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第三話 文化祭の開幕、そして春が明ける

 第三話目です。


 今日は結構、ギャグ多めなので、個人的にも楽しみです。


 今日もよろしくお願い致します。



 授業をサボって、体育館に行くと中央に机が置かれ、その前を各メディアが行ったり来たりと徘徊を行っていた。


「さて、美人のアナウンサーはいるかな?」


 木村がそう言って、体育館を徘徊し始めると「あっ!」と言う声が聞こえた。


 井伊と柴原が「木村先輩!」と言って、近づいてきた。


「お前らもサボりか?」


 木村が笑みをこぼす。


「えぇ、アナウンサー目当てです!」


「今日は下瀬アナが来たらええな?」


 三人がそう言って、会見場を見渡していると見知った顔の大人がやって来た。


「浦木君、久しぶりだね?」


 明朝テレビのスポーツ部に所属する藤谷達郎が肥満気味の体とひげ面の顔を汗で濡らしながらこちらにやって来た。


「えぇ、お久しぶりです」


「肘の靭帯損傷と聞いたが、元気そうで何よりだよ」


 藤谷がそう言うと、俺は「ようやく、ボールが投げられたばかりですよ」とだけ言った。


 すると、井伊と柴原が「あの~、藤谷さん」と控えめに藤谷に近づいた。


「何だい?」


「下瀬アナはいますか?」


 井伊がそう聞くと藤谷が「下瀬は番組改編の影響で今日はいないんだ。悪いな?」とだけ言った。


 あの人、出世したのか?


「下瀬アナは番組貰ったんですね?」


 俺がそう言うと、藤谷が「クイズ番組だけどね?」とだけ言った。


 すると藤谷の隣にスラッとした優男が現れた。


「藤谷さん、何やっているんです?」


 そう言った、優男は怪訝そうな顔を浮かべていた。


「おう、未来のスター選手と語らいを行っていたのさ」


 藤谷はそう言った後に、優男を指差して「こいつは桧山祐樹。うちの入社三年目。番組改編でスポーツ番組任されたんだよ」とだけ言った。


 日比谷は怪訝そうな顔を浮かべながら「よろしく」とだけ言った。


 その不機嫌な態度に俺は若干の苛立ちを覚えたが「どうも」とだけ答えた。


「しかし、皆、授業なのに何でここに居るんだい?」


 そう藤谷が聞いてくると、木村が「まぁ、いわゆるサボタージュです」とだけ言った。


 すると、藤谷は「授業をサボると将来的に困るぞ」と笑いながら言った。


「そういう藤谷さんも、高校、大学の授業はサボったり、寝ていたりしていたじゃないですか?」


 そう言う日比谷の口元は右側だけ笑った表情をしていた。


 この人は皮肉屋だな?


 片方の頬だけ笑う人間は大体、頭が良いが意地の悪い人間が多いと何かで聞いたが、なるほど、この男もそのパターンか?


 俺がそう思っていると、藤谷が「まぁ、大体、脱走するか寝ているかが俺の授業態度だったからな?」とだけ返してきた。


「ちなみにうちの林田監督はどうだったんですか?」


 高校時代に林田とバッテリーを組んでいたという藤谷に俺がそう聞くと藤谷は「あいつもサボりの常習犯だよ」という答えが返ってきた。


 藤谷がそう言った直後に井伊と柴原が「親近感沸くわぁ~」や「林田監督も遊び心があるなぁ~」などと言い出し、首を上下させて「うん、うん!」とだけ言った。


「お前等、まだそれ続いていたのか?」


 俺がそう言うと、井伊と柴原は「お前もやりたいならやればいいんやで」や「さぁ、同士になりたまえ!」などと言いながら、手招きを始めていた。


 俺がそれを無視して体育館にいるマスコミをざっと見渡した。


 俺が騒がれた時よりも少ないな・・・・・・


 何となく、そう考えていると俺は右肩を何者かにいきなり掴まれた。


「浦木! お前、こんなところで何やっている!」


 肩を掴んだのは教頭の小谷だった。


 野球部を敵視する、小汚く功名心の強い男だとは聞いていたが、いきなり右肩を掴んで怒鳴りつけるやり方からして、好きになれない人物であることは俺の中では明白だった。


「俺の他にも注意する奴はいるんじゃないですか?」


「黙れ! そこにいる木村、井伊、柴原の三人もこれから指導するつもりだ!」


 そう言った後に教頭は「さっさと授業に戻れ! 学校に恥をかかせるマネはするな!」と怒鳴りつけて、体育館のどこかへと去って行った。


「・・・・・・指導とやらで、延々と拘束されないだけ良心的ですね?」


 俺が木村にそう言うと木村は「マスコミが大量に来ている中でそんな事をすれば学校のマイナスイメージだからだろう」とだけ言った。


「時期が助けてくれたみたいなもんですね?」


 俺がそう言った後に、井伊は「じゃあ、部室で麻雀でもするか?」と言ってきた。


 それを見ていた藤谷は「お前等、勉強するつもり無いな?」と言いながら、笑いを堪えていた。


「・・・・・・勉強を若いうちにしとかないと困るぞ?」


 桧山は笑いを堪えながらそう言い放った。


「木村さん、麻雀出来ます?」


 俺が木村にそう言うと、木村は「ルール分からないんだよな?」という答えが返ってきた。


「まぁ、とにかく部室行きましょうよ」


 そう井伊が言いだす。


「さすがに部室まで、教頭の目は行き届かへんやろう」


 柴原は口笛を吹いていた。


 そう言って、俺達、四人は体育館を出ることにした。


「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」


 去り際に俺が藤谷にそう言うと、藤谷が「俺等も学生時代、そうだったから心情は分かるよ」とだけ言った。


 それに桧山も「同じく」とだけ言ってきた。


 藤谷はそう言った後に「完全復活目指せよ」と言ってサムズアップしてきた。


 俺はそれに「恐縮です」と言って、頭を下げた。


「麻雀行って来いよ、早くしないと教頭、また来るぞ?」


「はい、ありがとうございました」


 そう言った後に「失礼します」と一言添える。 


 そう言って、俺が体育館を出た後に「ようし、賭け麻雀や!」と柴原が声を挙げる。


「白昼堂々と授業もせずに賭け麻雀とか・・・・・・」


 木村は笑いを堪えながら歩いていた。


「まぁ、タバコやアルコールよりはまだ可愛い方ですよ!」


 井伊がそう言った後に木村が「まぁ、部室には映画もあるしな? スマホで見れるけど、大画面で見なきゃな? 映画は?」とだけ言ってきた。


 それを聞いた、俺は木村に対して「一八禁ですか?」とだけ聞いた。


 木村は「普通の映画もあるよ」とだけ言った。


 そう言うと、井伊と柴原は「おう、ブルース・ウィリス!」や「ダイ・ハード!」などと叫び始めた。


「お前ら、大声出すと、教頭が再び強襲してくるぞ?」


 俺がそう言うと、井伊が「う~ん、教頭アタックか?」と言った。


「まぁ、部室に行けば安全や、はよ行こう!」


 まぁ・・・・・・不良学生に比べれば俺たちはまだ可愛い方かな?


 時刻は午前十時三十分を少し超えたぐらい。


 俺たちは堂々と学業をサボタージュをして、それをエンジョイしていた。



 月日は流れ、十一月某日。


 文化祭の日がやって来た。


 今日はグラウンドで野球部の三年生対二年・一年連合軍の特別試合があるのだが、それは午後一時に行われるので、その前に俺たちはクラスの行事に参加していた。


 クラスでは何故か餃子を作って販売することになったのだ。


「誰だよ、餃子作るとか言った奴?」


 クラスメイトの一人が餃子の皮にアンを包む作業をするがめんどくさそうに行う。


 そいつは手先が不器用なのか、皮を破いてしまう。


「井伊だよ、あいつが企画提案したのが何故か通ったんだ」


 俺がそう言いながら、餃子の皮に案を包み込みそれをフライパンで焼く班に差し出した。


「浦木・・・・・・お前、料理上手いんだな?」


「そうか?」


 俺の事を嫌っていたはずのクラスメイトが目を丸くして、俺の作業工程を見つめる。


「お前、王将でも働けるよ」


 クラスメイトがそう言うと俺は「京都か大阪どちらかの王将を明白にしとかないと面倒な事になるぞ」とだけ言った。


 クラスメイトは意味が分からないと言った表情で、餃子の皮を包む作業をするが、思うように上手く行かない。


 確か・・・・・・こいつの名前は、平岡だったかな?


「平岡?」


「何?」


 名前は合っていたようだ。


「ヒダ作るのに苦労するなら三つだけ作って、焼きに回しても良いと思うぞ」


 それを言うと平岡は「手抜きにならねぇ?」と聞いてきた。


「いや、その点は言い出しっぺの責任になるからいいんだよ」


 そう言ったら、平岡は「奴か・・・・・・」と言って、にやりと笑いだした。


 その言い出しっぺの井伊は大きな袋を抱えながら、教室へとやって来た。


「おい、言い出しっぺ。お前も調理に参加しろ」


 俺が餃子のアンを皮に入れ、それを焼く班に回しながら、井伊に声をかけると井伊は「ポン酢に醤油に酢にラー油にマヨネーズを大量に買って来た為、遅れた。申し訳ないと思っている」と言って頭を下げた。


 そう言った、井伊に対して平岡は「おい、ポン酢、醤油、酢にラー油は分かるが、マヨを何で買ってくる必要がある」とドスの聞いた声で井伊に問い詰める。


「マヨネーズと餃子は・・・・・・合うんだよ!」


 何で間を置く必要があるんだよ、


 俺はそうツッコミたくなったが俺はひたすら皮にアンを入れて、包む作業を続けていた。


「いや、そんなマイナーな組み合わせを仕入れなくても、オーソドックスに醤油とラー油に酢入れればいいだろう。マヨネーズはあれだよ・・・・・・色物だよ」


 平岡がそう言うと井伊は「マヨネーズと餃子を一緒に食べると、ガーリック味のスナックみたいな味がするんだよぉぉぉぉぉ!」と言って、地団太を踏み始めた。


「井伊君、自分の好みを相手に、しかも、お客さんに押し付けるのは良くないと思うよ」


 焼きを担当する班の瀬口がフライパンで餃子をひたすら焼き続ける。


「じゃあ、みんな、食べてみろ、俺の正義が証明される」


「餃子ごときで正義語るとかお前の正義はとても小さなものに感じる」


 俺はそう言うと平岡に「食ってみろよ」とだけ言った。


 すると平岡は「やだよ、外れ引いたらどうすんだよ?」と言い出した。


 そんな中で井伊はさらに焼き上がった餃子一つを取り出し、マヨネーズをたっぷりとかけた。


「うわ~、かけちゃうんだ」


 瀬口がそれを見ながら、青ざめた表情を浮かべる。


 一部の女子からは「邪道・・・・・・」という声まで聞かれた。


「平岡、もし、マヨ餃子を食べてくれたら、休憩時間変わってもいいぞ」


 井伊がマヨネーズをこれでもかと餃子につけるのを見ながら平岡は「良いのか?」と言って、作業を止めた。


「あぁ、俺は試合まで時間があるからな?」


 井伊はそう言って、歯を見せて笑うが前歯には堂々と海苔がくっついていた。


 こいつ、別のフロアで磯辺焼き食っていたな?


 俺はそう思いながらも、皮にアンを詰める作業をこなし、焼きを担当する女子達にそれを配っていた。


「・・・・・・食べる」


「美味さで失神するなよ」


 そう言って、平岡は割り箸を取り出し、綺麗にそれを割る。


 そして、マヨネーズがこれでもかとかかって、どちらが本当のメインか分からなくなった餃子本体に箸を伸ばし、それを口に運ぶ。


 しばしの沈黙が教室に流れる。


「・・・・・・どうだ?」


 俺は平岡が餃子を噛み、飲み込む瞬間に被せてそう言うと平岡は「ヤベェ、マジうめぇ!」と言い出した。


 すると女子達からは「えっ、ウソ!」という声が聞こえてきた。


「ちょっと待て、それは本当か?」


 俺が確認の為に焼かれた餃子一つを皿に盛り、試しにマヨネーズをかけて食す。


「ちょっと、それは売り物だよ」


「後で大量に作る」


 食した結果、味覚にはニンニクとマヨネーズが見事に調和し食が進むなという感覚を覚えた。


 味としてはポテトチップスのガーリックマヨネーズと言ったところか?


「美味い」


 俺がそう言うと、井伊が「だろう?」と言ってきた。


「ちょっと待って、本当に美味いの?」


 そう言って、女子が俺や平岡から餃子を奪いマヨネーズをかけて食べる。


「本当だ、ウメェ!」


 クラス中が軽く、マヨ餃子フィーバーに陥っている中で瀬口は「みんな、手伝ってよ~」と言いながら、餃子を焼き続ける。


 すると井伊がエプロンを制服越しに着けた後に瀬口に「俺の出番だな」と言って、横に立った。


「手を洗え」


「あいよ」


 俺がそう言うと井伊は消毒用のアルコールのポンプで、手を消毒した。


「井伊、お前は餃子の皮の班」


 俺がそう言うと井伊は「なにぃ~! 俺のフライパンテクを学校中に轟かせようと思っていたのを貴様は!」と言って、地団太を踏み始めたが俺は「焼くのは簡単。皮を包む作業をやれ」とだけ言った。


 そう言った後に井伊は「うぅぅ~! フライパンテクニックが~!」と項垂れながら、俺の隣に立つ。


「ちなみに餃子にマヨネーズなんてどこで試したんだ?」


「大船の王将で年中やっていたら、店長から悲しい目で見られるようになったよ」


 そりゃ、自分の作った料理をいい具合にカスタマイズされれば悲しくなるだろうな?


 王将はチェーン店だけど、全店で店長が調理しているし?


 俺はそう思いながらも延々と続く、皮にアンを入れる作業を続けていた。


 すると、井伊は俺を上回るスピードでアンを皮に包む作業を正確にそして速く行っていた。


「お前、器用だな?」


「餃子は得意料理です」


 井伊がそう言って、ニヒルな笑みを浮かべるが俺は作業に集中することにした。


「じゃあ、井伊」


「何じゃい、平岡?」


 平岡はエプロンを外した後に「休憩時間本当に変わってもいいのか?」と聞いてきた。


「いいぞ、いいぞ! 存分に文化祭をエンジョイするがいい!」


 そう言いながら、井伊は「はっはっはっはっは!」と笑い始めた。


「じゃあ、休憩する」


 そう言って、平岡は教室を去った。


 すると焼き班の瀬口が「井伊君、いいの?」と聞いてきた。


「何がだい、真ちゃん?」


 井伊は高速と言ってもよいスピードで生の餃子を瀬口に差し出す。


「一時からと言っても、この後、試合あるんでしょう?」


 瀬口は心配そうに俺と井伊を眺める。


「まぁ、クラスにも試合あるって公言しているから大丈夫だよ」


 井伊がそう言った後に俺は「ちなみに俺はまだ投げられないから、ここに残る」とだけ言った。


 すると井伊が「あっ、監督が試合負けたらお前もフォークダンスやれってさ」とだけ言ってきた。


 そう言われた瞬間、俺は思わず、机を脚で蹴ってしまった。


「ちょっと、浦木君!」


「お前、物に当たるなよ」


 二人が俺を非難する中で俺は「あいつは俺に何の恨みがあんだよ」とだけ言った。


「まぁ、アイン」


「何だ?」


「試合の時はお前もベンチに入って、マネージャーとして最後の仕事しようぜ!」


 そう言った、井伊は「うん、うん!」と言って首を縦に振る。


 もう飽きたよ、その動作は?


 俺はそう思いながらも井伊には及ばないもののそれなりに速いスピードで生の餃子を作り続ける。


「・・・・・・ニンニクまみれで試合行くことになるな?」


「ほぅ、これが試合展開において有利にーー」


「ならねぇよ、どうやって息かますんだよ」


「体にニンニクの臭いが染みついているんだな?」.


 そのようなやり取りをしながら、俺と井伊、瀬口の三人は教室でひたすら餃子を作り続けていた。


 思ったよりも客足が多いのが救いと言えば救いのように感じ取れた、午前中だった。



 時刻が午前十一時半に差し迫ろうとする中で、俺と井伊はクラスメイト達に試合を行う為、餃子作りを一旦中断すると伝えた。


 すると同学年で柔道部に所属している、井手口が「お前ら、試合負けたらグラウンドでフォークダンスするんだろう?」と聞いてきた。


 俺はそれを聞くと井手口に「見たいか?」とだけ聞いてきた。


「お前ら・・・・・・負けろよ」


 井手口がそう言ってサムズダウンを俺達に行う。


「餃子は頼むぞ」


「おう、お前らは安心して負けろ」


 そんなに俺たちのフォークダンスが見たいか?


 俺と井伊はボストンバックを持って、教室から出ようとすると、瀬口がそこに付いて行く。


「餃子作らなくて、いいのか?」


 俺がそう言うと瀬口は「休み時間を貰ったから良い」とだけ言った。


「陸上部も何かしらの行事をやっているだろう」


 俺がそう聞くと瀬口は「陸上部は練習を優先して、文化祭には出店していないよ」とだけ言った。


 ストイックだこと。


 俺達、三人がグラウンドに着くと、すでに部員達がストレッチを行っていた。


「浦木、井伊、早く着替えろ~」


 主将の山南にそう言われた後に俺たちは「はい」とだけ答えて、部室へと向かった。


 ていうか、なんで俺まで着替えるんだ?


「俺まで、着替えるんですか?」


「監督命令!」


 そんなに俺にもフォークに加わってほしいか?


 林田に対する怒りが込み上げてきた。


「その監督はどこにいるんですか?」


「鉄道研究部の出し物に出ている。フォークダンスの件に自分が関わっているとなると、進退問題に関わるから、逃げて、趣味を優先したんだよ」


 あの野郎、いつか、マジでぶん殴る・・・・・・


 俺はますます、林田に怒りが込み上げてきた。


 すると、瀬口が横から俺の顔を眺めてくる。


「なんで、浦木君まで着替えるの? マネージャーじゃん?」


「俺をフォークに投入する為だろう。瀬口、言っとくが覗くなよ?」


「しません!」


 瀬口はそう言って、そっぽを向いてしまった。


「お前ら、痴話げんかは止めろよ?」


 井伊がニタニタと笑いながら、俺の顔を眺める。


 俺はとりあえず、井伊のテンプルにチョップをして、黙らせた。


「お前は、どこまでも暴力的な人間だよ!」


 井伊がそう言ったのを尻目に部室へ入ると柴原がユニフォームに着替えていた。


「・・・・・・お前のところのたこ焼き屋は繁盛しているみたいだな?」


 俺がそう言うと柴原は「おおぅ、関西仕込みの本場の味や? お前も来ればいいやろう?」と言って、自分の腰に手を回した。


 柴原が格好をつけたポーズを取りながら、そう言うと俺は「いや、お前が調理すると、食中毒起こす可能性があるからいいよ」とだけ返した。


 すると柴原は「お前等の餃子も食中毒起こす可能性あるやろう? ひき肉やし?」と言いながら、ユニフォームのベルトを締め始めた。


 俺達も学校の制服からユニフォームへと着替え始め、グラウンドへと戻ることにした。


「いや~、今日は晴れているな?」


「・・・・・・そんな中で夕方まで男同士でフォークダンスやろ?」


「確かに文化祭で皆が楽しんでいる中でそれは避けたいな?」


 三人でそのような会話をしていると瀬口と川村がグラウンドの外にいた。


「やぁ、勇者たち」


 川村がそう言って、手を振ると、井伊と柴原は鼻の下を伸ばして、手を振り返す。


 俺はそれには答えずにグラウンドへと向かって行った。


「浦木君、冷たーい」


 川村がそうむくれるが、俺は「北岡さんがいるから俺がいなくても問題ないでしょう?」とだけ言った。


 すると川村は再び「うぐっ!」と言って倒れてしまった。


「瀬口、脈あるか?」


 一応、生きているかの確認を瀬口に取ってもらったが、結果は「異常無し」との事だった。


 瀬口がそう言った後に「飽きたら、帰っていいぞ」とだけ言って、グラウンドへと入る。


「最後まで見るから!」


 瀬口がそう大声を張り上げると「俺は出ないぞ」とだけ返した。


 すると瀬口はサムズダウンをこちらに向けてきた。


 だが、その仕草とは裏腹に顔は満面の笑みに包まれていた。


「いいねぇ? 痴話げんかが出来る、彼女がいて」


「これはますます、正しいクリスマスを過ごす会を広めなあかんな?」


 二人が俺の耳元でそう呪文を唱えるようにつぶやくと俺は「鍋でも食っていりゃあいいだろう」とだけ言って、二年生たちに合流した。


「ちわーす!」


 俺がそう言うと、主将の山南から「お前は試合出ないだろうが、準備はしろよ」とだけ言われた。


「はい」


「お前、理不尽だろうけど、そうやって、堂々とふてくされるなよ。俺たちも大変なんだからさぁ?」


 俺は不服ながらも、軽く柔軟を始めることにした。


 井伊と柴原も同じく柔軟を始める。


「・・・・・・三年生が来ないな?」


 俺がそう言うと二年生達からも「確かに」や「そうだな」という声が聞こえ始めた。


 そう言う声が広まる中で木村は「そしたら、不戦勝でフォークダンスはお流れだな?」と言い出した。


「だが、この野次馬たちはどうするんだ?」


 林原が顎を出した方向を見ると文化祭にやって来た一般人に他校の生徒、行事の休み時間を利用して来た生徒たちがグラウンドの外で試合が始まるのを待っていた。


「何で、こんなに観客が大勢いるんだ?」


「そりゃあ、三年生には沖田先輩と金原先輩がいますからね?」


 木村に対して俺がそう言うと、時刻は十二時四十五分を超えようとしていた。


「遅いですね、三年生」


 俺がそう言った後に二年生たちは「あぁ・・・・・・」とだけ答えた。


「不戦勝! 不戦勝!」


「そしたら、フォークはお流れやな?」


 部員たちの間に緊張感と楽観論が入り乱れる中で、何か爆音が聞こえ始めた。


「・・・・・・今なんか、変な音聞こえませんでした?」


 俺が林原にそう言うと林原は「聞こえた」とだけ言った。


 それに追随するように木村も「俺も聞こえた」とだけ言った。


 すると井伊と柴原が「あっ!」や「あれ見ろや!」と言って指を差し始めた。


 するとグラウンドの外から三年生達がホンダ製のシャドウクラシックなどにまたがり堂々と二人乗りした状況で、グラウンドへと現れた。


 暴走族か、あんたたちは・・・・・・


「金原キャプテン」


 俺がそう金原に話しかけると「何だ?」と問い返してきた。


「学校って、バイクいいんでしたっけ?」


「校則にはバイクの免許に関して何も規定がないから大丈夫だろう?」


 沖田がバイクから降りると同時に俺は「そのバイク高そうですけど、どこから手に入れたんですか?」とだけ聞いた。


「それは秘密」


 俺は釈然としない中で今年の夏までにセカンドを守っていた山崎に「警察官を目指している人間が、二人乗りしていいんですか?」とだけ聞いた。


 山崎は神奈川県警に就職する為に採用試験を受けていたのだ。


 その山崎は「十二月に二次試験あるからまずいな」とこちらに笑みを浮かべた。


「でも、倉井はあいつ、陸自受かったらしいぜ?」


「あっ、倉井さんおめでとうございます」


 倉井は夏まで控えキャッチャーをしていたマッチョ野郎だ。

 

 すると倉井は自慢の筋肉を見せボディビルダーが取るようなポーズをしながら「一般曹候補生だ。俺はこれで晴れて下士官の身分が与えられる」と言ってきた。


 すると井伊が「通常の軍の階級でいえば伍長ですね?」と言ってきた。


「まぁ、最初は一等陸士からスタートだから、それまでに体を鍛える」


 そう言った倉井はひたすらボディビルの格好をし始めた。


「ところで、お前ら?」


 金原が鋭い眼光を此方に向ける。


「準備できているだろうな、心と体?」


 金原にそう言われた部員達は「ウェイ!」と大声を張り上げた。


「負けたら、フォークだぞ」


 沖田がそう言うと部員達は「俺達は女の子と遊びます!」と叫んだ。


「いいだろう? 女の子と遊ぶだけではなく、キムチと韓国のりに白米もくれてやるよ。俺たちに勝てたらな?」


 そう言った後に三年生たちは一塁側グラウンドへと向かう。


「金原先輩」


 俺が金原に声をかけると「何だ?」と怪訝そうな表情を浮かべてきた。


「そっちが後攻なんですか?」


「そうだけど、何の関係がある」


 大ありだよ。


 そうしたら、サヨナラ勝ちの権利が無くなるじゃないか?


 俺は内心ではそう思ったが相手が金原なので「いえ、なんでもありません」とだけ言って、金原の前から姿を消した。


 すると金原が「浦木」と声をかけていた。


「何です?」


 俺が振り返ると、金原が「試合やっている間、倉井とキャッチのリハビリでもやっていろよ」と声をかけた。


 あっ、それか?


 監督命令の理由。


 暇を持て余してないで、練習しろということだ。


 でも、個人的にはフォークに加わらないといけなくなるから、まだ、マネージャーでいたい。


「良いんですか?」


「早く復帰したいだろう?」


 金原がそう言って似合わないウィンクをする。


 まぁ、他人の試合結果をスコアブックに書いて人の結果に苛立つよりはましか?


 動きたいし?


 ただ、フォークだけは勘弁してほしいけど?


「お願いします」


「よし、お前は三年生側に来い」


 そう言った、金原は山南に対して「浦木借りるぞ」とだけ言った。


「えっ、アイン・・・・・・」


「うぉぉぉ! お前寝返りおったな!」


 そう柴原が激高すると、金原は「バカ、リハビリをするんだよ」とだけ言った。


 俺は三年生側のベンチに向かうと、すぐにマッチョ男、倉井の下に近づいた。


「陸自合格おめでとうございます」


「二回目の発言だが、サンキュー」


 そう言いながら倉井は座る。


「浦木、俺からの餞別だ。お前のリハビリにとことん付き合う。ただし、俺は外野で出るから、限られた範囲内だがな?」


 俺が三年生ベンチで試合を眺める中で、時刻は午後一時となり三年生と二年・一年合同チームがグラウンドに整列していた。


「よろしく、お願いします!」


 三年生の選手たちはそう声を張り上げた後に各ポジションへと散っていく。


 始まったな?


 主審は鬱に陥った、元マネージャーの山倉が担当する。


 ちなみに一塁、二塁、三塁の塁審は一年生の補欠が担当するのだが、金原には「贔屓のジャッジしたら、殺す」と念押し、というより脅されていた。


 そんな中で柴原が右バッターボックスに立つ。


「見てみい、ワシが恐怖のーー」


 三年生チームのエース沖田が投げる、スローカーブを柴原は見事に空振り、バッターボックスで転んだ。


「核弾頭や!」


 俺はそれを冷ややかに眺めていた。


 あのバカがレギュラーになった時点で、うちの戦力は大幅ダウンだな?


 俺がそう思う中でも、試合では柴原の打席が続いていた。


 時刻は午後一時を過ぎた辺りでグラウンドの周りを瀬口や川村を始めとする、野次馬の多くが囲んでいた。



 一回の表。


 二年・一年連合軍の攻撃は一番柴原が左の沖田が投げるスライダーを引っ掛けて、ショートゴロ。


 二番木村が三球でツーシームを引っ掛けてセカンドゴロ。


 三番木島がシュートを引っ掛けてファーストゴロとなった。


 打線代えた方が良いな?


 その後にゲームは一回の裏、三年生チームの攻撃となった。


 一番には夏にレフトを守っていた、原田が一番バッターとして右バッターボックスに立った。


 先発の井上はスライダーを原田に投げるが原田はそれを空振りする。


「あいつ、変化球は良いんだけどな?」


 俺はライトから戻ってきた、倉井とキャッチボールを始める。


「メンタルとコントロールの悪さが結果的にうちのチームの破滅を招いたんですね」


 立ちながらのキャッチボールを続けていると金属バットの甲高い打球音が聞こえた。


 三遊間の深い位置をショート柴原が取り、それを一塁へと投げる。


 結果はショートゴロとなった。


「あんな深い距離から、ノーバウンドで送球できるか?」


「まぁ、あいつ運動神経は良いですからね。知能には決定的な問題がありますが?」


 次のバッターは二番セカンドの山崎だ。


 山崎は井上が初球に投げたスクリューを見送ると、二球目のストレートを打ち、一塁線へのファウルとした。


「流し打ち狙いですか?」


「山崎は小技が得意だからな?」


 すると井上が投じた三球目は高めの釣り玉だが、それは山崎には通用しなかった。


 選球眼が良いからな・・・・・・


 俺はキャッチボールを行いながら、グラウンドで行われている試合を見ていた。


 すると、フェンス越しの隣に川村と瀬口が立っていた。


「・・・・・・何です?」


「ウラキクン、ガンバレィ」


 何故に片言の日本語で言うんだよ。


 川村が俺の顔がプリントされた小さな旗を二本両手で持って、それを振る。


「川村先輩、それは自作ですか?」


「うん、うれしいかい?」


「はっきり言って、キモイです」


 そう言うと川村は「ゴードン!」と言って、その場で倒れてしまった。


「瀬口、脈あるか?」


「図らなくてもあるよ、多分」


 俺と瀬口は呆れたと言わんばかりのため息を吐いていた。


「ちなみにゴードンって何?」


「何か、ガーンとかそういう意味の陸上部内で横行しているギャグ」


 つまらない、尚且つくだらないギャグが横行しているな・・・・・・


 俺は瀬口に「先輩つまみ出せ」とだけ言った。


 するとキャッチボールをしていた倉井が「お前は良いよな? 女とそうやって会話出来て?」と涙目でこちらを眺めていた。


「可愛い女性自衛官がいるでしょう?」


「いねぇよ! 自衛隊は男所帯だわ!」


 倉井がそう悲痛な面持ちで語ると、俺は「まぁ、警察、自衛隊フェチの女もいるから問題ないですよ」と言って、ボールを軽く投げた。


「お前、笑いながら俺の気にすること言うなよ?」


「悪いですか?」


「お前が人に慣れてくると結構失礼な奴だと言うことは分かった」


 そのようなやり取りをしていると甲高い打撃音が聞こえた。


 気が付けば、山崎はすでに出塁していて、二塁へ行き、一塁には井伊にファーストのレギュラーを奪われた大沢が一塁ランナーとして出塁していた。


 そして四番キャッチャーの我らが鬼主将、金原が打席に立つ。


 よく見ると、井伊と何か会話をしている。


「何の会話をしているんですか?」


「井伊に脅しを入れているんだよ」


 言われてみれば、そう見えるな・・・・・・


 俺がそう思いながら、倉井とキャッチボールを続けていると、瀬口が「川村先輩、どうする?」と聞いてきた。


「この場にいたら、風邪ひくから、バックネット行けよ」


「浦木君、がんばってね?」


「俺は試合に出ないよ」


 そのようなやり取りをしていると、瀬口は倒れた川村を抱えて、バックネット裏へと向かっていた。


「良い彼女が出来たな?」


 倉井が涙目でこちらを見てくる。


「・・・・・・ドンマイ」


「うるせぇ!」


 涙目の倉井を見ながら、笑みを浮かべていた俺だが甲高い金属音がその楽しい時間から現実の空間へと俺を引き戻していた。


 金原が走者一掃のツーベースヒットを打ったのだ。


 すると観客からどよめきと共に金原コールが湧き出た。


「また、先制されたよ」


 俺がそう言うと倉井が「お前、怪我、治して来年エースになれよ」と静かに言った。


「まぁ、怪我、治したらですね?」


 俺がそう言って倉井にボールを投げると、バックネット裏から双眼鏡で瀬口がこちらを眺めているのを知覚した。


 俺はそれに気づくと手を振った。


 すると瀬口は微笑を浮かべ、此方に手を振っていた。


「・・・・・・お前は彼女いて良いよな?」


 倉井が再び涙目を浮かべたのを見た俺は「打席近づいていません?」と言って、ボールを投げ続けることにした。


 倉井はそれに気付くと、バットを持ち、すぐにネクストバッターズサークルへ向かった。


 一方でグラウンドの様子は、観戦している大衆の熱狂とは別に気温はとても冷たく、木枯らしが吹いていた。



 試合はその後、二回の表に入ったが、変則サイドで尚且つ左の沖田の変幻自在な投球を二年・一年連合軍は打ち崩すことが出来ない状況が続き、四番林原は内角のツーシームをショートゴロ。


 五番井伊はスクリューに空振り三振。


 六番山南はスライダーを引っ掛けて、ファーストゴロに陥り、連合軍はここまで〇点に抑えられていた。


 一方の三年生チームは先発井上の毎度の様な乱調により、四番キャッチャーの金原以降も打線が爆発。


 二回の裏に一挙、四得点を挙げ、スコアは六対〇で三年生チームがリードしていた。


「確か、文化祭の時間の都合上、イニングは六回までですよね?」


 俺がキャッチボールを倉井と行っていると、倉井がニタリと笑いながら「時間はねぇぞ」とだけ言った。


「・・・・・・そんなに彼女欲しいですか?」


 俺が笑いながらそう言うと、倉井は「お前、本当に人の苛立つことを言い当てることにかけては天才的だな?」と言って、ボールを投げ返してきた。


 そのボールはいつになく力強かった。


 その後にゲームは三回の表に入ったが、七番坪内、八番八田、九番井上がゴロアウトとなり、早くも三回の連合軍の攻撃は終了。


 試合開始からの所要時間はここまで三十分も経っていない。


「沖田先輩、完全試合でも狙っているんですかね?」


「まぁ、文化祭の試合で下級生相手にそんなことしても、大人げないとは思うがな?」


 倉井とキャッチボールを続けていると、突然「座るか?」と聞かれた。


「まだ、肘が回復していないので、立ちで」


 俺がそう返答すると、倉井は「そうか・・・・・・」とだけ言った。


「何か言いたいことあります?」


 俺がそう言うと、倉井は「・・・・・・力を抜いて丁寧にボールを投げているという影響もあると思うがな?」と切り出す。


「何です?」


「夏の時よりもコントロールが良くなっている」


 それを聞いた時、俺は思わず耳を疑った。


 俺にとって、コントロールはアキレス腱とも言えるほどの弱点だったからだ。


「そうですか・・・・・・」


「肘の状態が良く成り次第、インコースだけじゃなくて、アウトコースへの制球も覚えれば、結構、コントロールはましになると思うよ」


 倉井がそう言って、ボールを返球すると「それに比例して、球威も戻ればいいんですけどね?」と俺は答えた。


「夏まで、時間が有るから考えてみろよ」


 するとグラウンドから甲高い金属音が聞こえる。


 三回の裏の三年生チームの猛攻が止まらないのだ。


「まさか、本気で圧勝を目指すのか?」


 俺がそう独り言を言うと倉井は「セレモニー的な試合と思っていたか?」と言って、ほくそ笑んでいた。


「あぁ見えて、あいつら、河川敷で練習していたりしたんだよ。この日の為に?」


 ボールの返球を受け取ると、俺は「後、二回しか、攻撃が残されていないじゃないか?」と呟いてしまった。


「頑張れよ、フォークダンス」


 倉井がそう言うと、同時に俺はボールを投げつけるが、倉井はほくそ笑みながらすぐにボールを返球してきた。


 時刻は一時三十五分で、二年・一年連合軍は未だ無得点。


 俺の中で男同士のフォークダンスと言う恐怖のイベントが脳裏に浮かび、思わず唇を噛みしめるしかなかった。



 悪夢のような光景の中を俺は過ごしていた。


 井伊と手を取りながら、独特の牧歌的な空気を演出する、オクラホマミキサーのテーマに乗せて、野球部の一・二年がユニフォームを着たまま男同士で踊っていた。


 試合の結果はやはりと言うか、予想できたと言うべきか試合のスコアは六対〇のまま、沖田が六回を投げ切り、完全試合を遂げてしまった。


 その結果、敗北した俺たちは公約通り、グラウンドでユニフォームを着て、汗まみれの状況でフォークダンスをする事となった。


「くっ、屈辱的すぎるわぁぁぁぁ!」


 そう言いながら、柴原は木島と手を取りダンスをしていた。


 井伊は「俺は女の子とダンスしたかったなぁ・・・・・・」と言いながら、俺と手を取り、ステップを踏む。


「いいぞ、お前ら」


「中々、様になっているじゃないか?」


 沖田と金原を始めとする、三年生達はキムチや韓国のりを白米に乗せ、それを食べながら俺達を指差し、嘲っていた。


「うぉぉぉぉ、あの野郎ども!」


 井伊は怒りを露わにするが、俺が「先輩だから」と言ってなだめると「ぐぬぅ!」とだけ言って、フォークダンスを続けていた。


 するとグラウンドの外には俺や井伊と同じクラスの井手口と平岡が大爆笑しながら、スマートフォンで動画を取っていた。


 俺はこの時、本格的に屈辱と言う感情を抱いていた。


「お前ら、動画に拡散したら殺すぞ」


 俺が井手口と平岡の二人を睨み据えていったが、二人にはそれが聞こえていないのか、延々と爆笑しながら、スマートフォンで動画を取り続けていた。


「浦木君、ガンバレ~」


「ウラキクン、ガンバレェイ!」


 瀬口と川村は俺の顔がプリントされたお手製の旗で俺の応援・・・・・・


 というよりは冷やかしを行っていた。


「お前ら、覚えていろよ・・・・・・」


「アイン、その発言をすると俺を制する権利は無いぞ」


 井伊にそう言われた俺は怒りを何かにぶつけたい気分だったが、そこに三年生と井手口と平岡の嘲笑している様子が目に入り、俺は思わず井伊の頭を叩いた。


「ヒ・・・・・・デ・・・・・・ブ」


 井伊は叩かれた後に倒れた。


 その様子を隣で見ていた、柴原と木島は「理不尽や・・・・・・」や「同感」とだけ言って、俺と目を合わせずに淡々とフォークダンスを行っていた。


 井伊が倒れた中、相手を失った俺は井手口と平岡目がけて、歩いて行った。


「お前ら・・・・・・」


「いや、お前・・・・・・公約だろう!」


「意味なく犠牲者を増やすなよ!」


「うぉぉぉぉぉぉ!」


 そう言って、俺は井手口と平岡に飛び蹴りを噛ましたが、二人は大急ぎで逃げ出し、俺はそれを追いかけ始めた。


「浦木ぃぃぃぃ! 悪かったぁぁぁぁぁ! 動画消去するからぁぁぁぁぁぁ!」


「お前ら、今、俺のこと笑ったろ!」


 俺がそう怒鳴ると「それ、仮面ライダーカブトで聞いたセリフ!」と言いながら、井手口が必死の形相で逃げる。


「黙れぇぇぇぇ! お前ら、絶対殺す!」


 俺はそう言いながら、井手口と平岡を追い回す。


 秋空が広がる中で瀬口と川村が腹を抱えて笑い、三年生たちもそれに同調していた。


 嫌いだ・・・・・・


 文化祭なんて。


 俺は井手口と平岡を追い回しながら来年の文化祭は何とか欠席しようと思い始めていた。



 時間はあっという間に過ぎ、季節は冬となり、俺はその期間に関してはキャッチボールと下半身のトレーニングを続け、夏の大会での復帰に向けて、着々と準備を進めていた。


 練習はそのような感じだったのだが、クリスマスと正月が大変だった。


 瀬口自体は俺と二人で過ごしたかったらしいが、瀬口の父親である裕次が『それはならん!』と言って、最初の段階では、瀬口の家に俺が御呼ばれすることになっていたが、どこで俺に彼女が出来た情報を手に入れたのか、俺の父親と母親が『相手のお父様やお母様と話がしたい』と言い出した。


 大事にならなければいいと俺は思っていたが、結果的には俺の両親と瀬口の両親が横浜の百貨店のレストラン街にある、懐石料理店で会談をして、俺と瀬口の二人は同懐石料理店で両親の会話を緊張しながら聞いていた。


 結果はお互いの両親が「プラトニックで健全な学生としての交際」を求めるという事で一致した結果、俺と瀬口の交際は両家族の公認と言う形を得た。


「何か、最後まで政治の話し合いみたいだったね?」


「まぁ、結果的に決裂せずによかったよ」


 俺と瀬口はそう言った後に桜木町にある横浜の映画館へ行き、ハリウッドの映画を見た。


「やっぱり、時代劇が良いな?」


 瀬口がそういう感想を述べると俺は「確かにあの映画はバトルシーンばかりに金をかけて、脚本がお粗末だったな?」とだけ言った。


「でも、日本映画はセリフを多くして、予算を浮かせるのが常とう手段だよ?」


 瀬口はホットドックを食べながら、言い放った。


「ハリウッドは予算が潤沢だから、即、アクションが出来るんだよ。日本は法整備や映画の資金の問題で、戦闘シーンが中々作れないからな・・・・・・まぁ、動画配信全盛の時代だがな? 俺はスクリーンで見たいが?」


 俺はそう言いながら、瀬口と同じホットドックを頬張る。


「・・・・・・今度は時代劇でお願いします」


「ごめんな、つまらない映画見させて」


 俺がそう謝ると、瀬口は「はい、これプレゼント」と言って、本のカバーを送って来た。


 カバーはクリスマス風の絵柄が描かれていた。


「じゃあ、これを」


 それを受けて、俺は小熊が描かれたマグカップを渡した。


「・・・・・・」


「気に入らないか?」


「次回は、時代劇関連で」


「・・・・・・分かったよ」


 今回のクリスマスで分かったことは俺にはプレゼントを選ぶセンスが無いという事だ。


 そう言って、二人で手を繋いで横浜の街を散策した後にハンバーガー店に入って、映画の感想や、井伊と柴原は今頃、下宿先において鍋でもやっているのだろうと話をして、夜六時になると同時に俺は瀬口を大船の自宅まで送り、その後は一人で北鎌倉へと帰って行った。


 そして、正月だが・・・・・・


 この時期、井伊は高知、柴原は大阪に帰り、俺は瀬口と一緒に鎌倉八幡宮へと参拝をする事になった。


「浦木君、何を祈る?」


「俺の周り限定での世界平和とか?」


「・・・・・・極めて、何とかファースト的な願いだね?」


「そういうお前は、どうなんだよ?」


 俺達は参拝客が多くいる中で、最後尾へと並びながら、そのようなやり取りをしていた。


「浦木君が甲子園へ行って、私もインターハイに出て、二人で大阪へ行けますようにって?」


 瀬口がそう言うと俺は「あぁ、今年のインターハイは大阪か? どうする? たこ焼きでも食うか?」とだけ言った。


「良いかもね、串揚げとかも食べたいな?」


 そのようなやり取りを行っていると、いつの間にか八幡宮境内へと入った。


 中では神奈川県警と地元の警備会社による雑踏警備が行われていた。


 地元の警備会社のユニフォームは近くの女子大生たちには「サンタさんみた~い!」と言われ、好評のようだが、俺には旧ソ連創設当初の歩兵のような風貌をしていて、伝統的なアメリカ人を父に持つ俺としてはあまり好意的には思えなかった。


「あれは、旧ソ連的な感じがして、どうかと思うがな?」


 俺が瀬口にそう言うと瀬口は「まぁ、なんか漫画の軍隊チックな制服だね」とだけ言って、それ以上は言及しなかった。


 その後に本堂へと移動して、賽銭を入れ、願い事を唱えた後に二人でおみくじを引く。


 俺は小吉で瀬口は凶だった。


「俺は事業の運は良いみたいだな?」


「私は学業が駄目みたい・・・・・・」


 二人でそのようなやり取りをした後に小町通りへと出て、二人でおしるこを食べた後に歩いて大船まで行き、例によって、栄区にある瀬口の自宅まで送って、俺は北鎌倉へと帰って行った。


 その後に、一月の四日には井伊と柴原が戻ってきて、練習も再開されていた。


 そして時が流れて、四月。


 新年度が始まり、俺は二年生となった。


 入学式を終えて、すぐには春の県大会が控えているが、俺は林田から事前にベンチ入りから外すと言われたので、納得のいかない気分だった。


 ちなみに去年の秋の県大会で早川高校はベスト八に入ったので、春の県大会では第二シード扱いだ。


「いや~、アイン、ついに俺たちは後輩を抱えることになる」


「お前等、後輩出来たからってあんまりいじめると後で、手痛いしっぺ返し喰らうぞ」


 俺がグラウンドでスパイクを直しながらそう言うと柴原が「手痛いしっぺ返しって、例えばなんや?」と聞いてきた。


「まぁ、物理的に格闘技が強いとか、とんでもなく頭が切れて、大人になると同時に俺達と比べて社会的な立場に違いが出るとか?」


「それは逆襲される可能性があるわな?」


 俺達がグラウンドへ入ると新入生と思われる一年生たちが練習用の白いユニフォームを着て、グラウンドに並んでいた。


「いや~、一年前は監督いなかったことに驚いたわ~」


「思い出すなぁ、アインとの運命的な出会い・・・・・・」


「あれだろう『ミーはおフランス生まれの浦木アインザンス~』とか?」


「さらに言えば『ミーは帰国子女で金持ちザンス!』とか?」


「思い出すなぁ~、そんなイヤミな感覚を覚えた出会いをーー」


 俺はそれを聞いた瞬間に柴原の足をスパイクで思いっきり、踏みつけた。


「ぎゃ~! 新手の暴力や!」


 そう言った後に俺は井伊の腹にスパイクでドロップキックをかます。


「止めろ~! 暴力からは何も生まれない!」


「黙れ、俺はいつからフランス人になった」


 俺と井伊、柴原がグラウンドで追いかけっこを始めると主将の山南が現れて「お前ら、先輩になっても変わらないな・・・・・・」と呆れ返ったという表情を浮かべていた。


「それ以前にアインの暴力的な態度を何とかしてください!」


「そうや! そうや!」


 井伊と柴原がそう言うと山南は「浦木、後輩には優しくしろよ」とだけ言ってきた。


「まぁ、努力はしますが、相手の態度によります」


 そう言った俺に対して、山南は「お前がどこまで行っても、主戦的な考えを止めないのが理解できたよ」とだけ言って、拡声器を取り出してきた。


「おっ、主将のスピーチや!」


 そう言った柴原は直立不動の姿勢を取り俺と井伊もそれに続く。


「一年生のみんな、よく入部してくれた」


 山南がそう言うと、一年生達は緊張した面持ちで山南の発言を聞き入っていた。


「去年の夏の甲子園では僕たちはーー」


「お前ら、演説長くても寝るなよ?」


 井伊と柴原にそう言うと、二人は「ワシらはそんなことせん」や「お前がそれを言うなよ」というセリフを吐いた。


「まぁ、あまり先輩ぶらないことだな、俺たちは」


「舐められるのも、考え物やけどな?」


 俺たちはそのようなやり取りをしながら、


 山南の演説を形だけ聞いてきた。


 春の陽気の中で、俺は直立不動の姿勢を崩さなかった。


 瀬口の願い事を叶えられたらいいかな?


 結果はどうなるかは分からないが、俺は瀬口の願いを今年の夏に叶えられるかどうかを考え始めていた。


 そう思う、俺を尻目に山南は熱弁をふるい続ける。


 演説なげぇ・・・・・・


 そう感じる中で春とは言え、気温が高く、俺の体中から汗が伝ってくるのを感じ取れた。


 熱中症にならないかな?


 そう思うと、山南の演説がひどく鬱陶しいものに思えた。



 新一年生の入部から一週間が立ち、各新入生のある程度の実力も把握できた。


「大半は軟式出身か?」


 アメリカでは基本的に幼少期から硬式ボールを使う。


 それにより硬式に慣れている俺と、シニア出身の井伊、柴原は硬球の扱いには大きな問題は無いが、今年の一年生は通常の中学の野球部、いわゆる、軟式野球出身者が多い為、ノックを行うにしてもほとんどが硬球を怖がっている様子が伺えた。


 俺は一年生たちが柴原の行う、ノックの様子を井伊とブルペンで見守っていた。


「アイ~ン、早く投げろよ~」


 井伊がそう言いながら、ミットを叩く。


「柴原って、ノック上手いな?」


「あぁ、後輩をいじめる機会が出来て、燃えているんだろう?」


 陰湿な奴め・・・・・・


 普段、先輩達からイジられているからと言って、後輩に同じ事をするのは体育会系の社会の処世術としてはよくある事だが、俺は上級生を反面教師にしてあまりそれには加わらないことを心に誓った。


 後輩の態度が悪くなければという条件付きだが。


「お前等、硬球を怖がっていたら、話にならんわ!」


 そう言って、柴原は一年生が取れるギリギリの距離にわざとボールを打つ。


「根性を見せいや、根性出せば捕れる! こんなもん!」


 俺はその光景を苦笑いしながら見て「根性とか、若者が口にする言葉じゃないだろう?」とだけ言って、井伊とキャッチボールを始めた。


「いや、中には根性ややる気があれば何でも上手く行くと思っている奴もいるぞ」


「あれだろう? マイルドヤンキーって奴な?」


 マイルドヤンキーとは一般的には論理を嫌い、根性とやる気があれば何でも出来るをモットーに地元の仲間と家族を中心とした人間関係を重視する若者たちのことで、大体、地方のお祭りで主軸を張っていることから、最近は政治家連中も地元振興の為に利用をしようかと検討を始めた勢力だ。


 もっとも、俺から言わせれば地元に籠る人間は単純に自分の能力に自信が無いから既存の人間関係にこだわるのではないかと思えるが・・・・・・


 そう思いながら、キャッチボールをしていると井伊が突然座り始めた。


「よし、アウトコース」


「冬の間はそれを重点的にこなしていたからな?」


 俺は井伊が構えたアウトコースギリギリを目がけて、ノーワインドアップのトルネード気味の投げで井伊の構えているミット目がけてボールを投げた。


 結果はストライクだ。


「走り込みと、徹底したコントロール練習で制球力が向上。ただ、球威がなぁ?」


 井伊がそう言うと俺は「球速もまだ低いんだよな?」とだけ言った。

 

 すると井伊は「球速のアベレージにあまりこだわるなよ」と言って、ボールを返球する。


 するとグラウンドでノックする柴原が「きっ、貴様・・・・・・その打球を取るか!」という叫び声をあげていた。


 俺は投球練習を止めてその方向を見ると、おかっぱ頭をした、小柄な男子がセカンドの守備位置に立っていた。


「もう一度やるで!」


 そう言って、柴原は二遊間の深い打球を放ったが、おかっぱ頭のセカンドはそれをキャッチし、一塁へと投げた。


 周囲からは「おぉ~!」という歓声と、拍手がこだまする。


「いいじゃないか、あのセカンド」


「だな?」


 俺達が見守る中で柴原は「お前守備えぇな、名前は?」とおかっぱ頭に聞く。


「黒川敬と言います」


 黒川と名乗ったおかっぱ頭は鋭い眼光を柴原に向けた。


 背の小ささが致命的だが、男から見ても中々のハンサムだと思われる。


 しかし、どこか反抗的な態度が伺える点がマイナス要素だなと俺には思えた。


「シニアの出身なんか?」


「いえ、軟式です」


「軟式でここまでのボールを怖がらへんな、すごいわ」


「ここにいる連中が全員下手なだけです」


 そう黒川が言いだすと、雰囲気は一気に変わった。


 周囲の一年が「お前、今何て言った!」や「ちょっと守備が上手いからって調子に乗るなよ!」と黒川に罵詈雑言を浴びせ始めたからだ。


「仕方ないだろう、本当のことなんだから?」

 

 そう言って、黒川は肩をすくめる。


「お前!」


「殺すぞ!」


 そう言って、一年生たちが黒川の胸倉を掴むと柴原が「お前等、私闘は禁じると言ったやろう!」と怒号を飛ばす。


 新撰組じゃないんだから、私闘とかさ・・・・・・


 俺はそう思いながら、仲裁に入る為に井伊と共にグラウンドへ降りたが、一年生の内の一人が「止めろよ」と言い出すのが聞こえた。


「何だと?」


「お前もこいつの味方か?」


 そう言って、一年生たちはある一人を標的にする。


「こいつの言動は確かに腹が立つが、実力があるんだ。結果が全てだとすればこいつの言うことは正論だ」


 その一人が冷静かつ早口にそう言うと「お前黙れよ!」と一年生の一人が手を上げようとする。


 俺はその一年の胴体にボールを投げつけ、制止した。


「ウゲ!」


 一年生の一人がそう言って倒れた後に全体でざわめきが起こる。


「浦木、お前・・・・・・凄い肩と制球力やな?」


 柴原はそう言うが、井伊は「ついに一年生にもアインの暴力の魔の手がぁ!」と言い出した。


「口で注意を勧告しても分からない奴の対処法は二つ。無視するか、実力行使するかだ」


 俺がそう言うと、一年生たちは恐怖に怯えた目つきで、沈黙を保っていた。


 その中で黒川と名乗ったおかっぱ頭は依然として反抗的な目つきを改めず、攻撃されかかっていた一年は無表情のままだ。


「今の時代、実力行使は学生間では大問題だ。よって、俺が取る行動は前者だ」


「いや、めっちゃ、実力行使しているやん、自分?」


 俺が柴原にそうツッコまれる中で一年生たちは無言のままだ。


「だが、これだけは覚えておけ、高校野球はプロではない。教育の一環だ。強者だけが正しいとは思うな」


「いや、お前は教育を語れないほどにランボーしているがな?」


「大体、アインは新自由主義の信奉者だから、弱肉強食じゃない、教育を訴えても説得力ないぞ?」


 俺が二人を睨みつけると、一年生たちが恐怖に怯える。


「恐怖政治や」


「北朝鮮もびっくりの超恐怖政治だ」


 俺が井伊と柴原を睨みつける中で、黒川と攻撃されていた一年は俺に一瞥を投げかける。


「何だ、言いたいことがあるなら言ってみろ」


「それ、パワハラやがな?」


 柴原を無視して、俺がそう言うと黒川が「実力ある者が排除される社会は間違っていると思いますが?」と言い出す。


「黒川って言ったか、名前?」


「はい」


 黒川は挑戦的な目つきで俺を睨む。


「窮鼠猫を噛む。弱者をあまり追いつめ過ぎると、自分の身に危険が及ぶことも考えておけ」


「その言葉はお前に返すで?」


 俺はとりあえず、柴原の顔面に全力で左ストレートを放った。


「お前はさっきから、俺に茶々入れやがって?」


「止めろぉぉぉぉぉ! 暴力では何も解決しない!」


「見てみい、お前のグーパンで新兵共が恐怖に震え・・・・・・」


 そのまま、柴原は倒れた。


「柴ちゃ~ん!」


「三流芝居ですね? 先輩?」


「あぁ、こいつらはそういう役割さ?」


「あなたも乗り気じゃないですか?」


「何だと?」 


 俺がそう言うと、先ほど攻撃を受けていた一年が「自分は黒川と意見は同じです」と言い出した。


 そう言った一年に俺は「お前、名前は?」とだけ聞いた。


「止めろ、パワハラ体質!」


「お前は黙っていろよ」


 井伊に拳を見せると、井伊は「柴ちゃん、しっかりするんだぁ!」と言い出した。


「あぁ~、お花畑が見えるわぁ・・・・・・そこには・・・・・・おばあちゃんがおるぅ~、おじいちゃんと一緒に金唾を持っていて、こっちにおいで言うとるわぁ~」


「柴ちゃん、金唾目当てで、渡ったらダメだぁ! この世に戻って来れなくなるよ!」


「あぁ~、懐かしいわ~」


 とりあえず、バカ二人は無視して、俺はもう一人の一年生に相対す。


「名前は?」


「神崎功と言います」


 そう言うと、俺は「神崎ってどこかで聞いた名前だな?」とだけ言った。


「自分はプロを目指しています。その為、自分は成果主義であり、実力こそが正義だと感じておりーー」


「ここまで、事態をごちゃごちゃにして、よく言う」


「いや、半分、お前がぐったぐったにしただろう。犠牲者出ているし?」


 井伊がそう言うと、俺は「まだやるか?」とだけ言った。


「柴ちゃ~ん! カームバーク!」


 とりあえず、二人を無視して、俺はあえて射るような目で、黒川と神崎を見据えた。


「そうは言っていません。教育という理由で、実力を持った人間が冷遇されるという事態と言うのはとても歪んでいるとーー」


「それには異論は無いが、この状況を作り出しておいて、よくーー」


「主犯はお前やぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 柴原が跳び起きると、すぐにボディを殴った。


「ぐふぅ!」


「お前、ひどいぞ!」


 井伊が柴原を介抱する。


 その様子が目に入っていないのか、神崎は拳を握りながら「そう言っているわけではありません」とだけ言った。


 すると黒川が「コントが大好きな浦木先輩達を始めとする上級生と俺たち、一年が紅白戦で戦うと聞いています」と言い出した。


 そう聞くと、一年生達が「黒川、いい加減にしろよ」という声を上げた。


「マジでこの人はヤバいから!」


「半殺しどころか、そのままこの世に戻れなくなるかもしれないから!」


「お願いだから、止めて! 一年一同の総意で言うよ! 命に関わるから、止めてぇ!」


 しかし、黒川はそれらの声を無視してこう言ってのけた。


「俺たちの正義と浦木先輩の正義、どちらが正しいかを野球で審判に賭けませんか?」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 開戦宣言!」


「お前、この人の暴挙、見ただろう! 一番、戦争を起こしちゃいけない、ヤバい人だよ!」


「俺は知らないよ! 知らないったら、知らない!」


「・・・・・・一年たちが恐怖に怯えている」


「暴君や、暴君による恐怖政治が敷かれ始めているわ!」


 井伊と柴原が頭を抱え、一年生たちが恐怖に震える中で俺は「正義って言葉を安々と使う時点で、お前ら、二人は何も見えていないんだよ」とだけ言って、ブルペンに戻ることにした。


「井伊、投球練習を続けるぞ」


「お前! 責任取れぇ!」


「何を格好良く収めようとしているんや! これで部員減ったら、大問題や!」


 俺が一年生たちに背を向けると「いけませんか? 正義という言葉を使って!」と黒川が叫び出す。


「お前も凄いねぇ! これだけの惨事引き起こした相手に一歩も引かないんだもん!」


「マジで新学期早々に一波乱起きたわぁ・・・・・・監督がいたら、とんでもないことになっていたわぁ」


 俺はそれらを無視して、ブルペンへと向かって行った。


 春だと言うのに、まるで夏の様な体感を感じさせる陽気だった。


 一方で一年生たちはまるで極寒の中にいるかのように身体を震わせていた。


「お前、マジで極悪」


「いい、見せしめになったろう? 一年には手を上げていない」


「いや、冒頭で手を挙げているだろう。ボール投げて? パワハラだよ。お前は間違いなく、パワハラで更迭されるぞ」


 井伊がそう言いながら、ブルペンに着いていく中で柴原はいきなり倒れだして、吐しゃ物を吐き出した。


「おろろろろろろろぉぉぉぉぉぉぉ!」


「今頃、ボディが効いたか?」


「マジで明日、部員来なくなるんじゃないかな?」


 井伊が泣きながらそう言う中で、俺はボールを握り始めた。



 黒川や神崎の凶暴とも取れる〝正義〟とやらを見せつけられた後に俺はブルペンで井伊と投球練習を続けていた。


 その間、一年は基礎体力練習のランニングを続け 柴原は保健室に運ばれ、井伊は俺の球をひたすら受け続けていた。


「井伊、バッティングやらなくて良いのか?」


 俺がそう言うと井伊は「お前の暴挙の影響でモチベーションが下がった!」と言い出した。


「二年になって、お前にツッコミを入れる日が来るなんて、思いもしなかったよ? 柴ちゃんは保健室でゲーゲー吐いているし?」


「行かないのか? バッティング」


「・・・・・・行こうか?」


 そう言って、二人でブルペンの整備を行った後で金属バットを手に取りバッティング練習へと向かった。


「うぉぉぉ、見てみい、後輩ども!」


 柴原がそう奇声を上げながら、バッティング練習をしている。


「ワシが早川の恐怖の核弾頭や!」


 柴原がそう言うと木村と林原が「よっ、テポドン!」と言って、柴原を冷やかす。


「元気じゃねぇか? あいつ?」


「あれ、おかしいなぁ? さっきまでゲーゲー吐いていたのに?」


「ふはははははははは! 出すもん出して、身体が軽くなって、絶好調やでぇ!」


 そういう理屈ね?


 さすが、ゴキブリ並みの生命力を持つ、不死身の男だ。


「バッターボックスは開かないのかな?」


 井伊がそう言うと、俺は「あの不死身のバカが占領しているからな?」とだけ言った。


 すると、そこにキャプテンの山南が浮かない表情でやって来た。


「キャプテン、練習しないんですか?」


「それどころじゃないんだよ」


 山南がうろたえた表情を浮かべる。


「どうした、キャプテン」


「辞任するなら、俺にバトンタッチしろよ」


 木村と林原がそう言うと、山南が「何でも、今年のマネージャー応募者が女子しかいないらしい」とだけ言った。


 それを言うと、木村と林原は「えっ!」と驚きの声を上げ、柴原はバッターボックスから「何! 女子やと!」と大声で叫び、


 井伊は「いやったー!」と歓喜の声を上げる。


「それは、代々男子のマネージャーしか受け入れないという、うちの方針に反するんじゃないですか?」


 俺がそう言うと山南は「選手と色恋沙汰になってトラブったら大変だしな?」とだけ言った。


「数は?」


 林原が山南に問う。


「三人だ」


 木村はそれに対して口笛を吹く。


「三人も女子が入るんか!」


「我が世の春が来た!」


 タンエーガンダムのギム・ギンガナムのセリフが出たよ・・・・・・


 俺は井伊と柴原の発言を無視することにした。


「でっ、監督はどうするんです?」


 俺がそう聞くと、山南は「監督は三人の女子に試験を課したらしい」と言い出した。


「なにぃ~!」


「そんなことしたら、女子マネパラダイスが無くなるやんか!」


 柴原はバッターボックスで絶叫する。


 いい加減、降りろよ。


 そこから・・・・・・


 俺は出来れば手元にある金属バットで未だ、バッターボックスを占拠する柴原を撲殺したい気分に陥っていた。


「テスト内容は?」


「うちは代々、マネージャーには適正テストと題して、統計の基礎や野球のルールや用語まで試験に出してきたからね」


 山南がそう言うと、俺は「そうなんですか?」とだけ返した。


「去年は三年の引退に伴って、超緊急的措置で浦木に試験無しでマネージャーをやらせていたが・・・・・・」


「女子にマネージャーをやらせることがそんなに心配ですか?」


 俺がそう言うと木村が「大昔にマネージャーが部員の一人と付き合い始めて、統制が取れなくなったことを林田ちゃんが抑制しようとしているんだよ」とだけ言った。


「抑制?」


「そのマネージャーがどうやら美少女で、野球部のアイドルだったらしいが補欠の部員と付き合いだして、野球部の士気が低下し、中には自暴自棄に陥った部員もいたらしい」


 ひでぇな?


 女で自暴自棄になるとか?


 俺がそう思っていると井伊が「それだけの美貌なら、俺も会ってみたいですね?」と言い出した。


「そんなに女子との色恋沙汰を嫌うなら、ブスを女子マネにしたらどうや!」


 そう言いながら、柴原はバッティング練習を続ける。


「お前、コンプラ違反」


「お前やろう! 別の意味でコンプラ違反!」


 俺は柴原の打球音が聞こえる中で「おい、お前バッティング交代しろ」とだけ言った。


「黙れぇい! ワシは今、調子が良いんや!」


 そう言って、柴原はバッティング練習を止めない。


「ちなみに柴原案は俺も提案したんだけど、監督に凄い怒られたよ」


「でしょうねぇ?」


「『倫理上そういう差別的な人選は出来ない』ってさ?」


 まぁ、確かに国際的には人の容姿の事を話題に乗せる事はあまり褒められたことではないらしい。


 現にウチの野球部が代々、男のマネージャーを受け入れてきたのはマネージャー=チームのアイドル的な物では無く、もっと実用的な存在として見てきたからだろう。


「まぁ、性別はともかくしっかり仕事してくれればいいでしょう」


 俺がそう言うと山南は「それが試験を突破した女子マネ候補は飛び切り優秀らしい」と言い出した。


「何・・・・・・優秀?」


「うぉぉぉ! どんな女子マネや?」


 そう言って柴原はようやくバッターボックスを降りた。


「満足か、たくさん打って?」


 俺がそう言うと、柴原は「イエェェェス!」とサムズアップしたがそれと同時に柴原のすねに全力で金属バットをぶつけた。


「ぎゃぁぁぁぁぁ! おすねちゃんが!」


「・・・・・・お前、それは暴行だぞ」


「後輩にやらないだけまだましだろう?」


「いえ、それは刑法第二〇四条の傷害罪に当たる行為で一五年以下の懲役もしくは五〇万円以下の罰金を払うことになります」


 そう言って、早川高校のブレザーの制服を着た、眼鏡女子がグラウンドに入って来た。


 顔つきはややきつい印象を受けるが中々の美人ではあった。


「また、この場合は同二〇八条の暴行罪も適用され、二年以下の懲役、もしくは三十万円以下の罰金が適用されると思われます」


 グランウンドに立っていた、俺を含む部員一同がその少女に対して、何かしら疑念に近い感情を抱いていた。


 何で、いきなりグラウンドに立って、法律の話を始めるんだよ?


 全員が奇妙な感覚を覚える中で少女は「初めまして、今日からマネージャーを務めさせていただく、一年生の真山聖と申します」とだけ言って、お辞儀をした。


「おおぅ、クールな眼鏡美女や~!」


 そう言って、近寄ろうとする柴原に対して真山は「この場合、柴原先輩が取る行為として、考えられるのは刑法一七四条の公然わいせつや同一七六条の強制わいせつが考えられます・・・・・・つまり」と言って真山は柴原を指差した。


「柴原先輩は私に手を出せば豚箱行きになります」


 真山がそう言うと柴原は「何やと! ワシが犯罪をするとでも思うとるんか!」と怒鳴った。


「いや、あり得るだろう」


「同じく」


「黙れぇぇい! 浦木、お前も傷害と暴行の容疑がかけられているんやで!」


「しかし、高校一年にしてそこまで法律をすらすらと言えるのもすごいな?」


 俺が真山に対してそう言った直後に柴原は「お前、無視かい!」と地団太を踏み始める。


「私は将来、法曹関係の仕事に就きたいので」


 真山は無表情を崩さずに語る。


「まっ、仕事出来るなら良いけどね?」


 俺はそう言うと、真山は「スポーツ統計学部との連携も問題ありません。数字や六法全書を眺める時ほど楽しい時間はありませんから?」と言って、髪をかき上げる。


 真山はそう無表情を崩さずに早口でそう言うと柴原が「笑ったら可愛いで? お前?」と茶々を入れ出す。


 すると真山は「レイプ魔に褒められても何も嬉しくありません」と短く切り捨てた。


「何やとぉぉぉぉぉ! 誰がレイプ魔やぁぁぁぁぁぁ!」


 柴原がそう激高すると、井伊が仲裁に入り「止めろよ、柴ちゃん。事実なんだから」と言って、宥める。


「お前、止めに入る奴のセリフかいな、それは!」


 柴原が怒号を挙げるのを黒川、神崎以外の一年生部員達はランニングしながら、戦々恐々とした表情で見ていたが、木村、林原、山南の三人はそれを大爆笑しながら、眺めていた。


 くだらねぇな?


 俺はそう思いながら、汗を拭うが、俺はある疑問を抱いた。


「真山?」


「何です? 浦木先輩?」


「何で、初対面で柴原がレイプ魔なんて、分かった?」


「私を見る目がいやらしかったので? まず、胸を見た後に足を見ていましたよね? 大体、初対面で可愛いとかそういうことを言う時点で、性犯罪者の発想です」


「観察眼が鋭いなぁ?」


 俺が真山の観察眼の鋭さに舌を巻くと、柴原が「誰が性犯罪者やぁぁぁぁぁぁ!」と怒鳴りだす。


「止めろ、柴ちゃん! 本当の事なんだから!」


「お前はそれ、ワシのことを止めるふりして、ディスっとんのかぁ!」


 井伊と柴原が乱闘する中で、木村と林原に山南は爆笑しながら、それを眺める。


「まぁ、目線って大事だよな? ところで?」


 俺は真山にある疑念を問いかける。


「熱くないの?」


 汗を全く、かかない真山に俺がそう聞くと、真山は一瞬目を反らし「私は夏が好きなので?」とだけ言った。


 俺は「同じく」と短く返した。


 すると真山の目線が少しだけ動いたように思えた。


「まぁ、バッティングだな?」


 俺はそう言った後に、金属バットを片手に右バッターボックスに立つ。


「真山、初仕事だ。俺のフォームをラプソード(野球・ソフトボールで打撃と投球を計測する機器)で取れ」


「分かりました」


 そう言って、真山はラプソードで俺の計測を始める。


 二年生のバッティングピッチャー役が投げるストレートを俺は空振りする。


「・・・・・・ダッサ」


 柴原はわざと聞こえる様に言い放った。


「お前・・・・・・殺すぞ?」


「それは刑法第二二二条の脅迫にあたる可能性がーー」


「お前の法律列挙はいいから、バッティングをやらせてくれよ」


 そう言って俺はバッティングをし続けたが、一向に空振りを続けるだけだった。


「下手くそぉぉぉぉ!」


 柴原のヤジに一瞬殺意を覚えたが、傷害やら脅迫と真山に言われるのが嫌だったので、俺は反論すること無く、歯を食いしばって、バッティング練習を続けることにした。


 一向にバットに当たる気配無く時間だけが過ぎ去っていく、午後だった。


10


 新一年生が入部し、それ等と邂逅した時から三日。


 俺は一人で窓際から校庭を眺めていた。


 三年生達が体育の授業でサッカーをやっていたが、それ以外には俺には好さの分からない桜の花びらが散っていることを除いて、何も変わった事のない、牧歌的な昼下がりが目の前に広がっていた。


「浦木君、不機嫌かな?」


 瀬口がそう言いながら、隣に立つ。


「・・・・・・新しい一年が正義の名の下で俺に宣戦布告してきた」


「浦木君に宣戦布告って、かなりヤバいよね? 大丈夫かな?」


 瀬口は意地の悪そうな笑みを浮かべて、肘で俺の脇腹を小突く。


「浦木君はそういうむやみに争いを招くのが嫌いだからね? 自分もそうなのに?」


 そう言った、瀬口は俺の顔に手を添える。


「よせよ」


「もう付き合って半年だよ?」


「自分が正しいと思っている人間は人の意見を聞かず、権力を手にすれば反対論者を排除しようとする。英雄と呼ばれた人間の大体が後に犯罪者や独裁者になるそれを考えれば、真正直に正義を語る人間は、潜在的なテロリストにしか思えない」


 俺がそう言うと、瀬口はむくれて「そういう小難しい話をするけど、自分も独裁者じゃん?」と言って、背を向ける。


「俺は優しい独裁者になるんだよ」


「いないよ、そんなの。独裁者は独裁者なんだから?」


 瀬口は笑いながら、そう言う。


「その一年生たちのことはよく知らないけど、うちのお父さんも自分の正しさだけで物を推し量ろうとしようとする人で、私はそれを反面教師にしているから、何となく浦木君の言いたいことは分かるけどね? そういうの確証バイアスっていうんでしょう? 浦木君がそういうのに陥るなんてなぁ? そういう自分の間違いに気が付かないところはちょっと、可愛いけどね?」


 確証バイアスとは自分の考えの正当性を広める為にあえて自分の仮説の正しさを裏付ける意見だけを集め、それを否定する意見や情報には目もくれない認知の一種である。


 現代においては誰でも陥る物ではあるが俺はその流れが嫌いではある。


「浦木君はパワハラやって、失脚するパターンだな?」


 そう言う瀬口のショートカットの髪は春一番の風でなびき始める。


「浦木君って、意外と子どもっぽいよね? すぐ、意味なく不機嫌になるし?」


「言われて、バカにされているような気しかしないんだけど?」


「まぁ、でも、本質的には浦木君は優しいから好きだけどね?」


「俺が優しい?」


「うん、優しい」


 瀬口が目を真剣にさせてそう言うと、俺は「俺ほど根が冷たい人間はいないよ」とだけ言った。


「そうかなぁ?」


「そうだよ」


 そのようなやり取りをしていると瀬口が俺の手を取る。


「今度、どこ行こうか?」


「春だからな、たまには東京でも行くか」


「おっ、江戸めぐりが良いな?」


「分かったよ」


 俺達がそのようなやり取りをしていると、教室の戸が勢いよく開く、そこから息を切らした、井伊と柴原がやって来た。


 せっかくの甘いムードが台無しだな?


 俺は思わず、舌打ちをしたい気分だったが「何だ、部外者?」と応対する事にした。


 瀬口とは同じクラスだが、井伊とは学年が上がって、クラスが分かれたからだ。


 ちなみに柴原とは一年の時から違うクラスだ。


「浦木!」


「だから、どうした?」


「神崎の正体が分かったで!」


 そう言って、柴原はスマートフォンを取り出す。


「神崎?」


「あいつは広川大付属の神崎翔の弟や!」


 柴原のスマートフォンには西東京地区の広川大付属のエース神崎翔に関するプロフィールが並んでいた。


「あぁ、そう言えば一年前に対戦したな?」


「神崎翔は今年のドラフトの大目玉だぞ」


「問題はその弟が何で、うちの野球部に入ったかや?」


 柴原が興奮した様子でこちらに迫る。


「兄貴ほどの才能に恵まれていないとか?」


「真山に頼んで調べてもらったら、あいつは中学シニア優勝投手や」


 それを聞いた、俺は「それは凄いな?」とだけ返した。


 中学シニア日本一の投手が甲子園に出場したとは言え、まだ全国的には新参者のウチに入るのだ。


 他の名門校からも誘いがあっただろう。


 故に何故あえて、早川高校を選んだのかをこの二人は探ろうとしているのだ。


「・・・・・・兄貴にコンプレックスを抱いているから?」


「それはなんか、少年漫画でありがちなパターンじゃない?」


「うぉぉぉ! 兄貴に対してあえて敵として、復讐を仕掛けるか! ストーリーとしてはベタだが、あの半熟卵的な青臭さを見る限りではあり得るな?」


「半熟卵に失礼だろう、俺は結構、半熟卵好きなんだぞ?」


「まぁ、真山も調べてくれるとは言っていたから、追加の情報を期待しとる最中や」


 柴原がそう言った後に俺は「真山か? やっぱり使えるな、あいつ?」とだけ言った。


「真山って?」


 瀬口がそう聞くと「今度入って来た女子マネだよ。ものすごい頭が切れるんだ」と井伊が興奮した面持ちで、瀬口に近づく。


「顔が近い・・・・・・」


「ツッコミどころが違ったな、井伊?」


「う~ん、うちの野球部が女子マネ取った事を驚いてほしかったが?」


 そう言って、井伊、柴原と談笑していると俺は「お前ら、授業の時間が近づいているぞ」とだけ言った。


「お前のところの担任って誰や?」


「一番、嫌な人選だよ」


 俺がそう言うと井伊が「佐々木か?」と聞いてきた。


「まぁ、佐々木は俺の嫌いな自分の正しさを押し付ける奴だが、もっと恐ろしい人選さ?」


 そう言うと、井伊、柴原は黙り始める。


「・・・・・・察しがついた」


「そうか、どうする?」


「クラスに戻る」


 そう言って、クラスに戻ろうとすると、授業開始を告げるチャイムが鳴り出す。


 するとそのチャイムと同時に教室に野球部監督である、林田がやって来た。


「あぁ、やっぱり監督だ~」


「これは恐ろしいわ!」


 二人がそう言うと、林田が「お前ら、俺の目の前で堂々と授業サボるつもりか?」と井伊、柴原を睨み据える。


「すぐに戻ります!」


 そう言って、二人はすぐに自分たちの教室へと戻って行った。


 教室からはクスクスと笑い声が聞こえ始めていた。


「基本的に俺は野球部の連中には厳しくする。それは覚悟しろ。浦木」


「・・・・・・はい」


 そう言って、俺は窓際の席に座ることにした。


「良かったね、ブレーキ役が出て来て?」


 そう言いながら、瀬口は中央の席に座る。


 その笑顔はひどく晴れやかな物だった。


「じゃあ、教科書を開くぞ。今日は・・・・・・」


 俺は早くも眠たくなってきた。


 かといって、林田の目を盗んで、寝ることもできないだろう。


 俺は仕方なく、寝ずに真面目に授業を受けることにした。


 春の陽気がこの時は煩わしかった。


 嫌いだ、春なんて。


 外では、三年生たちのサッカーが終わっていた。


 桜が降りしきる中での牧歌的な光景が苛立つ午前だった。


続く。


 次回、第四話、一年対上級生!


 来週は試合中心なので、ギャグはまぁまぁ、ありますが、真面目と不真面目のハーフ&ハーフです。


 次週も深夜にお願い致します!


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