「寂しがるのは蜂くらい」
ただ、静かに。
「蝶くらい」
瞳を閉じて、詩を綴っていた。
「えみ、り…?」
「そうだね」
アメリカの詩人、エミリーディキンソンの詩。
「さて、小さなお花さん。こんにちはだよ」
「…………こ、ん…。にち、わ」
まともに他者を認識できたアラカは、ぼーっと、状況の把握もできない様子で声を漏らした。
「今の詩少し、ずれてない……?」
「そうだね、正直言って少し関係のない詩だよ。
けれど、文学はそれでいい」
窓からふわりと、若い葉が降りてくる。それを は指でふれ……すっ…、と拾い上げる。
「辛い時、悲しい時、苦しい時に、少しでも助けになるのなら……文学は、文学の価値足り得る。
事実、アラカはこうして安定した」
茎を摘み、くるりと遊ばせて、その背をなぞり……そっとアラカの側に置く。
「ふふ、どうにも、一本取れたようだ」
この状態のアラカに、心の安定を齎す。それだけで の心に関する技量の高さは伺える。
「ごよう、けん…は…?」
「いや何。少しばかり藪に銃口を突っ込んでみようと思ってね」
は身体を崩して、楽な体勢を取る。
怪異の元首領。ひさびさの出番。
読んでくださりありがとうございます…!