第5話 決裂と友情
「来るぞ!オラ!!右だ右、ぼやぼやしてんじぇねぇよ、メガネ君!!」
「は、はい!ゲ・サラト・ホリオン!!」
「ゴフ!!」
ドライの指図と共に、シンプソンが必死になって、数少ない攻撃魔法を放つ。数匹のゴブリンが、頭部を砕かれ、その肉片が周辺に飛び散る。それなりに、戦闘をしているようだが、彼の本分でないのは言うまでもない。ドライに尻を叩かれてやっていることだ。
「鬼王炎弾!!」
気合いの入ったオーディンの声が、遠方から聞こえる。その後に、爆発音が、ドドドド……!!と、聞こえてきた。
「ラ・ミ・アーン!!」
ドライとシンプソンの横を、水龍が、駆け抜けて行く。掃除されたがごとく、ゴブリン達がそれに流されて行く。これは、セシルの元素魔法だ。
「シューティング・サンダー!!」
ローズが上空の方から、雷を連射しながら真下に降下し、そのまま一気に、平行に、地を這うように敵陣を駆け抜ける。ローズは、古代魔法の一つで宙を高速で自由に舞うことが出来る。魔法で宙を舞えるのは、ごく一部の上級者のなせる技だ。
此処数日、数歩歩けば、好戦的なデミヒューマンと接触するといった有様で、避けることの出来ない戦闘に、否が応でも応じなければならず。力任せに、それらを退治している。
「オラオラオラァ!!」
最も力任せなのが、この男、ドライだ。また現在それだけが、彼の取り柄だ。剛剣を振るう度に、血しぶきが舞い上がる。下手をすれば、こういう時間が一日に何回もある。少数から、群まで、襲ってくる彼等の総数は様々だが、正直イライラの元だ。
「あらよっと!!」
ドライが最後の一匹をブチのめす。果たして今日はこれで終わりなのか?安らげる暇があるのかどうか、だが、それでも一応、一息付ける状態になった。
「これで、終わりですね」
漸く終わったのか、そんな顔をするシンプソン。彼は戦闘以前に、生臭い血の臭いをかぐことに疲れを覚えている。
「ああ、全くだ」
オーディンは、無意味な戦闘にウンザリといった顔をする。血で濡れた青い刀身を震いながら、妙に苛立った表情をする。
「日に日に、デミヒューマンが増えて行く……」
すでに、世界に異変は、人間達にも徐々に肌に感じていることだろう。セシルの緑色に透き通る瞳が、世界の行く先を見つめている。そして自らの使命の重みを感じた。
その時だった。例の地震が、やってくる。だが、規模は大きい。未だ上空を飛んでいるローズには、ゴゴゴ……!!と、不気味な地鳴りが聞こえただけだった。だが、大地がうっすらと、裂け始めているのが、目に入る。
「みんな危ない!」
上空から一気に駆け下り、セシルとシンプソンを、両脇に抱え、再び上空に上がる。こういう状況では、運動神経の良くなさそうな二人を、真っ先に救わなければならない。そう思った彼女のとっさの行動だった。それにドライやオーディンを、信頼しているからこそ出来る行動でもあった。
「うわ!一寸待て!マジかよ!!」
「うわああ!」
しかしそうしている間に、信頼している筈のドライとオーディンが、地割れに飲み込まれてしまった。大地の変化は、異常なほど早い。ローズの視線から遥か先では、ひとかたまりの大地が、数メートル隆起するのが見えた。
「ドライ!オーディン!!」
叫ぶには叫ぶが、今地面に降りることは出来ない。相変わらず大地はうなりを上げている。だがその震えも、一時的、しかも周期的なもので、十数秒後には、ウソのようにおさまる。それは此処数日の経験で、理解できていた。
助けた二人を、乱雑に、適当に下ろす。
「きゃあ!」
「うわ!」
その声にも耳を貸さず。二人が落ちた地割れの位地まで行き、奥深い暗闇を覗いてみる。
「二人とも!生きてるのなら返事して!!」
その声は、奥の方にある何かの空洞に反射して、響いて彼女の方に戻ってきた。そして、その声に反応して、ドライの返事も返ってくる。
「ああ、いってぇ!何とか生きてるぜ、二人ともな!」
ぶつぶつと ぼやいているので、大した怪我はしていないようだ。オーディンの返事は聞こえなかったが、「二人とも」と、いっていることから、二人の無事は確認できた。
「それにしても、こんな所に、洞窟があるとは……」
「おかげで助かったけどな」
地割れの奥深くにあった。空洞の天井を眺める。かすかに陽の光も拝める。しかし、高さといい、隙間の広さといい、とても大人の通れる幅ではない。地震と共に、ある程度縮まってしまったようだ。地面は、上から振ってきた土砂で、かろうじて人間の落ちる隙間で無くなっている。二人はその上に落ちたようだ。運良く怪我もない。
「で、どうやって上へ上がる?」
幾ら上を眺めても仕方がないのだが、何とか再び地上に出ることが出来ないだろうか、薄そうな希望を抱きながら、ただただ首を上に傾けるだけだ。
「ねえ(無い)……」
どう足掻いてもこの隙間からは、上へ出ることは、出来ない。決定的な理由としては、隙間まではい上がる手段がない、と言うことだ。
「お!」
しかし、ドライが何かを思いついたようだ。
「何も這い上がる必要なんてあるかよ!この自慢のジャンプ力で、入り口までとびゃ良いんだよ!」
と、早速実行に移ってみる。
「よっと!」
手が隙間に掛かる。うまい具合に、身体を上に持ち上げ、隙間の中に、身体を滑り込ませる。
「よ!よっと!ん?およ、あら?」
身体を滑り込ませたまでは、良かったが、身体を強引に入れたので、二進も三進も行かなくなってしまったのである。やはり隙間は狭かった。
「ぐぐ!抜けねぇ!」
間抜けにも、足をジタバタさせながら、懸命に抜けようとしたのだが、どうしようもなくなってしまう。オーディンの位地からは、間抜けなドライの足だけが見える。
「まったく。無理をするからだ」
ドライの無謀に、あきれ果て、少し疲れた、ため息をつく。
「よっと!」
軽く一飛びし、ドライの両足首をつかむと同時に、天井に踏ん張る。
「よっこらせ!!」
「イテ!!イテテ!!」
「我慢しろ!そら!」
ドライは、オーディンに引き抜かれ、そのまま着地をする。だが、上半身は泥だらけだ。一方オーディンも、意味無く空中で数回、回転をし、華麗な着地をする。
「テメェ!もうチョイ丁寧にしろよ!顔が曲がるだろうが!!」
助けて貰いながらも、顔を揉みほぐしながら、礼より先に文句を言うドライだった。身体のほうも、さながら、顔の方も頑丈のようだ。きちんと原形を保っている。
「何やってるのかしら……、あの二人……」
上では、やたらと五月蠅いドライの声を疑問に思うローズが、地割れに耳を近づけて、下の様子を探っている。それから静かになったのを確認し、スクリと立ち上がり、服に付いた土をパンパン!と叩き、腕組みをして、口をへの字に、曲げてみる。
何か良いアイデアはないのだろうか?
「あの、魔法で穴を開けては?」
シンプソンが言う。手鼓を打ち、納得をするローズ。
「二人とも!そこ退いて!!今から強烈なヤツで、穴開けるから!!」
それこそ、大地に風穴を開けるほどの大声で、地面に向かって叫ぶ。下では、その声が反響して、鼓膜が破れ、目を回している二人がいた。耳を塞いで、ふらついている。しかしその光景が、ローズに見えるはずもない。
「行くわよ!」
両手の親指、人差し指同士を、互いに交差させ、円を作る。その円の中は、次第に電気的にバチバチと音を立て、発光したエネルギーが、集積されて行く。
「何をやっているの?姉さん(セシルは、ローズのことを、ドライの妻だと思っていた)」
「え?これね、エネルギーを十数発分、ためてるの。総計して、地下十数メートルまで、半径五十センチ程度の穴を開けるんだけど、一発分だとね……、で、それをリング状にして、大地にブチ当てると……」
缶の蓋のように、大地を斬り開ける。そう言う状況を作り出すための、前準備だ。当然斬られた大地は、地下に落ち込んで行く。
「でも、それでは、衝撃で地盤が崩れてしまうのでは?!」
ぎりぎりの瀬戸際に、シンプソンがローズの行動に対する疑問的質問を投げかける。だがしかし。
「あ!」
その瞬間、呪文は大地に直撃する。半径一メートルくらいの光のリングが、大地を切り落とした。
ズゥン!!ドドド!!しかしその直後、あまりの衝撃の強さのため、周辺の大地も、崩れ落ちてしまう。ローズは反射的に、二人を突き飛ばし、自らも、後ろに飛び、その場から離れる。
「そう言うことは、早めに言ってよ……」
「はぁ……」
今更どうしようもない、この状況の中で、何故か怒られるのは、ミスを犯したローズではなく、疑問を投げかけたシンプソンだった。本人も、何だか自分が悪いような気になってしまう。損な性分だ。
「おい!俺達を殺す気か!!ゲホゲホ!!」」
下から元気なドライの声が聞こえる。この状況下にあって、二人は、無事のようだ。よく死ななかったものだ。彼等だからこそ、生きていたと言っても過言ではない。
それはそれとして、下の二人は、より土と埃にまみれてしまった。
「ゴホゴホ!!参ったな、これでは、上に行けないな」
「ったく、あんのバカは!加減しろよな、俺いつか彼奴に、殺されるんじゃねぇんだろうなぁ!!」
下は下、上は上、両者ともそれなりに、何とかしようとしているようだ。だが、なかなか思惑通りには行かない。
「セシル、貴方何か良い魔法無い?」
ローズには、これと言って、適当な魔法がないらしい。
「無いわ、私の魔法は、基本的に威力と規模が、比例するから……、ご免なさい」
「ふぅん……」
「そうですねぇ……」
困りに困り果ててしまう三人だった。
「ドライ、何時までもこんな所で、モタモタしていても、仕方がないのではないか?」
オーディンは、出来るだけ細部まで、服に付いた細かい泥や、埃を丹念に叩いている。几帳面に、これでもか、と言うくらい、きれい好きだ。しかしそれでも限界がある。首もとがざらついているのが、気になったと言ったところだ。
「うっせぇよ。んなこたぁ、みりゃ解る。それにしても、なんでオメェと一緒なんだよ」
ドライは、下に落ちたことよりも、オーディンと一緒に落ちたと言うところに、不満を感じていた。口の中に入り込んだ泥を、唾液と一緒に吐き出し、腹立たしそうに、その辺に転がっている石を足蹴にする。
先ほどから聞いていると、ドライは可成り不平不満をぶちまけている。正直だが、あまり良い意味は持たない。
「仕方が無かろう!私だって好きこのんで貴公と、一緒にいたいのでは無い!!……いや、済まない……」
ドライにつられて、彼も不平を言う。少し自分が苛立っているのが解る。
つい、自分自身、ドライを正直にどう思っているのか理解していない状態で、彼を否定した。
「出たな、ホンネ……、ま、兎に角、此処から、でねぇとな……」
互いに、拒んでいる場合ではない。取りあえず互いを嫌悪するのは止めよう。ドライがそう言った意味で、珍しく自分から、ポンポンと、オーディンの肩を叩く。そこには、最初に彼を茶化したお詫びの意味があった。
「ああ、済まない。正直言って私の周囲には、貴公のような人間がいなかったものでな。つい……」
先に、ドライに状況を冷静に判断され、調子が狂ってしまう。俯き気味に彼も謝る。
「へへ、俺だって、オメェみたいに気取ったヤツなんざ、周りにいなかったからな」
「私が?気取っている?」
彼は彼の日常の、当たり前の生活態度をとっているだけだ。別に気取っているわけではない。ドライの言っていることが、自棄に大げさに思えてならず。眉を八の字にして、妙なおかしさが、顔中にあふれ出した。これは普段の彼であって、本人としては、極普通であるつもりだ。
「気取ってんじゃねぇかよ!言葉遣いとか、仕草とかよぉ」
声が笑いに震え、自分の言い分を肯定的に、そして、オーディンを否定的に、彼の上から下まで、それが全て、そうだ。そう言いたげに、彼を上下に眺め回す。
「気取ってはいない!!」
オーディンも、両手を広げ、自分が普段からそうだと言うことを、ドライに主張する。そのうちに、互いの言い分に引くことが出来ず。歯ぎしりをして、睨みを利かせ合っている。互いにこう思った「解らず屋」と。
それでも、今はこれをどうこう言っても仕方がない。むなしいだけだ。そう学習した二人は、一旦互いの顔を見るのを止め、背中を向け合う。そして、もう一度上へ抜ける方法を考え始めた。その時だった、少し遠くの方から、妙な音、いや、何かの鳴き声のような音が、こちらに近づいてくる。
「クルル・・、グググ……、ゴゴ……」
それから引きずるような、ズルズル……、ズルズル……、という音も聞こえてきた、床にすれるその音が、何とも不気味だ。
反射的に身構える。ドライもオーディンも、その唯ならぬ気配に、一瞬冷や汗を流す。そしてその姿を、見た瞬間だった。思わずつばを飲み込んでしまうドライ。オーディンは、無意識のうちに、数歩足をすりながら、たじろいでしまう。互いの眉間に、汗が流れる。
「何なんだよ。比奴は……」
「悪魔以下だ……」
その生き物は、数個の人間の顔を持ち、絶えず眼をギョロつかせ、通路一杯一杯になりながら、触手か足か解らないものを多数壁に這わせながら、二人の方に徐々に徐々に向かってきた。そして声とも鳴き声手も付かない音を発している。色は、暗がりの中でも、粘膜質におぞましいほど黒に輝いていた。
それの顔の、一つの顔が、二人を見つけ、生理的に受け付けないほど長い舌を口から吐き出し、うねらせ、唾液をとばしてきた。
「うわ!きったねぇ!!」
ドライが咄嗟に、オーディンのいる位地まで下がる。
服や大地に、それが触れると、シュウ!!と焼け付く音を発し、それらを焦がし、溶かした。いやな臭いがする。
「げげ!!」
「気を付けろ!濃硫酸のたぐいだ!下手に近づけば、間違いなくやられる!!」
生き物の名前、種別等は、いっさい解らない。ただひとつ、この世界の生き物ではないということは、理解できる。超獣界の生き物にしては、禍禍し過ぎるようだ。となると、この生き物の出所は一つ、「魔界」である。自然にそう定義付けられてしまう。
それを察すると、その攻撃能力、破壊力は、想像できた。挑むのは、馬鹿げている相手だ。しかしこの閉鎖された空間では、逃げることは出来ない、後方はローズの魔法で、退くことを許さないほど、すっかり壁と化している。
二人は選択してはならない方を、選択せざるを得ない状況を迫られた。二人の顔が、この得体のしれない生き物に、顔面蒼白となる。
一方、この生き物の触手は、もうねりながら、大地の隙間を、這い出そうとしていた。
「何なのよあれは!!」
その不気味で、気持ち悪い蠢きに、特に大きなゴキブリを見たような顔をするローズ。
「解らない!でも、この世界のものじゃない!!」
「何を呑気な事を言っているんです!そうならなおさら早く二人を助けないと!!」
次々に、理解不能な状況に、パニックになりかかるシンプソンだった。急いで、次の手段を考え始める。
しかし、手だてが丸でない。地面を崩すことは、即二人の死につながる。上からでは、この生き物を、下手に攻撃することすら許さない。
「なんてこった!こんなヘヴィなバトルは、初めてだぜ!!」
「この狭さでは、秘剣が使えぬ!!」
オーディンの技の一つ一つは、動作が大きい、彼の秘剣は、雄大な鳳凰の動きにその原点がある。
生き物は、彼等を食するのか、ただ、蹴散らすのか解らない。最も最悪なのは、恐怖した瞬間に、精気を吸われることだ。
しかしこのまま黙っていては、殺されるのは間違いない。此処は一か八か当たって砕けろだ。そう考えたのは、ドライだった。それに、自分の身が危険にさらされた瞬間、こういう身震いが起こるほど危ない状況に、ゾクゾクして、それに挑みたくなるのだ。
目の輝きが、孤独で戦いに明け暮れていたときの、異常な輝きを取り戻す。ローズを見つめている時には、全く見られなかった輝きだ。
「オラァ!オラオラ!!」
好戦的に、化け物に突っ込むドライ。その尋常でない殺気を感じると、化け物も標的をドライに絞る。彼を近づけまいと、触手を伸ばしてくる。
「仕方があるまい!!」
ここで、オーディンも戦意を起こす。激烈を極めた戦争を思い出し、それをこの現状にかぶせた。彼はそれをただ二人、生き抜いた人間なのだ。相棒が、セルフィーが、ドライに重なる。
オーディンは考えた。今現在使える技は、限られている。剣に蓄えた魔力を、直接ぶつけることだ。それでも可成りの効力がある。そして、隙を見て、致命の一撃を当てる。まず第一はあの濃硫酸の舌だ。あれを使えなくする必要がある。
「なかなか隙が出来ねぇ!!思ったより素早いぜ!!」
「どけ!!私が行く!!」
後ろで、オーディンが指図をする。
「なんだと!!てめぇ!誰に言ってやがる!!」
状況を忘れて、ムキになってオーディンの方に振り向くドライ。戦闘で指図されたのは、ドライとしては、初めてだ。一瞬隙を作ったように見えるその背中に、敵が触手を素早くのばして来る。それと同時に、オーディンが、純粋な破壊エネルギーに変換された魔力を放つ。
ドライが、後方と前方を器用に警戒しながら、バック転、空転を交えながら、これらを同時にかわす。
「ギャァ!!グエェェ!!」
オーディンの魔法を喰らった化け物は、痛みにもがき、空洞に填った身体を遠慮なく蠢かせる。その反動で、周囲の壁が、悉く崩れ始めた。
「くっ!これほど脆いとは!!」
降り注ぐ瓦礫のせいで、生み出した筈の攻撃のチャンスも逸してしまう。
それどころか、今の攻撃で、完全に相手にこちらが敵だということを認識させてしまう。仕掛けられる攻撃も、触手だけにはとどまらなくなった。
口の一つに、エネルギーをため、二人の方にそれを一気に放っててきた。
「クソッたれぇ!!」
それを上空に跳ね返すことも出来ず。ドライは真正面からこれを剣で受ける。エネルギーは、剣に跳ね返され、舌を吐き出している顔に命中する。だが、それと同時に、ドライは、後方の瓦礫まで、弾かれるように吹き飛ばされてしまう。そして、あまりの衝撃に瓦礫に跳ね返り、前のめりに倒れ込む。
「痛!!」
「ドライ!!」
その光景の惨さに、また戦闘中だという事を忘れてしまうオーディンだった。
「よそ見すんな!!」
彼はダメージを喰ったものの、致命傷ではなかった。しっかりと意識を保ち、そう言い放つ。
慌てて前を向き直すオーディン。
化け物は、更に手負いの獣のとなり、光線を乱射した。その一つが、倒れて動けないドライの方に、向けられる。オーディンは、反射的にそこへと回り込む。そしてハート・ザ・ブルーを、眼前に突き出し、相手の魔力を悉くその中に吸い込む。
「なにしてんだ!!俺を庇ってる暇あったら、さっさと、彼奴やっちまえ!!」
ドライはオーディンに、恩を売られたと思った。それに、助けられたことが、妙に恥ずかしかった。とくに、彼は自分とは相反する位地にいる男だと思うと、なお、事実を拒みたくなった。空元気で起きあがり、礼どころか説教をかます有様だ。
「もう死なせはせん!誰一人……たとえお前のようなヤツでも、待っている者がいる限り!!来るぞ!」
「うるせぇ!!」
ドライは性懲りもなく化け物に突っ込んで行く。しかし、今度は触手に阻まれることはなかった。それは、後方から、オーディンが、ドライに触れようとする触手を、光弾を放って、化け物の攻撃を防いでいたからだ。
突っ込む彼は、目標を一つに絞る。それは、数個ある化け物の顔の内の一つの、今にも光線を発しようとしている部分だ。だが、顔はいくつもある。他に何をしでかすか解らない。
光線が、至近距離のドライに向かって放たれる。ドライは、これを紙一重でかわすと同時に、剛刀をその顔に深々と垂直に突き刺す。そして、剣をぐるりと捻り、強引にそれを抜いた。
「退くんだ!!」
オーディンの声だ。それに反応し、後方宙返りをしながら、天井ぎりぎりを、飛翔するかのように、身を翻すドライ。彼の真下を、極太の火炎が直進し、敵にぶち当たる。洞窟内が瞬時に真夏のような暑さになる。
しかしそれでも、化け物は死ななかった。とてつもない生命力だ。痛みに、藻掻くだけだ。だが、それが一番困る。その度に、天井から瓦礫が降り注ぐのだ。このままでは、此処が崩れ去るのも時間の問題だ。
これ以上、長期戦は、彼等にとって望ましくない。
「『しぶとい』ぜ、急所は何処なんだよ!」
「それが気にいらん!確かに強力な攻撃力だが、生命力から見ると、小さすぎる!」
オーディンは、内心この生物の持つ、底知れぬ生命力に対するおそれを抱いた。ありそうでない、手応えが、彼をより警戒させた。
「んな御託コイてねぇで、さっさとやっちまおうぜ!!」
ドライは先ほどのダメージが残っているのか、呼吸をうまく整えることが出来ない。こちらも少し攻撃の手がゆるんでしまう。だが、敵は手を緩めてはくれない。即座に触手を伸ばし、二人を攻めてくる。
触手は何本あるのかは、解らない。だが、数は非常に多い、動きも速い。本体の移動速度とは、正反対だ。その内、手や足をからめ取られそうだ。
「ホラ!シンプソン!この前のアレ!ほら、空間ごとの移動!やってよ!!」
そのころ上の方では、同じように触手に悩まされながら、下の二人を何とか助ける術を考えていた。
「アレはあくまで他空間への移動で、この空間同士の移動は不可能です!」
「キャア!!」
セシルが触手に絡まれ、宙に釣り上げられる。
「世話焼かせないで!!」
ローズが飛び上がり、触手を切り離しセシルを解放する。
上の状況も、極めて不利だった。その理由は、直接的な攻撃が出来るのはローズだけで、後はそういった攻撃が出る人間はいない。セシルは、魔法を放っている間、全く無防備である。それを恐れ、思うように呪文を仕掛けられない。それに、大地へのダメージは、禁物だ。セシルの呪文はその危険性が大きい。
「シンプソン!何してるの!!シールド張って身を守って!」
「わ、解りました!」
今頃慌てて自分の身を守るための、準備をする。
「そうだ!セシル、地下水を強制的にわき出させること出来ない?!」
突然、ローズがピンと来る。
「出来る!けど、この地下に地下水があるかどうか!」
「やって!私が前衛をつとめるから!!」
「はい!!呪文長いですから頑張って下さい」
セシルを連れ、シンプソンのシールドの前まで行く。そして、彼女の後方にシンプソン、前方にローズが立つ。彼のシールドにより、後方からの攻撃の心配はない。
「グラッド・アー・ス・カネール・ウォーディー・ゲオ・ナハトサバラ!!レ・クウォロトル・ラーディハマ・ジェネテイト・アーシア!!我命ず!大地に眠る水よ。乾いた大地によみがえれ!!緑を癒せ!!生命を溢れさせよ!!グラウウォード!」
呪文の詠唱にかかった時間は約十数秒、その間触手が何度もローズをかすめた。
詠唱の直後、大地が不気味に揺れだし、暫くして水が怒濤に噴き出し、地下にいたドライ、オーディン、そして、化け物が、水圧に押され、一気にその姿を地上に現した。
その化け物の姿、それはなんとおぞましいものだっただろうか、丸く長い数メートルの身体に、数え切れないほどの触手、黒く粘膜質の身体、無秩序に身体から浮かび上がった人面。飢えた眼が、絶えず獲物を探している。
「比奴こんなに、でかかったのか!!」
「通りで、攻撃が通じにくい筈だ!!」
暗い地下から解放され、不利な環境から、脱出できた二人。二人が賢明に攻撃していたのは、洞窟いっぱいに広がってた、化け物のほんの正面だけに、すぎなかったのだ。
「やった……わね」
ローズはそれを見て、疲れた様子で、膝を地に付ける。地上で一人奮戦していたので、当然だ。
「レディ!みんな、ご苦労!!後は二人で何とかする!休んでいてくれ!!」
遮蔽物の少ない地上に出て、技を繰り出せる最良の条件を手に入れたオーディン、意気込みが見られる。
「バーカ!こんなガキなんざ!ドライ様一人で十分よ!!」
先ほどまで散々手こずっていたというのに、根拠無く強気に出るドライ。言葉と同時に、力強く駆け出す。
セシル、ローズはしばしシンプソンのシールドの中で、休息をとることにする。それと同時に、二人の戦いぶりを観察することにする。
地上に出て、行動範囲の広くなったドライは、水を得た魚だった。行動パターンを変化させ、相手の予測の出来ない動きを見せる。触手の動きも拡散され、彼を捕らえることが出来ない。
だが、触手の動きが拡散されていたのは、ドライの動きばかりではなかった。動きの速いのは、オーディンも同じだったからである。
この時一瞬二人の目が合う。それと同時に、互いに頷いた。何が解ったのかは解らない。だが、ドライは次にするべき行動に出る。自己主張的な彼が、コンビネーションに、協力したのだ。
大地を蹴り、一気に上空に出る。
「龍牙斬!!」
何を思ったのか、オーディンが、跳躍したドライに向かって、技を仕掛ける。燻し銀に光った楕円体の弾丸が、ドライに向かって突っ走る。
しかしドライは此を予測していた。慌てることなく、ブラッドシャウトを弾丸にかざす。
弾丸がブラッドシャウトに跳ね返り、垂直に化け物に向かって、降下して行く。その直後には、オーディンも敵に突っ込んでいた。ドライは、魔法を弾き返した後、オーディンと反対の方向に回り込む。敵の背面だ。
化け物は、呪文を喰らった傷から、毒々しい深緑色の血を噴水のごとく吹き出させている。可成りの深手になったようだ。
背後に回り込んだドライだったが、この時妙な胸騒ぎがした。戦いの感だろうか、危険を承知の上で、化け物の背中の上を駆ける。
「オーディン、ドケェ!!」
その鬼気迫る声に、オーディンは、後ろに身を引こうとしたする。だがその直後、大地から触手が出現し、オーディンの足は、絡められてしまう。
「しまった!」
この様な知恵があったことは、想像もつかなかった。自分に対する立地条件の変化で、相手を見くびってしまったのだ。本人にはそのつもりがなかった。だが、わずかな心のゆるみが生じていたのは確かだった。それと同時に、勝負を焦りすぎた感もある。体勢を崩し、後ろに倒れてしまう。歯ぎしりをして、敵を睨み付ける。額からは汗が流れた。
例の顔の口の一つから、何か煌めくものが見える。眼はオーディンを標的にしている。口はなかなか開かず、ためがある。そこからは密度の高いエネルギーが感じられた。そして口がゆっくり開いて行く。
「畜生!間にあわねぇ!!」
ドライが、オーディンの前に立ちはだかり、剣を敵に向ける。
「退くんだドライ!焼け死ぬぞ!!」
「ウルセェ!!」
ドライの足も触手に絡まれる。その瞬間、化け物の口が開ききった。更にその時だった。ドライの潜在意識の中に声が聞こえた。
〈シュランディア!!いや、ドライ・サヴァラスティア!!剣をなおせ!意識を眼前に集中しろ!!〉
誰の声か解らない。
〈誰だ!!〉
そう思いながらも、無意識のうちに、その言葉に従ってしまうドライだった。それに拒絶するほどのゆとりもなかった。
剣を素早く背中の鞘にしまい、仁王立ちになり、眼前に意識を集中した。化け物のエネルギーが発射され、ドライに直撃しようとした刹那、「もうダメだ」、誰もがそう思ったその時、彼の眼前に、その身長を一回り上回る半球体、半透明の赤いシールドが出現し、化け物の放ったエネルギーを、逆に跳ね返してしまう。要領はブラッドシャウトと同様だが、受ける範囲、確実性、反動の少なさ、どれもその比ではなかった。
化け物は、自らの放った魔法により、その身を粉みじんに砕いてしまう。周囲には、その肉片が、飛び散る。
戦闘が終わった。それに気がついたときには、周囲の大地は原形が解らないほど、崩れていた。最もこれは、セシルの魔法によるものだが、戦闘にふさわしい崩れ方だった。
ほっと息をつくシンプソン。警戒とシールドを解く。
ドライが魔法を使えたことに驚いたローズ。正式には、ドライは魔法の類は殆ど使えないのだ。それを覆す出来事だった。
皆がドライに注目している中、一人だけ眼に見えて世界の崩壊が進んでいることを痛感しているセシルだった。
「ドライ、お前……」
薄情な男だと思っていたドライが、己の身を挺して、自分を守った。その事が信じられなかったオーディンだが、それは事実だ。足下に絡みついた触手をほどき、彼の肩を揺する。
「怪我……怪我はないのか!」
ドライは、彼のこの言葉がかかるまで、焦点を失い。放心状態になっていた。自分を取り戻すと、自らの両手の平を眺めながら、今自分のしたことを、信じられない様子で、不慣れな感触を確かめている。それから、自分が咄嗟の内にオーディンを守っていたことに気がつく。
「へ……、べ、別に借りを返しただけよ!」
何の借りなのかは、解らない。
照れ臭そうに背中を向け、ローズの方へと向かって、歩いて行く。調子の狂った様子で、後頭部を掻きながら、何故必死にそこまでしたのか、本人ですら理解できない様子だった。
「あぁあ……、ローズ。美人が台無しだぜ」
と、少し心のない状態で、かすり傷のついた彼女の頬を指の背で、撫でる。意識的に、彼女のことだけを、考えることにした。
だが、あの声は何だったんだろう。そう考えると同時に、冷静になれば、それが誰の声だったのか、直ぐに理解できた。その存在を否定しながらも、それはシルベスターだということを理解したのだ。
〈気にくわねぇ……〉
向こうは、何もかもお見通しだ。そう考えると、ムカっ腹が立ってくる。
「ふふ……、一寸手こずっちゃった。でも、ドライ、何時あんな魔法覚えたの?」
ドライが無事だと解ると、もう、顔がニコニコして、それだけで十分といった笑みだった。
「へへ、とっておきってヤツよ」
適当に茶化して、ローズの頬を撫でる。それがそうであることは、ローズにも理解できた。この男がそんな回りくどい物を、一々考える筈がない。一つ気になったのは、戦闘を終えても、すっきりしないドライの顔だった。
最近のドライは、戦闘を終える度に、一寸した虚しさを感じるようになっていた。戦闘を仕掛ける前とは、全く反対の心境だ
「兎に角礼を言っておく。私のミスだからな」
握手を求めて、手をさしのべる。
「いいって、気にすんな」
やはり照れ臭そうだった。オーディンと顔を合わせたがらない。手を軽く払って、背を丸めて、そちらばかりを見せる。
「何してんだ?早く、行こうぜ」
そう言って、一度後ろを振り返り、一応の目的地に向かって、歩き始める。シルベスターは、その場の最小限の言葉を残したっきり、あとは、彼に語りかけることはなかった。それが余計に腹が立つ。面白くないドライは、適当な石を見る度に、それをけ飛ばす。
それから、暫く無口になって歩いては見るが、やはり腹の中が収まらない。後ろを歩いているセシルに、ボソリと口を開く。
「なぁ、セシル、何で、シルベスターなんか、いるって解るんだよ」
自らもその存在に気づき始めながらも、あえてそれを否定した形で聞いてみる。
「何故って、言われても……、時折あの方の声が、聞こえるのよ。早く世界を、って、それに父さんも、母さんも、私の代で、世界の破滅が起こるって言ってたし、二人も彼の彼の声を聞いていたわ。だから、私はその意志を継いで、勿論兄さんも、そうだったわ、でも記憶がないんじゃ……、でも、あの方はいるわ!」
「ふん、なるほどね……、ま、テメェはそんなところだろうよ。オーディン、オメェは何で信じる?」
話の内容を理解できないまま、唐突に振られてしまって、一瞬何を言って良いのか解らず、言葉を詰まらせてしまう。
「それは、私が、この地に来たきっかけだし、私も彼の言葉を聞いた。私は死ぬべきでない、と、もしそれが本当なら、私は確かめてみたい。もし世界の、終わりを救える事が出来るなら、それが私の使命ならば……、と、今はそう思う」
「ふぅん……」
ドライの目的と言えば、黒の教団を叩きつぶすことだ。では何故そうするのか?「逃げるのはイヤだ」言葉ではそう言ってはいるが、本当にそうなのだろうか?自分の言葉の軽さに、一寸だけ深刻になってしまう。
確かに逃げるのはイヤだし、それならこっちから向かって自分で叩きつぶすのが、彼自身、自分に一番似合っていることは知っている。だが、正直どうもそれだけではない、心に何か飢えを生じている自分に気がつく。何だか数日前まで、ローズとのんびりしていたことが、妙に懐かしい。
だから、黒の教団をつぶす。そのためには、彼等と最初に遭遇したあの場所に行くしかない。そして、そこから何か始まりそうな気がした。何となくだったが、彼は自分のそれに従うことにした。だから今歩いているのだ。
しかし、それと同時に、シルベスターの元へ向かう結果となっていることが、妙に腹立たしかった。自分自身で動いているつもりが、いつの間にか何らかのレールに乗せられているのではないだろうか、そんな疑問に駆られて仕方がない。
そこで、彼に一つの結論が生まれる。
「ああ!止めた止めた!!考えたら、黙って黒装束待ってる方が楽だぜ!其奴ひっつかまえて、大司教の居場所聞いた方が、手っ取り早い!!」
投げ遣りに叫び、後ろを振り向いて、皆の歩みを止める。
ドライがダダをこね始めた。彼がこういうシーンを見せるのは、前にも数度ある。またか、そう思って、ため息をつくオーディン。
「ドライ、落ち着け、言いたいことがあれば、言えばいいだろう。仲間だろう?」
正直言って、本当の意味の仲間意識は薄かった。だが、旅を共にするからには、やはり仲間だ。それに、一緒にいると、情が移ってくるのだ。だから放っておくことは出来なかった。しかし、ドライには、この言葉が、一番カチンときた。
「仲間?バッカじゃねぇのか!!調子にのんな!だからテメェは、気取ってるって言ってんだよ!」
唯でさえ苛立っているというのに、元々一人で行動する彼にとって、馴れ馴れしくするオーディンの態度は、かゆい物だった。ただオーディンとしては、やはり善意から言っている、素直な気持ちだ。
「な!心配をしていったのだぞ!!」
これには堪忍袋の緒が切れた。ドライの胸ぐらをつかんで、彼を釣り上げそうになる。だが、怒りを抑え、掴むだけにする。
「ほっ!人の心配しているゆとりあんのかよ。さっきだって、結構泡喰ってたじゃねえか」
胸ぐらを捕まれているにも関わらず、ふてぶてしく余裕のある態度を見せるドライだった。見下した態度で、オーディンを睨み下げる。
「き!貴様というヤツは!」
ドライを放り投げ、殴りかかる。しかしオーディンの拳は、彼の眼前で、ピタリと止まる。何故彼はこれほどに、卑屈で投げ遣りなのだろう。それを思うと、殴れなかった。
「どうしたよ。殴れよ」
挑発をするドライ。ただニヤニヤと笑う。だが、オーディンは彼を突き放して、殴るのを止めた。
「いっとくが、俺はお宅等を仲間なんて思っちゃいない。そろそろ旅のしかたも解ったろ」
それを見ると、すっと立ち上がり、尻に付いた土を叩く。ドライは、進路を北より、少し東にそれて歩き始める。
「良かろう。短い間だったな!」
オーディンは、そのまま北を目指す進路を取る。
「一寸待って下さい!ドライさん、オーディン!」
「待って!兄さん、考えなおして!!」
どちらについていった方がよいのか解らず、その場でオロオロしてしまうシンプソンとセシル。大声を出してみるが、二人は、彼等を引き留めることが出来るほど強くはない。こういう場面は、いたって不慣れだ。
「一寸!ドライ、待ってよ!!」
ローズは、言葉では、ドライを引き留めるが、足はすでにドライの背を追っている。
「二人とも、どうする?」
オーディンは、一度立ち止まり、二人に訪ねてみる。どのみちセシルは、北に向かうつもりだ。シンプソンには、この時勢が少し不安すぎる。其処に無秩序なドライとなると、寿命が縮まりそうな錯覚を覚える。乱暴に見えるドライには、ついて行き難く。やむなく選択肢はオーディンについて行くしかないというものだけになる。
彼等が別れて数日後。
ドライとローズは、またもやデミヒューマンとの戦闘に巻き込まれていた。巻き込まれると言えば、主にオークやゴブリンが多い。この日はオークだ。そのほかにも、何匹かジャイアントが混じっている。彼等は戦闘中、血の臭いを嗅いでやってきたものだ。
「ローズ!ぼさっとしてんな!!」
連日戦闘ばかりだ。二人になってから、キツイものがある。個々の強さはそうでもないが、数が多いのだ。ローズは体力的に参っていた。精神力の集中も出来ず、魔法をうまく使いこなすことが出来ない。
ドライは、そんなローズを背にして庇い、ハッパをかけながら、これを凌いでいる。
「ドライ、私もう……」
「しっかりしろ!約束破る気か!」
「ご免……」
「ローズ!!」
その時だった。
「シャイニングナパーム!!」
男の声、真っ白な光と数発の爆発の共に、デミヒューマンが蹴散らされて行く。その中を一人の剣士が、とどめを刺しにかかっている。実に手際よく鮮やかだ。
「あの声、まさか!」
ドライはその声に聞き覚えがあった。昔からよく知っている声だった。それを知ると、彼は構えを解き、その人物を本当にそうであるのかを確信するために、目を凝らし、まぶしさを耐えながら、彼の方を向く。
その頃、オーディン達も、同じようにデミヒューマンとの戦闘を終えていた。
「三人だと、やはりキツイですね」
額の汗をふき取りながら、激戦地を生き抜いたかのような顔をするシンプソン。否が応でも戦闘に参加しなくてはならなくなってしまった辛さを、ついポロリと口に出してしまう。
「言うな!あんないい加減な男、いない方がましだ!!」
とは、強がったものの、正直手が足りないことは、ほとほと痛感していた。だが、最初に立てた目的を、一寸した弾みで、簡単に捨ててしまうドライが、許せなかったのも事実だ。
あのとき引き留めて一緒にいても、余計に内輪喧嘩が酷くなるし、周囲にもケジメが付かない。だからあえて、彼を引き留めなかった。それにドライが反発するのも、目に見えていた。
〈今は互いに距離を置いた方がいい……〉
心の奥の方で、かすかにそう呟く自分と、
〈いい加減な男だ〉
と、希薄な表面上で、ドライに対する苛立った反発が、同時にわき上がる矛盾で、何ともやり切れない。
「オーディンさん……、無理してませんか?」
「別にしてはいないさ」
セシルの心配も、譫言のような感情のこもっていない口調で、再び前進し始める。しかしこの時、進んでいる方角は、厳密に言うと北ではなかった。少し北北東よりと言った感じの北東だ。もしドライが、なんだかんだ言って、北に向かおうとしているのなら、このペースで歩いていれば、何れ接触するはずだ。
〈この人は、意外と頑固ですね……〉
シンプソンもその事に、気がついている。だが、特に何も言えなかった。また、この事について触れると、かえって余計にへそを曲げてしまうかもしれない、「触らぬ神に祟り無し」だ。
「ねぇ、オーディンさん、進路が北から少しそれてますけど……」
だが、セシルが、その事を察しもしないで、ハッキリと言いきってしまう。痛いところを突かれて、ピタリと動きを止めてしまうオーディン。
「あの……、モゴモゴ!」
セシルが再度、同じ言葉を言おうとしたところ、シンプソンが苦笑いをしながら、彼女の口を塞ぐ。オーディンが、その妙な声に、振り向く。
「あの、彼女何か言いましたか?」
と、もう一度苦笑し、オーディンと視線を合わせる。オーディンは、一度ムッとした顔をして、やたら作り笑いをしている彼を、じーっと見つめる。
「異議があるのかい?」
「いえいえ、ありません!よね、セシル」
「うう!うう!」
ひきつった笑いのシンプソンが、強引に、必要以上に、セシルの首を縦に振らせる。それを聞くとオーディンは、再び前を向いて歩き出した。二人は、オーディンから少し距離を開け、再び彼の後をついて行く。
「どうして?兄さんのことだから、何れ北に向かうわ!時間のロスよ!」
「これで、いいんですよ!なんだかんだ言って、ドライさんのことが、気になっているんですから……」
「時間がないのよ」
「しかし、それよりもっと大事なものもありますよ」
「?」
セシルは、使命感は強いようだが、どうもそれだけで、他の事には鈍いようだ。それだけを優先させる悪い癖を持っているようだ。兄妹でありながらドライとは対照的だ。
場面は再び、ドライの位地に戻る。
「やっぱりアンタか……」
ドライを助けた男、肩までドレッドの黒い髪をなびかせ、右の顔面には、眼の上を通る形で、大きな刀傷がある。右目はやられて眼球自体がない。服装も全身黒で、シックに決めている。歳はもう四十を越えていると言った風貌だ。顔にも多少皺が目立つ。瞳は全てを吸い込みそうな黒だ。何か一含みありそうな鋭さを持っている。腰には、鞘も束も、黒光りしている剣を帯刀している。
「よう、久しぶりだな、ドライ、何故本気をださん?」
彼は、疲れてしゃがみ込むドライに近づき、その腕を強く引いて、立ち上がらせる。
「へ、別に手ぇ抜いてる訳じゃねぇよ、にしても、『黒獅子』も、歳喰ったな、なぁルーク」
減らず口をたたいて、重そうに立ち上がる。彼の背中の後ろで、すでに精神的なピークを迎え、気を失っているローズが、ぐったりと倒れていた。
「疲れてんだな」
申し訳なさそうにそう言って、腕のの中に彼女を抱きかかえる。ローズはその中で、虚ろに目を覚ます。
「ドライ……、私……、ゴメン……」
意識は朦朧としながらも、戦闘が終わり。彼の腕の中に抱かれていることは、何となく理解できた。この胸の中は、眠り慣れているのだ。その安心感が伝わってくる。
「気にすんな、歩けるか?」
「ええ」
ローズは、足をしっかり地に着け、多少フラフラする頭を、左右に振り、正気を取り戻す。
体中の感覚が、元の戻ると、とたんにドライの横にいる男の様子が気になる。少しきつめに睨み付け、唯ならぬルークの気配に、警戒心を抱く。手は自然に腰元の剣を抜こうとしている。
「おい、ローズそんな警戒すんなって、俺の知り合いだ」
ドライが全く警戒をしていない。この手の男をである。彼らの世界で、同じにおいのする人間を信じることは、あり得ない。
「ふーん」
此処は彼に一歩譲って、ルークに対する表向きの警戒を解く。だが、完全に警戒を解いていないのは、彼女の目で解る。
「ドライ、俺、何か悪い事したか?」
ローズの警戒しきった視線に思わずたじろいでしまいそうになるルークだった。
「はは、その面じゃな」
「ふん……」
ドライは、修羅場をくぐってきた傷を持つ彼の顔を指さし、けたけたと笑う。ルークは一寸ムッとした顔をしてみせる。確かにこの顔では、悪人に見えてもしかたがない。しかしドライもそれに引けを取らないくらいの悪人面だ。だが、時折ローズを見るドライは、そうでない一面が見える。
ローズがふらつきそうになるのを見ると、すぐさま肩を貸す。
「やっぱ、チョイ休んだ方がいいみたいだな」
「平気、心配しないで」
ローズは、ドライに心配掛けまいと、虚勢をはってみせるが、顔色はいまいちさえない。疲れがピークに達している。
「無理すんなって」
結局、ドライが強引にその場を押し切り、ローズを休ませることにする。岩肌にもたれ掛かり、ローズをその腕の中に抱く。普段は、急な戦闘に備え、この様なことはしないのだが、今回は特別ローズを労うことにした。ローズは早速ドライの腕の中で、無警戒な顔をして寝る。それからルークも、適当な岩に腰を掛ける。
「ははーん、お前その女に、相当入れ込んでるなぁ」
ルークが好色そうな顔をして、意味有り気に、にやにやする。
「何言ってんだよ今頃、いっとくが比奴に手ぇ出したら、アンタでも……」
ドライの目が、ぞっとするほど殺気立つ。その殺気が一瞬、ローズの目を覚ましてしまう。二人の会話が、ぼんやりと聞こえる。
「変わったなぁ、あのドライが、一人の女にこだわるなんて」
ルークは煙草を出し、指先に火を灯し、一服しはじめる。ふっとついた息と共に、煙が宙を漂った。此処で漸く一息ついたという気分になる。
ドライは、此に対して、俯いてクスリと笑う。それからローズの髪を、指の背で、何度か掻き上げ、うっすらと目を開けているローズの顔を覗き込んだ。
「オラ、今のうちに寝とけ」
少し叱りつけるような口調だった。ローズはそれが自分のために言っている事だと解っていた。また目を瞑ることにする。
「お前、死ぬぞ」
ルークが、ボソリと言う。煙草の吸い殻を捨て、それを足で踏みにじる。
「へ、俺は死なねぇ、世界一の賞金稼ぎだぜ、雑魚なんかに負けるかよ」
へらへらとして、捕らえ所のないしまりのない口調で、寝入っているローズを眺める。ローズの寝顔が可愛くて仕方がないのだ。何かとちょっかいを出したくて、心がウズウズとしてくる。
「だが、あの様は何だ?俺の弟子にしては、不甲斐ないな」
ドライを罵り、そして自分にも腹を立てた様子で、ドライを睨み付ける。懐から、干し肉を出し、それを腹立ち紛れに食いちぎる。
「いったろ、俺は手ぇ抜いてねぇ」
「ああ、確かにテクニックはそうだ。だが、本気は出してないぜ、俺の目をごまかせると思ってんのか?」
干し肉が口の中で、クチャクチャと音を立てる。ルークは、ドライを指さし、口うるさい忠告をする。ドライは再び俯き、重くため息をつき、もう一度正面を向きルークを見る。それから、人差し指で、干し肉を一つ渡すよう彼に要求した。
ルークは一つ干し肉を取り出し、ドライに投げ渡す。
「で、そんなこと言うために、アンタ俺の前に出てきたのか?らしくねぇ」
話を強引にはぐらかそうとするドライだった。干し肉を食いちぎり、彼もまた頬の中で音を立てる。ルークのまどろっこしい質問に、鬱陶しさを感じた。ローズの方を向き、また彼女の髪を掻き上げる。
「そ、それは単なる偶然だ……」
少し、焦り気味に即答を返す。口のものが収まると、また煙草を一服吹かす。その時はもう落ち着きを取り戻していた。
「へぇ……」
一寸間を空けてから、不適にニヤリと笑いながら、ルークの方を横目でちらりと見る。彼は何かを掴んでいたようだったが、根拠がないので、彼をひけらかすのを止めた。
次にローズが、目を覚ましたのは、夕方近くだった。数時間は寝たと思われる。ふと、背中に暖かみを感じる。それはドライなのだが、彼も疲れているのか、うつらうつらしている。実に無防備だ。普段の彼なら、こんな事はない。だが、一つ条件が違う。目の前にはきっちりと目を覚ましたルークがいるのだ。
オーディン達と居るときですら、ドライはそれほど深い眠りについてはいない。ドライにとって彼はそれほど信頼できる男なのだろうか、ローズには納得がいかない。彼を警戒し、ジロリと睨み付ける。するとルークは、タバコを取り出し、ローズの方を意味有り気にちらりと見て、それをくわえる。それから暮れゆく夕日を眺めた。何かを待っているようだ。
「おい、女。食料が底をつきかけている。これから狩りに行く。ついてこい」
「何言ってるの?もう日が暮れるわ、ドライをおいてけない」
命令口調なルークに、きっぱりと反論するローズ。どのみち従う気にはなれない。それに食料なら自分たちの分が、十分にあるのだ。
「ふん、いいさ、ならドライと行く。ドライ!狩りだ。手伝ってくれ」
「ん?いいぜ」
目を擦り、ローズの肩を押さえながら、ゆらりと起きあがる。相変わらず何も考えないお気軽な性格で、即答をする。これを見ると、普段のドライだ。
「ドライ、食料なら十分あるじゃない!もう少し行けば街もあるし……」
ローズも立ち上がり、未だシャキッとしない彼の肩を揺さぶる。頭が前後左右にぶれる。
「な、お前なんか神経質になってないか、まさか生理……」
かなりイライラした様子を見せるローズを後ろから両腕で抱き、さり気なく胸と腹部を服の上からまさぐる。彼女の顔の横からドライの顔がヌーッと出てくる。
「バカ!」
思いっ切りドライの左足を踵で踏みつける。
「イデデ!へへ、まぁ、ゆっくりしてろ、疲れてんだろ?」
旧友に会ったせいか、ドライは少し嬉しそうだ。先ほどと同じように、何だか彼に安心感が見られる。だが、ローズはルークに対して、何かイヤな気配を感じた。
ドライとルークは、狩りに出たものの、周辺は荒れ地で、何か獲物のになるようなモノは存在しない。では何故ルークが狩りに出ようかと言い出したのか、ドライも少し変に思う。
「おいって、考えりゃ、最近は変動で、この辺に野ウサギがいるかどうかも、怪しいんじゃないか?」
改めて周囲の獣の気配の無さに、変動の影響を感じるドライだった。周囲の大地は不安定にひび割れを起こしている。最近は盗賊の変わりに、オークやゴブリンがのさばっている。この現状を知らないわけではあるまい。
「まぁ、まてよ。もう少しすれば、良い獲物が捕れる」
ドライをせっかちだ、と、言わんばかりに、ニヤリと笑う。
ルークとドライとでは、どうもルークの方が立場的に上だ。年齢差もあるが、二人の関係はそれだけではない。もっと他に重要なモノがあるのだ。
ドライは閉口して、一応彼のすることを見ることにする。
「考えりゃ、俺、アンタのそう言う上に立ったトコがいやで、縁切ったのによぉ」
「俺だって、お前の何かと反抗的な、ガキじみたところが、苦手だ」
二人には少し歯車が合わない部分があるようだ。別れたのはそれがきっかけらしいが、縁を切ったのはドライの方が先のようだ。
「じゃ、何で俺の前に現れた?」
「それも何かの『縁』だ」
二人は、ローズから少し離れた位地まで来る。だが、獲物の気配はない。もう少しルークの足に行き先を任せることにした。
一方、オーディン達も足を休め、今日の移動を止めることにした。火をおこし、適当な食事を始めることにする。
「やっぱり、ドライさんがいないと、静かですね」
シンプソンが、思わず心の声を表に出してしまう。オーディンの前で迂闊に彼のことを言ってしまったので、慌てて口を塞ぐが、オーディンの白い視線だけが返ってくる。ドライには、ついて行きがたい部分はあったものの、居ないのは淋しい。
〈あの意地っ張り、もうそろそろ戻ってきても良かろう。向こうは戦闘も苦しいはずだ〉
と、心の中で呟いてみるが、意地っ張りなのは、彼も同じだ。しかしなんだかんだ言って、ドライのことが、かなり気になっていた。心此処にあらずと、無表情に食べ物を口に運ぶ。
「オーディンさんて、以外と意地っ張りなんですね」
本人も薄々感じていることを、目の前で、きっぱりと言い切ってしまうセシルだった。痛いところを突かれて、オーディンは、喉に食べ物を詰まらせてしまう。顔を真っ赤にし、胸をどんどんと叩いている。
「ゴホ!ゲホ!!」
「ほら、オーディン、落ち着いて!お水……」
「す、済まない」
オーディンは、シンプソンに渡された水筒ごと、水をがぶ飲みする。そして、収まりがつくと、一呼吸をおいて、シンプソンに水筒を返す。
「私はただ、彼のああいう投げ遣りなところを、こう、悪い癖をだな……・」
する必要のない弁解を懸命にしてみせるオーディンだった。その姿が余りにも滑稽で、流石にセシルも笑ってしまった。シンプソンは笑っては悪いと思い、必死にこらえてみせるが、息がクスクスと漏れる。
「ふん!笑いたければ笑え、そろそろ陽が暮れる。寝る準備をしよう」
照れ臭そうに立ち上がり、一人寝る準備を整え始めるオーディンだった。
「おい!ルーク、いい加減にしろよ。獲物なんていやしねぇじゃねぇか!!」
獲物を探しに周辺を徘徊していた二人だったが、ルークの根拠のない歩みに、ドライはついに我慢できなくなった。
「そろそろ良いだろう。時間といい、場所といい……」
ルークは足を止める。声のトーンも何だか低い。陰のある感じだ。ドライの方を向き。すらりと剣を抜く。闇に紛れてしまいそうなほど、真っ黒な刀だ。
「な、何だよ」
「やはり私も歳でな、達人を同時に数人、相手にするほどのスタミナはない。此処半年、お前が一人っきりになるのを、ずっと待っていた。行くぞ」
突如ルークがドライに斬りかかる。彼はこれを予想もしなかったが、紙一重でかわす。そして、すぐさま戦闘体勢を整える。
「てめぇ、まさか!」
「死ね!」
ローズほど強力な魔法ではないが、光弾を多数、連打して放ってきた。しかしドライは、魔法を跳ね返すシールドを張ることが出来る。魔法は全て彼の眼前で跳ね返り、ルークの方へと跳ね返って行く。
「ほう、多少は魔法が使えるようになったようだな」
だが、彼はこれを落ちつき払って、相殺する。
「どういう事か言えよ!!」
ルークの裏切りとも思える突然の攻撃に、ドライは驚きと動揺を隠せない。
「ふん、言うなれば宿命……か」
「宿命?」
その日暮らしで自己中心的に動く賞金稼ぎに、ふさわしくないこの言葉に、ドライは全くピンと来ていない。
「御託はいい、本気で来ないと死ぬぞ!!」
更に突っ込むルークとドライの、熱い剣の交わりが始まった。
「お前の太刀筋は、全て読めるぞ!教え込んだのは俺だからなぁ!」
力では、圧倒的にドライの方が有利だが、彼の癖を知っていて、なおかつ磨かれたテクニックを持っているルークの方が、わずかに有利さを見せた。ドライになかなか攻撃するチャンスが廻ってこない。
「お前の一つ目の欠点は、切り札を持たないことだ!」
「ゴチャゴチャうるせぇ!!オラァ!」
自分の不利に、ブチリと頭の血管を切ってしまいそうになるドライ。力任せにルークをはね除け、大きく振りかぶり、剣を縦一文字に振り下ろした。
剣先が音速を超え、あまりの早さに、剛刀が撓った残像を見せる。彼の振るった剣から、真空の刃が飛び出た。それは、彼を中心に、前方後方へと、広がりながら飛んで行く。何とか生えている周囲の樹木が数本なぎ倒された。バリバリと音を立て、大地にも大きな亀裂が入る。
ルークの服が、少し斬れている。剣を振るったドライからは、ほのかに闘気が立ち上っていた。
「なに?」
この轟音は、ローズの所にまで届いた。その直後、疾風が彼女を襲う。この時に、ふと、いやな予感が走る。急いでその音のする方へと向かうことにした。
「そうだ、それだ!ゾクゾクする。そう思わないかドライ!」
ルークの表情がギラギラとした喜びに満ちあふれる。破れた服の切れ味の良さを感心している。それと同時に、瞬時に破壊された周囲の景色を見渡す。
「ふん!」
今度は、その剣を下から斜め右上へと振り上げるドライ。大地の亀裂が、這うようにルークを襲う。
「くっ!」
ルークはかこれをわすのが精一杯の様子だ。
少しこんな状態が続く。そしてドライがもう一振りしようとしたとき、ルークがまた口を開いた。
「ドライ!その剣圧!女を襲っていなければいいがなぁ!!」
彼の挑発に熱くなり、剣を力任せに振るっていたドライだったが、この言葉を聞いて、動きがピタリと止まってしまう。顔が一瞬のうちに蒼白になる。ふとローズの顔が浮かんだ。
「もらったぁ!!」
その隙を、ルークが見逃すはずもなく。ドライに剣を斬りつける。だが、ドライは何とかこれを、身を引いてかわした。胸からうっすらと血が滲み始める。後少しで致命用という所だった。
「流石だ。動揺しながらも、かわすとは、ククク……」
ルークは完全に戦闘を楽しんでいる。逆にドライは、この戦闘を楽しむ心のゆとりなど無かった。
「てめぇ……」
歯ぎしりをして、動きを封じられたことに苛立ちを覚え始めるドライ。身構えては見せるが、先ほどのように、剣を振るうことが出来ない。
〈いや、まて、ヤツはスタミナを気にしていた。性にはあわねぇが、持久戦なら勝てる〉
ルークを倒す解法を、ドライが見つけた時だった。
「ドライ、お前の二つ目の欠点は……」
「なんだよ」
ドライは、今の自分に、大した欠点はない。そう言う意味を込めて、返答をする。
「その右足だ!ハァァ!!」
ルークが剣を見つめ始めた。一瞬隙が出来たように見えたが、その異様な雰囲気に飲まれてしまい、攻撃が出来なくなってしまうドライ。彼の気合いは、剣を通じその矛先から、深い青をした、彼の顔の大きさくらいはある立方体が出現した。すると、ドライの右足がとたんに言うことを聞かなくなってしまう。力無く右方向に倒れ込んでしまう。
「なんだ!おい、故障か!!」
この非常時に言うことの聞かなくなった義足をガンガンと手で叩いてみる。感じる筈の痛みも感覚も全くない。関節部分が、操り人形のように、ぶらぶらしていて、全く機能していない。
「ちがうな、このエナジーキューブで、此処周辺の魔力を無力化した。勿論俺の魔法もだが、比奴は日光に弱くてね」
ドライはギョッとした。魔法を無力化されたことではなく、ドライの右足が義足であることを、ルークが知っていると言う事実にだ。右足を失ったのは、彼と別れてから後の話だ。それに、数人を除き、彼が義足をしている事を知っている者は殆どい。ルークがそれを知っていることは、あまりにも不自然すぎる。付け加えてこういう形で、動きを封じられるとは、思いもよらなかった。
ルークが間合いを詰める。
〈殺られる!!〉
心の中でそう叫び、額に冷や汗を流すドライだった。死を間近に恐怖したのは、この時が、初めてだった。誰のために恐怖したのか、おそらく自分のためではなかった。
その時だった。ローズが二人の間合いを引き裂くように、闇の中から、音も無しに割り込み、連撃で、ルークを数歩退かせる。
「女の感は、当たるのよね、集魔刀の一種……」
空中に浮いている立方体を眺め、準備運動がてらに、レッドスナイパーを目の前で、左手で数回八の字に振り回す。それから、ルークに対して、斜めに構え、強く睨み付ける。
「ローズ、止めろ!お前の腕じゃ、ヤツに勝てねぇ!!」
右足を引きずりながら、今度はドライがローズの前に背中で壁を作る。
確かに魔法主体で戦うローズにとって、ルークに対して剣術のみで立ち向かうのは、不利なものがあった。だからといって、このまま引き下がるわけには行かない。
「やれやれ、一人一人確実にと思ったが……」
一瞬、ルークの動きが止まる。しかし次の瞬間、眼に夥しい殺気をたぎらせ、二人に襲いかかる。
「ドライ、ゴメン!!」
ローズは、ドライの左足を引っかけ、その場に倒し、自分は真っ向からルークに立ち向かった。剣の長さはほぼ同じ、身長の分、間合いは少しルークの方が長めだ。数回剣を交えた後、ローズの方から間合いを広く取る。
「どうした!それでは、お前も攻撃できんぞ!!そらそらぁ!!」
ルークの剣の振りは、素早く切れ味がよい。おまけに戻りも早い。攻防に全くの隙がない。やはりローズは、思ったように剣を振るうことが出来ない。だが、手はないでもない。
ローズは、ルークの目の前に、手を付きだした。
「シャイニングナパーム!!」
ロースの掌からの瞬間的な閃光で、ルークの目がくらむ。
「くっ!」
今度は逆にルークの方が身を引く。ローズの剣がわずかにルークの服をかすめる。
「幾ら魔法の威力を無尽蔵に吸収する物体でも、瞬間的に発せられる光までは吸収できない!!」
ローズが更に数歩間合いを詰め、致命の一撃を与えようとしたが、ルークはその気配を察知し、剣を素早く水平に振ってくる。その隙の無さに、すかさず身を後ろに引くローズ。
ルークの抜け目のないところは、このわずかな剣の戻りの遅さを、逃さないところだった。ガードが甘くなったローズの懐に、素早く飛び込む。
「もらったぁ!!」
「しまっ!!」
「でやぁ!!」
「なに!」
なんとドライが、横から、ルークにタックルをかましたのである。二人とも雪崩れ込むようにして、横っ飛びに地面に倒れ込む。
「き!貴様ぁ!!」
ルークは素早く立ち上がり、倒れ込みながらも「してやったり」と、ニヤッと笑うドライの左胸に剣を突き立てようとする。しかし今度はそこにローズが、剣を振り回しルークに突っ込んでくる。
「ちっ!」
キン!キン!と、剣同士が激しくぶつかり合う音がする。勢いで、ローズの方が足を前に運んでいたが、ルークは彼女の隙を誘い出そうと、これにじっと耐えている。そしてこの立場も直ぐに逆転してしまい、あっと言う間にルークの優位に変わる。
だが、ドライがナイフを投げつけ、ルークの優位を潰しにかかる。片足であるドライのスピードは、知れたものだが、ナイフの腕は別だ。確実にルークを狙ってくる。これが、ルークが二人同時に相手をしたがらなかった理由だ。スタミナの消耗が早くなる。
今度はローズが、ルークの懐へと飛び込んだ。これを見たルークが、素早く剣を大地に突き刺し、両腕で、ローズの左腕を取り、足を払い、その場に仰向けにねじ伏せ、足で肩を固め、力任せに手首を逆手に捻った。
「五月蠅い女め!」
「きゃぁぁ!!」
バキン!という感触の悪い音を立てて、ローズの左腕が砕けた。彼女の顔が苦痛に歪む。この瞬間、ドライはもう二人の側まで近づいていた。だがルークは、これも見越していた。素早くローズから足をほどき、がむしゃらに突っ込んできたドライの喉元を、逆立ちをすると同時に、蹴り上げた。
「せっ!」
「がぁ!!」
ドライの身体が宙に舞い、数メートル向こうまで飛び、ドスン!音を立て、その場に仰向けになって、落ちる。ルークが剣を抜き、ドライに近づき、剣を彼の心臓の上に、ぴたりと宛う。
「はぁはぁ……、手こずらせてくれたぜ、流石だ」
ルークの息は相当上がっていた。とどめを刺す前に、呼吸を整えようとしてる。
「クソッたれ」
息を詰まらせながら、最後のあがきを見せるドライだった。両腕で矛先を挟み込み、上に持ち上げようとする。が、しかし、思いの外、蹴りが強く入ったので、思うように力が入らない。
「まだ!まだ終わってない!」
力無く左腕をぶらりと下げたローズが、痛みを堪えながら、ゆっくりと、ルークに近づく。顔は青ざめ、額から脂汗すら流れている。ルークは一度、警戒してみるが、どう足掻いても彼女に勝ち目はなかった。
「まずは、ドライだ。比奴さえ殺れば……、寝てろ!ハァハァ……」
「あう!」
彼女を足蹴にし、目標を再度ドライに絞る。その時だった。
「まてよ!一つだけ、一つだけ聞きてぇ!何で俺の右足が義足だって事見抜いた!」
これは彼が戦闘を始めてからずっと気になっていたことの一つだった。
「ふん、良いだろう。全部話してやるよ。五年前だ。お前が別の女連れていた時があっただろう。ノアーは爪が甘い、お前等二人は、崖下に落ちた。その後、ドライ、お前は気を失っていた。女を庇って下敷きになってな、それで俺が後始末をすることにした。ノアーは自分の手柄だと思っていたようだが?その後だ。健気な女だったよ。お前を守るといいだして、この私に剣を向けてきた。後は簡単、奪うのも殺すのもだ、剣の切れ味が良さそうだったんで、試させて貰った。お前は弟子でもあったから一応の情けはかけたやった。片足では足らなかったか?今頃、のこのこ現れなければ、こんな事にはならなかった。愚かなヤツだ」
ルークが勝ち誇って、ニヤニヤと笑う。
「チックショウ!!なんでだ!何でなんだよ!」
目を見開き、憎しみの隠った視線をルークに向けるドライだった。
「それも簡単だ。宿命……だ。死ね」
ドライの胸に剣が刺さる瞬間だった。
「まった!そう簡単に、悪い方へ話を進めることは、私が許さん!!」
そこには、オーディンが、セシル、シンプソンも立っていた。
「喋りすぎた……か、一時お預けだな」
ルークは、分が悪くなるのを感じ、さっと闇の中に姿を隠す。彼が姿を消すと同時に、あの不思議な立方体も消滅し、ドライの義足も再び動くようになった。
すると、とたんに立ち上がり、ルークの後を追おうと、ブラッドシャウトを拾い、駆け出そうとする。が、しかし、オーディンがドライの腕を掴み、それを引き留める。
「待て!追ってどうする!!」
オーディンに、腕を捕まれ、追うタイミングを逸してしまったドライは、しかたがなく追うのを止める。
「ちっ!」
自分の服を掴んでいるオーディンの腕を振ってふりほどく。
しかし、追うのを止めた理由はそれだけではなかった。今のドライではルークに勝つことは出来ない。ルークは、ドライが一人になるのを待っているに違いない。
「それより、レディーのほうを心配してやれ」
オーディンの言葉に熱気が冷め、すでにシンプソンの治療を受け始めているローズの方を振り返る。それから、ルークの去った方角をもう一度見渡す。
「なんで、お前等此処に居るんだよ」
しかし、ドライから出た一言は、ローズに対する労いではなく、オーディン達に対する不満じみた疑問であった。勿論、彼等が自分の近隣を歩いていたことも、騒ぎを感じて駆けつけてきたことも、大方の予想はついていた。
ふてくされるドライを、一発はり倒したくなったオーディンだった。拳を作り、その苛立ちと怒りに歯ぎしりをする。だが、声が妙に無表情なので、怒りは直ぐ収まる。ドライの顔には、敗北した悔しさがにじみ出ていた。剣士として彼の悔しさは解るが、今は他に幾らでも気を配らなければならない事がある。
「それより……」
「ああ、解ったよ」
オーディンが今一度、言おうとしていることを察知したドライは、シンプソンに手当を受けているローズの額の汗を拭ってやる。
「済まねぇ、世話かけちまった。痛むか?」
一寸は、気を利かせた感じで、ローズの頬を撫でてみせる。いつも落ち着きのある方ではないが、慰める言葉にも、そわそわして落ち着かない感じが伺える。目を合わしているが、彼女の機嫌を伺う様子が見られる。
「大丈夫、ふふふ……」
ドライが、イヤに周囲の気配の流れを気にしているのを珍しく感じたローズは、腕の痛みを感じながらも、それをおかしげに笑う。
「なんだよ」
暗い落ち込んだ事態を想定していたドライだったが、ローズの意外な反応に、驚きを感じ、余計に戸惑いを感じてしまう。
「完敗、ね」
マリーの死が、意外な展開だったことに、ガックリきているのは、少しやつれた感じの声で解ったが、無理に作った笑いではなかった。瞳の色に高ぶりを感じない。
「はん!死んでねぇから引き分けだ!!」
一寸苦しい言い逃れをするドライだった。マリーのことに関しても、どちらかと言えば、ドライの方が引きずりがちだ。だが、ついた筈の決着も、振り出しに戻ったことで、もう一度目標を取り戻すことが出来た。今度こそ、それを切ることが出来るだろうか、いや、絶ち切らなければならないのだと、ドライは思う。
「さぁ、戻ろうか」
ローズの怪我を治したシンプソンに対して、オーディンが声を掛けた。何気なくドライに背中を見せる。
「オーディン……」
この場にきて、そんな事を言い出す彼に、シンプソンはため息混ざりの返答。心配なくせに、頑固な態度を見せるオーディンをどうしようかと、思考を巡らせる。その時だった。
「お、俺は別に、かまわねぇんだがよぉ……、二人だと、ローズがきつそうだから、その、仕方なく、テメェ等と居ることにしてやる……ぜ」
と、ドライもオーディンに背中を向け、後頭部を掻いて照れ臭そうに、ぼそぼそと、遠回しに言う。今回のことに関しては、ドライに非があったのは確かだ。本人もそれは重々承知しているし、反省もしている。自分が倒れたときに、誰がローズを守ってくれるのか、それも考えると、やはりこれから二人だけで旅をするのは危険だと感じた。
「私は、別に構わないが、二人がなんと言うかな?」
オーディンは、態と突っぱねるようにして、腕組みをして背をそらし、偉そうに声を張り上げる。
「私は良いですよ。別に……」
「勿論よ」
オーディンとしては、此処でもう少し、じらしたい気分だったのだが、二人は、それをすることはない。あっさりとこれを認める。しかし、ドライは、これでは不満だったのか、シンプソンの後ろの回り込み、意味有り気に、彼の肩をも見始めた。
「メガネ君、『別に……』じゃねぇよな!」
ドライの握力が次第に強まり始めた。
「え!?あ、いや、あの!是非ともお願いします」
「だろ?だろ?やっぱり俺がいねぇとな、ま、そう言うわけで、いてやるよ!」
これは、誰が見ても明らかに脅迫だ。返す言葉が何も見つからない。ドライの態度に、不服そうにしているオーディンがいた。セシルも何だか白い眼をしている。
「なんだよ」
そう言って不服そうなオーディンに、横目で対抗するドライだった。
「いや、別に……」
と、これを避けたオーディンだった。ドライから視線を逸らし、横を向いてしまう。すると、ドライがまたオーディンに突っかかった様子で、彼の周りを回るように、ウロウロし始めた。またもや喧嘩をしてしまうのではないか?シンプソンがそわそわし始めた、その時だった。
「サンキューな」
照れ臭そうに、一瞬立ち止まり、オーディンの横をすれ違うようにして、ぼそっと話すドライの姿があった。
タイミング的にはずれている所に、ドライの素直でないところが現れているが、一寸した成長だろう。あまりにもドライの意外な反応を、耳がおかしくなったのかと思っい、耳を、掘ってしまうオーディンだった。しかし、「ドライの言ったことが本当ならば」と、仮定の下で、返答を返す。
「いや、いいさ、気にするな」
この会話は、周囲には聞こえなかった。だからドライが何も無しに、すれ違ったようにしか見えない。ともかく胸をなで下ろすシンプソンだった。けれども、ローズには、ドライの表情から、何を言っているのか、大体の察しはついた。何しろ照れ臭そうにしているのだから、言っている言葉は限られる。これを見てくすっと笑った。
「どうしたの?」
極純粋に、ローズの笑みに対して、疑問を抱くセシル。
「気にしない、気にしない!」
礼を言ってオーディンから離れ、ドライがローズに向かって歩いてきたところに、彼女が彼の腕に絡んでみせる。
「意地っ張りぃ」
ニヤニヤッと笑い、ドライを横目で見上げて、彼のむず痒い部分を態とつついて見せる。
「何のこったか……」
一応、取り繕ってみせるドライ。照れ隠しに、頬の辺りを人差し指で掻いてみる。それから何度か、自分の心を見透かしているローズを、ちらりちらりと、覗いてみる。
兎に角、多少の蟠りはあるものの、一応元の鞘に収まった彼等五人だった。