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第四話 一年対上級生!

 第四話です。


 今回は試合もありつつのギャグもありつつの真面目と不真面目が入り混じった、ハーフ&ハーフな回ですね?


 今日もよろしくお願い致します!


 日付が進み、授業が終わった後に俺と井伊、柴原はボストンバックを抱え、部室へと行き、ユニフォームに着替えた。


「いよいよ、小生意気な一年坊主に制裁タイムを行う時間がやって来たのう?」


 柴原は満面の笑みでそう答える。


「お前が同学年で良かったよ」


 俺はそう短く告げると、ユニフォームのベルトをきつく締めた。


「井伊、ブルペンでボール受けてくれるか?」


「いいとも~!」


「古いなぁ? 今時の高校生は知らないぞ、元ネタ?」


 三人でそのようなやり取りを行って、グラウンドに立つと、三年生たちがバックネット裏に集結していた。


 するとキャプテンの山南が「今回はベンチや補欠の三年、二年にレギュラーである井伊と柴原、木島に怪我からの再起を目指す、浦木を加えたオーダーだ。やりすぎは容認できないが、思う存分暴れて来い」と言ってきた。


 今回の紅白戦では山南が上級生チームの監督を務めるのだ。


「俺はどこまで投げれば良いですか?」


「まぁ、完投はありえないが、それなりに長く投げてもらうつもりだ」


 山南がそう言うと、井伊が「アイン、俺のリードを信じるがいい!」と言ってきた。


 すると、一年生側の三塁側ベンチでは神崎功が黒川とキャッチボールをしていた。


「あの二人、早くも一年生の中で浮いているな?」


 山南が怪訝な顔つきでその二人を眺めていた。


「堂々とプロ入り前提発言するなら、普通の高校球児は反発しますよ」


 俺がそう言うと山南は「じゃあ、スタメン言うぞ」とだけ言った。


「一番ライト木島」


「はい」


 そう言われた瞬間、柴原は「何・・・・・・一番のポジションが!」と落胆し始めた。


「二番ショート柴原」


 二番を告げられると柴原は「キャプテン! 何故、ワシは一番を外されたんです!」と山南に食って掛かった。


「長打力があって、足も速い木島を攻撃的一番に据え、二番のお前には小技も絡めた機動力を期待している。お前はバントも意外と上手いし、長打力もあって、多種多様な攻撃が思い浮かぶ」


 山南の説明に何となく納得をしていない柴原は「うぇい・・・・・・」と小さな声で応じた。


「三番サード月村」


「はい」


 三番を任せられる月村は大振りだが中々パワーのある選手だ。


 ここで結果を残せば、夏でもレギュラーになれるだろう。


 俺がそう感じていると次には「四番キャッチャー井伊」と山南が告げる。


「うぉぉぉぉ、高校に入って初めての四番だ!」


 井伊はそうはしゃぐが山南は淡々とスタメンを発表していく。


「五番ファースト相田」


「はい」


「六番、センター天田」


「はい」


「七番レフト宇佐美」


「はい」


「八番セカンド阿藤」


「はい」


「九番ピッチャー浦木」


「はい」


 真っ新なマウンドに立つのは、久々だな。


 そう感慨に浸りたい気分だったが山南は「一年はなんだかんだ言って、去年の俺達の甲子園出場を見て入部することを希望し、尚且つ、各中学、シニアから監督がスカウトしてきた連中だ。気を引き締めて行けよ」と号令をかけていた。


 そう言われた選手達は「うぇい!」と大声を挙げて、円陣を組んだ。


「俺たちは一年坊には負けられない。正直言って俺達は主力ではないが、上級生の意地を見せるぞ」


 月村がそう言うと、井伊、柴原は「おぉう!」と大声を挙げたが、俺はそれには応じなかった。


 一年達も円陣を組んでいたが、そこに神崎功と黒川の二人は含まれておらず、二人はブルペンでキャッチボールを続けていた。


「一年の先発はどんな奴だ?」


「えぇ・・・・・・と、あれだな? 市村って、左のスリークウォータだよ」


「左か・・・・・・経歴は?」


 井伊と一緒に相手ピッチャーの情報について語り合うが、井伊は「確か、中学軟式の神奈川県大会でベスト四に残ったらしい」と言うと、俺は「問題はあいつらが硬球に慣れているかどうかだな?」とだけ言った


 俺がそう言った後に井伊は「まぁ、それはともかく?」と言い出し、俺はそれに対して「何だよ?」とだけ返した。


「今日もバーガー行こうぜ?」


「お前、ハンバーガー好きだな?」


 俺と井伊でそのような会話をしていると、柴原も乱入し「ワシらが三安打以上で、お前が無失点ならバーガー食って、打ち上げやろうや?」と言ってきた。


「お前ら、相手が一年だからって油断するなよ」


 俺と井伊、柴原の三人でそのようなやり取りを行っていると、監督の林田が「全員整列!」と声を張り上げた。


 俺達はグラウンド中央へと整列すると、一年生たちと相対す。


「神崎と黒川は使わないのか?」


 俺が藤沢というキャッチャーに問いかけると「あいつらがいると、チームワークが乱れるので」と俺に対して、怯えた表情で答えていた。


 試合前から闘志を失っているな?


 俺はそう思ったが、監督の「礼!」という掛け声で礼を行い、グラウンドからベンチに戻る一連の流れをこなすとそのような考えは頭から離れていった。


「ハンデでこちらが先行ですよね?」


「まぁ、サヨナラ勝ちの権利は向こうに付くがその前に大量得点するさ」


「バッティング下手なお前が言うことかいな?」


 俺は柴原を睨んだが、柴原は「暴力反対やでぇ?」と不敵に笑う。


 ちなみに早川高校の一年と上級生の紅白戦ではコールドゲームは適用されない事になっている。


 一年生に上級生との差を痛感してもらうイベントの一種でこれにより反抗的な態度を取る一部の一年を戒めることも視野に入れたルールだ。


 ただし高校野球はルールとして延長戦に入った場合は、タイブレークを導入する為、サヨナラ勝ちの権利を持つ一年には延長戦になれば圧倒的有利になるという状況だ。


 もっとも、その前に大量得点で勝つつもりだが?


 俺がベンチ前で今回はお留守番の木村とキャッチボールを始める。


 それと同時に審判を務める林田が「プレイ」と静かに告げる。


 市村が左のスリークウォーターから右打席に入った木島に初球ストレートを投じるが、木島はそれを強振して捉え、ボールは狭いグラウンドを大きく超え、学校の校舎へと飛んで行った。


「・・・・・・窓割ったらどうなると思う? 浦木?」


 木村にそう声をかけられると俺は「あれが校長のメルセデスベンツだったらもっと、最悪ですね」とだけ言った。


 その上で俺はダイヤモンドを淡々と回る木島を眺めながら、投げる心の準備を整え始めた。


 圧勝で終わりたいな?


 俺は二番の柴原がバッターボックスに立つのを見ながら、早く自分の出番が来ることを願っていた。



 ゲームは上級生チームの四点リードで一回の表を終えた。


 ホームランを打った木島の後に続いた柴原がセンター前にヒットを放ち、その後に盗塁し、ノーアウトの二塁の状況になった。


 その後に三番を打つ、月村がストレートを引っ張り、レフト前に運び、ノーアウト一・三塁の状況の後に四番の井伊がライトに特大のホームランを放ったことにより、四点のリードを得た。


 しかし、ある懸念が生まれた。


 井伊の特大のホームランが直撃し、校長のメルセデスベンツの車体が大きくへこむ事態となった。


 守備に付く井伊はどこか浮かない表情だった。


「校長の車に俺のホームランが・・・・・・」


 そう言って、気を落とす井伊に俺は「リードに影響を与えるほど、辛いなら、俺にリードの主導権を渡しても良いぞ」と言った。


 すると井伊は「いや、そこは割り切るよ」とだけ言って、防具とマスクを付け、グラウンドへと向かって行った。


 俺は真っ新なマウンドをスパイクで慣らし始め、ロジンバックを手に取って、それを捨てる。


 半年ぶりに真っ新なマウンドの感覚を覚えた。


 投球練習を始め、井伊のミット目がけてボールを投げつけた。


「オッケイ! 本番行こうか!」


 井伊はそう言って、俺にボールを投げ返した後にミットを軽く叩く。


 それと同時に右バッターボックスに一年生チームの一番バッターが入る。


 一番バッターは怯えた様子で俺を見つめる。


 この時点で勝負は決まっているな。


 俺はそう感じながら、井伊がインコースにストレートを要求しているのを知覚し、井伊のミット目がけて、ボールを投げる動作を始める。


 ノーワインドアップからのトルネードのフォームでコントロールされたストレートを投げる。


 するとそれはストライクゾーンに見事に入り、球審の林田が「ストライク」と小さく言い放つ。


 一番バッターが俺のストレートの球筋を見て「速い・・・・・・」と呟くのを俺は目撃した。


 あの二人が投入される前に決着を付けるか?


 俺は二球目もストレートを投げるが、今度はアウトコース低めに投げ入れた。


 結果はストライク。


 ツーストライクでバッターを追い込むと一年は唖然とした表情でこちらを見据える。


 相手は完全に闘志を失っているな?


 井伊の要求はアウトコースに逃げる、


 高速スライダーだったが、俺はそれに首を振る。


 すると井伊は縦のスライダーを要求する。


 それも拒否すると、カーブを要求する。


 何で、変化球ばかりなんだよ・・・・・・


 格下の相手なのでここは軸となるストレートの質を調整したいんだ。


 変化球なんて投げたら、簡単に三振が取れちゃうじゃないか?


 俺がそう思っていると、井伊はようやくストレートを要求してきた。


 しかし、要求してきたコースはいわゆる高めの釣り玉だ。


 本当に無駄球が好きな奴だな?


 一年がそれに引っかかってくれれば良いんだが?


 俺は井伊の要求に首を縦に振ると、


 井伊は立ち上がって、高めのボール球のコースに構えた。


 俺はそこ目がけて、ストレートを投げると、一番バッターはそれを大振りした。


 結果的に俺は相手バッターから三振を取る形となった。


 一番バッターが「やべぇ・・・・・・」と言いながら、バッターボックスを降りるのを見て、俺は落胆を覚えた。


 やべぇじゃねぇだろう。


 もっと、悔しがれよ。


 今年の一年は一部に問題があるほどに生意気な奴がいるが、その一方では恐ろしいほどに闘志もなく軟弱な人材ばかりだなと、俺は感じた。


 すると、二番バッターが俺に対して怯えた表情で先ほどの一番バッターと同じ、右バッターボックスへと立っていった。


 これだけ大人しい奴が、自分と立場が同等な奴に対しては和を乱すという理由であの二人をスターティングメンバーから外すのだ。


 確かにあの二人は態度に問題はあるが、上級生相手に怯むことのないファイターである事は確かだ。


 自分より強い相手には怯むくせに同学年相手にそのような陰湿さを感じさせる措置を取り、自分達は多数派でございと言うような姿勢を二人に見せつけ、俺達、上級生には闘志もなくただ怯え、負けることもどうとも思わないふぬけた姿勢で、試合に臨む。


 結果的にこいつらが礼儀正しいのは自分より偉い人間に対してであって、自分と立場が同等な場合や、弱い人間には残酷で陰湿な措置を取ろうとする。


 はっきり言って、文明と文化を持つ人間だったら、そのような事は慎むべきだろう。


 こんな恥ずべき態度は人間の取るべき尊厳ある態度じゃない、


 まるで集団で群れて、はぐれ者を多数派で迫害し続ける、動物園のサルの様な行為だ。


 こんな餌目当てで、俺たちに媚び売る連中を相手にするなら、まだ、生意気な黒川や神崎を相手にした方が歯ごたえはあるな?


 気が付けば、俺は一年生チームの二番と三番を全球ストレートで三振に切って取っていた。


 俺はベンチへと帰る最中で、黒川と神崎功がブルペン近くでキャッチボールをしているのを眺めていた。


「アイン、コントロールは抜群だぞ」


 井伊がそう言いながら俺に駆け寄ると、俺はベンチに戻り、そこに腰かけた。


「相手は闘志が無いから、駄目だ」


 俺がそう言うと、山南が「つまらないか?」と聞いてきた。


 そう聞かれた俺は山南に対して「はっきり言って、態度は失礼ですが、黒川と神崎を出した方がもっと歯ごたえがあると思います」とだけ言った。


 それを聞いた山南は「分かったよ」とだけ言った。


 そう言って、山南は球審である林田に対して、伝令を送った。


 そこから一分後に伝令を務めた部員が戻って来た。


「メンバーの交代は認められたか?」


 山南がそう言うと伝令は「焦らなくてもあの二人を出すとのことです」とだけ言った。


 伝令がそう言った後に山南は「良かったな、あの二人が出て来て?」とだけ言って、歯を見せてきた。


 お世辞にも白いとは言えない黄色く変色した歯を見た後に俺は「俺の出番はあと何イニングですか?」とだけ聞いた。


 すると山南は「割と長いイニングは投げてもらうぞ」とだけ言った。


 グラウンドでは上級生による野球における、下級生に対するリンチに等しい、攻撃が行われていた。


 マウンド上の市村はそれに対して、笑みをうかべながらキャッチャーからボールを受け取る。


「あいつ、駄目だな」


 俺がそう言うと柴原が「お前もそう思うんか?」と言ってきた。


「打たれて、へらへら笑っている奴は不利な状況を自分の都合の良いように解釈するような奴だ。正解の態度は泣く程、悔しがる事だと俺は感じる」


「確かに真摯な態度やないな? あいつは打たれたことをもっと悔しがるべきや」


 気が付けば、打順は一巡し、一番バッターの木島が右バッターボックスに立つ。


「柴原、打席」


「おぉう、そうやった!」


 そう言って、柴原がネクストバッターズサークルへと向かう。


 スコアは今のところ、変わらないが、木島がセンター前へとヒットを放ち、ノーアウト満塁の状況となり、上級生チームの有利な展開には変わりなかった。


 柴原はそれに対して「はははは、ついにワシにチャンスが回ってきたでぇ!」と大声を挙げながら、右バッターボックスに立つ。


 市村は緊迫感の無い、表情で柴原に対して、何の工夫もなくストレートを投げた。


 柴原はその初球を流し打ちし、ライト前へと運んだ。


「柴原にボコボコにされる時点で、あのピッチャーの魅力は左利きであること以外、何もないですね?」


 俺がそう言うと、山南が「あんまり毒を吐くなよ、刺されるぞ」と言って、仲裁に入るが、その表情は笑みを浮かべていた。


「この様子じゃあ、しばらくはストレートだけで仕留められるな?」


 俺がベンチに腰掛けながら、そう言うと井伊が「油断するなよ、アイン」と言いながら、バットを持って、ネクストバッターズサークルへ向かった。


 四番でキャッチャーは重労働だろうな。


 すぐに打席が回って来て、リードも考えて、すぐに防具を付けなければならないからだ。


 俺がそう思いながら、井伊を見つめていると、グラウンドにぽつりと水滴が降って来た。


「・・・・・・雨か?」


「予報外れたな?」


 ゴロゴロと雷の音も聞こえ始めた空を眺めるながら、俺は未だ、キャッチボールを続ける、黒川と神崎功を眺める。


 時間切れまでに出番があるかな?


 俺はそう思いながらベンチから試合を眺めていた。


 出来れば、出番があればいいのだが?


 俺は球審であると同時に、メンバーの出場機会を握っている林田を眺めるしかなかった。



 ゲームは柴原のタイムリーで二塁、三塁ランナーがホームに帰り、六対〇のスコアで尚且つ、ノーアウトで二塁、三塁と上級生チームが依然として優勢な状況が続く。


 その中で一年生チームが迎えるバッターは同学年から先ほど「ベンツクラッシャー」と言うあだ名が付けられた四番キャッチャーの井伊が左バッターボックスに立つ。


「井伊! 今度は教頭のレクサス壊せ!」


 三年生の部員が大きな声でそう叫ぶと、井伊は市村が投げたインコースに入る初球のスライダーを叩き、打球はグラウンドの場外へと消えていった。


「二打席連続ホームランか?」


 これでスコアは九対〇だ。


 しかし、それと同時に「ボコ!」という大きな音が聞こえたのを俺は知覚した。


 木村とキャッチボールをしながら「また、やっちゃいましたね? あいつ?」と俺が話し出すと、木村は腹を抱えて大笑いし始めた。


「今度は誰の車にボール当てたんだ?」


「教頭だったら、大爆笑ですね?」


 俺と木村は腹を抱え、そのような会話をしながら井伊がダイヤモンドを俯きながら回るのを眺めていた。


「井伊、見事にツートップの車を破壊したな?」


「お前は今日から、しばらくベンツクラッシャーのあだ名で呼ばれるぞ」


 上級生がペチペチと井伊のヘルメットを叩く。


「うわ~ん! 俺はどうなるんだ!」


 井伊はそう涙を流しながら、防具の準備を始める。


 すると、一年生チームのベンチからマネージャーの真山が球審の林田に歩み寄る。


 一言二言話した後に林田は「一年生チームの選手を交代する」と声を上げた。


「ピッチャーは神崎、セカンドには黒川に入ってもらう」


 林田がそう言うと、俺は思わず拍手をしてしまった。


「ようやく、歯ごたえのある奴が出てくるな?」


 木村がそう言いながらボールを返球する。


 俺はキャッチボールを続けながら、神崎功の投球練習を眺めていた。


 球を受ける一年のキャッチャー藤沢は渋い顔をしたまま神崎の球を受け続けていた。


「あれは、バッテリー間の連携に問題があるんじゃないですかね?」


 俺がそう言うと、木村は「バッテリーはキャッチャーがキレたら終わりだからな?」とだけ言った。


「いわゆる、女房役って奴でしょう?」


「アメリカにはそんな概念は無いか?」


「打たれたら、ピッチャーの責任で現実のワイフは料理も作らず、自分の好きな生活を旦那抜きで行っているんですよ」


 俺がそう言うと木村は「その女房役じゃねぇよ」とだけ言った。


 俺たちが冗談を言いながら、キャッチボールを続けていると、五番ファースト相田が神崎功と対戦していた。


「見ます?」


「見ものだな?」


 そう言って、俺たちは一旦、キャッチボールを止めて、ベンチへと向かって行った。


「浦木、まだ、打席回ってこないだろう?」


 山南がそう言うと、俺は「じゃあ、井伊、キャッチ付き合え」と井伊のユニフォームを引っ張る。


「・・・・・・俺、ベンツやレクサスを弁償する金無い」


 井伊がそう静かに言い放つ。


「アイン、金を肩代わりしてくれないか?」


 井伊が泣きそうな表情でそう言いだすが、俺は「金が欲しかったらバイトしろ」とだけ言って、突き放すことにした。


「もう、しているよぉぉぉ!」


 井伊と柴原は鎌倉の深沢地区にある産廃業者でアルバイトをしているのは承知していた。


「お前・・・・・・鬼子や」


 柴原が俺と井伊のやり取りを見て、そう発言した。


 俺は「ナニワ金融道だろう?」と元ネタを確認する。


「お前、クール気取っているくせに漫画詳しいな?」


 柴原がそう言ったが、俺は「決して、意識しているわけじゃないがな?」とだけ言った。


 俺がそう言うと同学年の阿藤が「クラスで『クール気取っている』って年中言われているからな?」と言いながら、口笛を吹く。


「さっ、行くぞ、ベンツクラッシャー」


「うわ~ん! 退学になっちゃう!」


 泣きそうな井伊を引き連れて、ベンチの外へと向かって行っく中でグラウンドでは相田が神崎功の普通ともとれる、ストレートを詰まらせ、セカンド黒川の下へボールを転がし、結果は凡退となった。


「ストレートはあまり速く無いだろう?」


 俺がそう言うと井伊は「ベンツって、いくらぐらいするんだよ~」と言ってきた。


 俺はそれを無視しながら、涙目の井伊とキャッチボールをしていた。


 続く、六番の天田も神崎功のストレートを詰まらせるが、その打球は転がりながら、センター前へと向かって行った。


「ヒットか?」


 俺がそう言う中で、セカンドの黒川が深い二遊間の間に入り、それを素手で掴むとジャンプしながら、一塁へと送球した。


 結果はセカンドゴロだ。


「あいつ、打球を素手で掴みやがった・・・・・・」


 俺がそのようなことを言うと、井伊が「ベンツ~」と言い出す。


 俺は軽く井伊の顔を叩く。


「ぎゃ~!」


「今は忘れろ」


 俺はそう言うと同時に井伊は「理不尽だ・・・・・・」と低く呟いた。


 すると何故か、俺たちのキャッチボールの場に柴原が入ってきて「お前、真山というブレーキ役がいる中でよく、暴行できるわな?」とだけ言った。


 俺はそれを無視して「あいつ、手が小さいくせによくベアハンドキャッチなんて出来るな?」と黒川に対する心象を話した。


 俺がそう言うと阿藤が「あいつの手の大きさなんて分かるのか?」とだけ言ってきた。


「いや、見たことは無いが身長が小さいからイメージで言っただけだよ」


 俺がそう言うと、阿藤は「お前の大好きな真ちゃんはそう言う思い付き発言は嫌いだと思うぞ」とだけ言ってきた。


「まぁ、今度じっくりと見るよ、あいつの手の大きさ」


 俺と阿藤がそのようなやり取りを行っていると柴原が「どうでもいいけど、ワシを無視するなや」と鼻水を噛みながら、俺を睨み据えていた。


 その一方で井伊が「ベンツ・・・・・・」と言い出す。


「もう、忘れろ、ベンツの事は」


 俺がそう言う中で七番の宇佐美が再び、神崎功のストレートを凡退した。


 大体が二遊間の打球で黒川が三者全ての打球を処理した。


「あいつのストレートは何だ?」


 俺がそう言うと、同学年の宇佐美は「後であいつらに聞けばいいだろう」と言って、そのままレフトの守備位置へと向かった。


 スリーアウトチェンジだからだ。


 それと同時に井伊はキャッチャーマスクを付け始めた。


 防具はもう装備しているので問題は無いと思われる。


「ベンツ・・・・・・」


「校長と教頭にこってり縛られるのは後だから、試合に集中しろ」


 二人でグラウンドへと向かい、俺はマウンドに立つとスパイクで土を慣らし始めた。


 すると、ぽつぽつと雨粒が降ってくるのを確認した。


「雨やな?」


 ショートから柴原が駆け寄る。


「あぁ、酷くなれば、コールドゲームになるだろうな?」


 俺がそう言うと、柴原は「一年たちには時間が無いのう?」とだけ言った後に「へっへっへっへっ」と不敵な笑みを浮かべながら、ショートのポジションへと戻って行った。


「ようし、しまって行こう!」


 井伊がそう大声を上げると、部員達も「ウェイ!」と声を張り出す。


 相手の四番バッターは俺に対して相変わらず、怯えた目つきで俺を見つめる。


 ネクストバッターズサークルには六番に入った、黒川が準備を始める。


 打席を迎えずに交代された一年はさぞ、黒川が憎いだろうな?


 俺はそう思いながら、井伊の要求するインコースのストレートを井伊のミット目がけてボールを投げる。


「ストライク」


 林田が静かにそう言うと、俺は井伊からの返球を受けた後に相手の表情を見る。


 四番バッターは驚いた表情でこちらを眺める。


 だから悔しがれよ・・・・・・


 俺は一年生のそのような大人しすぎる態度に落胆を覚えながらボールを投げ続け、気が付けば、前のイニングを含めて、ストレートだけで五者連続奪三振を記録した。


 そしてついに、俺に〝正義〟とやらを訴えた、黒川と相対す事となった。


 黒川は監督に礼することなく、右バッターボックスへと立っていった。


 球審の林田はそれを見て、渋い表情を浮かべるが、黒川はそれを気にせずにバットをくるくると回し、縦に構え始めた。


 俺はそれを見ながら、井伊の要求するインコース中段にストレートを投げつける。


 黒川はそれを見送ると「おぉう!」と驚いた表情を見せる。


 随分と余裕だな?


 俺は井伊がインコースの低めにストレートを要求するが、俺はそれに首を振ると、井伊は変化球のサインを出してきたが、それも全部首を振った。


 俺の意向が良く分からない奴だな?


 俺はそう思いながら、井伊がアウトコース低めのストレートを要求してきたところで、ようやくサインに首を振った。


 俺がノーワインドアップのトルネードから、アウトコース低めにストレートを投げると黒川はそれをバットに当てて打球は井伊の股間に勢いよく当たった。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」


 井伊がそう断末魔の叫びをあげる。


 俺はとりあえずタイムを取って、井伊の下に駆け寄って井伊の尻を叩く。


 ちなみにこれは暴行では無く、井伊の世継ぎを作る能力を守る為の措置である。


「うぉぉぉぉぉ! 世継ぎが~!」


「良い、去勢になっていいじゃないか?」


 俺達がそういうやりとりをしていると、バッターボックスの黒川が「浦木さんと井伊さんは面白いですね?」とだけ言った。


 井伊はそれに対して「その前にごめんなさいだろう・・・・・・」と低い声で呟く。


「お前、気が利かない奴と朝が弱い奴は出世しないぞ」


 そう言って、俺は黒川を見る。


「残念ながら、自分は朝方なので」


 黒川はそう言いながらバットで素振りを始める。


「ベンツクラッシャーが回復しない・・・・・・」


 俺が井伊の腰を叩くと、井伊が「今日は厄日だ・・・・・・」と呻いた。


「二本、ホームラン打っているじゃないか?」


「本当ですよ、大活躍じゃないですか?」


「いや、厄日か? こいつ校長のベンツと教頭のレクサスに打球当てたんだよ」


「それは・・・・・・かなり厄日ですね」


「主観によるがな? こいつが今日、幸運か不運かは?」


 俺と黒川がそのような会話を続けていると、小雨の雨は次第と大雨になり始めた。


「うわっ、本降りだ」


 黒川がそう言い出すと俺は球審の林田に「どうします?」と聞いてきた。


 すると林田は「一旦中断しよう」と言い出した。


 そう言われた後に俺は井伊を抱えて、上級生チームのベンチへと戻って行った。


「うぉぉぉ~! すまない!」


「大丈夫か、世継ぎ作れる能力は健在なんか?」


 柴原がそう言いながら、駆け寄るが、俺は「良いじゃないか、大人しくなって」とだけ言った。


 井伊をベンチに座らせた後に柴原は「あいつ、お前のストレートに当てたな?」と言ってきた。


「あいつは失礼だが、闘志のある奴だよ」


 俺はそう言った後に先ほど神崎功と対戦した三年生の相田に対して「さっきのストレートはツーシームかムービングファストですか?」と聞いた。


「・・・・・・球速もそれほど速く無いのに、何か詰まる」


 相田はそう短く言うと、井伊に対して「大丈夫か?」と聞いてきた。


 俺はそれを無視して、雨が降りコンディションが荒れるグラウンドを眺めていた。


「やっぱり変化するストレートか?」


 俺が柴原にそう言うと、柴原は「お前、仲間が生殖機能の危機に陥っているのに何をカッコつけているんや?」と冷ややかな目線を送る。


 俺はそれを無視して、春雨が荒ぶるグラウンドをただ眺めているだけだった。



 紅白試合は雨が強くなり、五回を終了する前に監督が降雨コールドゲームを宣告し、試合はノーゲーム扱いとなった。


 俺達が部室に戻ると、大量のピザがコタツに置かれていた。


 早川高校野球部の部室には四季が回る中でも一年中、冬仕様のコタツが置かれていて、ダニまみれなのである。


「これは何です?」


 俺が木村にそう聞くと、木村は「林田ちゃんが出前取ったらしいぜ?」とだけ言った。


 それを見た柴原は「おおぅ、見事にフライドポテトやフライドチキンまであるで!」と騒ぎ出す。


 俺は木村にたいして「監督は意外と太っ腹ですからね?」とだけ言って、ロッカーから座椅子を出し、それにに腰かけた。


 コタツは三年生たちが陣取るからだ。


 それにダニまみれのコタツには出来れば入りたくない。


「よし、一年も食え、紅白ご苦労さん」


 そう言うと一年達は「うぉぉぉぉ!」と言いながら、ピザ争奪戦の如く、ピザの奪い合いを始めた。


「食い意地張っていやがるな・・・・・・」


 俺はそう呟きながら、マルゲリータのピザを頬張る。


 するとマネージャーの真山は隅で試合のスコアブックを見ていた。


「真山は食わないのか?」


 俺が真山にそう聞くと、真山は「私、油物が嫌いなので」と無表情で答えた。


「それに皆さん、そんなもの、食べたら太りますよ」


 真山が無表情を崩さずにスコアボードを書いていると、俺は「ちなみにお前は何か好きな食べ物あるか?」とだけ聞き、俺は二枚目のマルゲリータに手を出そうとした。


 すると、真山は「日本蕎麦ですかね・・・・・・」と静かに呟いた。


 俺はそれを聞くと「健康的だな」とだけ言って、ピザを食べ続けた。


 すると井伊と柴原は神崎功の周りを囲んで、質問攻めをしていた。


「神崎、正直に答えろよ」


「お前、何で他の学校のスカウトがあるのにウチに来たんや?」


 そう井伊と柴原が問い詰めると、神崎功は「それは個々人の自由じゃないですか?」とだけ言って、たらこマヨネーズのピザに手を出す。


「答えろや、悪く言わへんから・・・・・・」


 柴原がそう促すと、神崎功は照れ臭そうに「最初は広川大付属に入るつもりだったんですけどね?」と言い出した。


「兄貴が居るところに行こうとしたんか?」


「知っていたんですか?」


「当たり前や! ウチの野球部の情報収集能力を舐めるんやない!」


 それを聞いた、神崎は「僕は兄と違って軟投派で背も小さいので、どうせ兄がいる限りはエースにはなれないから、それならば熱心に誘ってくれたここで戦おうと思ったんです」とだけ言った。


 凄い、負けん気だな?


 あの反抗的な目つきはそこから来るのか?


 俺がそう思ないながら、すき焼き風のピザに手を付けようとすると黒川の手が当たった。


「手は洗ったか?」


 俺が黒川にそう聞くと、黒川は「一応、消毒はしました」とだけ答えた。


「なら、良し」


 俺は別のすき焼き風ピザを手にし、黒川も同じ種類のピザを食べ始めた。


「・・・・・・僕は宮城の実家に居た時に去年の甲子園を見て、ここに入ろうと思いました」


「俺はあの二人みたいに俗物じゃないから、お前がどんな理由でウチに来たかは聞かないよ」


 俺がそう言うと、黒川は顔を俯け「本当は王明実業を狙っていたんですが、セレクションに落ちたんです」とだけ言った。


 そう言う、黒川は紙皿に移した、ピザを食べずに俺に語りかける。


「神崎にしてもそうだが、そこにウチの監督の誘いがあったんだな?」


「その通りです、それに・・・・・・」


「それに?」


「監督に『俺と一緒に日本一を取ってみないか?』と言われました」


 まぁ、うちの監督なら言いそうな言葉だな?


 俺はそう思ったと同時に「俺のストレートにバットを当てたのは一年ではお前だけだよ」とだけ言って、黒川のコップにコーラを注ぐ。


「・・・・・・太りますよ」


「お前は多分太らないタイプだよ」


 二人でそのような会話をしていると、神崎功もそこに交じる。


「浦木さん」


「コーラ飲むか?」


「失礼な態度を取ったことをーー」


「負けて反省して、謝るのはあまり心地の良い感覚を覚えないな? 俺的には正解の態度は悔しがることだよ」


 そう言って、俺はコーラを飲み干す。


「アインが聖人に見える・・・・・・」


「イヤミにも責任感が生まれよった・・・・・・」


 そう言った、井伊と柴原を見ながら、俺は黒川と神崎功に「あいつ等は、嫉妬と歪んだ自尊心の塊だから、毒されるなよ」とだけ言った。


 俺がそう言うと黒川は「えぇ、あの二人からはどす黒い何かを感じます」とだけ語り「女の事と食べ物の事しか考えていない感じがしますね?」と神崎功もそれに続く。


 二人にそう言われた、井伊と柴原は「キィィィ! 何なのこの子達!」や「お前等は浦木と同じ路線をたどるんか!」などと怒鳴った。


 気が付けば、大量にあったピザは次第に数を減らし、三十分後には全てのメニューが部員によって、食い散らかされ、あるのは容器だけという事態になった。


「あぁ、食った、食った」


「俺は・・・・・・二枚しか食っていない」


 そのような声が聞こえる中で真山は唖然とした表情で部員達を見つめる。


 俺はそれを見ると真山に「これが運動部の食事だよ」とだけ言った。


 俺はそう言って部室を出ようとすると、真山は「肝に銘じておきます」とだけ言った。


 外に出ると、春雨が暴れ狂う天候が続く。


 急いで部室の方向に戻った。


 雨が晴れるまで、部室に缶詰か・・・・・・


 俺はピザとフライドポテトとチキンの油の臭いと部員達の男臭さが混じった何とも言えない、この部室と言う空間から早く脱出したい気分になっていた。



「いや~浦木君、すごかったね?」


 野球部の部室に川村光がやってきて、雨が止むまでの間、任天堂スイッチで木村や柴原とゲームをしていた。


 季節外れのコタツに入りながら三人は熱中しながら、スイッチを操作する。


「浦木さん」


「察しは付いているが、何だ、黒川」


「何で他部の人が野球部のロッカーに堂々と入ってくるんですか?」


「俺もそう思います」


 黒川と神崎功は呆れたと言わんばかりのため息を川村に対して、吐く。


「ウチの運動部は基本的には提携とかを結んでいれば大体は部室の出入りは良いんだよ」


「何です、提携って?」


 黒川は腑に落ちないと言った表情で俺に怪訝な表情を浮かべる。


「技術交流と共同でトレーニングを考案、実施したりすることだろう? ちなみにうちが提携しているのは、陸上部とサッカー部ぐらいで一番、仲が悪いのは柔道部」


 俺が短くそう言うと、神埼功は「陸上はランニングの研究をする上では分かりますが、サッカー部と仲が良くて、柔道部と仲が悪いんですか?」と呆気に取られた表情を浮かべる。


「そう、サッカーからは体幹トレーニングの伝授をしてもらって、陸上からは走り方の研究で提携。柔道部は去年夏の甲子園での活躍で野球部に女子が黄色い歓声を挙げたのが気に入らないから、元々、仲が悪いのがこじれたんだよ」


 俺がそう言うと黒川は「柔道部は女子にモテるイメージ無いですからね」と鼻で笑い出した。


 黒川がそう言う中で川村は「ヨッシャ、貰った!」と言いながら、ゲームを続けている。


 すると、部室に瀬口が入って来た。


「・・・・・・」


「何だ、瀬口?」


 俺が瀬口にそう聞くと、瀬口は「ここ、ピザと汗のにおいが充満して気持ち悪い」とだけ言った。


「仕方ないだろう。男所帯なんだから?」


 俺がそう言うと、瀬口が「差し入れ」とだけ言って、紙で出来た、箱を渡す。


「何、これ?」


「いいから、開けなよ」


 そう言われたので、遠慮せずに箱を開いてみると、中にはおはぎが入っていた。


「買ってきたのか?」


「手作りです!」


 そう言って、瀬口がむくれるのを見て、黒川は「二人ともお付き合いされているんですか?」と聞いてきた。


 それを聞いた、瀬口は頬を赤く染めて、そっぽを向き始めたが、俺は「まぁ、そんなところさ」とだけ言った。


「浦木さん、おはぎを分けてくれませんか?」


 そう言って、神崎功がおはぎに手を伸ばそうとすると、俺は神崎功の手を叩き、おはぎ奪取を阻止した。


「これは、俺が全部食べる」


 そう言うと、神崎は「えぇ?」と言い出し、


 黒川には「浦木さん、そう言う事すると食う物が無くなった時に分け与えてもらえなくなりますよ」と言われた。


「お前は将来、俺が路頭に迷ったら、真っ先に見切るタイプだな?」


 そう言いながらも、俺と黒川、神崎功は笑みをこぼしていた。


 すると瀬口は「そう言えば、井伊君は?」と聞き始めた。


「あいつ、校長のベンツと教頭のレクサスに打球当てたから、今、監督同席の下で、怒られている」


 俺が笑いながらそう答えると、瀬口は「人の不幸は蜜の味っていうけど、あからさまにそういうことを楽しむ浦木君のそういうところは嫌いだな?」とだけ言った。


 瀬口がそう言うと、俺は「言ったろ、俺は根が冷たいって?」とだけ言った。


 それを聞いて瀬口は「まぁ、冗談の範囲ならいいけどさ」と言って、ロッカーの椅子に腰かける。


「雨やんだら、一緒に帰ろうか?」


「そうだな、そうしよう」


 俺と瀬口がそう会話を楽しんでいると、井伊がげっそりとした表情で部室へ入って来た。


「おおぅ、ベンツクラッシャーのご帰還だ」

 

 木村がそう言った後に俺は「どうだった、査問委員会は?」と聞いた。


「・・・・・・こっぴどく怒られたよ」


 井伊はそう言った後に、野球道具をバッグにしまい、ユニフォーム姿のまま「雨のばかん!」と言いながら、部室を飛び出していった。


「おい、井伊! 風邪ひくで!」


 柴原がそれを止めようとするが「俺はお空の涙を一心に背負いたい気分なんだぁ!」と言って、井伊はそのまま校門方面へと向かって行くようだ、


 恐らく、辛い現実があるから、家で一人塞ぎ込みたいのだろう。


「井伊さんはホームラン二本打っているのに校長に怒られるっていうのは、何というか・・・・・・」


 黒川がそう言いだすと、俺は「何というか?」と切り返す。


「理不尽且つ災難ですね」


「まぁ、ベンツとメルセデスに傷つけたけただけじゃなくて、学校の上層部は野球部を敵視しているからな?」


 俺がそう言うと神崎功が「何で、甲子園に行ったチームを敵視するんですか?」と疑問を投げかけた。


「うちの野球部は潰れる予定だったけど、監督が成績良くしちゃったから、そのやっかみもあるんだよ。話しによると当時の野球部はお荷物とか言われて、みんな、バカにしきっていたらしいからな?」


「それが今じゃあ、甲子園出場校ですか?」


「要は新興勢力を認めない、既得権益特有の保身から来る、一種の妬みですね」


 黒川と神崎がそう言うと俺は「要するにみんな、俺たちの事が羨ましいんだよ」とだけ言った。


 その途中、瀬口特製のおはぎを食べたが、味は上手かった。


 ただ、気になる事があった。


「瀬口、今度はこしあんで頼むよ」


 俺がそう言うと瀬口は「あたし、粒あん派だから、それは譲れないな?」とだけ言った。


 ここで日本国内を二分する論争に発展するとはな?


 俺は苦笑いを浮かべつつ、外の様子を眺めるが、春雨が一向に収まる様子は無い。


「雨あがったら、本屋行こうよ」


「どこの?」


「今日は戸塚です」


 文学少女め・・・・・・


 俺はそう思いながら、曇り空を眺めたが、どす黒い雲からは大量の酸性雨が流れていくだけだ。


「井伊は、雨の中で帰って、ハゲにならないか?」


「まぁ、若さだよ。それも?」


 俺と瀬口はそれのやり取りに笑みをこぼしながら春雨が収まるのをただ待つことにした。



 荒ぶる春雨が収まり、部室を出たのは、午後六時になった。


 俺は瀬口と共にバスへと乗り込み、戸塚駅西口にある、トツカーナモール内にある本屋へと入って行った。


「すいません、注文していた本をーー」


 瀬口がそう言うと店員が「こちらでよろしかったでしょうか?」と聞いてくる。


 本の内容は司馬遼太郎の街道を行くシリーズでそれを六冊近く買っていた。


「また・・・・・・そういう系統かよ?」


 俺が自分でもため息が吐きたいぐらいという現象が感じ取れる声音でそう言うと、瀬口は「これを見て、旅行行く気分になるのが良いんだ」とだけ言って、顔をほころばせながら、会計を済ませた。


「私のお父さんは常に東京にいて、家に帰るのもここ最近は少ないからさ、こういう遠いところには旅行には行けないの。国家公安委員長とか政調会長になっても、出張には私は同行できないし?」


 そう言う瀬口の横顔はどこか寂しげだった。


「この前はたまたま居たのにな?」


「それは市長選が近かったから、地盤を固める為の陣頭指揮を執る為に地元に戻って来たんだよ。決して、私や浦木君の為じゃない」


 瀬口はため息を吐く


「浦木君も何か買いなよ」


「あぁ・・・・・・そうだな?」


 俺が文庫本のコーナーの片隅で見つけたのは一年前にもこの本屋で買って読んだ、モンテ・クリスト伯の本だ。


 それを手に取るのを見た、瀬口は「浦木君はやっぱり誰かに復讐したいんだね?」と聞いてきた。


 それを聞いた俺は「巌窟王は無実の罪を着せられ、大富豪として戻ってきて、自分を陥れた、連中に復讐する話というのは知っているな?」とだけ言った。


「うん、そのぐらいは分かるよ」


 瀬口はそう言いながら、俺をまじまじと見つめる。


「父親の仕事の都合上、小さい頃は日本のしかもここから近い小学校に通っていたが、俺がアメリカ人とのダブルと言うだけで、村八分に会い、たまに暴行される事もあった」


「ダブル?」


「海外ではハーフの事をそう言うのが礼儀さ。ハーフなんて半人前みたいな言い方だからな?」


「ふ~ん、そうなんだ?」


 俺の発言を瀬口は頷いて聞く。


「野球を始めたのもそこから脱したいという心境から来るものだったが、当時のリトルでは俺は戦力外に等しかった。チームスポーツでそんなお荷物がいたら、格好の攻撃対象さ。まぁ、その直後にアメリカに行ったからすぐにその状況から脱したが、今でも俺はあいつらのやったことが許せない」


「でも、お荷物が今じゃあ、本格派右腕でしょう」


「アメリカ時代で大分、気が楽になったのと、多少の時間があったから、父親と化学的なトレーニングをやったよ、死ぬほどにさ。結果的には気が付いたら、ボールのスピードが上がっていたんだ」


 俺と瀬口はそう会話しながら、本屋を出て、下の階にあるハンバーガーショップへと足を踏み入れ始めた。


「復讐は良くないと言う奴はいるが、俺は成功を収めるまではそういう過去の人間がいたところには絶対に戻らないつもりだ」


 瀬口に俺がそう言うと、当の本人は「良くないとは言わないけど、過去に囚われない方が良いよ」とだけ言った。


「知っている、そんな連中にいつまでも恨みを持っていても、未来に希望を抱くことも出来なくなる」


「そうでしょう?」


「だが、俺はそいつらを許すつもりもないし、成功を収めるまで俺が迫害され続けた舞台になった、学校には戻らない」


 俺がそう言い切ると、瀬口は「冷静沈着な浦木君が珍しく感情的になっているね?」とだけ言ってきた。


「お前も感情的になることあるだろう?」


「それは・・・・・・人間だからあるけど抑える事にはしているよ」


「何で?」


「司馬遼太郎先生の竜馬がゆくを読んでからかな?」


 あれか?


 確か八巻ぐらいある超大作だな?


 俺は読んでいないが?


「それがなんだ?」


「竜馬が長州藩の桂に対して、感情論では無く戦略性の大切さを唱えて、対立をする相手を納得させるには利益を提示することが大事って教えているところを読んで、初めて感情論だけで世の中は回っていかないって思ったの」


 瀬口は俺と手を繋ぎだす。


「だが、実際には感情的な相手に理論を振りかざすと、余計に怒り出すとは言うのが定説だぞ?」


「まぁ、皆が皆そうじゃないけどさ・・・・・・」


 瀬口はそう言うと、急に黙り始めた。


「どうした?」


「私はあえて、司馬先生の言うことを信じたいな?」


 瀬口と手を繋いで歩いていると、気が付けば、ハンバーガーショップに着いていた。


「まだ、食うつもりか?」


「食べないの?」


「食べる」


「あたし、ダブルバーガー二つね?」


「俺はビッグバーガーかな?」


 手を繋ぎながら、店内へと入って行ったが、それ以外は何も変わったことの無い平凡な時間帯だった。


 もっとも、デートというのは牧歌的なぐらいが良いのだろうが?


 俺と瀬口が注文をしながら、瀬口の横顔を見つめる。


「何?」


「別に食いすぎて肥えるなよ?」


 俺がそう言うと瀬口は軽い蹴りを俺の足にぶつけた。


「私は代謝が良いから、問題ない」


「慢心だな、太る奴は大体そう言うのさ」


 そのようなやり取りをしていると目の前にいる店員が「あの・・・・・・ご注文は?」と困り果て、後ろにいる中年男性から咳ばらいをされる始末になった。


「注文言えよ」


「分かっているよ」


 瀬口に足を再び蹴られたのを知覚した後に俺はビッグバーガーとお茶を注文し、瀬口はダブルバーガーを注文した。


 家に帰って夕飯食えるかな?


 時刻は気付けば、午後七時を過ぎており、父親が料理を作って待っている時間帯だ。


 どうやって、買い食いの言い訳を考えようか?


 俺はそう苦笑いをしながら、瀬口を見つめるが、瀬口は「何?」と眉間にしわを寄せる。


「スマイルは無料だろう?」


 俺がそう言うと瀬口は「頼んでいません」とだけ言った。


 俺と瀬口は左側で注文を待つことにしたが、後ろの中年は「ちんたらしやがって!」と俺と瀬口に悪態をついていた。


「こういう人に対しても司馬先生の言っていることが当てはまるんだよ」


「いや、さすがにこれは俺達が悪いだろう?」 


 俺はハンバーガーが来るのを心待ちにしていた。


 気がかりなのは家の食事が食べられるかどうかだった。



 一年生との試合から一週間後。


 ゴールデンウィークが近づき始め、帰宅部や文科系の部活をしている生徒達は連休中にどこに行くかと話に花を咲かせていたが、俺が所属する野球部は連休中も練習なので、自分とは異世界の事なのだと思えて仕方なかった。


 野球部に至って言えば、春の県大会を戦って、ベスト十六という形に終わり、夏の大会の第三シードを何とか取れたという事態に林田が怒り出したことと俺がベンチ入りしていなかった事で俺は今、頭が痛い。


 そう考えながら、俺はスマートフォンで父親から経営の勉強の一環でやらされている株の売買を行っていた。


 株価や為替の相場を眺めていたが、一方で教室に降り注ぐ、太陽の光が見事に俺に眠気の誘惑を誘っていた。


 いかんな、取引に集中しないと・・・・・・


 眠気を感じる中で頬を自分で叩き、俺は市場の相場をスマートフォンで見続けることにした。


 今日も日経平均は高いな?


 問題は円安が続くかどうかだが? 


 俺が大学を卒業してプロに入って、いずれその契約金と年俸で会社を作るまでにこのペースが続くかは、分からないが?


 俺がそれらの状況を鑑みながら、どの株を買うか、売るかを慎重に考えていた。


「アイン、高校生の分際でマネーゲームかい?」


 井伊が後ろから現れた。


 柴原は「相変わらず、常に鼻持ちならん奴やな?」と言いながら俺のスマホをのぞき込む。


「感情的で戦略性の無い奴には株の売買は出来ない。うちの父親からの宿題の一環でやっているんだよ」


 俺がそう言うと柴原は「お前、破産せぇよ」と言い、ニヤリと笑いだした。


「あり得ないな、安全な株しか俺は保有していない」


「安全な株?」


 井伊が疑問を顔に表す。


「ようするに潰れる心配もなければ、大きく伸びることもない株さ」


「どういう意味や?」


 柴原がそう言うと俺は「バカかよ、お前、察しが付くだろう」と俺はあえて、嘲るように言い放った。


 すると、柴原は「黙れぇい! ワシはお前みたいに賭け事をしたりしないのや!」と激高した。


「まぁ、確かに株は合法的な賭け事だからな?」


 ただ、ここ最近は世界的に株安が続いているから、損失が多いんだよな?


 するとそこに瀬口もやって来た。


「浦木君、何やっているの?」


「こいつは学校で堂々とマネーゲームをしているよ」


 井伊がそう言うと、瀬口は「ふ~ん」と言いながら、俺のスマートフォンの画面を眺める。


「浦木君、破産しないようにね?」


「だから言ったろう、安全な株しか持っていないって?」


「だから何だよ、安全な株って!」


 井伊は地団太を踏みながら、俺に迫る。


「要するに潰れようの無い企業の株さ? その代わり、伸びることもないから売っても大した額にはならない」


「つまり、ローリスクでローリターンな株という奴かいな?」


 柴原がそう言うと俺は「まぁ、万が一に高値が付いたら、簡単な小遣いにはなるだろうな?」とだけ言った。


「そしたら、焼肉頼むぞ!」


 井伊が拳を突き上げる。


「いや、俺の軍資金にするから」


 俺がそう言うと柴原は「ケチや! こいつ金に関しては完全なケチや!」と大声を出す。


 俺は二人がそう騒いでいるのを無視していると、


「でも、今は株安だから、浦木君はド貧乏でしょう?」


 瀬口がそう言うと、井伊と柴原はハイタッチする。


「勝ったぁ!」


「浦木は破産やぁ!」


「黙れ、お前らには儲け出ても、金やらんぞ」


 俺がそう言うと瀬口は「競馬やパチンコに競艇っていうと、あからさまにギャンブルって感じだけど、株だとそんな臭いがしないのは不思議だね?」とだけ言った。


「競馬、パチンコ、競艇はどう考えても胴元しか儲からないから、投資としては非効率的だからやらない」


 すると井伊は「大事なのは金じゃない! スリルだ!」と言い、柴原は「お前、破産しろや!」と言い出す。


「まぁ、高校生の内にマネーゲームやると同年代や一部の大人から反発食らうからな?」


 俺はそう言うとスマートフォンをしまいだした。


「はっきり言って、浦木君は学生らしくない」


 瀬口がそう言いだす。


「そうや、お前は素人臭さをバカにしているんや!」


「そうだ、俺は素人臭さやイモ臭さを嫌っている」


「まぁ、良く言えばスマートなんだけど、はっきり言って、人によっては鼻に付くかもしれないよ」


 瀬口がそう言うと、井伊が「アイン・・・・・・」と言って、俺の前に立つ。


「何だ?」


「お前、もっと泥臭くなれよ」


 井伊がそう言いだすと「まぁ、確かに俺は気取りすぎかな?」とだけ言った。


「だろう?」


「まっ、素人臭いのは嫌だけどな?」


 俺がそう言うと、柴原は「はっ! キザめ! 破産せい!」と言って、悪態を吐く。


 すると教室に珍しく木島がやって来た。


「おう、キジー!」


 柴原がそう手を挙げた後に俺は「木島、珍しいな? 俺の教室に来るなんて?」と言って、購買部で買ったパンに被りつく。


 中身はツナマヨだ。


「春の関東大会が近いことをみんなに伝えようと思ったんだ」


 木島がそう言うと井伊が「あぁ、俺たちは県大会ベスト十六だから、縁が無いがな?」とだけ言い、柴原に至っては「ワシ等、夏の第三シードしか取れへんのが監督の怒りを買ったからのう?」と言った。


 春の関東大会は、春の県大会で二位以内に入ったチームと開催県の三位以内のチームに出場が許される大会だ。


 ちなみにこの大会に限って、秋では関東地区には入らない、西東京、東東京のチームも関東地区のチームと同時にトーナメントに参戦することになっている。


 特に予選に当たる、県大会は夏のシード権を決める、重要な大会なので、勝ちきりたかったが、ベスト十六なのだ。


 それもこれも、全て、林田が俺を使わなかったからだ。


 いつか、本当にぶん殴ってやろう。


「ちなみに優勝候補は広川大付属と王明実業だよ」


 木島が淡々と答える。


「なにぃ! 宿敵の北岡か!」


「確か、広大は神崎の兄貴がエースだろう?」


 俺と柴原が木島の持ってきた、スマートフォンを眺めながら、広川大付属のエースである神崎翔が喜びながら、両手を上げる写真を眺めていた。


 去年の夏の甲子園本選で完全試合を達成した時の写真だ。


「でっ・・・・・・ここからが本題なんだけど」


 木島がそう言うと、柴原が「何や?」と言い出す。


 俺は「大体、察しは付くが言ってみろ」とだけ言った。


 そう言うと木島は「今度、うちの野球部は広川大付属と練習試合を行うらしい」と静かに言った。


「何ぃぃぃぃ!」


「おう、まさかの強豪チャレンジだな?」


 俺はそれを聞くと「どうせ、二軍とやるんだろう?」とだけ言った。


「いや、ウチが去年、甲子園ベスト十六になったのを向こうも知っているから、ベストメンバーで臨むらしい」


 木島がそう言うと、井伊が「ついに俺たちの実力が全国にも認められたか」とどや顔を見せた。


「東京に俺たちが行くのか、それとも神奈川まであいつらが来るのか?」


 俺がそう聞くと、木島は「それは監督同士で今話し合いをしているところだよ」とだけ言って、教室から出て行こうとする。


 すると俺は木島の肩を掴んだ。


「浦木君、何?」


 木島は怪訝な顔を見せる。


「余計なことをさぐるなよ?」


 俺がそう言うと、木島は「分かっているよ」とだけ言って、教室を出て行った。


 井伊は「アイン、木島と何かあったのか?」と言い出し、柴原は「何や、探るって?」と目を丸くする。


 俺は井伊と柴原の二人に「何でもない」とだけ言った。


「お前、俺たちに何かを隠すなよ?」


 井伊がそう言うと俺は「お前ら、授業始まるぞ」とだけ言った。


 すると井伊と柴原は「やばい!」や「林田大将軍を怒らせたらまずいで!」と言って、急いで教室を出て行った。


「また、後でな!」


「逃げるんやないで!」


 何から逃げるんだよ?


 俺がそう思いながら二人に手を振っていると、瀬口が隣に立った。


「何だ?」


 俺が怪訝そうな顔を見せると、瀬口は「私にも隠し事しないでね?」とだけ言った。


「しないよ」


「本当に?」


「神に誓ってもいいよ?」


 俺がそう言うと、瀬口は「浦木君が神様信じているなんて意外」と言いながら、はにかんだ。


 すると俺は「俺は無神論者だよ」とだけ言った。


 瀬口はそれに対して「私はいると思った方が生きることに張りが出ていいと思うんだけど?」と頬を膨らませながら答えた。


 それを聞いた、俺は「神の存在にすがる奴は自分に自信が無い奴だろ」とだけ言った。


「バチアタリ」


「新興宗教には引っかかるなよ?」


「引っかかりません、そこまで困窮していませんから!」


 瀬口が笑いながら、そう語ると林田が教室にやって来た。


「早く席に着かないと怒られるよ」


「はいよ」


 俺は席に付くと、教科書を取り出した。


 今日は林田から特に何も言われなかった。


「それじゃあ、教科書のーー」


 林田の静かな声が教室に響く中で俺は眠気を噛み殺しながら、教科書に目を通し始めていた。



 広川大付属との練習試合が決まり、春の関東大会の直前に行われる事となった。


 そして試合当日、開催場所が八王子の広川大付属グラウンドで行われる為、俺達は朝八時には戸塚駅へ集合し、その後に大船駅で京浜東北線へと乗り換える。


「東海道線で横浜まで行って、そこから京浜東北線で東神奈川へ行って、横浜線に乗り換えた方が圧倒的に速いと思いますが?」


 マネージャーの真山が眉間にしわを寄せて、俺に話しかける。


「監督の電車好きが今の状況を生んでいるのさ」


 そう言った後に真山は「例えば?」と聞いてきた。


「そのうちに分かる」


 俺はそう言った後に井伊、柴原、木島のいる方角へと向かって行った。


「アイ~ン、横浜駅からの乗り換えなら俺たちはまだ寝れたはずだ!」


「監督の公私混同に巻き込まれる俺たちの事も考えてほしいわ」


 井伊と柴原に木島がそう言う中で、それらの苦言が聞こえていない監督が「出発するぞ」と言って、俺たち、野球部一行は戸塚駅から、東海道線で大船まで行き、そこから京浜東北線へと乗り換えた。


 八王子に行くには東神奈川で横浜線へと乗り換え、そこから八王子を目指すルートだ。


 その間、監督の林田は至福の電車のモーター音を聞くという行為を地面に這いつくばり、行っていた。


 そして、他の乗客の迷惑も考えずに、延々と電車のモータ音を聞き、恍惚の表情を浮かべていた。


「あれですか? 監督が大船まで行って、わざわざ京浜東北線に乗る理由は?」


 真山が眼鏡ふきで眼鏡を吹きながら、林田に冷たい目線を浴びせる。


「もう俺たちは慣れたから、何も感じないが、はっきり言って乗客と車掌さんからしたら大迷惑だよ」


「注意すればいいじゃないですか?」


 真山は眼鏡を再び掛ける。


「注意すると舌打ちされるからな?」


「そのぐらいで済むなら良心的じゃないですか?」


 黒川がそう言うと、俺は「随分と厳しい学校にいたみたいだな?」とだけ言った。


 すると黒川は「行き過ぎた指導を受けた身としてはここでの活動は楽しい限りですよ」と楽し気に言いのけた。


 黒川はそう言った後に微笑を浮かべる。


 すると、電車の中で井伊と柴原がまだ「うぉぉぉぉぉぉ! この時間帯はマジで混むわぁ!」や「日本のサラリーマンたちの出陣だぁ!」などと言いながら、サンドイッチを頬張っていた。


 確かにこの時間帯の京浜東北線は殺人的な混雑ぶりだから、遠征には不向きなんだよな?


 バス使えばいいのに?


「ウチの学校は上下関係が厳しいようで緩いですからね?」


「そうか? 監督は厳しい方だと思うぞ?」


 黒川とそのような会話をしていると「でも、監督は今まで体罰はしたことないでしょう?」と神崎功がその会話に加わる。


「まぁ、そうなったら傷害事件だからな? でも、懲罰走はあるぞ?」


 俺がそう言うと、京浜東北線の車内から横浜スタジアムが見えてきた。


「あれが、横浜スタジアムですか?」


 黒川がそう言うと、俺は「良い球場だぞ。オリンピックもやったぐらいだからな?」とだけ言った。


 無言で窓から横浜スタジアムを眺める、黒川と神崎功、真山の三人に対して「あの中に入りたいか?」と聞いた。


 三人は「いや、別に」とだけ言ったが、それでも尚、窓から球場を眺め続けていた。


 ここに戻るには準々決勝まで行かないと行けないんだがな?


 春の陽気がさしてくる中で、俺は眠気を感じ席に座ると、目を閉じ始めた。


 ほんの数秒で意識は遠のき暗闇の世界へと旅立つことになってしまった。



 電車に揺られることが何時間続いただろうか。


 本当に眠ってしまった為、不覚にも井伊に起こしてもらい横浜線の電車を降りる事になった。


 林田がその瞬間、名残惜しそうに地面に這いつくばるのを止めたのが印象的だ。


「あいつに久々に会うな?」


 監督が名残惜しそうに横浜線の電車を見送る中で部員達は粛々とホームを離れ、バスへと乗り換える準備をしていた。


「あいつ?」


「去年の練習試合でアイアンズの松尾のユニフォーム着ていた奴」


「あぁ、長原か?」


 一年前の広川大付属の練習試合では一年で名門校の四番を打つ、長原進の存在に面を食らった印象が俺にはあった。


 練習試合で堂々とプロ野球界の盟主である東京アイアンズのユニフォームを着て現れ、関西ライガースファンの監督の小林と内紛を抱えているという事を相手チームである俺達に露見させたことも面を食らったが、さらに面を食らったのは、早川のエースだった沖田と俺からライトスタンドに二打席連続でホームランを放ったことだ。


 今でも頭に残っている。


 沖田はスローカーブを見事に上手く運ばれ、俺は失投を見逃されずにライトの遠くへ打球を運ばれたのだ。


「ちなみに、エースの神崎は今年に入って、一五〇キロを超えたらしいで?」


 柴原が会話に加わる。


「うわ、最悪」


「しかも、長原は去年の甲子園本選で西東京代表として出て、三本もホームランを打っているからな?」


 井伊はそう言った後に「だが、しかし、強豪だからこそ燃える!」と拳を突き上げた。


 そう言った後にロータリーにバスが現れ、俺たち、早川高校野球部はバスへと乗り込んだ。


 監督は未だに横浜線に未練を残したかのような表情で八王子駅を見続けていた。


「お前らの根拠の無い、その自信が怖いよ」


 俺は井伊にそう言うと、そこに黒川が加わり「広川大付属は倒したいですね?」とだけ言った。


 井伊がそれに対して「何でじゃい? クロタン」と答える。


「クロタン・・・・・・」


 あだ名を付けられた黒川は不満そうな表情を見せるが、俺はそれに対して「あだ名を付けられるってことはチームに認められたことだろう」と言った。


「あまり気に入りませんね?」


「あぁ~、これだから、貧乏を知らん学生は!」


「いや、最近の学生は貧乏多いからな?」


 俺がそう言うと、神崎が「そういう柴原先輩は、貧乏知っているんですか?」と聞いてきた。


 すると柴原は黙り出した。


「どうした、柴原?」


 俺が柴原を小突くと、井伊が「こいつ、関西の大病院の医院長の息子」と言い出した。  


 俺、黒川、神崎功の三人は「えぇぇ!」と驚きの声を上げるほか無かった。


「あり得ない・・・・・・」


「関西の医者の卵がこんなところで何やっているんですか!」


 黒川と神崎功が驚きの声を挙げる中、当の柴原は「ワシは出来が悪いから、弟が親父の地盤を継ぐんや。だから好き放題やってえぇねん」とだけ言った。


 柴原はそう言った後に「それより、神崎、お前兄貴と戦うんや! 闘志を高ぶらせぇ!」と怒鳴り出す。


 つくづく迷惑な先輩だな。


 くどいようだが、こいつが先輩でなくて良かった。


「別に兄貴は僕の事なんて眼中にないですよ。向こうはプロ注目の左腕ですから?」


「しかも、一五〇キロ出せますからね?」


 一年の二人がそのようなやり取りをしている中で、井伊は「大丈夫、ウチにも一五〇キロ超えの剛腕がいるから!」と言って、俺の肩を叩く。


「気安く人の体を叩くな」


「もう、一年以上の付き合いだろう」


「そういうクーデレ気取りは止めるんや。もっと素直になろうやぁ~」


 そう言って、俺の体をぽんぽんと叩く。


 井伊と柴原の二人に鉄拳を見舞って、沈黙させた後に俺はバスの座席に座り込んだ。


「浦木先輩、そこは優先席です」


 真山が厳しい目つきで俺を見つめるが、俺はそれに対して「お年寄りが来たら譲る。それなら問題ないだろう?」とだけ答えた。


「まぁ、浦木先輩のことだから譲ると言えば譲るでしょうね?」


 真山がそう言った後に神崎功が「まだ知り合って、一か月経つか経たないかで、よく、そう言う事言えるな?」と茶々を入れる。


「本当は浦木さんにお近づきになりたいから、野球部入ったんじゃないのか?」


「というか、優先席に座るなよ・・・・・・」


 黒川もそれに加勢するが、真山は「違います」と即決で返した。


 まぁ、良いけどさ・・・・・・


「それよりも浦木先輩」


「何?」


「広川大付属には二年生で一五〇キロを投げる左投手がいるそうです」


 俺は真山からその話題を聞いた瞬間に耳を疑った。


 すると俺に殴られて倒れていた、井伊と柴原は「何ぃぃ!」と叫び出して、起きた。


「井伊先輩、公共の迷惑です」


「そんなことはいい! ウチのアインを凌ぐピッチャーなどいるはずがないだろう!」


「絶対にあれやな、アメリカのテキサスからやって来た留学生や!」


 柴原がそう言うと俺は「まぁ、確かにテキサス出身の投手は剛腕が多いからな?」とだけ返した。


「そうやろう?」


「だが、日本に留学する酔狂な奴はアメリカの多くにはいないのが現状だ」


「漫画パワーがあるやろう?」


 柴原が悔しさを顔に表すが、俺は「アメリカの大半の人間は日本がどこにあって、どういう国かなんて気にも留めていない。これは認めたくないけど残酷な真実さ」とだけ言った。


 俺がそう言うと、柴原は「俺は認めんぞ!」と言い出し、井伊に至っては「アイラブ! ジャパン!」と叫び出す。


「それはそうと、真山、その投手は日本人なのか?」


「おい! 無視かい!」


 バカ二人のから騒ぎは指摘の通り、無視して、真山に尋ねると回答は「台湾出身らしいですね?」と言う答えが返ってきた。


「ナニィ! 台湾?」


「あそこか? 中々、侮れない国だよな?」


 台湾は世代別の国際大会で、好成績を収めるなど野球が進んだ国であり、多くの台湾人選手がアメリカや日本でプレーをしている。


 日本のプロ野球は向こうでも中継されていた時期があった為、日本の野球に憧れを抱き、高校に野球留学する選手も多くいる事も有名だ。


 また、昔、台湾から甲子園に出た学校を描いた最近の映画の影響もあり、今も日本の甲子園に憧れて、来日する学生もいるらしい。


「まぁ、国籍はともかく、このピッチャーは左のサイドスローからジャイロボールを投げて、その速度も一五〇を超えるハードボーラーですね」


「ナニィ! ジャイロボールやと?」


「漫画の中の世界だ・・・・・・」


 井伊と柴原の二人が絶句する中で恐れを知らない一年二人は「サイドからのジャイロなら、打者手前で失速する事は無いだろうな?」や「オーバースローからだとスピードとジャイロ回転の両立が難しいからな? アンダースローなら遅いジャイロ回転はあるが、サイドのジャイロで剛腕か・・・・・・倒したいな?」などと言いながら、作戦会議を始めた。


「えぇい、後輩どもが闘志を出したんや!」


「怪物退治に行くで!」


 井伊と柴原がそう叫ぶと、陽気の良い春の温度が若干上がったように思えたが、俺は気にしないことにした。


「ちなみにその台湾人の名前分かるか?」


 俺が真山に聞くと、真山は「王金明です」とだけ答えた。


「そうか、情報ありがとう」


「いえ」


 俺は井伊と柴原が「大和魂を見せるんだぁぁぁぁぁ!」などと他の乗客から白い目で眺められながら発狂するのを無視して、バスから見える風景を眺めていた。


 俺は普段住み、生活をしている湘南と横浜エリアとは違い、海の気配を感じない景色に若干の違和感を覚えていた。



 バスから降りて、広川大付属の校舎へと入ると、校門のすぐ近くに観客席を設けた広大なサッカー場がある事に驚いた。


「さすが、金のある高校は違いますね?」


 黒川は不機嫌な表情でそう答える。


「お前が広川倒したいって言ったのは、そんな理由か?」


 俺がそう問い詰めると黒川は「あいつら、この僕を身長が低いという理由でセレクションを落としたので、今日はリベンジするつもりです」と恨めしそうに言い放った。


 王明だけじゃなくて、広川も受けていたのか・・・・・・


 黒川がそう言うと俺は「私怨を試合に持ち込むなよ」とだけ言って、井伊と柴原のところに戻る。


 俺と井伊、柴原の三人が珍しく無言のまま、歩き続けていると、観客席からナイター照明を揃えた広川大付属の野球部一軍グラウンドが目の前に広がった。


「うひゃぁ! これだからブルジョアな学校は気に入らんのや!」


「ブルジョアなんて、今じゃあ、死語だぞ」


 俺が柴原にそう指摘すると、井伊は「しかも、ここは二軍用のサブグラウンドまであるからな」と言った。


「許せん!」


「何が?」


「高校生の分際でプロの真似事しおって!」


 柴原がそう唾を飛ばしながら、叫ぶと、俺は「資金力の違いだな。うちはラプソード買う金はあるが基本は低予算で工夫して勝つのが、信条だから」とだけ言った。


 そうしていると、グラウンドで練習している、広川大付属の選手達がこちらに気付いた。


「おぉぉい、功!」


 エースの神崎翔が満面の笑みでこちらの一年、神埼功に手を振るが、神埼は無視する。


「お前、手を振るぐらいは良いんじゃないか?」


 俺がそう言うと、神崎功は「あいつが近づく度に俺の影が広がる感覚がするんで」とだけ言って、真山の後ろに隠れた。


「・・・・・・この場合、女子の後ろに隠れるのはいただけないと思う」


「黙れ、お前の得意の法律知識で兄貴を撃退してくれよ」


 一年生たちがそのようなやり取りをしている中で、神埼翔と四番を打つ二年生である長原進がこちらにやって来た。


「浦木君だね?」


 神埼は微笑を浮かべながら、此方に向き直る。


「君が一年生最速記録を挙げた時はぞくぞくしたよ。良い投げ合いをしよう」


 そう言って、握手を求めた神埼翔に対して、俺は減る物でもないので、握手を一応はした。


 しかし、長原は依然として、俺を睨み据えている。


「長原、例の事は気にするな?」


「お前にはアイアンズのドラフト一位は渡さない」


 そう言った後に長原は、グラウンドの中へと戻ってしまった。


 すると、神崎翔は「長原!」と大声を出して、叱責するが、長原は意にも介さずにベンチに座り出した。


「すまないね?」


「いえ・・・・・・ですが、アイアンズのドラフト一位ってどういうことですか?」


 神埼翔は「長原はアイアンズに入りたくてしょうがないんだ」と前置きをした後にこう言った。


「未確認情報では君のことをアイアンズが狙っているらしい」


 それを聞いた、俺は高揚感よりも戸惑いの気持ちが沸き起こった。


 俺は大学に入ってからプロに行くつもりなんだがな?


「噂の段階でしょう。俺は現時点では大学に進学するつもりですから、あまり気にしないように本人に言ってもらいますか?」


 俺がそう言うと「あいつ、思い込みが激しいから聞くか分からないんだよなぁ?」とため息を吐く。


「まぁ、いい。とにかく良いゲームをしよう」


「はい、よろしくお願いします」


「それと、功」


「何だよ?」


 神崎功は反抗期丸出しの目線で兄の翔を見据える。


「不機嫌になって、チームに迷惑をかけるなよ?」


「あんたは俺のお母さんか!」


 そう言って、弟の神崎功はどこかへいなくなった。


「手のかかる弟ですが、どうかよろしくお願いします」


 一学年上の神崎にそう頭を下げられると俺は「いや、そんな・・・・・・」と逆に狼狽してしまった。


「大丈夫です、功君は俺たちが指導します!」


「ワシら、指導には定評があるんで!」


 井伊と柴原が胸を張ってそう答える。


 俺が神崎翔の立場なら不安しか抱けないだろうな?


 そうは思ったが神崎翔は「じゃあ、よろしくお願いします」と言って「試合では負けないよ」と言って、グラウンドへ向かって行った。


「話してみたら、良い人やな、兄貴は?」


 柴原がそう言うと、俺は「あの手の人格者が一番怖い物に見えるな」とだけ言った。


「何でや?」


「俺が人格的に劣るからだろう?」


 そう言うと柴原は拍手して「素晴らしい! 自覚があるんやな?」と大声で言いだした。


 俺は柴原に右ハイキックを喰らわせ、柴原は見事にKOされた。


「浦木さんがミルコ・クロコップに見える」


 黒川がそう言うと俺は「左ではないがな? ガブリエル・ナパオン・ゴンザガだろ?」とだけ言って、観客席に座った。


「ミルコのお株を奪う右ハイキックで同人を沈めた柔術家な。UFCを出す時点で、マニアック!」


 井伊がそう騒ぎ立てるが、そこは無視していた。


 今日の空は腹立たしいことに晴天日和だ。


 しかし、俺は試合が近づく中でどこか余裕めいた気分でいた。


 それが吉と出るか凶と出るかまでの時間は刻々と迫っていた。


10


 試合前に林田が俺たち、早川高校野球部のオーダーを発表し始めた。


「一番センター木村」


「はい」


「二番ショート柴原」


「・・・・・・ワシは一番がええんですが?」


「三番ライト木島」


「はい」


「もうシカトは慣れたからええんやけどさ?」


 そう言った、柴原の目には涙が浮かんでいた。


「四番ファースト林田」


「はい」


「五番キャッチャー井伊」


「大和魂にかけて、留学生には負けられない!」


「六番レフト山南」


「はい」


「あれ・・・・・・俺は無視されているよ?」


 井伊も静かに涙を浮かべ始めた。


「七番セカンド黒川」


「はい」


 一年生で早速、レギュラーか?


 毒を吐いて同学年の反感を買わなければいいがな?


 俺は緊張した面持ちで隣に立つ、神崎功に「兄貴も応援しているぞ」とだけ言った。


 すると神崎功は「ぜってぇ、倒す」と静かに呟いた。


「そのぐらいの闘志があれば、十分だな?」


 俺と神埼がそのようなやり取りを行う中でオーダーは刻々と告げられていく。


「八番サード八田」


「はい」


「九番ピッチャー浦木」


「はい」


 俺はそう答えると同時に神埼功に対して「リリーフは頼むぞ」とだけ言った。


「出られるかどうか分かりませんよ」


 神崎功はそう言って俺から顔を背ける。


「兄貴倒すんだろう?」


 俺がそう言うと、神崎功は「・・・・・・一応準備します」とだけ言った。


「藤沢、控えのピッチャーを臨戦態勢で出られるようにしろ」


 一年生の控えキャッチャー藤沢にそう指示すると、藤沢は「俺がこいつを受けるんですか?」と不満そうな声を上げた。


 藤沢を始めとする、一年生達は黒川と神埼功に反感を抱いているのだ。


「キャッチャーはキレたら、終わりだぞ」


 俺がそう言うと藤沢は「それはそうですが・・・・・・」と尚、不満そうな声を上げていた。


「まっ、時間をかけて考えろよ」


「何をです?」


 藤沢が疑問を俺に投げかけるかの如く、俺を見つめるが、俺はそれを無視して、両校整列が行われる為、グラウンドへと向かった。


 審判が「整列!」と声をかける。


「弟は俺を倒すとか言ったかい?」


 神埼翔は笑顔で俺に語り掛ける。


「家でもあんなですか?」


「まぁ、中学からあんな感じかな?」


「うわぁ~、思春期を拗らせておるわ」


 柴原が小声でそう言うと俺は「いや、今の歳でも思春期だろう、十分」とだけ言った。


 すると審判は「君たち、私語は控えてくれよ」と言い出した。


「良いゲームをしよう」


 そう神崎翔が言った後に審判が「礼!」と言って、両校のナインは礼をして、ベンチへと引き上げたが、広大の四番長原が俺を睨み据えている。


「お前、嫌いだ」


「それはどうも?」


 俺がそう答えると、神崎翔は「止めろ、長原」と言って、長原をベンチへと引き下げようとする。


「お前、死んじゃえよ!」


 長原がそう言った後に、神崎は「止めろ、そういうことを言うの!」と言って神埼を無理やり、ベンチへと戻した。


「浦木君、すまない、良いゲームをしよう」


「無論です」


 俺は長原がベンチに戻るのを確認すると、三塁側にある早川高校ベンチへと引き上げた。


「何や、死んじゃえとか?」


「まっ、俺が死ぬことは無いと思っての発言だろうな?」


 俺がそう言うと、井伊は怒気を露わにして「そんなにアインに死んでほしいなら、ナイフを持って、自分で殺すぐらいの覚悟が無いと死なないぞ」と怒気を露わにする。


「おぉう、浦木は強いだけじゃなくて、妙にずる賢いから、何だかんだで死地を乗り越えて、かなり高齢まで生きると思うで?」


 そう発言する、井伊と柴原に対して、俺は「お前ら、それは俺を褒めているのか? それとも、けなしているのか?」とだけ聞いた。


「敬意を持った、ブラックジョークや」


「いや、俺には悪意しか感じないぞ?」


「大丈夫や、お前が高齢者になったら、介護はワシがするわ」


「嫌だよ、お前なんかに介護してもらうのは?」


 俺たちがそのようなやり取りをしている最中で、試合は開始され、一番に座る木村が左バッターボックスに立つ。


「プレイ!」


 審判がそう言うと木村はバットをくるくると回し、オープンスタンスの構えでバッターボックスに立つ。


「まぁ、安心しろ、長原みたいに自分で殺害宣言する奴は大体が予告だけで終わるから」


「あれだろう、俺を直接狙わないで、お前とか柴原みたいな関係者を狙うんだろう?」


 そう言うと、井伊と柴原は沈黙を始めた。


「何でワシらが殺されなあかんねん!」


 柴原がそう激高すると俺は「伝説の柔道王である、木村雅彦は学生時代に敗戦した事実を受け入れられずに対戦相手が来るのを待ち伏せして短刀で刺そうと計画した事があるらしいぞ」と静かに呟いた


 それを聞いた、井伊は「だから、何で俺たちまでとばっちり食らうんだよ! シャレにならないぞ!」と叫び出した。


「まぁ、俺のチームメイトであるからには、何らかの被害が及ぶと考えておけ」


 そう言うと、柴原は「いややぁ! ワシは、殺人鬼の餌食になりたくないわ~」と言って、泣き真似をしていた。


 そう言う、柴原に対して俺は「おい、次だぞ、打席」と言って、送り出す。


「お前、ワシは喧嘩あんまり強くないんやぞ!」


 そう言って、柴原はネクストバッターズサークルへと入る。


「井伊、お前、柔道初段だよな?」


 井伊にそう語り掛けると井伊は目を背けて「凶器を相手にした格闘戦はやったことないから、役に立たないと思うぞ・・・・・・」とだけ言った。


「ビビるなよ、相手は格闘技やっていないんだから?」


 そのような会話をしながら、木村の打席を見ると木村はレフト方向のファールゾーンに神崎翔のストレートを弾き返す。


 真山がスピードガンで神崎の球速を図る。


「一五五キロですね」


 真山がそう言った同時にベンチが凍り付く。


「化け物め・・・・・・」


 林原がそう呟くと「まぁ、怪物退治頑張りましょうよ」と俺は言い放った。


 ベンチに腰掛ける俺に真山が「浦木先輩、私は一応、剣道の初段を持っているので、凶器を対象にした格闘戦も出来ます」とだけ言った。


 そう無表情を崩さずに言う真山に対して俺は「そうか?」とだけ答えた。


 するとベンチにいる、黒川が「剣道初段持っているなら、剣道部行けばいいだろう。何で野球部のマネなんかやっているんだよ?」と冷やかしに入る


 そう言った黒川は「やっぱり、浦木さんに憧れて入った?」と言い出したが、真山は遮るように尚且つ真顔で「違います」と言い放った。


「否定するのは良いが、ぴしゃりと言い放つなよ」


 俺は苦笑いしながら言うが、真山は黙ったままだ。


「とにかく、長原の凶行に気を付けよう」


 井伊がそう言った後に木村は神崎翔のチェンジアップにタイミングを崩されて、三振を喫していた。


「緩急で来るか?」


 俺がそうつぶやくと、真山は「神崎翔の変化球は、緩いタイプが多いですね?」とだけ言った。


 すると、柴原が打席に立ち「ワシは殺人願望保持者の長原には負けんで!」と言って、バッターボックスに立つ。


 すると、サードを守る長原が「何だと!」と叫んで、柴原に詰め寄ろうとするが、神崎翔が長原を睨み付けて制止する。


「威圧感ありますね?」


「優しそうな感じなんだがな? 神崎さんは?」


 真山とそのようなやり取りをしながら、三塁側ブルペンで投球練習をする神埼功を眺める。


「こんな話をすると、あいつが怒り出すか?」


「ですね」


 冗談を交わしながらでも真山は無表情だ。


 すると気が付けば、打席では柴原はストレートを見送り三振した。


「おい、見送りとかなんだよ!」


 黒川がそう叫ぶと、柴原は思い切りそれを睨み付けて、走ってベンチへと向かう。


「お前、ワシは先輩やぞ!」


「知りませんよ、結果が全てなんですから?」


 黒川がそうしれっと言うと柴原は「き・さ・ま~!」と言って、中国拳法の鶴のポーズで、黒川相手に臨戦態勢に入るが、一瞬のスキを突かれて、柴原は黒川に顔面をビンタされてしまった。


「うぅぅ! 痛い!」


「後輩にビンタされるとか先輩の威厳が無いですね?」


「非情な世界だな? ていうか、柴原、弱すぎだろう」


 俺が笑いながらその光景を横目に試合を眺めていると、木島が神崎翔の投げたスライダーをセンター前に運び、ツーアウト一塁と言う状況を作った。


「ナイバッチ!」


 ベンチがそう沸き立つ中で四番の林原が右バッターボックスに入り、神埼翔と相対す。


 そして注目の勝負だが、神埼翔の投げたストレートに林原は合わせ、打球は外野へと向かう。


「行ったか!」


 木村がそう叫ぶと、早川ベンチは全員思わず立ち上がり、打球の行方を見た。


 しかし、打球は失速して、レフトフライに終わった。


「あぁ~」


 ベンチがため息に包まれるとキャプテンの山南が「さっ、守備に付くぞ!」と声をかける。


 そんな中で井伊はバットを持ち、ベンチへと戻る。


「アイン、防具付けるのを手伝ってくれ」


「黒川に頼めよ」


「あいつだと何か屁理屈言って、ビンタしてくるから嫌」


 井伊はネクストバッターズサークルから柴原と黒川の経緯を見ていたようだ。


 俺は「分かったよ」とだけ言って、井伊の防具を付けるのを手伝う。


 その中で俺は視線を感じたので、一塁側ベンチを眺めると、長原が俺のことを睨み付けていた。


「・・・・・・井伊、俺の代わりに刺し殺されろ」


「シャレにならないことを言うなよ!」


 井伊の防具を付けるのが完了すると、俺はマウンドへと向かって行った。


 良いマウンドだな?


 俺は名門校のグラウンドのマウンドに立ち、足で地面を慣らし、ロジンバッグを手に取る。


 うちの低予算のグラウンドとは大違いだな。


 俺が防具を付けた井伊に数球投げると、広川大付属の一番バッターが打席に立つ。


「しまって行こう!」


 井伊がそう掛け声をかけるとナインが「ウェイ!」と声を揃える。


「さぁ、アイン、かかって来い!」


 井伊がそう言って、ミットを構えて、アウトコース中段ギリギリのストレートを要求する。


 俺はそのサインを確認した後にノーワインドアップのトルネード投法から精密にコントロールされたストレートを投げた。


 そしてグラウンドには薄いミットが弾ける音が響き渡った。


「ストライク!」


「ナイスボール!」


 井伊がそう言ったと同時に一番バッターは驚いたと言わんばかりの表情で、俺を見つめる。


 俺はこの瞬間、とてつもない優越感に襲われていた。


 吹奏楽部の応援曲が無い練習試合なので、小鳥の声が響く、牧歌的な空気の中で俺は井伊の出す、サインを確認して、再びノーワインドアップのトルネードからストレートを投げた。


 バッターが見送ったという反応が俺の自尊心に上向きな何かを与え始めていた。


続く。


 次回、第五話、八王子での戦いと夏の開幕


 ゴールデンウィークもお時間あればご拝読よろしくお願い致します!


 来週も深夜にお待ちしております!!

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