二十一話、繋ぎ
記念すべき、 100話目で、これかぁ……(遠い目)
◆◆◆
時は遡ること二日前、聖女派の襲撃。
その日の夕方、ニュースでは早速その事件が報道されていた。
『————以上が、先日起こった怪異事件になります』
アラカがぼろぼろになりながらヨタヨタ歩く姿から、怪異の襲撃。
黒いドラゴンの出現に、殺害されたテレビ局の人間。それらが映し出されていた。
『怪異事件は今や、日常の一部となりつつある現代日本。
そのため、N◯R絶対殺す聖教国は『今回の件は不慮の事故であった』……と、寛容な姿勢を見せてくれています』
その後の顛末を簡潔に述べるニュースキャスター、ここでの注目はやはりアラカであった。
『菊池アラカ君と……謎の黒竜の協力もあり、最悪の事態は回避されたと言っていいでしょう』
画面に映る、身体中ぼろぼろの姿。その姿に胸を締め付けられる想いに駆られる。
『SNS上では意見が二分しているようです。
一方はアラカ君に恋をした意見』
【血だらけで小腸まき散らしても、まだ戦わされるのかよ…まだアザだらけだった…】
【不死説はやっぱりマジなんだろうか……けど、前より元気がないように見える】
【本当に可愛くて、見るだけでお菓子あげたくなる…】
【アラカ君から手紙きた、いい匂いする……】
【プレゼント送ったら直筆の手紙届いた。
こんな良い子を痛め付けたクズが街単位でいたってマジ?】
『もう一方は……』
画面にはテロップが貼り出され、そこにはネット上の声が乗っていた。
『……ネット上では、特定の人物の個人情報が晒されておりますが、くれぐれも……』
そこで、言葉が詰まる。
『くれ、ぐれ、も……』
同じ言葉を、続ける。それは、彼女の胸に宿る胸糞悪さによるものだった。
『………………』
————その先は、どうしても言えなかった。
言わなければいけない、仕事だから。わかっているのだ、本当は。
だが本音が、心がどうしても叫んでいたのだ。
『(っ…………傷付けるな、なんて、言え、ない……どうして、も言えない……。
……傷ついて、しまえばいいって……っ…!)』
彼女は、過去にアラカに対する誹謗中傷を行なっていた。
酒を煽りながら、日々の疲れを誰かが叩かれているのをみて、同じように叩き、解消していた。
ゆえに、感情移入が始まってしまっていたのだ。
————自分がのうのうと、生きてるという理不尽に胸糞悪さを覚えて仕方ないのだ。
『…………もう一方は、アラカ君を、もう休ませてほしいという声ですね』
続きをいえなかったキャスターを、咎める声はなかった。
画面に映される意見とすら呼べない意見は、悲しいかなその理由を虚実に語っていた。
【あの動画みた、◯◯、◇◇◇、先生、皆ありがとうございました、ごめん、大好き】
【例の動画みたから、もう無理だよ。頼むから休んで、頼むから世界見捨ててくれ…頼むから、もう頑張るな】
【動画で自殺考えて、血迷ってアラカ君に手紙送ったら刺繍の入ったハンカチ届いた……手紙に『自殺してもいいよ、無理はしないでね。生きていたらいつかお話ししよ』ってあってママ味を感じて何とか生きてる、アラカママぁ…】
画面に映し出された様々な声。おぎゃる声、ママ呼び、感謝文。
中にはもう死んでいい、という意見すら混ざっている。
————そんなテレビを見て。とある派出所から二人の警官がポツリと呟いた。
「……子供の頃……警察って、悪い人を捕まえるのが仕事だと思ってました」
「奇遇だな、おれもだ」
ぎぃ、と椅子の背もたれに倒れて、無意味に青い空を眺める。
「……悪い奴、捕まえ………………」
「…………うちの署の、署長を含めて。何人を捕まえればいい?
この街の機能、殆ど残らねえぞ」
そこまで言って、瞳を閉じて、諦めたように、自嘲するように息を吐き捨てる。
彼らはアラカの住む街の警官だ。そして同時に、アラカの人生を破壊した人間でもある。
過去、アラカは壊れる精神の瀬戸際で、一度だけ、確かに一度だけ……警察を頼ろうとしたことがあった。
知り合いが敵にしか映らなかった彼女にとっては〝関わりある誰か〟より〝関わりのない誰か〟の方がマシだった。
そんな最後の綱のようなものを、彼らは切り落としたのだ。
「……いや、もう、残んなくても、いいのかもな。
俺も、お前も…何もかも…」
「…………」
重苦しい中、警官は重い腰を上げて窓の前に立ち……タバコを取り出した。
「怪異事件が起き始めてから……怪異関係の事件では洗脳なんてのも多く取り扱われた。
その結果……洗脳されてた人間の起こした事件は罪を問わない……っつーことになってる」
ライターを取り出して、火を付けようとして……オイルが切れているのか
〝カチッ、カチッ〟
と、煩わしい音が響く。
「…………」
かんっ………。と、近くのゴミ箱にライターを投げ捨てる。
それを相方の警官が拾い「危険物っすよ」と吐き捨てて投げる。
「…………俺らは、洗脳されてましたか……?」
「…………………」
火のついていないタバコを、意味もなく咥える。
「先輩……タバコ、外で吸ってください」
「…………そうだな、すまん」
咥えタバコを、取っては、指先で捻るようにいじり……意味もなく気分の悪さを覚えて握り潰す。
「あの子に、対してされる犯罪行為は……目を瞑って。自分の職務を、ぶち撒けて……
今更、ごめんなさい全部間違ってました、今からしっかりしますねって……俺がされたら、たぶん本気で殺す」
そう告げる。そう、分かっているのだ。自分という人間が、どこまでいっても醜悪にしかなれないと。
だから、胸糞悪くて……どうしようもない。
「は、ははっ……違反行為なんて、何もしてない……英雄を、痛め付けて? 犯罪しても、のうのうと生きてる俺らって、なんなんだろうな……?」
ただ、胸がぐちゃぐちゃに壊れるのを……自覚しながら、意味もなく足を立たせるのだ。
「………謝罪も、できず……なに、してんでしょうね。俺ら」
「近付くだけで発作が起きる……もう、一度……近付いて……泣かせるのか。
そんな、精神をぐちゃぐちゃにさせた状態で謝罪って……なんだよ、意味わかんねえよ……」
以前、彼は見ていた。
ショッピングモールでぐちゃぐちゃに泣き出してしまったアラカを。
警察官としての人生、その全てが串刺しにされた気分を、今でも覚えていた。何よりアラカを切り捨てたという確かな事実が、因果応報の刃として心臓を壊していくのだ。
辞表を書いて、提出しようとして……ギリギリで、それが逃げだと指摘されて……もう袋小路だった。
自分がした行動が、強引に自覚させられて……穴の空いた胸を抱えたような気分のまま………生きていく。
「(…………せめて、手紙ぐらい……おくら、ねえとな……。
あと……大きな、ぬいぐるみ、とか、喜んでくれ…るかな)」
————そして、またぬいぐるみが増える。
読んでくださりありがとうございます…!




