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第五話 八王子の戦いと夏の開幕

 第五話です。


 ゴールデンウィーク最終日に投稿です。


 皆様、無理やりな展開ですが、どうかお付き合いお願い致します。

1 


 一回の裏では、俺は広川大付属の一番、二番、三番バッターを三者連続三振に抑え、上々の立ち上がりでベンチへと戻って行った。


「本当にコントロールが良くなったな、アイン」


「まぁ、何でかは分からないけどな?」


 俺と井伊がグラウンドに戻ると、真山が「マックスで一四八キロ、アベレージで一四〇前半から中盤です」と言って、眼鏡を眼鏡ふきで拭きとる。


「まぁ、キレが良いんだろう」


「それは言えていますね」


 俺と真山がそのようなやり取りをしていると井伊が急いで防具を外して、バッターボックスへと向かって行った。


「特にアウトコースギリギリに決まる、ストレートは見事でしたね?」


「あれ、冬の間にかなり練習したんだよ」


 真山と談笑しながら、井伊の打席を見守っていたが、神崎翔の投げる剛速球を前にファウルで粘るのが精いっぱいと言った感じだった。


「自称不可能を起こす男も、怪物には勝てないか?」


「あぁ、井伊先輩は英雄願望が強いですからね?」


 俺が真山とそのようなやり取りをしていると黒川は早くもバットを準備して、ネクストバッターズサークルへと向かって行った。


「ストライク!」


 神崎翔の投げたストレートを見事に空振る井伊だが、その目はいつにもなく真剣な物だった。


 神崎翔はそれを見て、キャッチャーのサインに首を振り続ける。


 続く、三球目は緩急をつけて、インコースにチェンジアップを投げてきた。


 井伊は体制を崩しながらも、それを掬い上げるようにバットを振り、ライト手前に打球を運んだ。


「あれを無理やり引っ張るか・・・・」


 俺がそう話をしていると打席にはキャプテンである山南が右バッターボックスに立つ。


「キャプテン、頼むぞ~!」


 早川高校ベンチの応援にも力が入る、俺はその光景を飲料水を飲みながら、見つめていた。


 しかし、キャプテンの山南は、神崎翔の剛速球と追い込んでからのスローカーブにいいようにやられてしまい、三振を喫した。


「二回で三振三つか?」


「難攻不落と言ったところでしょうか?」


 真山がそう語るのを聞いた後に山南が三振した後に黒川は小さな体を右バッターボックスに入れる。


 神崎翔がセットポジションからボールを投げると、一塁ランナーの井伊が走り出した。


「おっ、井伊はモーション盗んだで!」


 柴原がバナナを食べながら、はしゃぎだす。


「お前、吐くぞ」


「グラウンドで吐けたら本望や!」


 柴原がそう言うと、俺は「何かしらの病気があった時にお前の吐しゃ物から細菌が俺たちに感染するのが嫌なんだよ」とだけ言う。


 俺がそう言うと、柴原は「何や、お前、ワシが汚い言うんか!」とバナナを口からこぼす。


「うん」


 柴原にそう言うと当人は「貴様、今日という今日は許さへんで!」と言って、中国拳法の鶴のポーズを取るが、俺はその隙を付いて、柴原の顔面をひっぱたく。


「おぉぉぉう!」


「お前、そんなことしたら先制攻撃されるぞ」


「黒川に続き、浦木にまでビンタされるとは・・・・・・」


 柴原はタオル片手においおいと泣き始めた。


「ワシは、今年の冬は山籠もりして、熊と格闘して強くなろうかな?」


「意味不明な発言だが、これだけは言える」


「何や?」


「絶対、怪我するからやめろ」


 それを聞いた、柴原は「浦木! ワシのことを心配してくれるんか!」と言って、俺に抱擁してきた。


「おぉぅ! 心の友よ!」


「止めろ、国民的アニメに出てくる暴君の映画版じゃないんだから」


 俺と柴原のそのやり取りを見て、阿藤は「お前ら、仲良いな?」と茶化してきた。


「俺はこいつを生ごみに捨てたい気分だがな?」


 俺がそう言っても柴原は「このツンデレめ!」と言って、柴原は尚、俺に抱き着いてくる。


「特別にキッスもしてやるで!」


 俺はそれを聞いた瞬間に右の拳を柴原のレバーに当てた。


「ギャ~!」


「お前、ノーマルだよな?」


「・・・・・・ワシは女の子が好きです」


 俺と柴原が一連の流れで、このような茶番をしていると、井伊が「やっぱり、アインは柴ちゃんと仲良いな?」と声をかける。


「もう、チェンジか?」


「盗塁に成功した後に、黒川の打球がセンター前に行ったと思って、三塁走っていたら、セカンドが捕球して、セカンドゴロになって、俺は二塁に戻ろうとしたが、自動的に塁を飛び出したから、ダブルプレーになっちゃった」


 俺はそれを聞いた瞬間に、「バーカ」と嘲った。


 すると監督の林田が「いわゆる暴走だろう? お前の凡ミスだ。何かしら取り返せよ」と静かに冷たく、井伊を責める。


「うぅぅぅ! みんな、すまん!」


「まぁ、リードに支障きたすなよ」


 俺はそう言って、井伊の太ももにローキックを放った。


「痛ってぇ!」


「行くぞ、バカ」


 早川高校ナインが守備位置へと着こうとすると黒川が「やっぱり先輩たちは仲が良いですね?」と言ってきた。


「冗談じゃねぇよ、あんな奴らに振り回されて」


「僕の中学校の付き合いはみんなが本音で話さない、どこか距離感のある関係なので、浦木さんたち、三人みたいに遠慮のいらない友達関係がうらやましいんですよ」


 まぁ、確かに一般的な若者はLINEで繋がっていて、その中で仲間外れにならないように複数人にご機嫌を伺うような文章を作り、学校でも、逃げ場であるはずの家でも、その〝気の使い過ぎで〟で疲れるケースがあるなと俺は思えた。


 井伊と柴原とLINEはすることがあるがその中でも結構、三人とも遠慮のない会話をしているなと、黒川の指摘も当たっている節はあると感じ取れた。


「お前も仲間に入れるよ」


 そう言って、マウンドに行く俺に黒川は「ありがとうございます」とだけ答えた。


 さて、ここまでふざけていた時間が長かったが、いよいよ、難敵の登場だ。


 左バッターボックスに俺を殺したいほどに憎いであろう、長原進が入り、俺を一瞥した。


 キャッチャーの井伊は長原をちらりと眺めると、インコース低めギリギリのストレートを要求してきた。


 俺はノーワインドアップのトルネードからストレートを投げつけるが、長原はそれに手を出して、初級でセカンドゴロという結果になった。


「クソ!」


 長原は感情をむき出しにして一塁ベースを駆けながら蹴り上げた。


 長原は打ちたい気持ちが強すぎて、低めのきわどいボール球を振ったらしい。


 俺はその後に続く、右の五番バッターにもストレートを投げたが相手は一球見送ってきた。


「ストライク!」


 自分でも驚くほどに制球力が向上していることを実感していた。


 続く、二球目もストレートでストライク。


 そして最後はこの試合、初めての変化球である、高速スライダーを投げ、五番バッターも三振に切って取った。


「オッケイ、来ているぜ!」


 井伊からそう言われて、ボールの返球を受けた後に俺は右の六番バッターに相対す。


 俺はアウトコース中段にストレートを投げ、これもストライク。


 続いて、カーブで相手の空振りを奪う。


 そして最後の決め球はインコース低めに落ちる縦のスライダーだ。


 ストライクゾーンぎりぎりに決まった、その縦スラを見送った六番バッターは審判の「ストライク!」という判定を聞いた後に、天を仰いだ。


 これでスリーアウトチェンジだ。


「アイン、長原はノーヒットに抑えようぜ」


 井伊がベンチへと戻る時にぽつりとそう言った。


「ちなみに、アインよ。殺害を実行されたらどうする?」


「結果的に殺害されても動機は私怨に過ぎない。俺たちは善良な市民としてワイドショーに紹介される」


 それを言った、俺は苦笑いを浮かべて「夜道気を付けような?」とだけ言った。


 そうしてグラウンドに戻った。


 俺はバットとヘルメットを持って、ネクストバッターズサークルへと向かう事にした。


 バッティングは苦手なんだけどな?


 そう考えていると、初夏と言ってもいい熱気をふと感じた。


 夏が近いな?


 俺は心躍る感覚を覚えながら八番バッターの八田が三振に倒れた為、打席へと向かっていた。



 ゲームは投手戦となっていた。


 神崎翔は俺を含む、バッターから三回まで、ランナーを許しながらも計六個の三振を奪っていた。


 木村が出塁をしたが、盗塁する間もなく、柴原を剛速球でねじ伏せた。


 そして俺自身も三回の裏では七番バッターを高速スライダーで三振に切って取り、八番バッターはいわゆるインズバと言われる、インコース中段ギリギリのストレートで見逃し三振。


 九番を打つ神崎翔はアウトコース低めのストレートで三振に切って取り、結果的に俺は五者連続奪三振を記録していた。


 続く、四回の表、神崎は再び木島にヒットを許し、我らが主砲、林原を迎えた。


「頼むぞぉ! 野武士!」


 だから、古りぃよ、その例えは?


 俺は声援を送る柴原にそう突っ込みたかったが、林原は神崎の一五〇キロを超えるストレートをセンター前に運び、これでノーアウト、一塁、二塁の状況を作り出した。


「ヨッシャア、ここで奇跡を起こす男の登場や!」


 そう言って、井伊は小柄な体にバットを抱えて、左バッターボックスに立つ。


「井伊! 点を取るんや!」


 柴原がそう叫ぶ中で、井伊は神崎の投げる初球のストレートを空振りする。


「一五三キロですね?」


 真山がそう言うと、俺は「あの剛速球を叩けたら、最高だけどな?」とだけ言って、スポーツドリンクを飲み始める。


 続く、二球目もストレート。


 井伊は勢いよくフルスイングして空振りをする。


「井伊、ヒットでいいんや!」


「大振りする必要ないぞ!」


 柴原と木村がそう劇を飛ばす中で、神埼翔は低めギリギリにチェンジアップを投げた。


「あっ、あれは・・・・・・」


 井伊の大好物の低めギリギリでボールになる珠だ。


 井伊はそれを片手で救い上げると打球はライト前へと運ばれていった。


「おぉぉぉう! バッチリ、チャンスメイク!」


「ナイバッチ!」


 ベンチがそう沸き立つと、次の打席にはキャプテンの山南が打席に入る。


 山南はバットを短く持って、右打席に立った。


 その初球、神崎翔はスライダーを投げて、アウトコース中段にそれは消えた。


「ストライク!」


 球審の声が静寂に包まれたグラウンドに響く。


「いやぁ、お前のスライダーと同じで速いわぁ?」


「何が?」


「神崎のスライダーも速いが、お前のスライダーもとにかく速いんや」


「何か、コツでもあるのか?」


 柴原と阿藤がそう言うと、俺は「お前ら、野手だから、関係ないだろう」とだけ言った。


「・・・・・・そうか」


 そう言った柴原に対して、俺は「球速が高ければ自然とスライダーの球速も上がるんだよ」とだけ言った。


「俺は教えて欲しいとは言ってへんで?」


「そうか、それならいいんだ」


 俺と柴原のやり取りを見た、阿藤は「何か、意味の分からないやり取りだな?」とだけ言った。


 俺は「井伊と柴原のやることに知的かつ生産的な事は無いぞ」と言った。


 すると柴原は「何?」と言って、再び中国拳法の鶴のポーズを取り出す。


「懲りない奴だな?」


 俺が金属バットを取り出すと、柴原は「浦木、金属はあかんで!」と言ってきた。


「何で?」


「凶器やもん。素手で戦うのがフェアやろう」


「お前、ここまで俺と素手で戦って勝ったことあるか?」


 俺がそう聞くと、柴原は何事もなかったかのようにベンチで「キャプテン! ガンバや~!」と山南に声援を送り始めた。


「お前、逃げたな?」


「逃げちゃダメだって言う言葉を、複数回口にすることをワシはせぇへんで?」


「碇シンジ君な?」


 俺と柴原がそのような会話をしていると、神崎翔のスローカーブにバットを合わせた山南はダブルプレーに倒れたが、木島がホームを踏み、早川高校が一点を先制する形となった。


「よっし、一点あれば十分だな?」


 俺がそう言うと、柴原が「・・・・・・無失点達成できなければ、バーガーへ行かせてくれへんか?」と言ってきた。


「そんなにハンバーガーが食いたいか?」


「食欲を抑えられんねや!」


 柴原はそう言って、地団太を踏む。


 その間、グラウンドでは黒川が流し打ちで一塁線に強い打球を放つが、ファーストが見事に捕球し、スリーアウトチェンジとなった。


「クロちゃんは、パワー不足やな?」


「守備は合格点だがな?」


 俺と柴原はそのような会話をしながら、グラウンドへと向かって行った。


 井伊は三塁ベースからベンチへと戻ってきて、防具を控えの阿藤に付けてもらっていた。


「おい、早く準備しろよ」


 俺が井伊にそう言うと、井伊は「お前は、優しくないなぁ?」とぼやき始めた。


「俺が冷たい人間であることは、お前らはよく知っているだろう?」


 俺がそう言うと井伊は「真ちゃんだけには優しいけどな?」と言って、肩を叩き始めたが、俺はそれを尻への蹴りで返した。


「お前、他の学校で試合やっていて堂々と暴力か?」


「余計なこと言わずに、殺人鬼を抑えるぞ」


 俺はベンチで未だに俺を睨み続ける、長原に視線を送った。


「一人のランナーでも出せば、奴に回るか?」


「さっきは感情的になって、ボール球に手を出したが、修正を加えてくる可能性がある。用心するぞ」


 俺と井伊はそう話し合うと、それぞれの持ち場に戻っていた。


 雨は降らないか・・・・・・


 こういう晴天の青空の時に限って、嫌なことが起こる気がするんだよな?


 俺は、腹が立つほどの青空の中でマウンドを足で慣らし、ロジンバッグを手に取り、一番バッターが打席に立つと同時に審判が「プレイ!」と声を上げるのを確認した。


 俺はそれを確認すると、深く深呼吸をした。


 よし、ねじ伏せるぞ。


 俺はそう自分に言い聞かせた後にノーワインドアップのトルネードから、インコース低めにストレートを投げつけた。


 薄いミットの音が心地よく、グラウンドに響くのを知覚した。



 四回の裏、早川高校の守備は俺が再び三者連続三振で、広川大付属の一番、二番、三番をねじ伏せて終わった。


 それぞれの決め球を言えば一番バッターにはストレートからのカーブで三振。


 二番は高めの釣り球のストレートで三振。


 三番はストレートをアウトコース低めに投げて、ここまで広川大付属に対して、八者連続奪三振を挙げていた。


「おおぅ、アイン、後、二つで、十連続の奪三振だよ」


 井伊が興奮した面持ちで、俺に顔を近づける。


「顔が近い」


「十三連続奪三振の日本記録を出そうぜ! プロの記録だけど!」


「だが、次の相手が長原だからな?」


 俺はヘルメットを被って、バットを持つ。


 次の打席が近づいているからだ。


「あんな奴は力でねじ伏せようぜ?」


 井伊がそう言うと俺は「ナイーブな日本人には似合わないセリフだな?」と言って、苦笑いを浮かべた。


「日本人が力で勝てないのは嘘だと俺は思うからな?」


「あっ、それ総合格闘技の煽りⅤのセリフや?」


「ご明察、ちなみに俺は今のところ二重国籍だぞ」


「ぐぅぅぅどラック!」


 そう言って、井伊は俺を打席へと送りこんだ。


 八番の八田が、神崎翔のスローカーブを空振り三振に倒れたのを確認して、俺は右打席に立った。


 相手はここまで七個の三振を奪っているか?


 投手同士は結果的に打者と投手と言う形でしか、勝負ができないが、投げ合いと言う一種、我慢比べに近い勝負で考えたら、相手は失点こそしている物の、神崎翔と俺は互角の勝負をしている事になる。


 俺はバットを垂直に立てるフォームで、神埼が左スリークウォーターから投げる、ストレートを見送った。


 球がホップしていやがる・・・・・・


「ストライク!」


 審判が無情にそう申告すると、俺は一旦、打席を離れた。


 まぁ、バッティングがあまり上手くない、俺が無駄なあがきをしても無駄だろう。


 俺は二球目も見送った。


 怪物はただ速いだけじゃなくて、ホップするほどのキレを持つストレートを持っているか?


「ストライク!」


 審判のそのような声を無視して、俺はベンチを眺める。


 そこでは監督の林田がベンチで、仏頂面の表情で腕組をしてただ立っている光景が広がっていた。


 サインは無しか?


 俺は三球目のストレートを見逃して、自分から三振を献上して、ベンチへと戻って行った。


 ベンチに戻ると、林田が「やる気ないのか?」と腕組しながら聞いてきた。


「バッティングがどうしても苦手なので?」


 俺はそう言って、グローブを付けて、阿藤とキャッチボールを始めた。


「下手なりにせめて、努力しろよ」


 林田がそう言う中で、木村が三塁にセーフティーバントを決め、快足を一塁ベンチに飛ばす。


 すると三塁の長原がボール目がけて一気に駆け上がり、利き腕の右手で、それを掴むとそのままジャンピングスローで一塁へとボールを送った。


 結果はアウトだった。


「ベアハンドキャッチか。中々、守備も上手いじゃないか?」


 俺がそう言うと、マネージャーの真山が「手が大きいんでしょうね。日本人の内野手では難しいプレーです」と言いながら、スコアブックを付けていた。


「よし、これでスリーアウトチェンジだ。井伊、早く来いよ」


「待てぇい! アインよ、防具がまだなんじゃい」


 俺はスリーアウトで早川の攻撃が終わると同時にゆっくりとマウンドへと上って行った。


 井伊は防具の装着を真山に頼み、それが終わると一目散に走って、キャッチャーボックスへと座り込んだ。


「よし、アイン、かかってこいや!」


 そう言って、井伊がミットを叩く。


 ここまで八者連続奪三振を記録しているが、今の時点でいろいろな意味で、超難敵を迎えた。


 信憑性の薄い情報で俺に嫉妬心を抱く、長原進が左バッターボックスに立ち、俺に憎しみを込めた目線を送る。


 動機は何であれ、奴からはスラッガーとしての存在感や資質を感じさせた。


 井伊はこの同い年のスラッガーに対して、いきなりアウトコース低めのストレートを要求してきた。


 事前の作戦会議では、長原はインコース全般が大好物だと言う情報を真山とスポーツ統計学部からレクチャーされていたからだ。


 俺は右ピッチャーなので、必然的に左バッターの長原に対して、変化球は全てインコースへと向かってしまう。


 しかし、かといって全球ストレートでは相手も名門校で一年から四番を務めているのだ。


 簡単に打たれるだろう。


 俺は、井伊の要求通りアウトコース低めのストレートをノーワインドアップのトルネードからミットめがけて投げつけた。


 すると長原は一瞬、体をびくりと反応させたが、バットは振らずにボールを見送った。


「ストライク!」


 審判の甲高い声がグラウンドに響く。


 長原は苦虫を噛み潰したような表情で、審判を見上げる。


 次のサインは、井伊が高めの釣り球のストレートを要求するが、俺はそのサインに首を振って、アウトコースにボールからストライクになる高速スライダーを要求した。


 俺は遊び球が嫌いなんだよ、


 井伊はどうにも俺の好みが分からないキャッチャーだった。


 俺がそのような意向を示すと、井伊もそれに従い、ボールからアウトコースに入る、高速スライダーを投げた。


 すると、バッターの長原は流し打ちの態勢でそれを叩き、打球は大きな音を立てて、


 三塁側のスタンドへと向かって行った。


 流し打ちであそこまで運ぶか・・・・・・


 確か、長原はうちの林原さんと違って、広角的に打球を打つタイプだとは聞いていたが、恐ろしい長打力だな?


 こいつはミート打ちでも器用な真似ができるバッターだとは認識していた。


 井伊はインコース低めのストレートを要求するが、俺はそれに首を振った。


 井伊があえて相手の得意分野でしかも力勝負に持ち込んで、俺に殺害予告をした長原の鼻を明かしたい気持ちも分かるが、勝負の鉄則は相手の土俵に立たない事だ。


 よって、俺は徹底的に少年誌の自己満足的な男と男の勝負の様なお遊びはしないことにした。


 井伊にアウトコース低めの縦のスライダーを要求すると、井伊はマスク越しに戸惑いの表情を浮かべて、何度もストレートを要求する。


 俺は勝負なんて物にこだわらないんだよ。


 それを分かれ、井伊。


 俺は再度、アウトコース低めに縦のスライダーを投げることを要求すると、井伊は渋々と言った形で応じた。


 長原が俺に対して、焦燥感を漂わせ始めた表情を浮かべる中で、俺はアウトコース低めに縦のスライダーを投げつけた。


 球はストライクゾーンぎりぎりに決まり、長原を三振に切って取った。


「ストライク、バッターアウト」


 それを聞いた、長原は「入っていない!」と大声を出すが、審判に睨まれるとすぐにベンチへと走って戻って行った。


 その間、俺のことを憎々し気に睨み付けていた。


 まっ、結果が全てだから?


 俺はその視線と長原という存在を無視し、次のバッターへと意識を置いた。


 すると井伊がタイムをかけて、マウンドまでやってくる。


 自然と内野陣もマウンドに集まる。


「見たかよ、あれ?」


「見苦しいにもほどがあるで? 自分が蒔いた種やのにな?」


 内野陣はグローブで口を隠すが、その表情は相手からすれば殺意が沸くであろう、あまり上品とは言えない笑みを浮かべていた。


「お前ら、あいつにナイフで刺されるなよ」


 俺がそう言うと、柴原が「それは勘弁やな?」と言い出す。


「まっ、殺されても俺達は悲劇の主人公として、ワイドショーで扱われるから、名誉は保たれるな」


 サードの八田がケラケラと笑いながら、そう語る。


「・・・・・・俺はまだ、女の子とエッチしていないから、死ねない」


 井伊が唐突にそのような事を言うと、俺は井伊のヘルメットを叩いた。


「よく、試合中にそう言うこと言えるな?」


「スポーツマンに性欲は付き物やで、浦木」


 マウンドで俺たちは何を話ししているんだ・・・・・・


 俺がそう思った矢先に審判が「早く、試合再開しなさい!」と怒鳴っていた。


「よし、アイン、三振ばんばん取るぞ!」


 井伊がそう言ったのを合図に内野陣は元の守備位置に戻った。


 俺は広川大付属の五番バッターが右バッターボックスに立つのを確認した後に井伊のサインを確認する。


 インコース中段のストレート、いわゆるインズバだ。


 俺はそのサインを確認して、首を縦に振るとノーワインドアップのトルネードの投球動作に入る。


 指先からボールが離れるとボールは井伊のミット目がけて、進んでいく。


 すると相手バッターはそれをバットに当てた。


 一瞬ヒヤリとしたが、打球は外野で失速して、レフトの山南がしっかりと捕球した。


「アイン、三振記録達成残念!」


 井伊が笑顔でそう言ったのを俺は手で制して、広川大付属の六番バッターを見据えた。


 俺はロジンバッグを手に取り、一つ間を置いた。


 今日の気温は二十度を超えており、暖かい陽気の中で、確かに俺の体は何かしらの熱気を覚え始めていた、


 その時間帯は午後だった。



 五回を終えての成績は無安打無四球で自責点ゼロ。

 

 特に奪三振に至っては、四回までの九者連続奪三振を加え、先ほど、六番バッターから三振を奪ったことも含めれば、俺は広川大付属に対して、ここまで一三個の三振を奪ったことになる。


「アイン、バカみたいに三振を多くとるな?」


 井伊がニヤニヤしながら、こちらを見据える。


「まぁ、古いかどうかはさておいて、ドクターKの称号を与えたいぐらいや」


「お前は先頭バッターだろう?」


 俺がそう言うと、柴原は「おおぅ、そうやった!」と言いながら、ネクストバッターズサークルへと向かって行った。


 すると真山がタブレットを取り出し、俺に対して「高校生の期間でスライダーを使いすぎるのはフォームが横ずれする可能性があると思いますが?」とだけ言った。


 確かに高校生の内にあまりスライダーを使いすぎると、フォーム崩れするという話は聞いたがな?


 俺は真山がそう言うと同時に「フォークでも投げろとか?」とだけ言った。


「カーブがあるじゃないですか?」


「そしたら、俺の持っている球種はストレートとカーブの二種類しかなくなるよ」


「それもそうですけど?」


「横ずれの心配はあるが、一気に二種類の球種を無くすのは、嫌だな?」


 俺がそう言うと、立って仁王立ちする林田が「神崎からツーシームを習ったらどうだ?」と言い出してきた。


「・・・・・・ツーシームって覚えるの大変なんですよね?」


 俺がそう言うと、真山は「後輩に教えを乞うのを恥ずかしがらないタイプですか? 浦木さんは?」と聞いてきた。


「ケースバイケースだがな? スライダーを使えないなら、新しい武器を考えないといけないか?」


 そのようなやり取りを続けながら、柴原の打席を見ていると、神埼翔の左腕から繰り出される、一五〇キロ超のストレートと緩い変化球に必死で食いついて、気が付けば、八球もファールで粘り、最終的にはフォアボールで進塁した。


「オッケイ、ナイス選!」


 早川ベンチがそう盛り上がる中で三番の木島が右打席に立つ。


 その後に神崎翔の投げたストレートを思いっきり空振る。


「一六〇キロとか行かないかな?」


「神崎翔は身長が一九〇センチ超えで付いた異名は和製ランディ・ジョンソンですからね?」


「俺が聞いているのは今の球速だ」


 俺が真山にそう言うと、真山は「スピードガンで図りましたが、一五六キロを超えましたね?」と淡々と言い切った。


 ベンチは初夏だと言うのに何か気温とは別にひんやりとした空気が流れた。


「嫌だなぁ? あんな化け物」


 俺がそう言うと、監督の林田が「浦木、次の回から神埼弟を投入しようと思うんだ」と言った。


 そう言われた俺は思わずペットボトルで飲んでいた、緑茶を噴き出した。


「一年をマウンドに送りこむんですか?」


「一年前のお前だって、沖田を差し置いて、あいつらとの試合で先発やったじゃないか?」


「それはそうですけど・・・・・・」


 俺が不服そうな表情を浮かべると、林田は「まだ肘に不安があるのと、後進の育成の為だ。降りろ」と言った。


 俺は内心では納得していなかったが、そこは体育会の世界なので「了解」とだけ言った。


「ブルペンでクールダウンしてきます」


「あぁ、神崎にも伝えろよ」


 林田の声を背に俺は神崎功のいるブルペンへと向かって行った。


「神崎、出番」


 俺がそう言うと神崎功は唖然とした表情で「僕がですか?」と言って、俺に対して口を開いていた。


「俺は三振の取りすぎで、お役御免。若手の育成メインの練習試合だ。兄貴倒して来い」


 俺はそう言った後に控えキャッチャーの藤沢に「クールダウンのキャッチボールを頼む」とだけ言うと、藤沢は戸惑いながらも「了解」と答えた。


 すると、伝令役の阿藤がやってきて「神崎、出番だ」と言ってきた。


 気が付けば柴原は盗塁に成功したが、その後に神崎翔は木島、林原、井伊を連続三振に切って取って、スリーアウトチェンジとなっていた。


 まったく、情けない奴らだ・・・・・・


 俺は思わず、強力であるはずの早川打線に苦言を呈したくなっていた。


「・・・・・・」


「緊張しているのか?」


 俺はイライラを隠しつつも、神崎にそう語り掛ける。


「えぇ、まぁ・・・・・・」


 緊張でガチガチになっているであろう、神埼に対して俺は「兄貴に一矢報いるんだろう。倒せよ」とだけ言った。


 すると神埼功は「このままだと、僕が口だけで終わりますからね?」と言って、マウンドへと向かって行った。


「藤沢。神崎は生意気だが上手くフォローしろよ」


「嫌ですよ、同学年をバカにする奴なんて?」


 藤沢がそう憤慨すると、俺は「ピッチャーはマウンドでは孤独だからそのぐらいがちょうどいいのさ。上手くキレずにコントロールするのが、キャッチャーの仕事だろう?」と藤沢を諭す


「浦木さん、クールダウンしなくていいんですか?」


「やるか?」


 俺と藤沢がクールダウンでキャッチボールをすると、金属バットの甲高い男が聞こえる。


 広川大付属の七番バッターがセカンドゴロに倒れたのだ。


「あいつは打たせて取るピッチャーか?」


 俺がそう独り言を言うと、藤沢は「浦木さん、一人で酔うのは止めてください」と言ってきた。


 俺はそれに対して「そんなに俺は格好付けているように思えるか?」とだけ言った。


「はっきり言って、部員のほとんどが浦木さんの事をキザだと思っています」


 本当かよ?


 俺は極めて自然体なんだがな?


 俺は内心ではショックを受けつつも、ヤジられても平気なのがマウンドに上るピッチャーの資質だと考えている為、俺はとりあえず苦笑いだけ藤沢に返すことにした。


 再び甲高い金属音が響くが、九番を打つ、神崎翔がライトフライに倒れたようだ。


 兄弟対決にある種の結果が出たな・・・・・・


 俺はそのようにグラウンドの光景を目にしていたが、神埼功は未だ緊張で足が震えているように思えた。


 そのような不安を抱えつつも俺はクールダウンを続けることにした。


 俺は試合に終わりが近づいていることも感じ取っていた。



 その後に六回、七回、八回を神埼功は自慢のツーシームとカーブにフォークを軸に三者凡退に抑えていた。


 特に八回の裏で、相手の四番長原に対して、ストライクかボールになるか微妙なツーシームを打つ気持ちが強すぎる長原が手を出し、結果的にセカンドゴロとなった事はベンチ自体も称賛するほどのビッグプレーだった。


「ようし! このまま勝つで!」


 柴原がそう奇声を上げるが、気が付けば、広川大付属のピッチャーは神埼翔が降りて、右の二年生のピッチャーがマウンドに上っていた。


「何や、台湾人は出ないんか?」


 柴原がそうメガホンを叩きながら、叫ぶとマネージャーの真山が「恐らく、彼は最終兵器と言ったところでしょう」とクールに言い放った。


 真山がそう言うと、阿藤が「まぁ、選手層が向こうは厚いのとあまり手の内を明かしたくないんだろう」と加勢する。


 そのような会話をしている最中で早川高校は九回の最後の攻撃を三番木島、四番林原、五番井伊の順番で行っていた。


「ようし、追加点や!」


 柴原がメガホンでそう叫ぶと、木島が二年生ピッチャーのスライダーを三遊間に流し打ちし一塁に出塁をした。


「オッケイ、ナイバッチ!」


 ベンチ全体が熱気に包まれると四番の林原が打席に立つ。


「いけぇい、サテライトキャノン!」


 柴原がそう叫ぶ中で俺はそのネタの元ネタはガンダムエックスに出てくる、主人公機の地球の都市一つを壊滅させるほどの威力を持つ兵器の事を思い起こした。


「ガンダムエックスの最終回の視聴率は一パーセントちょっとだろう?」


「途中で、夕方から朝六時に回されたからのう?」


 そのような会話をしていると、林原は左中間に長打を放ち二塁を陥れ、木島はそのままホームへと生還し、早川高校は二点目を挙げた。


「オッケイ、追加点や!」


 柴原がひたすらメガホンをベンチに叩きつける。


 これでノーアウト二塁の状況が生まれ、


 バッターは五番、井伊だ。


「ムスダン! 打てぃ!」


 柴原がそう叫ぶ中で井伊は二年生ピッチャーが投じた甘く入ったストレートを見逃さずに引っぱたき打球はライトスタンドに消えた。


「おおぅ、四点も取ったで!」


 早川高校のベンチはお祭り騒ぎとなった。


 するとそれと同時に三塁を守っている、長原は俺目がけて、敵意を向けた目線をぶつけていた。


 俺はそれを気にすることなく、肩に付けられたアイシング機器に手をやりながらベンチに腰掛けていた。


「後は、九回を抑えるだけか?」


 俺がそう言うと、続く六番の山南は二年生ピッチャーのカーブを引っ掛けて、凡退をしていた。


「アイ~ン、勝ったら、バーガー行こうぜ!」


 井伊がそう言って肩をぽんぽんと叩くが、俺は「勝ったらな?」とだけ言って、井伊の腕を捻った。


「ぎゃ~!」


 井伊はそう言いながら「ギブ! ギブ!」と声を上げる。


「・・・・・・もろ、いじめっ子じゃないですか?」


 真山は呆れたと言わんばかりの表情を浮かべていた。


 俺はそれに対して「こいつらがくだらないギャグばかりやるからだよ」とだけ答えた。


 真山にそう俺が話している最中に早川の七番黒川、八番八田が凡退し、これでスリーアウトチェンジとなった。


 さぁ、問題のリリーフ陣だが?


 俺が投手交代をするかどうかを確認していると監督は、神崎功をマウンドに送りこんでいた。


 マウンドに立ち、呼吸を整え、井伊のミット目がけて、数球だけ投球練習する。


「確か、このまま走者を出さなければ完全試合リレーが成立するな?」


 俺がそう言うと、阿藤が「そういう事言うと、大体途切れるんだよ」とだけ言った。


 すると神埼が投げた初球のツーシームに七番バッターが手を出し、それをセカンド黒川が捕球する。


「あぁ、後二つか?」


 俺がそう言うと、今度は真山に「そういう事を言うと、変なプレッシャーかかりますから」と言われた。


 その後には八番バッターはショートゴロに倒れ、九番のピッチャーが打席に立つ中で、広川大付属は代打を送って来た。


「あのバッターは、岐阜では有名な選手だったそうですね」


 真山がそう言うと、阿藤が「あぁいう所は、部員全員が地元じゃあ、名の知れた選手だからな」とだけ言った。


「井の中の蛙大海を知らずを入部当初に思い知らされるパターンが多いでしょうね?」


「それで腐り出す奴もいれば、何らかの形で恵まれる奴もいると思えれば少しは救いようがあるがな?」


 俺が真山と阿藤の会話に混ざると、真山は「浦木さん、世の中そんなに甘くありませんよ」と静かに言い放った。


「そうか・・・・・・」


 そのような会話をしていると代打の選手が神埼功のツーシームに手をかけた。


 打球は二遊間を抜けようとしたが、黒川が追いつき、そこからジャンピングスローをして、一塁へと送球する。


 代打の選手はヘッドスライディングをして、一塁に飛びかかるが、審判が「アウト!」と言うと代打の選手はヘルメットを悔しさのあまり投げつけてしまった。


 ゲームセット、つまりは試合終了。


 スコアは四対〇で早川高校は久々の勝利でしかも相手は甲子園常連校だ。


 何も文句は言えまい。


「浦木、バーガー行くぜ?」


 阿藤からそう言われると、俺は不思議と笑みをこぼしながら「割り勘な?」とだけ答えた。


 グラウンドにいる選手たちは笑みをこぼして、ハイタッチを続けていた。



 試合の後に、俺たち、早川高校野球部は八王子から神奈川に戻り、大船のバーガーショップでささやかな祝杯を挙げていた。


「いや~、まさか広大に勝つとはな?」


 井伊はそう言いながら、大きなハンバーガーを口に頬張っていた。


「アイン、パスタも頼みたい!」


「お前のポケットマネーで払えよ」


 俺はハンバーガーとウーロン茶を食べながら、がつがつとハンバーガーを食べ続ける、部員達を眺めていた。


 こいつら、いったい何個、ハンバーガーを食うつもりなんだ?


 俺が呆れ返りながらもハンバーガーを頬張っていると、神崎功がパスタを食べながら、どこか勝利の余韻に浸っている表情を浮かべていた。


「兄貴に勝ったのがそんなに嬉しいか?」


「あの野郎、俺が勝ったら『おめでとう』とか言って兄貴面しましたよ」


 そう言いながら、神崎功はパスタを食べ終え「お代わり行ってきます」とだけ言った。


 奢りじゃなくて良かったな?


 俺はそう感じながら、凄まじい勢いでハンバーガーとパスタを食べ続ける、早川高校野球部の面々をまじまじと見ていた。


「浦木さん、食べないんですか?」


 真山はジェノバ風のパスタを食べながら、此方を振り向く。


「・・・・・・ここ、高いんだよな?」


 俺がそう言うと、真山が「監督から資金渡されましたよ」とだけ言った。


「あの監督は結構、金持っているよな?」


 俺がそう言うと、井伊が「む~ん! 監督が資金力に長けているのが何故か、知りたいんだなぁ~」と言い出した。


「む~ん! ワシもそう思うんやな?」


 井伊と柴原がそう言うと、俺は「お前等、それはパワプロクンポケットの荒井三兄弟だろう?」とだけ言った。


「よく分かったんだなぁ~」


「さすがは、ウチのエースなんだなぁ~」


 バカ二人がそう言う中で俺はポテトを食べ始める。


「監督はドラフト一位指名で、広島サーモンズに入ったのはご存知ですね?」


 真山が無表情のまま、パスタを食べ続ける。


「それは聞いている」


「その時の契約金と今まで稼いだ年俸が多く残っているそうですね?」


 それを聞いた井伊と柴原は「隠れブルジョアジーか!」と何故か憤慨し始めた。


「許せん! 監督、教師のくせして大富豪など」


 そう言って、憤慨を隠す事もなく、二人は「ようし、バーガーを食うで!」や「おおぅ、兄弟!」と言って、カウンターまで行き、ハンバーガーを追加注文していた。


 店員は長時間籠城し、ひたすらハンバーガーやパスタを貪り尽くす、部員たちに蔑視に近い目を浴びせていた。


 早く帰れってことか?


 もっともその分、それなりの額は払っているんだがな?


 俺がそう感じている中で「そう言えば、監督は?」とだけ聞いた。


「監督は試合終わると同時に中央線に乗りに行きました」


「あぁ、せっかくの東京遠征だもんな?」


 首都東京でもあの男の異常行動が行われるか?


 俺はそう考えると、何故か、頭が痛くなってきた。


「あの~、お客様」


 部員達の前に店員が現れる、


「大変申し訳ありませんが、混雑されると他のお客様が・・・・・・」


 それを聞いた、キャプテンの山南が「よし、今日はお開きにしよう」と言って、部員の解散を促した。


「えぇ~! もっと食べたいっす! キャプテン!」


「同感ですわ! ワシらは食欲の化け物や!」


 そう言う二人を無視して「店内出たら、解散な?」と山南は無理やり、仕切り始める。


「待てぇい! ワシらはまだ腹が減っているんやぁぁぁぁぁ!」


 柴原がまるで世界の中心で愛を叫ぶように抑えられない食欲を訴えるが、部員達はキャプテンの山南の指示とあって、渋々と解散を始める。


「アイン、俺はまだ腹が減っている!」


「そうや、お前も食欲を満たすんや!」


 二人がそう言うと俺は「父親が料理作っているから、俺は帰るよ」と言って、バーガーショップを出て行った。


「うわ~ん! 裏切り者め!」


「お前! 食べ物の恨みは恐ろしいという事をよく覚えていくんやなぁ!」


 そう言って、二人は店外へと出て行ったが、すぐに木村と林原に抑えられ、引きずられて戻って来た。


「何をするんですか、先輩方!」


「金、払っていねぇだろう?」


「無銭飲食とはい度胸しているじゃないか?」


 二人の三年生が今までに無い、厳しい目線を二人に向けた後に木村が「監督、ゴチになります!」と言って、監督から貰った金で会計を始めた。


「今日は解散だな?」


 俺が井伊と柴原にそう言うと二人は「俺たちに飯を食わせろ~!」や「ギブミ―フーズ!」と店内で叫んでいた。


 店からしたらいい迷惑だな?


 俺は、そう思いながらも木村が会計を済ませると同時に帰り支度を済ませた。


「木村さん、会計済んだら帰っていいですか?」


「自由解散だから、いいよ」


 俺はそれを聞くと、「じゃあ、失礼します」とだけ言って、店外へと出ていた。


 外は人でごった返している中で、俺は井伊と柴原の「ギブミーフーズ!」の掛け声を尻目に目の前にある大船駅へと歩いて行った。



 練習試合から、一週間が過ぎた平日、俺は教室である難題と相対していた。


 最初から始めるにしてもこれは市場価値があるのだろうか?


 俺がそのような自問自答を頭の中で繰り返していると、恋人の瀬口真が「浦木君、学校にパソコンは駄目だと思うよ」と静かに忠告してきた。


「スマートフォンやタブレットは良くて、パソコンは駄目か?」


「そういう人の上げ足を取る態度は気に入らないな?」


 瀬口は笑いながら俺のパソコン画面を見つめる。


「浦木君、プログラミングをしているの?」


「最初の基礎的段階から習っている、こんなものは才能が有れば、小学生から出来る事だ」


 俺がそう言い切ると、瀬口は「何をしたいの?」と聞いてきた。


「IOTに関するセキュリティソフトの開発」


 俺がそう言い切ると、瀬口は「それはセキュリティルーターで解決するんじゃない?」と言った。


「それを知っているお前は素晴らしい」


「で、それをどうするの?」


「いや、IOT機器にアンチウィルスソフトをインストールできるようになれば、ビジネスチャンスかと思ったんだがな?」


 俺がそう自嘲気味に語ると、瀬口は「機器の構造上、無理じゃない? まぁ、多分、浦木君のことだから他にも何か浮かんでくるよ」と言って、微笑を浮かべる。


 瀬口がそう励ます中でも、パソコンは動作音を出していて、当たり前のようだが、ただ画面にプログラミングの言語が映されているだけだった。


 俺は何となく、それに哀愁を感じたが、そこはあえて話題をそらす為「休み貰ったら、東京でも行くか?」とだけ聞いた。


「いいね、浅草にお参りに行きたいな?」


 瀬口は小指を差し出してきた。


「休みを合わせることが出来たら、お参りに行こう」


「俺は無神論者なんだけどな?」


 俺はそう言いながらも、瀬口と指切りすることとした。


「指切りげーー」


 俺と瀬口が指切りしている最中に、井伊と柴原に川村に去年まで同じクラスだった井手口に平岡が俺たちの教室にやって来た。


「何です、大群で?」


 俺は苛立ちを抑えつつ、この失礼極まりない五人を睨む。


「アイン・・・・・・緊急事態だ」


「何だよ、だから?」


 俺がそう言うと、五人はある手紙を出してきた。


「新入部員が突然と姿を消したんや」


 柴原が意図的に暗いトーンでそう言うと、俺は「まるでエックスファイルみたいな話だな?」とだけ言った。


「でも、理由は分かっているんや」


 そう言って、五人は手紙の中身を出す。


 中にはこのような、文章が一行だけ書かれていた。


ーサバイバルゲームをしてくるので、しばらく探さないでくださいー


 それを見た、俺は「良いじゃないか? 辞めたい奴は辞めさせれば?」とだけ言った。


 俺がそう言うと井手口が「お前、冷たいなぁ?」と冷やかす。


「だが、野球部に陸上部に柔道部にサッカー部で大量の一年生が失踪する事を考えると、異常な事態であることは確かだな?」


 俺がそう言うと柴原は「ワシが直接乗り込んで、お灸据えたる!」と鼻息を荒くする。


 俺は「だから、放っておけって」とだけ言った。


 すると、川村は「問題は彼らが学校にも来ていないということ」と言った。


「あぁ、それは重症だ。お気の毒に」


 俺はそう言って、パソコンの電源を切って、床に伏せて寝ることにした。


「おい、お前!」


「失踪した部員は全部で二十名であることを考えると、お前も奪還作戦に協力した方が良いぞ」


 平岡がそう言うと、俺は「何で、今年の一年の一部が軍オタばっかりなんだよ?」とだけ言って、続けて「じゃあ、都合付けて、引き戻しに行きますか?」とだけ言った


 それを聞くと、井伊と柴原が「おおぅ、サンキュー」と言って、俺の肩を叩き始めた。


「ちなみに場所はどこか分かるか?」


「七里ガ浜の辺りの山。というか、ため口だよ?」


 川村がそう言うと俺は「何で分かったんですか?」と聞いた。


「脱走をしなかった一年生が脱走メンバーのサバゲー計画の事を聞いていたから」


「詰めが甘い、脱走犯だな?」


 俺はそれを聞いて、パソコンを閉じると「練習の時間が空いたら、すぐにパーティーを組んで、連中の所へ行きます」とだけ言った。


 俺はそう言った後に床に伏せて眠り始めた。


「おい!」


「本当に行くんだろうな! 連れ戻しに!」


 井手口と平岡が狼狽した口調でそう言う。


「あぁ、問題無い。後は日程だけだ」


 俺がそう言うと、井手口は「分かったよ! 俺たちも行くよ!」とだけ言った。


「じゃあ、私たちは教室に行くから、続報はLINEで」


 そう言って、五人は教室から出て行った。


 すると井伊が「逃げるなよ」と言い、柴原は「お前、逃げたら、チキンの意味も込めて、コンビニの鶏肉製品をプレゼントしたるわ!」と言い出した。


「いや、逆に嬉しいじゃないか?」


 俺がそう言うと、二人は「絶対に逃げんなよ!」と言って、教室を後にした。


 すると隣に立った瀬口は「みんなに頼りにされているね?」とだけ言った。


「あぁ、貧乏くじを見事に引かされているよ」


 俺がそう言ったと同時に学校のチャイムが鳴り始めた。


 この授業は林田が出ないので俺は時間ギリギリまで寝ることにした。


「浦木君、起きなよ?」


 瀬口がそう俺の脇を小突く。


「抜かりは無い。俺がそんなことすると思うか?」


 瀬口の目を見て、俺がそう答えると、瀬口は「遅刻、サボタージュの常習犯じゃない?」とだけ言った。


「うるせぇ、さっさと席に付け」


 二人でそのようなやり取りをしていると、英語教師の野中が教室に入って来た。


 彼女は俺には比較的優しいので、個人的には好感が持てると思っていた。


「じゃあ、教科書の・・・・・・」


 俺はすでに知っている英語を聞き流して、窓際から外を眺めた。


 もうすぐ、夏がやってくるのか・・・・・・


 俺はそう思うと、どこか期待と言っても良い、高揚感を覚え始めていた。


 理由は分からないが、俺はその高揚感が沸き起こる中で、すでに分かる英語の授業ではあくびを漏らしながら、ノートを一応つけることにした。



 野球部、サッカー部、陸上部、柔道部が練習のスケジュールを擦り合わせ、部活動の休みに各部活の代表でパーティーを組んで、失踪したーー


 というより学校も部活もサボって、サバイバルゲームに興じる、一年生たちを現実世界に戻す。

 

 或いは、お灸を据えるというはた迷惑な尻拭いをすることとなった。


「何で、野球部が三人もいるんだよ?」


 柔道部の井手口とサッカー部の平岡が苦言を呈する。


 ちなみに陸上部は瀬口が代表してやって来た。


「こいつらが付いて行くってうるさいんだよ」


 こいつらとは例によって、井伊と柴原である。


「ワシらは一年生に鉄槌を与えるんや」


「見ていろ、学校をサボって遊ぶなど!」


 そう言っている、井伊と柴原は手にハンドガンを持っていた。


 無論、モデルガンである。


「お前ら、サバゲー参加するつもりだろう?」


「・・・・・・ブービートラップや反撃を受ける可能性も考慮したのや?」


「いや、BB弾だから対して痛くないだろう?」


「バカ野郎! サバゲーをナメルんやない!」


「あいつらはこの一週間、学校を休んで風呂も入らず、歯も磨かずにテント生活をしてサバゲーに興じているんや!」


「そんなハングリーさが俺たち、スタンダードな高校生にあると思うか!」


「・・・・・・いや、それは不衛生だろう」


 俺がそう言うと、井伊は「戦場では不衛生なんて言葉は・・・・・・無い!」と言い切り、柴原は「アメリカ海兵隊のスナイパー部隊は訓練ではまず、泥水に浸かるところからスタートするんやで!」と興奮した面持ちで語る。


「狙撃兵!」


「そう! そんな風に叫ぶんや!」


 井伊と柴原がそのようにサバイバルゲームを熱く語り続けるのを尻目に俺は、スマートフォンでマップを見ながら、七里ガ浜にあるという連中の潜伏している山を探した。


「おい、無視かい!」


「お前らの軍オタ話は良いから」


 井手口が「どぅ、どぅ」と言いながら、二人を制する。


「よし、江ノ電に乗るぞ」


 俺がそう言うと、パーティーはJR鎌倉駅の改札を出て、江ノ電に乗り換えることにした。


「林田監督だったら、泣いて喜ぶ展開やな?」


「良かったな、いなくて」


 俺達は江ノ電に乗って、一四分、電車に揺られ七里ガ浜駅で降車した。


「当たり前のこと、言っていいか?」


 平岡が辺りを見回す。


「何だ?」


「見事に海しかねぇな?」


「本当に当たり前のことだな?」


 俺たち、パーティーはスマートフォンのマップを頼りに山を探すとそこはトンネルの上にある山だった。


「本当にここなのか?」


 井手口が疑問の声を上げる。


「あぁ、ここの頂上は公園になっている」


「うわぁ、そんなところでサバゲーか?」


「よく警察沙汰にならないで、一週間経ったな?」


 平岡と井伊がそう言うと、俺たちは山を登り始めた。


「道は一応、舗装されているな?」


「ねぇ、近くに変な家があるよ」


 瀬口がそう言うと、俺は「いや、建物がある時点で健全な山だろう」とだけ言った。


 そして俺たちが山を登り、森林の奥深くへと入ると何か音が聞こえた。


「何! 怪しい奴!」


「お仕置きや!」


 井伊と柴原はそう言って、ハンドガンを構える。


 すると、そこから迷彩服姿の野球部一年の寺島が呆然とした表情で、現れた。


「先輩たち・・・・・・まさか、連れ戻しに来たんですか?」


 そう言って、顔面蒼白に陥った、寺島は一気に森の奥へと逃げていった。


「待てぇい! 脱走犯!」


「脱走で銃殺刑や!」


「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁ! 僕らはサバゲーを一生続けるんだぁぁぁぁぁぁ!」


 そう言って、寺島は立ち入り禁止とされている区域へと逃げ込む。


「浦木君! 立ち入り禁止だよ!」


「知るか! 追うぞ!」


 俺達は躊躇することなく、立ち入り禁止区域に入ると、井伊と柴原が「貴様! 許さんぞぉ!」と言いながら、


 エアガンを発砲し続ける。


 その光景が天才バカボンのお巡りさんのようで少し笑えた。


「銃殺刑や~!」


 井伊と柴原がそう言って、寺島を追いかけると、


 二人はいきなり何かに足をすくわれて、気が付けばネットに絡まれる状態で木の上に捕まってしまった。


 いわゆるブービートラップだ。


「うぉぉぉぉ! こんな古典的な罠に引っかかるとは!」


「はははは! 先輩、ゲリラ戦を舐めちゃいかんのですよぉ!」


 俺はそう高笑いを浮かべる寺島に思い切り鉄槌を下す。


「ぎゃあぁぁぁぁぁ!」


 そう言って、寺島は至近距離からハンドガンを撃ってくるが、しょせんは玩具なので、大したダメージにはならない。


「お前ら、ランボーを気取っているつもりか?」


 俺が怒気をはらんだ声で、そう言うと、寺島は股間から液体を垂らし始めていた。


「うん、漏らしたくなる気持ちは分かるよ」


「怖いもんな、浦木は?」


 井手口と平岡がそう言うと同時に俺は寺島の胸倉を掴み「全員、今すぐ呼んで来い。今すぐだ」と静かに言い放った。


「はい・・・・・・すみませんでした!」


「何だ! どうした!」


 騒ぎを聞きつけた脱走部員達が、エアガンのM14ライフルを構えてこちらにやってくるが、俺を見た瞬間に部員たちが全員凍り付く。


「浦木先輩・・・・・・」


「浦木って、あの・・・・・・野球部の暴君と呼ばれているあの・・・・・・」


 そう言って、迷彩服姿の脱走部員達は一気に逃げ出すが、俺は全員を叩くつもりで追いかけた。


「確かに暴君だ」


「あぁ、あいつが先輩じゃなくて良かったよ」


 井手口と平岡がそう呟くのを他所に、俺は脱走部員たちを追いかけまわしていた。



 翌日、脱走した部員たちはほとんど俺に確保され、その一日中に学校へと護送されて、各部活動の指導者にこってり絞られた。


 その上で強行派とも言うべき林田による『全員、退部で』という提案を受けた事により各部活動の指導者は『さすがにそれはやりすぎです! 林田先生!』と紛糾した結果、学校のトイレ掃除とサバイバルゲームに関するアイテムは全て、廃棄処分されるという形で部活動へは残れる形で処分された。


「監督、退部にしても良いと俺は思いますが?」


「そうです! 監督!」


「ワシら相手にブービートラップを仕掛けるなんて、許せんわ!」


 俺と井伊、柴原は不満を隠さずに、監督室で林田に向き直る。


 その隣では、秘書よろしくマネージャーの真山が立っていた。


「浦木先輩、監督はその点も考慮に入れて退部発言をしたんです」


 それを聞いた俺は「監督は最初から脱走部員に救済措置を出すつもりだったんですね?」と聞いた。


「そうだ。俺が強く出て、最も重い宣告をすれば他の厳しい指導者は何も言えなくなって、穏便な形になると思って、退部宣告をした」


 それを聞いた柴原は「ええやないですか? 退部で?」と言った。


「そうしたら、一年生約二十人がサバイバルゲームに夢中になって、不登校で学校を退学することになるじゃないか?」


「あっ、そんな力学が働いていたのか・・・・・・」


 井伊が「成程、成程・・・・・・」と呟いて、その後は沈黙が流れた。


「学校上層部もこの事態を重く受け止めている。一学年の男子二十人が集団退部と退学になるなんて事態になって、教育委員会に目を付けられる自体になるのは避けたかったからな?」


 林田がそう言うと、俺は「上層部に借りを作ったんですね?」とだけ言った。


「そういうこと。十分にあいつらには制裁を加えたから、お前らは練習に戻れ」


 林田がそう言うと、真山は監督室のドアを開けた。


 俺達は三人そろって「失礼します!」と言って、監督室を出た。


 グラウンドに戻る途中で柴原は「ワシは納得しとらんで! 浦木!」と叫び出す。


「あいつら! 俺たちでランボーのシーンを再現しやがって!」


 井伊も発狂する。


 シルベスター・スタローンが出ている、一作目な?


 田舎警察相手にゲリラ戦を繰り広げる話だ。


「まぁ、良いだろう。俺もこの件はもう触れたくないし」


 俺がそう言うと、柴原が「お前、暴君とか言われたの結構、傷ついたんやな?」と言って、肩に手を添えた。


「・・・・・・別に?」


「・・・・・・帰り、バーガー行こうぜ」


「また、ハンバーガーか?」


「良いだろう?」


 井伊と柴原が哀愁漂う表情でそう言うと俺は「練習終わってからな?」とだけ言って、グラウンドへと向かって行った。


 天気は梅雨になり始め、その天候が俺達のブルーな気持ちを表しているように思えた。


10


 七月になった。


 そして俺たちは真夏の太陽と青い空がくっきりと鮮明なコントラストを描いている中で、今、プラカードを持った女子高生に先導されて行進している、


 場所は例によって、横浜スタジアムである。


 つまりは今行われているのは、夏の甲子園の神奈川県予選の開会式だ。


「いやぁ、帰ってきたで! ハマスタ!」


「甲子園でも戦った俺達だが、ここには愛着に近い何かを感じているぜ!」


 井伊と柴原はそう呟きながら、行進を続ける。


 行進が全て終わった後に神奈川県知事が演説し、スポーツマンシップなどの大切さを唱えるという定番のルーティーンをこなした。


 それが終わった後に俺たちは閉会式を終え、横浜スタジアムを出た後に京浜東北線に乗った。


 その後に大船駅で乗り換えて、戸塚へと向かい、そこからバスで学校のある舞岡へと戻る為だ。


 鉄オタの林田監督の公私混同が現れた結果だ。


「お前ら、電車、本当に好きだな?」


 関内駅のホームでそう声を掛けられたので、振り向くと、そこには王明実業の北岡享が立っていた。


「出たな! AV男優!」


「川村先輩は渡さへんで!」


 そう言って、井伊と柴原の二人が北岡に飛びかかるが、すぐにボディブローで悶絶する結果となった。


「うぉぉぉぉ!」


「悪は許さへんでぇ・・・・・・」


「こいつら、本当にバカなんだな?」


 そう言った北岡は俺に向き直り「肘どうだ?」と聞いてきた。


「まぁ、だいぶ、投げられるようになりましたかね?」


「ふ~ん? そう?」


 そう言った北岡は井伊と柴原を足蹴にした後に「俺はお前を倒して甲子園行くよ」と宣言した。


 そう言った、北岡の目は真剣だった。


「北岡さん、一度聞いてみたかったんですが?」


「何だよ?」


「プロに行くんですか?」


 そう俺に聞かれた北岡は一瞬の沈黙の後に「この夏が終わったら行くよ」と明言した。


「それはスクープですね?」


「まだマスコミには知られていないから、漏らすなよ」


 そう言って、北岡は俺に近寄り「俺はお前を倒す、それだけだ」と言って、関内駅から去っていた。


「健闘を祈る!」


「電車に乗らなくていいんですか!」


「バスがあるんだよ! 俺たちは?」


 そう言って北岡はサムズアップを返して、俺達の下を去って行った。


 わざわざ、この為だけに駅に入ったのか。


 意外と律儀な人だ。


「おのれぇい! 川村先輩はぁぁぁ!」


「渡さへんでぇぇぇぇ!」


 井伊と柴原の叫び声が関内駅前に響いたが、野球部の面々や俺にはとても迷惑なものでしかなかった。


 俺達は三十度後半を超える炎天下の中、関内駅へ入り、電車を待ち続けていた。


「真山はどうしたんや?」


「球場で、補欠の選手と一緒に開幕戦を見ている」


 俺がそう言うと井伊は「とにかく、あいつと当たらんと意味が無い!」と叫び、柴原は「ワシらがコテンパンにしないと意味が無いんや!」とまで言っていた。


「モテない男のひがみほど怖いものは無いですね?」


 黒川がそう苦言を呈すると、井伊と柴原は「何!」や「許さへんでぇ!」と言って、黒川にバトルを仕掛けていったが、黒川が井伊に三日月蹴りを行い、柴原にはボディブローを行った事により、関内駅のホーム上で井伊と柴原は「ぐぉぉぉぉ!」や「やられた~」と言って、悶絶をしていた。


 俺は嫌だな?


 こんな奴らとチームメイトと思われるの?


 そうは言っても、同じユニフォームを着ている為、他の乗客からは俺も含めて、早川高校の生徒達は冷たい目で見られていた。


 監督に至っても、電車のモーター音を聞く為にTPО弁えていないからな・・・・・・


 俺は電車に乗った後に仕方なく、寝たふりをしていたが、その間も井伊と柴原の悶絶が車内に響いていた。


 耳障り・・・・・・


 俺はそう思いながらも、京浜東北線のホームでひたすら目を閉じるしかなかった。


11


 ついに初戦を迎える事となった。


 俺たち、早川高校野球部は春の県大会でベスト一六なので、第三シード校としての登場となった。


「今日は神崎が投げるのか?」


 俺達は朝五時には学校に集合し、初戦の舞台になる、相模原球場へと向かって行った。


 試合開始の時刻は午前九時スタートだ。


 ちなみに今回の移動は鉄オタの林田監督の強い意向で、小田急電鉄で相模大野駅まで行って、そこからバス移動で一八分をかけて、移動する事となった。


「朝五時は早すぎやろう」


 柴原は大あくびをしながら、腕時計を眺める。


 井伊も珍しく小田急線の車内で寝入っていたが、黒川と神埼は寝る事もなく、スマートフォンをいじって遊んでいた。


 この二人は朝に強いらしい。


「井伊が朝に弱いとはな?」


「こいつ、普段はこの時間帯までスーパーロボット大戦やっていたりしとるで?」


 柴原からそう言うと、俺は思わず井伊の頭を小突いた。


「ちょっ! 寝ている無防備な状態でも容赦ないのう! お前は?」


「しかも、今のタイミングでは井伊先輩が明らかにかわいそうすぎます」


 真山がそう苦言を呈すると、俺は「こいつを始めとして、うちの野球部は自己管理が出来ない奴が多すぎる」と語気を荒くした。


 俺がそう言うと「殴るのは問題だと思いますよ」と真山が静かに言い放つ。


 すると柴原が「そうや! しまいにはビール瓶で殴ったら、引退やで?」とそれに便乗した。


「お前、相撲のモンゴル会の話題はもう古いよ」


「おう、それでもワシは今の角界に一石を投じるつもりなんや」


 そう言って、鼻息を荒くする柴原に俺は「それは横審とコメンテーターに任せておけ」と言って、スマートフォンで遊ぶ、神崎を眺めた後に俺は寝入ることにした。


「お前も寝るんかい!」


 そう言って、柴原が俺の頭を叩くと、すぐに右ハイキックを柴原の頭部に見舞った。


「おうぅぅ!」


「先輩、因果応報って言葉知っています?」


 そう言う真山は、柴原の頭部を見て「軽症ですね?」と言っていた。


「お前・・・・・・理不尽や」


 そう言って、こと切れたというより眠さから床の上で眠ってしまった柴原を確認した、神埼と黒川の二人はスマートフォンをいじりながら「ナームー」と言い出した。


「お前ら、死んではいないからそれは無いだろう?」


 俺がそう言うと黒川は「柴原先輩のご冥福をお祈りします」とだけ言った。


「・・・・・・まぁ、試合頑張れよ」


 俺はそう言いながら、外を眺めると、朝五時の段階では若干日が昇った程度の外の風景は夏の為、朝六時前にはすっかりと夏空へと変わっていた。


「始まりますね?」


 真山がそう言うと俺は「俺が先発じゃないのが残念だがな?」と横目を向けた。


 俺はスマートフォンをいじる神崎を眺めながら、外の風景を眺めていた。


 本当に夏空だな?


 俺は柴原のせいで寝る気が失せたので、電車の席で座って、経済の本を読む事にした。


 監督や部員達のTPOを弁えない、いつもの光景に小田急線に乗る別の乗客からの蔑視の視線を浴びせられ、俺もその中の一人にカウントされているという事実が不快ではあったが、気にせずに本を読み続けた。


 それと同時に外ではさらに青い夏空が広がり、俺はどこか得体のしれない高揚感を感じていた。


 いよいよ、夏が始まる。


 自分は夏が好きであるという事実を自分一人で考えて、気付いた結果、俺は何故かほくそ笑んでいた。


「先輩、一人で笑うのはキモイです」


 真山が表情一つ変えずにそう指摘すると、俺は思わず「それはまずいな?」と動揺を見せてしまった。


 それを聞いた黒川がニタリと笑ったのが気に入らなかったが、俺は気にせずに経済書を眺めることにした。


 気が付けば相模大野駅までは後、三駅までとなった。


12


 試合は、アレス学園と言う進学校との対戦となり、早川高校の一番センター木村が先行での攻撃で先頭打者ホームランを放ち、一点を先制して試合は始まった。


 試合開始のサイレンが鳴りやまない中での出来事だった。


「おおぅ、いきなり先頭打者ホームランかよ?」


 井伊はそれを見ながら、バットで素振りをする。


「アレス学園は進学校であまり野球は強くないから、大量得点での勝利が義務付けられているぞ」


 俺がそう言うと井伊は「その口調を聞くと、去年の秋のマネージャー業をしているお前を思い出すよ」と俺を茶化し始める。


 そのようなやり取りを俺と井伊が行っていると、二番ショート柴原は右バッターボックスからライト方向に流し打ちをし一塁へと進塁した。


 そして、三番ライト木島が左バッターボックスに立つと柴原は初球で盗塁を決めた。


「攻撃はうちの思い通りに出来ていますね?」


 真山がスコアを付けながら、汗をハンカチで拭う。


 そうしている間に、木島がセンター前にヒットを放ち、これで一回の表においてノーアウト一・三塁で右バッターボックスには四番ファーストの林原だ。


 そして、アレス学園のピッチャーが投げた初級を引っぱたき、打球はレフト上段へと消えていった。


「ナイスバッチ!」


 そう言って、ダイヤモンドから生還をする三人のランナーを出迎えると、五番キャッチャー井伊も初球を引っぱたき、ライトにホームランを放った。


「神崎、大量の援護をもらったな?」


 俺がそう神崎に話しかけると神埼は「まぁ、育成メインなんで、軽くやってきます」と言って、二年生の阿藤とキャッチボールを始めた。


 俺は念の為、ブルペンへと行き、投球練習を始めた。


「浦木さん、投げるんですか?」


 一年の控えキャッチャー藤沢が目を丸くして、俺を見つめる。


「投げとかないと落ち着かないんだよ」


 俺はそう言うと、藤沢を立たせてボールを投げ始めた。


「軽めですね?」


「まだ、初回だからな?」


 そのような会話を続けていると、六番レフト山南、七番セカンド黒川、八番サード八田が凡退して、スリーアウトチェンジ。


 そしてついに一年生の背番号十八、神崎功がマウンドに立つ。


「さぁ、試合前にスマホいじっていたほどの余裕の根拠を見せてもらおうか?」


「見物ですね?」


 俺と藤沢が神崎の投球練習を見ていると、コントロールは中々良い投手だという事が分かった。


 そして、投球練習を終えると、アレス学園の一番バッターが右バッターボックスに入る。


 神埼はノーワインドアップのシンプルなフォームから得意のツーシームを井伊のミットに投げ入れる。


「ストライク!」


 審判の声がグラウンドに響く。


 アレス学園の生徒は意外に遅い神崎の球を見て、ニヤリとする。


 しかし一年生相手だからと言って、油断すると、そのままずるずると気が付いた時には負けているという事態になるだろうなと俺には感じられた。


 続く、初球もツーシームでアレス学園の一番バッターをショートゴロに仕留めた。


「大丈夫、大丈夫!」


「打てるよ! 打てるよ!」


 あっ、これは、完全に神崎の術中にはまるな?


 俺は相手のこの楽観的な姿勢を見て、神埼は好投をすることを確信した。


 続く二番バッター、三番バッターも内野ゴロで仕留めて、二回の表の早川高校の攻撃へと移る。


 九番ピッチャー神崎だが、ここは内野ゴロで仕留められるが、ここで先ほどホームランの木村が左バッターボックスに立つ。


「木村ぁ! 行けぇ!」


 三年生たちの雄叫びが、早川高校がいる三塁側ベンチへと響き渡る。


 すると木村はセンター方向へとヒットを放ち、続くバッターは二番の柴原だ。


 柴原がバッターボックスで構え、アレス学園のピッチャーが投げると同時に木村は二塁へと駆け出し、見事に二塁を陥れた。


「こりゃ、うちの勝ちパターンだな?」


 俺がそう言うと、藤沢が「そうなんですか?」と怪訝な顔を浮かべる。


 グラウンドでは、柴原がバントを決め、ワンアウト三塁の状況が作られ、左バッターボックスに立った三番木島が右中間を抜ける、タイムリーを放った瞬間に俺は早川高校の初戦での勝利を確信した。


「今日は出番無しかな?」


「じゃあ、止めます、準備」


「一応は続けるよ」


 俺はそう言いながら、ブルペンで投球練習を続けた。


 気が付くと大量の汗をかいていた。


 季節は夏なのだ。


 そう考えると、何故か心が躍り出す自分の存在を俺は感じ始めていた。


13


 早川高校の初戦はアレス学園に対して、一七対〇の快勝で終わった。


 初戦を終えて、数日が立ち、井伊は部室でハンバーガーを食べながら、季節は夏なのにいまだに布団が敷かれているコタツに座っていた。


「いやぁ! 初戦を終えて、無事に良かったぞ」


 井伊はそう言いながら、ハンバーガーを食べ始めていた。


「お前、ここ最近食ってばかりじゃないか?」


 俺もコタツに座りそのような会話をしていると、真山がタブレット端末を抱えて、此方にやって来た。


「お三方、緊急事態です」


「何や、隕石でも落ちるんか?」


「おぉぉう、アルマゲドン」


「私的には君の名はのイメージが強いのですが?」


 この三人は何の会話をしているんだよ?


 俺は「緊急事態って何?」と口を開いて本題に入らせた。


「王明実業が初戦で敗退したそうです」


 それを聞いた、井伊はハンバーガーを落としてしまった。


「何と!」


 北岡さんが負けたのか?


 順当に行けばベスト四は間違いないと思っていたので、俺自身も何かショックに似た感情を抱き始めていた。


「俺はあのAV男優を倒して、川村先輩を奪還するのが目的だったのに!」


「ワシらとの対決前に、消えるとかそりゃあ無いやろう!」


 そう言って、二人は「うわ~ん」と大泣きを始めた。


「問題は、王明実業を倒した相手ですが・・・・・・」


「どこの学校だ?」


「星谷総合高校です」


 どこだ・・・・・・それ?


 俺が怪訝さを表情に表すと、さっきまで大泣きしていた井伊が「星谷総合だと!」と声を上げた。


「お前、泣いたり叫んだり大変だな?」


「やかましい! ライバルが消えた感覚など、ビジネスライクなお前には分からんだろ!」


 そう言った井伊に俺は「でっ、どんな高校だよ?」とだけ聞いた。


「神奈川県でも有数の不良校だ。そこではほとんど授業は開かれず、県でも最強の暴走族集団が根城にしている事実上の無法地帯だ」


「その不良校が何で、王明みたいな強豪に勝ったんだよ」


「・・・・・・分からん」


 俺、井伊、柴原が頭を抱えると、真山が「城之内蓮という左ピッチャーが一人で王明を相手に完封勝ちをしました」と語り出した。


 真山がタブレット端末で王政相手に投げる、城之内の映像を見せる。


 坊主じゃなくて部員全員がドレッドや金髪の集まりじゃないか?


 この城之内はサラサラヘアーにド金髪と来ている。


 まぁ、それは置いといて・・・・・・


 肝心の投球を見ると、フォームは腕を大きく振りかぶる、昭和の投手に見られる、クラシックワインドアップでそこから投げられるストレートに王政実業の選手は空振りの山を築く。


「変化球は?」


「高速スライダーとフォークの二種類です」


「球種は少ないんだな・・・・・・」


 その一言を最後に部室はどこか暗い雰囲気が流れる。


 まさか、決勝で当たることを約束した北岡さんがここで終わるとはな?


 俺は少しだけではあるが、どうにもやるせない気分になっていた。


「星谷総合はこのまま順当に行けば、建長学園とも当たります」


 そう言うと、俺は思わず「今度は高谷さんを食うつもりか?」と声を出してしまった。


「・・・・・・アイン、建長学園と星谷総合が戦う時は、応援に行かないか?」


 井伊がそう言うと、「その日は試合無いか?」と俺は聞いた。


「日程の都合があったら行こう」


 それを聞いた俺は「行くか?」とだけ言った。


 それを聞いた真山は「さっ、そうとなればハンバーガーを食べずに練習しましょう」とだけ言った。


「ちょっと待て、真山、胃の消化がまだやねん」


 柴原がそう言うと、真山は「練習の時刻は待ってくれません」と言って、柴原を引きずりながら、グラウンドへと運んでいった。


「まだ胃の中にバーガーが~」


「自己管理の問題です」


 そのようなやり取りをしながら、柴原と真山は部室を出たが、俺と井伊は二人きりになってしまった。


「北岡は俺が打つと決めていたんだがな?」


 井伊の表情は涙目になっていた。


「俺も残念だ」


 そう言って、俺は外のグラウンドへと向かっていた。


 真夏の太陽が容赦なく俺と井伊に襲い掛かる。


「この気温なのにコタツの布団はそのままか?」


 俺がそう言うと井伊は「まぁ、いいじゃないかくつろげる場所があるだけで?」と言って、パンくずや菓子くずまみれの布団が敷かれたコタツに項垂れる。


 それを見た、俺は「高谷さんまで負ける事態は想像したくないな?」と言って、グラウンドへと向かって行った。


「リベンジを誓った連中と再戦しないと後味が悪いからな?」


 そう言って、井伊もグラウンドへと向かう。


 晴天の空が広がる、グラウンドの中で、俺は北岡と高谷の二人を思い起こしていた。


 高谷さんは食われないだろうか?


 不安を残す中で、俺は井伊とキャッチボールを続けた。


 気が付くと、もう汗をかいている。


 季節が夏になっていることを知覚した。


14


 俺たち、早川高校野球部は、先日神崎が投げた初戦をコールドで勝ち上がると、続く試合を迎える事となった。


 そしてその相手は強豪校の横浜経済高校である。


 今回も初戦同様に相模原球場で試合を行う為、俺たちは朝の八時には学校に集合し、小田急線で球場へと向かう事となった。


 今回の試合開始時刻が午前の十一時なので、初戦に比べれば、だいぶ、眠たさは軽減されるように思えた。


「ついに、大将の出番やな?」


 柴原がそうポンと肩を叩く、


 柴原はバーガーショップの朝メニューのモーニングマフィンをほうばっていた。


「・・・・・・お前、よく試合中に吐かないよな?」


「ワシは頑丈なんや~」


 そう言って、柴原はハッシュドポテトにも手を出すが、俺はそれを無視して、残りの時間帯は普段よりは遅くに出たが、寝ることに費やそうと考えていた。


「アイ~ン! 公式戦は久々だろう~」


 井伊がわざと間延びした口調で語りながら、隣に座る。


「まぁ、ここまで神崎が先発やってくれたから、俺は腕がなまっていないかが心配だよ」


 そう言って、俺はあくびをするが、マネージャーの真山が「これから強豪校に当たるとは思えないほどの緊張感の無さですね?」と言って、眼鏡を拭いていた。


「・・・・・・問題は今回、スライダーを使うかどうかだな?」


「あぁ、横ヅレの問題だろう?」


 最近、言われているのは未成年の段階でスライダーを得意球にしている投手は自然とフォームが横ヅレをしていくという技術的な問題だ。


 真山にその事を指摘されてから、俺はストレートとカーブしか手持ちの球が無い状況に陥ったが、それと並行して、新球の取得にも励んでいた。


「どうする? 場合によってはスライダーを使う配球をするが?」


「いや、ストレートとカーブで行こう」


 俺がそう言うと井伊は「本当に良いのか? 二球種だけで横浜経済高校を相手にするのは若干無茶だと思うぞ?」と唾を飛ばしながら、疑念を口にする。


「新兵器を投入するさ?」


 すると井伊は「あれか・・・・・・いきなり本番で大丈夫か?」と聞いてくる。


「愚問だな、俺を誰だと思っている?」


 俺がそう言うと「そうだな、浦木アインだもんな。お前は?」と井伊は返してくる。


「あぁ、そうだ、俺は浦木アインだ」


 そう言った後に、井伊は「うん、うん」と俺の右肩を掴み、首を上下させた。


「お二人共、何の会話をしているんですか?」


 真山が無表情のまま、俺と井伊の会話に疑念を問いかける。


「まぁ、一種のルーティーンだな?」


「俺とアインにしか分からないゾーンがあるのさ?」


 そう言って、井伊は何故か凛々しい顔立ちを浮かべながら、真山のいる方向を見る。


「・・・・・・まったく、格好良くない」


 真山がそう言うと、井伊は「キィィ! これだから最近の女子高生は!」と怒りを露わにした。


 それを聞いた真山は「ウチの野球部は自由奔放ですね?」と俺に問いかける。


「あぁ、上下関係はそれなりにあるが、基本は自由奔放だよ」


「よ~し! 強豪に勝って、野球アイドル雑誌に出るぞ!」


 井伊がそう言うと、柴原も「ワシも激しく同意するで~!」と大声を上げる。


 それらの光景を周りの一般乗客はものすごく迷惑極まりないと言った表情で俺達を眺めていた。


「しかも、他人の迷惑を考えない」


「本当に自由奔放ですね?」


 俺と真山がため息交じりにそう語り合っている中で、小田急線は目的地の相模大野駅へと走り続けていた。


15


 気が付けば、俺達は横浜経済高校と試合を行っていた。


 そして太陽の凶暴なほどの紫外線が、早川高校ナインを襲っていたように思えた。


 俺はその中で、横浜経済高校を相手に五回まで、一人のランナーも出さない投球を続けていた。


「まさか、ストレートとカーブだけでここまでの投球を続けるとわな?」


 監督の林田にそう言われると俺は「新兵器もありますから」と声をかける。


「まぁ、ここまでウチは打っているから、お前には楽な投球になるだろうな?」


 林田がそう言うと同時に三回裏の攻撃が終わった。


 ここまで、早川高校は吹奏楽部伝統のゲームの音楽での応援と今年の夏の新作である映画の音楽を使った応援曲が響く中で攻撃を行っていた。


 一番の木村はヒット二本に盗塁二回、二番柴原が送りバント二本、三番木島が木村を二回ホームに返し、四番林原がツーランを二本放ち、井伊が二打席目でソロホームランを放つなどで、スコアは七対〇で早川高校のリードとなっていた。


 そして四回の表の攻撃。


 相手は一番バッターからの攻撃となっていた。


 俺は井伊がアウトコース低めのストレートを要求するのを確認した後にノーワインドアップのトルネードから、スピンのかかったストレートを投げ入れる。


 右打席に立った一番バッターはそれを見送った。


「ストライク!」


 審判がそう言うと、一番バッターは苦悶の表情を浮かべる。


 無理もない、アウトコースの手の届かないギリギリを狙っているんだ。


 俺はそう思いながら、キャッチャーの井伊の返球を受け取る。


 次はインコース低めのストレートだ。


 大分、こいつは俺の好きな対角線のリードを理解して来たな?


 今は大学生になった金原のリードが好きだった俺は井伊が自分の好みをだんだん学習したことを素直に嬉しいと思い始めていた。


 そう考えるのも一瞬で次のストレートを投げると、バッターは思いっきり空振りをする。


 次第にこの一番バッターの顔つきや、横浜経済高校のベンチからも何か、悲壮感のような物が漂ってきたように思えた。


 続いての要求コースはインコース中段の新兵器だ。


 ようやく、ここで、あれを出すか?


 少し、この場面で出すのは時期尚早だとは思えるが、まぁいい、試験的に投げてみよう。


 俺はボールの赤い縫い目に人差し指と中指を乗せると、そのボールをいつも通りのフォームで、インコース中段へと投げて行った。


 すると、ボールは一番バッターの手前で小刻みに変化し、それはインコースギリギリに決まった。


「ストライク、バッターアウト!」


 それを見た、一番バッターはまるで俺に対して化け物を見るかのような目で見つめていた。


 キャッチャーの井伊も俺が取得した新兵器、ツーシームの思いもよらない動きに目を丸くしていた。


「ようし、アイン、どんどん投げるぞ!」


 井伊が声を上げると、続く左バッターボックスには二番バッターが立った。


 その表情はどこか悲壮感に満ちていた。


 俺は井伊の要求するインコース低めにストレートを投げる。


 二番バッターはそれを大きく空振る。


 すると球場にいる観客がどよめきだす。


 それを聞いた、井伊がバックスクリーンに指を差したので、俺はそれを眺めると、球速表示が一五〇キロを計測していた。


 復帰以降では初めての一五〇キロ超えだな?


 俺はそれを確認した後に、井伊が要求するカーブのサインに首を振った。


 この試合はストレートとツーシームだけで乗り切れるのではないだろうか?


 俺はそう感じたので井伊がストレートのサインを出すと、迷わずにそれに首を縦に振る。


 それを確認して、井伊がミットをコースに構えると、俺はストレートをアウトコース高めギリギリに投げ込んだ。


 バッターはそれを空振り、苦悶の表情を浮かべる。


 その瞬間、観客は再びどよめいた。


 また、一五〇キロでも超えたか?


 俺がそう思った後に、バックスクリーンを見ずに井伊の返球を受ける。


 今度のサインはインコース低めか?


 俺はそれを確認すると、いつものフォームからボールを投げ、それはインコース低めギリギリに決まり、場内からはさらなるどよめきが聞こえた。


 今日はストレートだけでも行けるかもしれない。


 俺は何か、一種の何かしらの特殊な感覚を覚えながら、炎天下のグラウンドで汗を拭った。


 相手の三番バッターが右打席に立った時には相手の吹奏楽部はタッチのテーマを流していたが、俺はそれを気にせずに再び、井伊の要求するアウトコース中段にストレートを投げ入れた。


 バッターが大きく空振りをするのを見ていてどこか爽快感のような物を覚え始めていた瞬間だった。


16


 俺は横浜経済高校戦で完全試合を達成した。


 試合後にはマスコミに囲まれたが、聞かれた質問に淡々と答えて、すぐにチームメイトの下へと戻って行こうとした。


「マスコミに愛想を良くしないと、スポーツ新聞や週刊誌で叩かれるよ」


 その道中に肥満気味の体に汗を滴らせている、藤谷がいた。


「これから、建長学園と星谷総合の試合を見に行くのかい?」


「監督から聞いたんですか?」


 そう藤谷に聞いていみると、藤谷は「星谷総合の城之内連は中学時代にレギュラーを奪われた上級生から、金属バットで頭部を殴られる事件を経験した後に非行に走ったが、星谷総合に進学後に才能を開花した逸材だ。あの学校は不登校児や中高大学一貫校や進学校で行き場を無くした児童達の駆け込み寺でもあるんだ。大半はやばい不良で、悪鬼の巣窟になっているがね? 最近ではスポーツに力を入れているとは聞いていたが、いやはや、あんな怪物が、あんな不良校に所属するなんて」とだけ言った。


「藤谷さん、何が言いたいんです?」


 俺がそう聞くと「浦木君、ぜひ星谷総合と当たってくれよ」と期待に満ちた目線を送る。


「明朝テレビは県大会を放送しないでしょう?」


「あぁ、しかも甲子園の中継も系列の大阪明朝テレビが主導権を握っているんだ」


「じゃあ、なんで俺とその城之内の対決を見たいんですか?」


 それを聞いた、藤谷は「一人のファンとして楽しみにしているのさ?」とだけ言った。


 俺は即座に「まさか、視聴率の算盤を弾かせていますか?」とだけ聞いた。


 すると、そこに日比谷が横に入って来た。


「星谷総合の監督は君のところの監督とは高校時代のチームメイトだったようだよ」


「おい、桧山!」


 藤谷は余計なことを言うなと言わんばかりに手を振り回すが、桧山は「藤谷さんは野球大好きだから、未来のスターの対決を目に触れたのを自慢したいんだよ。もっとも、俺はあの手の金髪少年はKー1の世界観の中だけで、頑張ってもらいたいがな?」と言って、口元を曲げて笑った。


 俺は「桧山さんは不良が嫌いなんですね?」とだけ聞いた。


「若いのに洞察力が鋭いな? 俺は劣等生と学校が人生の全てだと思っている、狭隘な連中と一緒くたにされるのが嫌なんだよ」


 俺は桧山と視線を交わすが、すぐに藤谷が「こいつ、元カノが結婚したから、ちょっと苛立っているんだよ」と耳打ちした。


 それを聞いた日比谷は「もう彼女との関係は清算されましたから」とだけ言った。


 すると、球場の外から井伊が「アイ~ン! 高谷さん応援しに行くぞ!」と叫ぶ。


「さっ、俺たちも着いて行くかな?」


「えっ、着いて来るんですか?」


 俺が怪訝そうな顔をすると桧山が財布を取り出した。


「驕ろうか?」


「えっ、いいですよ・・・・・・」


 俺が遠慮しようとすると日比谷は「ただし、千円以内な?」と口を足した。


「桧山さん?」


「何だ? ケチとかいうなよ?」


「税込みで千円ですか?」


「もちろん」


 それを聞いた後に俺は藤谷と日比谷と共に井伊の下へと向かう。


「あっ、藤谷さん!」


 井伊がそう言うと「よぅ!」と藤谷は陽気な声を挙げるが、林田がそれに対してまるでばい菌を見るかのような目で見つめていた。


「ウチの生徒は視聴率を稼ぐドル箱じゃねぇぞ?」


「一緒に野球観戦するだけさ、お前も星谷総合は気になるだろう?」


「まぁな?」


 その二人の微妙な距離感を眺めて一年の黒川が「あの二人知り合いですか?」と聞いてきた。


「高校時代のバッテリーだって?」


 俺が面倒くさそうに答えると、一年生たちはざわめき始める。


 それを横目に桧山は「何人来る?」と聞いてきた。


「俺と井伊、柴原に・・・・・・」


「それで終了だ、千円以内だからな?」


 それを聞いた俺は「監督はそこで大枚叩きますよ」と苦言を呈した。


「一会社員と元プロ野球選手とじゃ貯金が違うよ」


 そう言った桧山は「車回すよ」と言って、その場を離れた。


「アイン、俺はあの桧山って人嫌い」


 井伊がそう言うと俺は「何で?」と聞いた。


「何か、暗いじゃん」


「まぁ、アナウンサーらしくない人だよな?」


 俺がそう言うと柴原は「しかも、奢るのに料金まで制限しておる。不誠実な大人の証や」とひそりと言い放つ。


 柴原がそう言うと藤谷が「まぁ、あいつ局内でも敵が多いからな?」とそれに加わる。


「そうなんですか?」


「まぁ、その点は機密事項が絡むから言えないけどな?」


 藤谷がそう言うと林田は「お前に送迎は任せるけど、変なことをこいつらに吹き込むなよ」と念を入れる。


「ちょっと、野球観戦するだけだよ」


「お前に任せるとこいつらに酒飲ませる可能性がある」


「何! 酒!」


「おぉう、大人味!」


 井伊と柴原がそう叫ぶ中で、テレビ局が発注したと思われるワゴン車が俺たちの前に止まり、桧山がそこから降りる、運転は若いスタッフに任せて行っていない。


「さっ、早く、保土谷に行こう、時間が無い」


 そう桧山に促されて、俺と井伊、柴原はワゴン車に乗る。


「おおぅ、テレビ局にエスコートされとる」


「VIPだな、VIP! 軽いセレブだ!」


 二人のそのボケを眺めながら、俺はスマートフォンで建長学園対星谷総合の試合を現地に着くまで、観戦することにした。


「林田、高田に伝えることはあるか?」


 藤谷がそう言うと、林田は「無いよ。立派なチーム作ったなぐらいじゃない?」とだけ言った。


「皮肉だな? 相変わらず?」


「事実だろう?」


 気が付けば、建長学園対星谷総合の試合はすでに開始前の整列が始まっていた。


「いいか? 驕るのは千円以内だぞ!」


 もういいよ、ケチだな?


 桧山の病的なドケチぶりに白けながらも、スマホのワンセグ機能を眺めていた。


 まさか、高谷さんは負けないだろう?


 そうは思いながらも俺のスマホを持つ手は汗を流し始めていた。


 車は発進して、気が付けば、夏のアスファルトを走り始めていた。


 続く。


 次回、第六話、神奈川決戦!


 来週は最後、衝撃的な展開になるかと?


 まだ、続きますがね?


 次回も深夜によろしくお願い致します!

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