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最終話 終戦、そして新たなる戦いへ

 今日で最終回です。


 ほぼ二カ月は長かったなぁ・・・・・・


 作品も評価されて、嬉しい限りです。


 これも皆様のおかげです。


 というわけで今日でひとまず、終わりの帰国子女、再び甲子園を目指すの最終話です。


 どうか、ご拝読をお願い致します


 試合はゼロ更新のまま、延長一三回に入り、今大会初のタイブレークが導入されることになった。


「長い・・・・・・もう飽きてきたで?」


 柴原がそう言いながら、木島と同じくパイナップルを沿えた、ブルーハワイソーダをグラスで飲みながら甲子園のベンチでふんぞり返っていた。


「お前も十分、南国気分を満喫しているじゃねぇかよ」


 俺がそう言うと、井伊が「確かに長いな・・・・・・見ている方も命懸けだ」と続けて、ブルーハワイソーダを飲みながらベンチにふんぞり返る。


 まぁ、すでに試合時間は四時間半を超えているからな?


 肝心の試合を見ると、十三回の表における聖グリフィン学園の攻撃においては、聖グリフィンはバントを使ってランナーを進めようとするが、沢木はそれに対してスライダーを使ってスリーバント失敗に追い込んで、ワンアウトを取り、残りのバッター二人もパームで三振に切って取った。


「ゼェェェェェェェェェト!」


 この日、一番の雄たけびを上げた、沢木はベンチに全力疾走で戻って行った。


 対する中部帝頭は海王が相手のバントをスライダーで失敗させるが、続くバッターが海王のストレートをセンター前に運び、ワンアウト満塁の状況を作り上げた。


「ゼットマンが相手か?」


「毒電波男が相手か・・・・・・ゼェェェェェト!」


 井伊がそう言うと、部員たちも「ゼェェェェェェト!」と叫ぶ。


「止めろぉぉぉぉ! その雄たけびで俺は頭がおかしくなりかけたんだぁぁぁぁぁ!」


 甘藤がそう頭を抱えながら叫ぶ中で、中部帝頭のバッターがセンターフライを上げて、犠牲フライとなり中部帝頭はサヨナラ勝ちを上げた。


「うわぁ、ゼットマンが相手だ・・・・・・」


「ゼェェェェェェト!」


 早川の部員たちがそう言う中で、山南が真山に「データ取ったか?」と聞いてきた。


「かなり打ちにくい投手であることは確かです。ですが、攻略点を必ず見つけ出します」


 真山がそう言うと、林田が「今日は宿舎に帰るぞ。練習はしないがミーティングはやるぞ」と言った。


 部員達は「ゼェェェェェェト!」と叫ぶが、林田が「ハイだろう」と短く言い放った。


「ハイ!」


「素直でよろしい」


 そう言って、俺達は甲子園の座席を離れた。


「おら、南国気分、帰るぞ」


 そう言って、井伊と柴原と木島は「ふっ、体力は消耗した」や「ワシらは休息十分、十分勝つ可能性があるで?」と言って、グラスをしまった。


「お前ら、そういう油断が魔物を呼ぶんだぞ」


 山南がそう井伊と柴原と木島を注意する中で、部員たちは帰り支度を始める。


「真山、残るのか?」


 俺は真山に聞くと「甘藤たちと残って、残り試合をウォッチするつもりです」と返してきた。


「暑いから無理するなよ」


「随分と今日は優しいですね?」


 真山がそう言うと俺は「お前が寝ていないって情報を聞いているからだよ」とだけ言った。


「大丈夫です、私の平均睡眠時間は四時間ですから」


 真山がそう言うと「たまにいるよな? そういう奴?」と言って、甲子園の客席から立った。


「頼んだぞ」


「言われるまでもなく」


 そう言って、甲子園を後にしようとすると、広川大付属の面々と鉢合わせした。


「あっ、神崎さん!」


 井伊がそう叫ぶと、神崎功の兄である神崎翔が「弟が失礼な態度を取っていないかい?」と聞いてきた。


「大丈夫ですよ! 俺たちが教育を徹底していますから!」


 そう井伊が胸を張るが、すぐ傍にいた長原が「不安だな・・・・・・」とだけ言った。


「あんたの干渉を受けるまでも無いよ」


 神崎功がそう言うと、神崎翔は「まぁ、先輩に迷惑をかけるなよ」とだけ言って、踵を返す。


「試合ですか?」


「一応ね?」


 神崎と少し会話をし始めた後に長原が「浦木、お前はプロ行くのか?」と聞いてきた。


「・・・・・・進路の事はお前には明言しないが、お前の夢の邪魔はしないつもりだ」


 俺は長原にそう言うと、長原は「・・・・・・進学するのか?」と聞いてきた。


「誰にも言うなよ」


 俺がそう言うと長原は「あぁ・・・・・・」と静かに言った。


「じゃあ、宿舎に帰るんで?」


「当たると面白いな。勝ち残ってくれよ」


 神崎翔がそう言うと、広川大付属の面々と別れることになった。


 その間、長原は俺に対して何か複雑そうな目線を向けていた。


「何だろうな、あいつ?」


 俺がそう言うと、井伊が「恋・・・・・・とか?」と首を傾げる。


「BLかよ? いつから俺たちは少女漫画の要素を取り入れた?」


「今の少女漫画のトレンドよぉ?」


 井伊がそう言うと、俺は「帰るぞ」と面倒臭げに答えた。


 甲子園を出ると俺達は阪神電鉄の甲子園駅へと向かい、そのまま電車に乗った。


「バスにすればいいのに?」


「監督の趣味嗜好だからさ?」


 俺がそう言う先には、阪神電鉄の車両のモーター音を地面に這いつくばって、聞いている林田の姿があった。


 その顔はいつにもなく恍惚に満ちたものだった。


 関西でもこれかよ・・・・・・


 俺がそう脳内で毒づいている中で、電車は発進をした。


「暑かった・・・・・・」


 俺はそう言った後に軽く座席で眠ろうとしたが、井伊と柴原と木島が再びブルーハワイソーダパイナップル添えを電車で、ふんぞり返るように座りながら飲んでいたので、すぐに立ち上がり三人を小突いた。


「何で、p殴るんや!」


「関西でもそれか、お前らは!」


「関西はワシのホームや! キジーや井伊もそれに同調したまでや! なっ?」


「理不尽だ・・・・・・」


「そうかよ」


 俺はため息を付いた後に、座席に戻り、眠りに落ちた。


 その時の夢は何故か、井伊がきび団子片手に、柴原と木島に甘藤を従えて、鬼に扮した今は大学生の金原のいる鬼ヶ島に襲撃を仕掛けるが、すぐに返り討ちになって、延々と説教を受けるという内容の夢を見た。


「浦木さん・・・・・・起きてください、着きましたよ」


 俺が黒川に起こされる形で起き上がると黒川は「先輩、よだれ流しながら、笑っていましたよ」とだけ言った。


「・・・・・・失態だな」


 その後は道頓堀の宿舎に戻る事にした。



 翌日の甲子園球場で俺達は一塁側ベンチを陣取り、中部帝頭大付属と戦う事となった。


「さぁ、消耗したゼットマンと対決だ!」


 井伊がそう言うと、柴原は「ゼットや、みんな、ゼットし続けるんや!」と言って「クックック!」という笑い声を浮かべる。


「・・・・・・うちの野球部が毒電波にやられている」


「いい具合に飛田さん化しているなぁ。その内に少佐の演説とかやるんじゃねぇの?」


「あの演説は今の時点では問題あるので、言わないでおきましょう」


 俺と黒川は何故か、飛田さんのアニメ談議に花を咲かせていた。


「まぁ、さっさと勝って、みんなの目を覚まさせてやればいいんじゃないですか?」


 黒川がそう言う中で、相手ベンチを見ると、沢木が左腕をテーピングでぐるぐる巻きにした状態で、こちらを眺めて、ぶつぶつと独り言を言っていた。


 割と美少年なのに、いい具合にゼットマンじゃあ勿体ないなと俺は思った。


「お前ら、試合に勝つまでゼット禁止」


 林田がそう言うと井伊と柴原は「よっしゃ、勝って、俺たちのゼットを取り戻すで!」や「奴から・・・・・・ゼットを奪う!」と意気込みを見せたが、そのモチベーションの根源は俺には分からなかった。


「浦木」


「はい」


 俺はゼットなどと言わずに普通の返事で答えると、林田は「先発だぞ」とだけ言った。


「了解、最少失点で切り抜けます」


 そう言った中で試合開始時間になり、試合前の整列を行う事となった。


「ゼット・・・・・・ゼット・・・・・・ゼット・・・・・・」


 その間、沢木は親指を噛みながら、延々と独り言を言い続けていた。


「・・・・・・お前らのエース大丈夫?」


「うん、病んでいるけど、実力でここまで来たから、エースなんだよ」


「・・・・・・大変?」


「うん」


 そう中部帝頭大付属の選手達と短く会話をした後に礼をして、俺は甲子園のマウンドへと向かって行った。


 井伊に投球練習で数球スローボールを投げて感触を確かめる。


「よし、アイン、行くぞ!」


「了解」


 そう井伊と短く会話すると、俺はロジンバックを捨て、中部帝頭の一番バッターと相対す。


「プレイ!」


 試合開始のサイレンが鳴る中で、俺は一球目にインコース低めのストレートを投げた。


 一番バッターはそれを振ってくる。


 やはり、強豪校だからマシンで速球対策はしているな?


 俺はそう思って、右バッターに対して外角へ逃げるカーブを投げる。


 すると、一番バッターはカーブに合わせてきた。


 打球は柴原の元に転がり、ワンアウトを取る。


「ワンアウト!」


 井伊がそう言うと二番バッターが打席に立つ。


 初球外角中段のストレートを投げると初球からそれを当ててきた。


 それを黒川が処理して、ツーアウトを得た。


「ツーアウト!」


「ツーアウツ!」


 チームメイトがそう声を掛け合う中で、三番の右バッターを迎え俺は初球をインコース低めに落ちる縦のスライダーを投げた。


 ボールは低めギリギリに落ちて、ストライクとなった。


「良いぞ、アイン!」


 井伊がそう声をかける中で、俺はボールを受け取り、ロジンバックに手をかけてすぐに捨てる。


 続いて、アウトコース中段にストレートを投げるが、三番バッターはそれを流し打つ。


 その打球は一塁線のファウルとなる。


 それを見た、俺は井伊がストレートのサインを出す中で、サインに首を振り高速スライダーを選択した。


 その結果、外に逃げるスライダーを追いかける様なスイングをした、三番バッターを三振に切って取った。


「オッケィ! ナイス!」


 俺と井伊は走ってベンチへと戻るが、俺は「相手は当ててくるな。ここまでかわすピッチングだ」とだけ言った。


「相手はアインがストレートでねじ伏せるピッチャーだと思っているから、得意の投球センスで裏をかこうぜ」


 井伊が肩を叩く。


「よし、行ってくるぜ」


 木村がセンターから戻ってすぐにバットを手にバッターボックスに入る。


「行けぇい、真正テポドン!」


 三年生がそう叫ぶと、柴原が「テポドンはワシのあだ名や!」と怒号を飛ばす。


 木村は左腕が遅れてくる、沢木の変則フォームにタイミングを合わせることが出来ずに一三〇キロ後半のストレート二球を空振りした後にパームボールで三振に切って取られた。


「ゼェェェェェェェト!」


「出たぁ! ゼットや!」


 そう柴原を始めとするチームメイトは沢木のゼットの叫び声を聞いて、逆に喜んでいる。 


 味方が三振したのに・・・・・・


 続く二番の林原はストレートを一球空振りした後にスライダーを合わせてファウルにするが、三球目に再びパームボールを投げられて、三振に切って取られた。


「ゼェェェェェェェト!」


「うん、ここまで敵に三振を取られて、嬉しい事は無い」


「同感や?」


 そう言ってネクストに立とうとする井伊に柴原がそう話すと、俺は「シャレにならないぞ、あいつ等、俺のボールは当てているのに、こっちの攻撃は一球も当てられないなんて?」と苦言を呈した。


 しかし、続く三番木島が沢木のストレートを合わせて、センター前へと運ぶ。


「ゼッゼッ・・・・・・ゼェェェト?」


 動揺した瞬間もゼットは言うんだな?


 俺は内心では呆れかえっていたが、井伊が打席に立つと同時にゼルダの伝説のテーマが場内に響く。


「頼むで、四番!」


 柴原がそう言うと井伊は「俺に任せておけぇい!」と答える。


 その井伊が左バッターボックスに立つと、沢木は一三〇キロ後半のストレートを投げるが、井伊は変則フォームにタイミングが合わずに空ぶる。


「あれ、合わせづらいんだよな・・・・・・」


 林原がそう言うと、俺は「左腕が遅れてくるんですか?」と聞いた。


「あぁ、しかも対角線に投げると角度が付いて、打ちづらい」


「おまけにパームだしな、三振王」


 木村がそう言うと林原は「お前もだろう」と悪態をつく。


 すると、p井伊は沢木の投げたスローカーブにタイミングを外し、気が付けば三振に切って取った。


「ゼェェェェェェェト!」


 もういいよ、サイコ野郎。


 俺は内心、舌打ちをしたい気分を抑えて、グローブを手に井伊の帰りを待った。


「相手は上手いな? ピッチング。バカでサイコだけど」


「それには同意する」


 井伊が防具を付けるのを手伝った後に俺はマウンドへと向かう。


 プレイが始まり、続く四番バッターが左バッターボックスに立つ中で、俺はアウトコース低めにストレートを投げるが四番はそれを空振りする。


「良いぞ、良いぞ、自分のペース!」


 井伊がそう言って、ボールを返球した後にロジンバッグで手を慣らし、それを捨てる。


 そして二球目にインコース中段のストレートを投げると、相手はそれを当ててくる。


 完全にストレートに対して対策を練ってきているな?


 そう思った俺は井伊のストレートの要求に首を振り、左バッターのインコースにえぐる様に入るこむ、高速スライダーを選択して、それを投げた。


 結果、左バッターはそれには手を出せずに見送り三振に切って取られた。


「オッケイ、ワンアウツや!」


 ショートから柴原がそう叫ぶと、俺は次のバッターに目を向けた。


 相手はストレートに狙いを合わせているが、スライダーには手が出ないようだな?


 俺が根っからの剛腕投手というイメージが付きまとっているから、そうなったのだろうが、井伊の言う通りそのイメージを利用して、縦、横のスライダーを軸にした配球をして、基本は打たせて取るピッチングにした方が良いかもしれないな?


 俺はそう思いながら、五番バッターにインコース低めのストレートを投げるが、五番バッターはそれを当ててくる。


 井伊が続いて、右の五番バッターに対して逃げる変化をするカーブを要求する。


 俺はそれに答え、カーブを投げるが、五番バッターがそれを当てて、一塁へのファウルとなる。


 なるほど、カーブも狙っているか?


 俺は井伊が高速スライダーのサインを出したのを見て、それに対して頷いた。


 井伊も俺が感じたことを知ったか?


 俺は高速スライダーを右バッターから逃げる形で投げた。


 すると相手から見事に空振りを奪い、三振に仕留めた。


 相手は思わず顔をしかめる。


「オッケイ、ナイスK!」


 やはり、この配球で行った方が良いな?


 俺はそう噛みしめながら、マウンドで六番バッターを眺め、バッターがボックスに立つのを確認した後に、井伊のサインの要求通りにストレートを投げる。


 相手がそれに当てて来て、サードの八田がそれを処理したのを見て、ベンチへと戻って行った。


 中部帝頭の吹奏楽部は星野源の恋を演奏していたが、それはすぐにため息に変わった。


「・・・・・・後は打線だな?」


「何とか、頑張るよ、ゼットを奴から奪う為に」


 井伊がそう言うと俺は「お前ら、毒電波にやられすぎ」とだけ言った。


 五番、柴原の打席ではファイアーエンブレムのテーマが鳴り響く。


 俺は汗を拭きながら、試合を眺めていたが、気が付けばファイアーエンブレムのテーマがため息に変わり、沢木が「ゼェェェェェェェト!」と叫んでいた。


 三振か・・・・・・


 柴原がベンチに走って戻る中で俺はそれを足蹴にしたい気分になっていた。


 試合は投手戦の様相を呈し始めていた。



 試合は投手戦になったが、沢木は三振を積み重ねここまで早川高校打線をパーフェクトに抑え、俺は三安打を許す形で終盤七回へとゲームは進んでいた。


「・・・・・・あいつは疲労困憊のはずだがな?」


 俺はスポーツドリンクを飲みながら、そう言うが、井伊はバットを持って「すまん」とだけ言った。


 その後に一番木村が三振に倒れると「ゼェェェェェェェト!」と沢木が叫ぶ。


「ゼットマン、黙ってほしいな・・・・・・」


 俺がそう言いながら、右打席に入る林原の打席を見ると、沢木が初球に対角線のストレートを投げたと同時にそれを引っ張り始めた。


「ゼッ・・・・・・ゼェェト?」


 沢木が驚きの表情を上げてスタンドを見上げると、打球はレフトスタンドに飛び込んだ。


「・・・・・・失投だな?」


「あぁ、ついに疲労の限界が来たんか?」


 柴原がそう言ってネクストバッターズサークルに向かう中で、林原は無表情でダイヤモンドを回る。


「ゼ・・・・・・ゼェト・・・・・・ゼェト」


 沢木はどうやら疲労困憊の様だった。


「オッケイ! ナイスホームラン!」


 ベンチが林原を手厚く迎える中で、林田が「速球が抜けたか?」と林原に聞いてきた。


「えぇ、完全に相手は疲れていますね?」


 そう言う最中に木島がセンター前にシングルヒットを放つと、ベンチは「ナイスバッチ!」と声を挙げる。


 そして左バッターボックスには井伊が立つ。


 すると場内にはゼルダの伝説のテーマが流れる。


「ゼッ・・・・・・ト・・・・・・ゼッ・・・・・・ゼッ」


 疲労困憊の沢木がスローカーブを初球に投げると、そのコースは甘く、井伊は内角に入ったその球を引っ張り、ライトスタンドへと持って行った。


「うぉぉぉぉぉぉぉ! あいつ、三試合連続だ!」


 ベンチがそう盛り上がると、井伊と木島がダイヤモンドを回り出す。


 場内にはファイナルファンタジーのレベルアップのテーマが響く。


「アイ~ン! 打ったぞぉぉ!」


「上出来。後は俺が完封すれば万々歳」


 そう言いながら、俺は試合を眺めていると、柴原が三振に倒れていた。


「ゼッ・・・・・・ゼェェェェェト!」


 沢木は疲労困憊の中で気迫を見せる。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


「みんな、スマン」


「三打席連続三振かよ」


「息を吹き返したらどうするんだよ?」


 三年生たちが柴原に苦言を呈する中で、続く、山南と黒川も見事に三振に切って取られた。


「三点あれば、十分さ」


 俺はそう言うと甲子園のマウンドへと向かって行った。


「アインの速球派のイメージを利用して、ここまでクレバーな投球が出来ているぞ」


 井伊がそう言うと、俺は「スライダーが良いな。これを軸に残り二イニングをきっちり抑える」とだけ言った。


「了解!」


 井伊はそう言った後にミットで俺の胸を叩くと、すぐにポジションへと戻って行った。


 さっ・・・・・・お仕事と行こうか?


 相手の先頭バッターである四番を迎えると、俺は相手の中部帝頭の応援曲を聞いていた。


 曲は何故か、ルパン三世だった。


 俺はそれを聞いた後に、アウトコースに速球を投げる。


 すると四番バッターはそれを当てて、ライトフライとなった。


 良いな。


 相手は作戦通りに動いているが、ここまで俺のペースでアウトを重ねている。


 沢木は十七個以上の三振を奪っている中で、俺はこの試合の奪三振数は六個と少ないが、着実にアウトを積み重ねている。


 俺はニヤリと笑うのを自分で感じながら、マウンドで井伊のサインを確認していた。


 すると井伊がマウンドに駆け寄る。


「・・・・・・笑うなよ、まだ試合中なんだから?」


「それだけか?」


「あぁ、それに試合中に笑うのは精神的に弱い証拠だろう?」


「それは劣勢な時限定でな? まぁ、でも・・・・・・自覚はしていたけど、駄目だな、それやっちゃあさ?」


「そうだろう? 試合中はポーカーフェイスじゃなきゃ、アインは?」


 そう言って、井伊はポジションに戻る。


 何もこんな時にマウンドに駆け寄らなくてもいいだろう。


 次のバッターを迎える中で井伊がストレートを要求するのを確認して、井伊のミットを目がけて、ボールを投げた。


 吹奏楽部の演奏の中でかすかにミットのはじける音が俺には聞こえた。



 試合は中部帝頭が俺を速球派でストレート主体のピッチングを続けると、読んで、俺のストレートとカーブを徹底的に狙ってきたが、俺自身も三振にこだわらずに打たせて取るピッチングに徹して、高速スライダーと縦のスライダーを軸に九回までマウンドを守っていた。


 一方で相手ピッチャーの沢木は疲労困憊の状態で、二十四個の三振を奪っていた。


 俺はイメージ先行された、相手の持つ、情報の裏をかき、徹底的に打たせて取るピッチングに徹していた。


 そして、九回の表で俺は見事に完封して、俺たち、早川高校野球部は見事に中部帝頭に勝利した。


「ゼェェェェェェェト!」


 完投しながら負けた沢木は泣きながら、ゼットを叫びながら、甲子園の土を拾っていた。


「さぁ・・・・・・みんな、校歌の時間や」


 柴原に促され、部員たちは甲子園で校歌を口パクで歌い始めた、


 誰も歌詞を知らないのだ。


「いい加減、校長と教頭が激怒するかな?」


「まぁ、俺ら、それほど、学校に対する帰属意識は無いから、良いんじゃない?」


 井伊が答える中で場内に響いた校歌は終わり、俺達は帰り支度をしていた。


 すると場内では、広川大付属の面々と鉢合わせた。


「・・・・・・僕たちが勝てば、君たちと当たる」


 神崎翔がそう言うと、弟の功が「返り討ちにするよ」と自分の兄に挑発を仕掛ける。


「・・・・・・良いゲームをしたいと言うべきだが、僕たちは甲子園優勝が目的だ。当たれば僕らは君たちに容赦するつもりは無い」


「分かりました、楽しみにしています」


 俺が静かにそう答えると、長原が「俺はお前からホームランを打って、アイアンズに入る。それだけは覚えておけ?」と俺を睨み据える。


「・・・・・・お互い、恨みっこ無しだな?」


 そう言って両校の部員達は、顔を合わせる事なく、すれ違って行った。


「アイン、ベスト八になったが、ここで鬼門だな?」


「攻略するさ、勝つなんて豪語しているんだからな? 俺たちは?」


 そう言って、俺は汗をタオルで拭きながら、外へと出ると尋常ではないほどに暑さが皮膚を襲う。


「アイ~ン、ホテル帰るぞ!」


「真山がいない」


「観戦や! 電車やし、早よ行こうや!」


 俺はそれを聞くと、直ぐに井伊や柴原を始めとする面々について行った。


 空はお天道様の機嫌が良いのか、快晴で尚且つ、人を殺すのが楽しいとしか思えないほどの猛暑が襲って、人間様を虐め続けているように俺は思えた。


 そう言って、井伊と柴原を追ったが、井伊と柴原は阪神電鉄本線、甲子園駅の前のトイレで用を足していたが、外側から見事に用を足している様子が丸見えだった。


 しかも、具が見えているのだ。


「何、あれ、きもいわ~」


 そう言いながら地元の女子高生が笑いながら、井伊と柴原に嘲笑を与える。


「お前ら、外に見えているぞ」


 俺が見返ねてトイレに行くと、二人は「何! 俺達のチ●コが撮られた?」と言って、チャックを締め始めた。


「まぁ、女子高生にチ●コ見られて、大爆笑はまだええほうやろ」


 井伊と柴原がそう言う中で、山南が「帰るぞ!」と声を掛ける。


 俺はこの二人を注意することなく、阪神電鉄の甲子園駅へと向かっていた。


「・・・・・・監督の暴走まで五秒前」


 電車が来ると阿藤と俺は関西にまで来て、林田のモーター音を聞く作業を見ていた。


「・・・・・・ユニフォーム同じだから、逃げようがないな?」


「まっ、普段が暴君だからこんな要素があるのが救いようだよ」


 俺と阿藤は普通に座席に乗ることにした。


 時刻は十五時を超える前辺りで、電車越しに見る、関西の空は晴天だった。


 明日も試合か・・・・・・強行日程だ。


 俺はそう思いながら、外の様子を眺めていた。



「ベスト八進出を祝いして・・・・・・乾杯!」


「乾杯!」


 俺達、早川高校野球部は道頓堀のフグ料理店で、明日の準々決勝に向けて、英気を養っていた。


「フグって・・・・・・」


「何や、何か言いたいことがあるんか?」


 柴原が黒川に詰め寄る。


「味が淡白すぎて、ポン酢の味しかしないです」


 それを聞いた柴原は「贅沢を抜かすな! 庶民!」と怒鳴る。


「そうだぞ、フグ高いんだぞ! なっ、アイン?」


 井伊がそう俺に話を向けると、俺は「お前ら、フグの肝食って天国に連れてってもらえよ」とだけ言った。


「ゼェェェェェェト!」


「そんなことしたら、ワシら、昇天してまうで!」


「良いじゃないか。最後は美味い物食って、死ねるんだから?」


 俺がそう言うと二人は「ゼェェェェェト!」と叫び続けた。


 沢木が見たら、どういう反応をするだろうか?


 一緒に叫ぶか、本家本元が『そうじゃないゼェェェェト!』と苦言を呈するか?


 一瞬考えたが、すぐにくだらない事だと分かったので、思考するのを止めた。


「それはそうと、広川大付属が勝ったな?」


 井伊と柴原と黒川が騒いでいる中で、阿藤が俺の隣に座る。


「投げては、神崎の兄貴が一五四キロを出して、王金明も好投。打っては長原がここまで三本のホームランを放っている。特に今年はお前も含めて、二年生の活躍が目立っているから、早くもスポーツ紙は『黄金世代誕生』とか言っているらしいぜ?」


「浦木世代とか?」


「躊躇いもなくそういう発言が出来る、お前は凄いよ」


 阿藤がそう言うと、真山が店に入って来た。


「おう、真山、来たか?」


「せっかくのてっちりや、食え、食え」


 そう言って井伊と柴原が配膳の用意をすると、真山は俺の隣に座った。


「長原が浦木さんに宣戦布告しました」


「何で?」


 俺は自分でも分かるほどにいら立った表情を浮かべた。


「浦木さんからホームランを放つと明言したそうです」


「謙虚じゃないな・・・・・・浦木、そんな子どもの喧嘩に乗るなよ?」


 阿藤がそう言うと「あいつなぁ? ここまで雪解けムードが漂っていたけど、結局こうなるか・・・・・・」と俺はぼやいた。


「データは揃えますから、とにかく優勝目指しましょうよ」


 真山がそう言うと、俺は「まぁ、後、三試合勝ち続けるか?」とだけ言った。


 するとスマホにLINEの着信が入って来た。


 瀬口からだった。


ーいつ、京都行くの?ー


ー分かったよ、チームから抜け出して行くからー


ー大丈夫かな? 甲子園の日程は結構過密だと思うよー


ーじゃあ、俺が負けるのを祈ればいいだろう?ー


 俺がそう返信したその数十秒後に、瀬口から返信が来た。


ー勝ってね! 浦木君に栄光が輝く瞬間が見たいからー


ー分かった、どっちも両立しろってことだな?ー


ー頑張ってね、私どっちも楽しみにしているよ! おやすみー


 そう言って、瀬口とのやり取りは終わった。


 一息を突くと、後ろには井伊と柴原が俺のスマホを眺めていた。


「青春やな?」


「俺も彼女が欲しい・・・・・・ゼェェェェェェト!」


 それを聞いた、俺は店員さんに「すいません、フグの肝はありませんか?」と尋ねた。


「お客さん、死にますわ」


 店員さんがそう言うと、井伊と柴原は「俺たちを殺す気か!」と俺に迫って来た。


 ちなみにここまでバカ騒ぎしているが、明日は準々決勝だ、こんなんで勝てるのだろうか?


 指揮官である林田はひたすらてっちりを食べ続けていた。


 俺はそれを眺めながら、フグ鍋を食べ続けていた。


 淡白だ・・・・・・


 それ以外には何も感慨が湧かなかった。


 高いはずなのだが?


 道頓堀はこれから夜になろうとした。


 早く帰ろうよ・・・・・・


 俺はそう思っていたが、バカ騒ぎは続くばかりだった。


 時刻は七時を迎えようとしていた。



 時刻は午前六時半前。

 

 俺たちはホテルで軽いアップをした後に、甲子園球場へ向けて出発した。


 この後に第一試合として組まれている、広川大付属戦を迎えるのだが、ここで大きな問題が起きた。


「・・・・・・井伊と柴原は?」


 俺がそう黒川に聞くと「昨日、フグの食べ過ぎで下痢をしたらしくて、ホテルに戻りました」とそれを鼻で笑い始めた。


 俺はそれを聞いて「何で、ホテルに戻るんだよ? 下痢止め飲めば収まるだろう?」と自分でも分かるほどに刺々しい言葉を黒川に向ける。


「・・・・・・どうやら、駅で漏らしたらしいです」


 それを聞いた俺は「つぅぅ・・・・・・」と思わず声を出してしまった。


「つまり、ユニフォームと体が汚れて、今はホテルで風呂入ってんだな?」


「まぁ、ユニフォームはスペアがあるって言っていましたから、その点は心配ないとして、問題は二人だけで甲子園に向かえるかでしょうね?」


「まぁ、柴原が土地勘あるから問題ないけど、間に合うのか、甲子園まで?」


「まぁ、俺が見た時は異臭の他に見事に足にまで〝モノ〟が出ていましたからね? ちなみにそれは普通の靴でスパイクは無事です」


 俺はそれを聞いた瞬間に「フグの肝食べさせておけばよかった・・・・・・」と呟いた。


「良いですね、最後の晩餐にはふさわしい食材です」


「良いだろう? あいつらに引導を渡すにはさ? バカだから美味い料理で飛びついて、毒で死ぬんだ」


 俺がそう言う中でも電車の移動と林田の電車のモーター音を聞く、一連の迷惑行為は続き、井伊と柴原不在で何とか甲子園駅へとたどり着いた。


「・・・・・・あのバカ二人は来るまでは待たないといけないのか?」


「何せ、バカでもレギュラーですからね?」


 俺と黒川がそのような話をしていると「バカやない! ジーニアス柴原や!」や「バカと天才は紙一重と言うだろう!」とどこからか声が聞こえる。


 よく見たら、甲子園駅前のトイレで二人は立ちながら用を足していた。


 何で、俺たちよりも先に甲子園に着いているんだよ・・・・・・


 部員一同がそのような疑問を抱いていたが、二人が用を足す光景が外から丸見えで、二人の股間がこちらからも見える様子だった。


 すると、朝早くから甲子園の観戦に来ていた女性ファンたちから「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」と言う悲鳴が上がっていた。


「ふっ、ついに俺たちにも黄色い歓声が・・・・・・来た!」


「悲鳴だよ。早く用足せよ、警察来ちゃうだろう」


 俺がそう二人を急かす中で、女性ファンはスマートフォン片手に「あっ、もしもし警察ですか! 下半身裸の高校球児が、トイレから私たちに下半身を見せつけてくるんです!」と叫びながら警察に通報をしだした。


 それを聞いた俺は「お前ら、兵庫県警来ちゃうだろう!」と井伊と柴原が、トイレから上がったところを怒鳴りつける。


 俺は普段から怒鳴ることは滅多に無いが、この時は別だった。


「お嬢さん・・・・・・我々は変質者じゃあありません!」


「そうです、高校球児なんです!」


 そう言って、女性ファン達に近寄る二人だったが、女性ファンたちは「ぎゃぁぁぁぁぁ! レイプ魔!」と言って逃げていった。


「何や、せっかくサイン色紙で警察呼ぶのを勘弁してもらおう思うたのに!」


「いや・・・・・・近づくなよ、そうなることは目に見えているだろう」


 俺達がそう言っている最中に林田が「おい」と声を掛ける。


「はい!」


「兵庫県警来たぞ」


「えぇぇ!」


 部員達が顔面蒼白になる中で、兵庫県警の地域課の警察官がやって来た。


「変質者って、おたくらの野球部員なん?」


「申し訳ありません、ウチの野球部員が駅前の公衆トイレで用を足していたらその様子が外から筒抜けだったようで・・・・・・」


 林田がそう言って、警官に頭を下げる。


「あぁ、あの駅のトイレは男が用を足すときは外から丸見えなんですわ。気の毒でしたなぁ、監督さん?」


「まぁ、故意に見せたわけやないんやったら、今回はお咎め無しですわな」


「申し訳ありません」


「高校野球の監督も大変ですわな。まっ、試合頑張ってください」


 そう言って、兵庫県警の警官二人は「浦木いたで、浦木」や「ライガースに入ってくれへんかな?」と短く無駄話をした後で、本部からの無線に答えながら、パトカーで去って行った。


「・・・・・・」


 林田が頭をパトカーに下げていたが、その後に井伊と柴原に「・・・・・・俺に頭下げさせたな?」と睨み付ける。


「申し訳ありません」


「いい具合に漏らすわ、警察呼ばれるわ・・・・・・勝てよ」


「監督!」


 井伊と柴原がそう声を弾ませるが「ただし、勝利できなければ部員全体にフグの肝食べさせる」とだけ言った。


 それを聞いた、部員たちは恐怖で体が固まり始めた。


「ブッ、ブラフだ! そんなことしたら監督が警察に捕まる!」


 黒川がそう言うと俺は「監督はやりかねないぞ」とだけ言った。


 チームの中に恐怖心が芽生えると同時に林田が「行くぞ、着き次第、アップだ」とだけ言った。


「ウェイ!」


 部員たちはそう言った後に井伊と柴原に「お前らが漏らしたりチ●コ見せたりするから、とばっちり食らったじゃねぇかよ」や「大体、よく二つも下半身繋がりのミスを起こすよな?」など二人に罵詈雑言が飛ぶ。


「みんな~、ごめんよ~」


「堪忍してやぁぁ! 絶対に勝つから!」


 そう言う井伊と柴原を尻目に俺は甲子園へと歩く。


 関東勢の戦いなのと朝早いから、今は少し、観客は少ないか?


「始まりますね?」


 真山がそう言うと俺は「あぁ」と短く答えた。


 戦場たる甲子園に俺が立つことを想像すると、どこか高揚感を感じ始めた。


 優勝まであと三勝、鬼門も攻略して見せる・・・・・・


 井伊と柴原と三年生たちが喚き合いをしている中で、俺は静かに闘志を燃やし始めていた。



 準々決勝第一試合。


 俺達、早川高校と広川大付属の試合は午前八時ちょうどのプレーボールとなった。


「皆さんはこれまで二度、広川大付属と対戦しているから、お分かりかと思いますが、神崎翔は150キロ越えのストレートとスライダーにスローカーブにチェンジアップが持ち球の速球派で四番を打つ長原は二年生で通算四十本以上のホームランを放つ、スラッガーです」


 真山がそう言うと、林田は「勝てよ」と短く伝えた。


「・・・・・・はい」


 部員たちは恐怖心からか、暗いトーンで答えた。


「ちなみにオーダーに変更はない、とにかく勝て、以上」


 林田がそう言うと、部員達は「変態二人のせいで、俺たちまでフグの肝食わされるじぇねぇかよ・・・・・・」と呻く。


「みんな・・・・・・スマン!」


「まぁ、とにかく勝てばいいんや! そしたら、全てチャラや・・・・・・」


 井伊と柴原の目からは涙が浮かんでいた。


「よし、整列するぞ」


 山南がそう言うと、俺達はグラウンドに出て整列を始めた。


「とうとう、この場で戦う事が出来るね?」


 神崎翔がそう言うと弟の神崎功が「あんたには踏み台になってもらうよ」とだけ言った。


 俺はそれを聞いて「止めろ、退場になるぞ」とだけ言った。


「それ以前に控えのピッチャーが言う事じゃないな? エースになってから言えよ」


 広川大付属のセカンドがそう言うと神崎功は怒りを表情に出すが、周りがそれを制する。


「僕たちは甲子園での優勝が目的だ。良い試合をしようとは言わない。勝つ為に戦わせてもらう」


 神崎翔がそう言うと、長原が「浦木、俺がお前からホームランを打つと言ったことは聞いたな?」と俺に語り掛ける。


「そこまでして、アイアンズに入りたいか?」


「お前が進学を表明しても、俺がドラ一でアイアンズに入る可能性が確実に高くならなければ行けないんだ。だから俺はお前からホームランを打って、確実にスカウトの目に留まらければならない」


 長原がそう言うと俺は「お前との勝負には徹しないよ。甲子園をプロの為にある品評会と思っている奴と勝負するより、チームの勝利が最優先だ」とだけ言った。


 それを聞いた長原は「俺が・・・・・・甲子園をプロの品評会だと思っていると言いたいのか?」と顔を歪める。


「まぁ、そういう俺も甲子園での優勝は経歴づくりにはなると思っている節があったが、今は全力で優勝したいと思っている。何故かは知らないがな?」


 俺がそう言うと長原は「お前はよく分からない」とだけ言った。


「・・・・・・恨みっこ無しの試合をしよう」


 そう言うと球審が「話が長い」と注意された。


「すみません」


 お互いの部員がそう謝罪すると、球審が「礼!」と言って、部員たちは互いに礼をする。


 そしてベンチへと戻って行った。


「よし、俺たちの後攻だ。アインよ」


「何だ、クソ漏らし」


 俺がそう言うと井伊が「・・・・・・悪かったよ」とだけ言う。


「でっ、何だ」


「今日もスライダーはーー」


「使う」


「ストレートとカーブに狙いを絞られたら・・・・・・」


「状況に合わせて、投球プランを変える、俺の基軸は速球だが前述したように状況に合わせて、投球プランを変えることのできる汎用的な投手だ」


「まるで・・・・・・ストライクガンダムみたいやな? 状況に合わせて装備を換装するかのように投球プランを変更するなんてのぅ?」


「ガンダムSEEDだな?」


 井伊と柴原がそのような会話をする中で「ガンダムの話はとにかく・・・・・・勝つぞ」と林原が声をかける。


「おぉう!」


 内野陣がそう言って各ポジションに散らばる中で、広川大付属の一番バッターが左バッターボックスに立つ。


「プレイ!」


 球審がそう言うと同時にサイレンが鳴り響く。


 俺はサイレンが鳴ると同時に投球動作に入り、井伊の構えるインコース中段にストレートを投げた。


 左バッターはそれを見逃す。


「ストライク!」


「良いぞ、アイ~ン!」


 名前を伸ばすなよ?


 俺はそう思いながらも次のサインを確認する。


 次はアウトコースのツーシームだ。


 俺は要求通りにそれを投げると左バッターはそれを見送る。


 相手は手前で急激に変化するこの球に驚きの表情を浮かべていた。


 そして、俺は井伊の要求通りにインコース低めに縦のスライダーを投げると、左バッターはそれを見逃し、この試合初めての三振を奪った。


「ようし、ようし! 良いぞ!」


 井伊がそう言って、ボールを返球する。


 続く二番バッターは俺のストレートを徹底的にミートしてくるが、右バッターの体からストライクゾーン目がけて大きく変化するカーブで三振を奪った。


「良いぞ!」


 そう言って俺は右打席に立つ三番バッターに相対すが、俺はツーシームをインコース低めとアウトコース中段に続け、最後は外に逃げる高速スライダーで三振に切って取った。


 スリーアウトチェンジだ。


「良いぞ! アイン!」


 俺は井伊が抱き着くと同時に「臭い」とだけ言った。


「うわぁぁぁぁぁぁぁん! まだ、ウ●コをネタにするぅぅ!」


 井伊がそう唸る中で木村が左バッターボックスに立つ。


「ようし、俺たちのラン&ガン打線で早々にリードをーー」


 そう言う中で木村が神崎翔のボールを空振りすると、甲子園場内は大きなどよめきが広がる。


「何や?」


 柴原と俺が甲子園のバックスクリーンを眺めると、球速表示は一六〇キロと表示されていた。


「・・・・・・本大会では歴代最速記録だな?」


「・・・・・・あいつの兄ちゃんは化け物やな?」


 柴原がそう言うが、その弟の功はブルペンにいるので、柴原は独り言を言っただけに終わった。


 そのような会話を行っているうちに木村は、神埼が一六〇キロを連発して三振に終わった。


「化け物二人を相手にした、チームを相手にするか・・・・・・お前等、フグの肝食いたくなかったらーー」


「勝ちます!」


 部員の号令の中で場内が再び歓声に沸く。


 林原もストレートで三振に切って取られたのだ。


「勝つさ・・・・・・栄光は君に輝くだからな?」


「誰に言うとるんや?」


「別に、何でもないさ?」


 俺は瀬口がどこかでこの試合を眺めているのではないかと思って、こうは言ったが、目の前で木島もストレート攻めで三振に切って取らるのを見て、腹を括った。


「さっ、怪物退治だ」


「次は長原か?」


 俺はそう言って、活気づくグラウンドへと向かって行った。


 そこには俺を宿敵と思っている奴が左バッターボックスに立とうとしていた。


「アイン・・・・・・平常心」


「分かっている」


 言われるまでも無いさ。


 俺は気持ちを引き締めて長原と相対すことにした。


 場内の暑さが上がってきたように感じた。


 長原はバットを構えながら、マウンドの俺と相対す。


 初球はインコース低めへの高速スライダーだ。


 左バッターの内角を抉る軌道で、これを打つのはかなり強引なバッティングをしなければならない。


 俺は井伊がミットを構えると、高速スライダーを投げた。


 すると長原はピクリとバットを動かすが手を出せなかった。


「ストライク!」


「はい、ガンダム」


 井伊がそう言って、俺にボールを返球すると、長原が「何だよ、それ?」と聞いてきた。


「ガンダムSEEDの主人公機だよ、序盤のな?」


「俺、ガンダム分からないから?」


 井伊がささやき戦術を使っている・・・・・・


 ただ、あまり効果は無いようだが?


 俺はマウンドで井伊と長原が談笑する様子を眺めた後にポジションに戻った井伊のサインを確認する。


 インコース中段のツーシームだ。


 俺はダミーの首を振る動きをした後にノーワインドアップのトルネードからツーシームをミット目がけて、投げた。


 すると、長原はそれを引っ張って叩くが、それをセカンドの黒川が処理する。


「はい、ワンアウト!」


 井伊がそう言うと、長原は淡々とした表情でベンチへと戻っていた。


 怖いな・・・・・・


 以前のように打ちたい気が強すぎてボール球に手を出した時は感情を露わにしていたが、今は落ち着いている。


 まるで、試合後半にかけて俺を打つ為に今はあえて、静かな流れの中で好機を狙っているかのようだ。


 俺は右バッターボックスに五番バッターが入ると同時に井伊がアウトコース低めにストレートを投げることを要求した。


 俺はその要求通りにストレートを投げると五番バッターはそれを見送る。


 判定はストライク。


「オッケィ! 来てるよ!」


 井伊がそう声を掛ける中で俺は返球に応じる。


 井伊の次の要求は再び、ストレートでインコース中段だ。


 大丈夫か・・・・・・中部帝頭の試合の時は徹底的に当てられていただろう?


 俺がそう思うと、井伊はミットを叩いて、俺を鼓舞する。


 打たれたら、お前の責任な?


 もっとも、アメリカでは打たれるのは投手の責任だが?


 俺はそう思ったと同時にストレートを投げ入れた。


 すると人差し指と中指に力が入り、ストレートに急激な回転が掛かる。


 気が付けばバッターは空振りをしていた。


 すると、井伊が呆然とした表情でこちらを眺めながら、ボールを返球する。


 お前にも分かるか?


 急激に回転数が上がったのが。


 そんな中でも井伊はアウトコース低めのストレートを要求する。


 ここに来て、ストレート主体か?


 俺は再びストレートを投げ入れた。


 すると再び指に力が入り、回転数が上がった・・・・・・いや、一年生の頃の夏の時点の三千回転以上のキレを取り戻したストレートは井伊のミットに収まり、気が付けば五番バッターは三振に倒れていた。


「・・・・・・ツーアウツ!」


「ツーアウツ!」


 早川高校ナインがそう声を掛け合う中で、俺は右打席に入った六番バッターに相対す。


 井伊は再び、インコース中段のストレートを要求する。


 すると今日この日に何故か復活した、俺のストレートが唸りを上げて、六番バッターは空振りをする。


「良いぞ! ノビとコシがすごい! まさにスーパードライ!」


 意味が分からねぇよ?


 井伊がそう言う一方で、六番バッターはひどく動揺した表情だった。


 いや、捉えようによっては恐怖に近い表情を浮かべていた。


 相手の様子をそう捉えた俺は井伊がアウトコース低めにストレートを要求したので、要求通りにボールを投げた。


 すると六番バッターはそれを当てようするが、空振りに終わった。


「ツーストラ~イク!」


 完全にリード上の勢いを取り戻した井伊がそう言うと六番バッターはここに来て、回転数を故障前の時点にまで復活させた、俺に対して恐怖心を抱いたままバッターボックスに立っていた。


 井伊がインコース中段にストレートを要求すると、俺はそこにズバリ。


 つまりはインズバで六番バッターを仕留めた。


 これで二回の表は終わり、スリーアウトチェンジだ。


「オッケイ! アイン、ナイスピッチ!」


 井伊がそう言って、俺の肩を叩く。


「回転数が上がっている」


「確かに気になるな? 指の感覚はどうだ?」


「指の力が掛かりすぎて、コントロールを乱しそうだ。というか、ネクストだろう?」


「おおぅ、そう言えば、俺の打席だ」


 そう言って井伊はバットを持って打席に立つ。


「おめっとさん、浦木、お前はノビとスピードの両方を取り戻しているで」


 柴原がそう言うと、俺は「指に力が入り始めたが、まだ安定していない。もしかしたら崩れるかもしれないな?」とだけ言った。


 俺がそう言うと黒川が「不吉な事を平気で言えますね?」とだけ言う。


 すると場内は再び騒然とする、井伊が三振に倒れたのだ。


「奇跡を起こす男まで沈黙させるとは・・・・・・化け物め」


 阿藤がそう言うと、俺はボールを取り出してそれを左手のグローブ目がけてスナップする。


「何だ、何か気になるのか?」


 阿藤がそう言うと俺は「指に力が入る今は良いが、忘れるとまたノビが無くなるんじゃないかと思っている」と言いながら、手首のスナップを続ける。


 すると林田が「あまり、回転数を気にして制球を乱すなよ?」と忠告をしてきた。


「それが一番怖いですね?」


 すると場内は再び歓声に沸く。


 五番柴原もストレートだけで三振に切って取られた。


「冗談じゃないな? ここまで神崎兄貴はストレートしか投げていないじゃないか?」


 林田がそう呻くと、続くキャプテン山南も神崎のストレートの前に手が出ずに、三振に切って取られる。


 早くもスリーアウトチェンジだ。


「ウチの打線がこうも簡単にチェンジかいな?」


「そのブレーキはお前だろう?」


「やかましい、神崎兄貴にペースを乱されんやないで?」


「知っている。投手の投げ合いなんて我慢比べで、生産性のない男と男の勝負論の世界さ。俺は誰が相手でも勝つことが求められている。そこに自己満足の勝負論は無い」


 それを聞いた井伊は「おぉう、アインがクール極まりない」と言ってきた。


「格好をつけおって、お前のそういう所がいけ好かないんや?」


 そう言う柴原はショートの定位置に着き始めた。


「さっ、悪態ついていないで、野球をしよう」


 サードを守る八田がそう言うと、俺はポジションに着いた井伊のすぐ横の右バッターボックスに七番バッターが打席に立つ。


 井伊のサインはインコース中段のストレートを投げ入れた。


 指に力が入り、コントロールもバッチリだ。


 ボールは井伊のミットに「スパン!」という乾いた音を響かせて、収まった。


 この歓声の中でミットの音まで聞こえるか?


 七番バッターがその球筋を見て、俺に対して何か戦慄という物を覚えた表情を浮かべる。


 良い兆候だ。


 井伊もそれを感覚的に察していたのか、続く二球目もストレートで、アウトコース低めを要求していた。


 ここまでストレートが冴えると気持ちが良い。


 俺はそう何か自分の中で勢いが付くのを覚えて、井伊のサインを眺めて首を縦に振った。


 俺は井伊のミットにボールを投げ入れた。


 右バッターはそれには手を出さずにただ俺に対して化け物を見るかのような目でこちらを眺めていた。


 続く三球目もアウトコース中段のストレートで、井伊の要求通りにボールを投げると七番バッターを見送り三振に切って取った。


 楽しいな、これは・・・・・・


 俺は夏の熱気に包まれたグラウンドの中で、躍動する自身の身体と精神を抑える事に努めていた。


 そうしないとちょっとしたことで何かが崩れてしまうように感じたからだ。


「ワンアウト!」


 井伊がそう声を掛ける中で、続く八番バッターが左打席に立ち、俺に対して警戒心を抱いた目つきを浮かべていた。


 今日は・・・・・・打たれないかもしれない。


 俺の中では確かな自信が躍動をし始めていた。



 試合は両者、打線がノーヒットの状態で、試合終盤の七回に達し始めていた。


 俺と相手ピッチャーの神崎翔の奪三振数は二ケタを超えており、試合の様相は完全な投手戦と化していたが、気になることが二つあったのだ。


 長原がここまで淡々とした表情でただ俺のボールに凡退している事だ。


 今までは感情を露わにして、打たなくていいボール球に手を出していた奴が、俺に対して淡々と何も表情を見せずにただ、バットを振って凡退していたのだ。


 四番バッターで一番怖いのはたいして試合に影響が出ない状況で打つ選手より、チャンスや試合を決める重要な一面で決勝打を放つ選手がピッチャーにとって、恐怖の対象だ。


 長原の沈黙はこの四番に求められる、投手への恐怖心を掻き立てるには十分だった。


「・・・・・・長原は俺のストレートに当てている」


 事実、他のバッターは回転数が回復したストレートで空振りを奪っているが、長原はそのストレートにタイミングを合わせてきている為、縦横のスライダーにカーブやツーシームを合わせた配球をしている。


「・・・・・・怖いか?」


「喜怒哀楽を表現する奴は簡単に考えが分かるから良いが、沈黙をする中で静かに攻撃の機会をうかがう奴ほど怖いものは無い」


 俺がそう言うと、バッターボックスではこの回の先頭バッターである、木村が神崎翔の一六〇キロのストレートに三振を食らっていた。


「・・・・・・打線が沈黙か?」


 林田はそう言った後に「フグの肝は食べたいか?」と発破をかける。


「・・・・・・勝たないといかんな?」


 柴原がそう言うと、続く二番バッターの林原も三振。


「延長戦かな?」


 俺がそう言うと、木島はセカンドゴロに倒れ、七回の裏の攻撃は三者凡退に終わった。


「浦木がそんなこと言うから、今回もノーヒットや?」


「ここまで全打席三振のお前が言うか?」


「黙れぇい、お前も全打席三振やろう?」


「俺の打撃は貧弱なの」


 ナインがポジションに着き、俺はマウンドでロジンバッグを片手に取り、それを捨てて、広川大付属の一番バッターに相対す。


 井伊のサインはアウトコース低めのストレートだ。


 俺は要求通りそこにストレートを投げ入れる。


 すると相手バッターはそれを見送った。


 今の見送り方は作戦によるものじゃない、


 完全に打てないから、見送った。


 一番バッターの苦悶に満ちた表情を見て、そう直感した。


 行ける。


 今日のストレートなら打たれることは無い。


 俺はその時点ではそう思っていた。


 続く二球目にインコース中段にストレートを要求されて、それを投げる。


 そこまでは今までと同じルーティーンで投球していた。


 指にいつも以上の力が入る以外は・・・・・・


 指に大きな力が掛かったボールはミットに収まるかと思ったが、そのボールは大きな暴投となり一番バッターの背中に当たった。


「痛てぇ!」


 一番バッターはうずくまりだす。


「すいません」


 俺は帽子を取って謝罪するが、相手バッターは「ようやくランナーを出せたよ」とだけ言って、一塁へと歩いて行った。


「アイン、ペースを乱すなよ!」


 井伊がそう言って、ミットを叩き続ける。


 恐れていた事態が起きた。


 指のかかり具合に力が入ったまでは良いが、それに誤差が生じ、この一年で安定していたコントロールが乱れ始めたか?


 まずいな・・・・・・


 俺は内心では焦りを覚えていたが、俺が抱いた懸念は当たり、続く二番バッター相手に井伊の頭上を越える、暴投を投げてしまい、一塁ランナーは二塁に進む。


「アイン、落ち着け!」


 井伊がそう叫ぶ。


 落ち着いているさ。


 けしてイップス(ふとしたきっかけから、ボールが投げられない、制球出来ないなどの症状を発する精神的トラウマの一種)ではないはずだ?


 ただ単に指の力のかかり具合に誤差が生じている。


 そう自分に言い聞かせている中で投げ続けていると、気が付けば二番バッターにフォアボールを与えていた。


 すると内野陣が集まり始めた。


「どないしたんや?」


 柴原がありえないと言わんばかりの表情で俺を見つめていた。


「ここまで制球力が良かった浦木さんらしくないですね?」


 黒川がそう言うと俺は「指のかかり具合がセーブできない」とだけ言った。


「・・・・・・どうする?」


「変化球はどうなんや?」


「問題は無い。ただストレートのコントロールが安定しない」


 俺がそう言うと、ファーストを守る林原が「勝負できる球で勝負した方が良いだろう。最少失点で切り抜けて、俺たちが打てばいい」と言った。


「・・・・・・別に良いんやで、打たれても」


 柴原がそう言うと「お前にしては珍しいな?」と俺は言い返す。


「あぁ、お前が打たれるところを目に焼き付けて、当分はそれで飯が食えるで?」


「・・・・・・殺す」


 俺がそう言って柴原を睨み付けると、林原が「その調子だ、頑張れよ」と言って、その場を締める。


 井伊も「変化球で行くんだな?」と念を押した。


「それしかないだろう?」


 俺がそう言うと続く三番バッターが右打席に立つ。


 それに相対した俺は高速スライダーを投げるが、右バッターはそれを流し打ちする。

 

 打球は一塁線上のファウルだ。


 ストレートがこんな時に使えないなんて・・・・・・


 俺は内心では動揺しながら、井伊のサイン通りに外に逃げるカーブを投げると、右バッターはそれをセンター前に運んだ。


 ノーアウト満塁、絶対絶命のピンチで四番の長原を迎えた。


 場内は熱気に包まれるが、早川高校ナインには緊迫感が漂う。


 井伊がタイムを取ってマウンドに駆け寄る。


「次は長原だ」


「・・・・・・分かっている」


「絶対に切り抜けることが出来るリードするから、安心しろよ」


 井伊がそう言ってポジションに着こうとすると、俺は「井伊、アメリカでは打たれるのは全部投手の責任だ。最悪の結果になってもお前の責任じゃない」と言って呼び止めた。


 それを聞いた井伊は「郷に入れば郷に従えだよ」とだけ言って、ポジションへと戻って行った。


 それらのやり取りをした後に、俺は井伊のサインを確認した。


 インコースへの高速スライダーだ。


 これは長原と云えどもかなり強引なバッティングをしなければ長打は無いはずだ。


 俺はそう確信して、内角に高速スライダーを投げるが、長原は驚異的なスイングスピードで強引に俺の投げたボールを引っ張り出した。


 大きな金属音が響くと同時に、打球は甲子園のライトスタンド中段に運ばれ、俺はこの本大会で初めてホームランを打たれてしまった。


 広川大付属の面々は大げさに喜ぶが、ホームランを打った長原だけが淡々とダイヤモンドを回っていた。


 俺は打球の飛んだライトスタンドをただ見つめ続けていた。


「アイン・・・・・・次のバッターもいるぞ!」


 俺は井伊にそう言われて、試合に集中しなおしたが、続く五番バッターには初球のカーブを狙われ、またヒットを打たれた。


 ここから、この夏ではここまで無敵に近かった俺にとって、初めての悪夢と言っていい結果がもたらされる事は今の時点でも予測できた。


 続く六番バッターに対して投げたボールもピンポン玉のように返され、俺はただ俯くしかなかった。


 瀬口が見ていたら、失望するだろうか?


 俺はそう思いながら、マウンドでただ悪夢のような時間を過ごさざるを得なかった。


 俺の心情とは別に場内の盛り上がりが最高潮になっていたのが気に入らなかったが?



 気が付けば試合は終わっていた。


 スコアは九対〇の完敗だ。


 八回の表で乱調を起こした俺は神崎功にマウンドを譲ると、神埼功は四失点をして、そのようなスコアになった。


 その後に相手の広川大付属の神崎翔は八回をパーフェクトに抑えた後に九回には以前にも噂になっていた、二年生にして150キロの剛球を誇る左腕、王金明がマウンドに上り、サイドスローからのジャイロボールを披露して、早川打線はそれに対して沈黙をせざるを得なかった。


 王金明はこの時にも150キロを超えた剛速球を見せていた。


 完全リレーを許した完敗だ・・・・・・


 気が付けば俺たち、早川高校野球部の面々は、甲子園の土を持って帰るお決まりの光景を行っていたが、俺はそれをせずに早々にベンチへと戻って行った。


 井伊と柴原は泣きながら、土を拾っていたが、俺が土を拾わずに泣かなかったことから、二人に「お前は最後までビジネスライクだよ! 負けたのに泣かないなんて!」となじられた。


 そして、その後はホテルで食事をして、数日の内に神奈川に帰る事になっていた。


 だが、俺には遂行しなければならない約束があった。


「うわ・・・・・・忍者だ!」


 瀬口が子どものようなはしゃぎぶりを見せる。


 瀬口と以前から約束していた太秦スタジオでのデートをチームの帯同から抜け出して楽しんでいた。


「でも、イメージと違うな、みんな、ファミリー狙いで、忍者ばかりだもん」


「そうか、他のスポットにも行くか?」


「いいけど、浦木君、大丈夫?」


 瀬口は俺が野球部の行動から抜け出した事を心配するが、俺は「その内に連絡が来るさ」とだけ言った。


「じゃあ、時代劇の格好をしようよ?」


「嫌だよ・・・・・・俺がすると思うか?」


 俺と瀬口がそのような会話をしていると、スマホに着信が入る。


 林田からだ。


「・・・・・・浦木です」


 電話に出ると林田は「チームの帯同から抜け出して、女とデートか? 良いご身分だな?」と憤慨した声音で答えた。


「・・・・・・申し訳ありません」


「まぁ、今日は叱るのではなく、お前に大事な話があるから電話した」


「広川大付属が夏の王者になったことは知っています」


「お前に何の関係がある?」


 俺達が広大と戦った数日後に、同チームは本大会に優勝して夏の王者となった。


 王者に負けたなら、俺たちの敗戦は必然だろうな?


 そう自分の中で敗戦に納得が出来てはいたが、俺にとって大事な話・・・・・・嫌な話だろうか?


 監督直々の話しとは?


 俺はそう身構えたが林田は「Uー18のアジア選手権のメンバーの追加招集にお前と井伊が呼ばれた、すぐに神奈川に戻って、日本代表の遠征に帯同する準備を始めろ」と衝撃的な通知を出した。


 それを聞いた、俺はすかさず「俺は春の時点で代表候補には上がってないから、代表には呼ばれないはずですが?」と返答した。


「メンバーを多く送りこんだ大阪竜命の引退した、三年生が飲酒をしたから、その関係で、メンバーに辞退者が出た、本来であればお前と井伊は選ばれないが、代表監督がお前たち、二人を強く推薦した。断ることは許さん。すぐに戻ってこい、以上だ」


 そう言われて電話は一方的に切られた。


「・・・・・・怒られた?」


 そう言う瀬口の顔は笑顔だった。


「人が怒られるが楽しいか?」


「・・・・・・ううん、何か良いことが起きたかなって?」


 俺はそれを聞くと「日本代表に呼ばれたよ」とだけ言った。


 瀬口はその後に満面の笑みを浮かべていた。


 俺はそれを見て、どこか嬉しさが込み上げてくるのを感じていた。


 その日の京都はうだるような暑さだった。


終わり。


 いかがでしたでしょうか?


 というわけでほぼ、二カ月にわたる、連載が終了して、私はほっとしています!


 ちょっと、最後が唐突な感じがしましたけど、そこがどう評価されるかですね。


 ですが、ここまで高評価を頂けたのも読者の皆様のおかげです!


 日比野は皆様の応援のおかげで連載を全うすることが出来ました。


 心から、御礼申し上げます。


 そして、次回作ですが、かなり力を入れないと書けないような警察小説を予定しているので、少し休んでから、制作に入りますが、もしかしたら年内には間に合わない可能性があるかもしれません。


 まぁ、でも、ちょっと、休むかぁ。


 というわけで読者の皆様には心から御礼申し上げます。


 皆様、本当にありがとうございました!


 次回作も是非、ご拝読をお願い致します。



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