2日目
まるでお粗末なアニメのような木でできた釣竿に、おもちゃのようなルアーをつけて、ぼくは釣り糸を垂らしていた。腰掛けている岩肌は決して座り心地が良くはない。比較的波は穏やかだ。
くんっ、と釣竿がしなる。ぼくはすぐさま不安定な足場の踏ん張りどころを探した後、ぐい、と釣竿をこちらに寄せる。
――が。ぷつり、と糸がきれ、ぼくはその場で尻もちをつく。
「ああ……」
思わず溜息が漏れる。釣竿が無事だったのはいいが、ぼくにはもうエサになるものがない。もう帰ろう。そう思って岩場を登っていると、背後からばしゃり、と音がする。水面にはヒレのようなちいさな山が浮かんでいた。
「さ、サメ?」
ぼくが恐る恐る近寄れば、水面に浮かんだ目の部分に白い模様が見えた。
「シャチだ!」
ぼくは嬉しくなって水面ギリギリまで下りると、シャチもこちらに寄ってきてくれた。そのうち、シャチが口元をこちらに寄せてくる。そこに咥えられていたのは、先程までぼくが使っていた粗末なルアーだった。
「ぼくのルアー!」
手をのばせば、ぼくの手元にそれが戻ってくる。
「きみが釣れたのかな? すまなかったね」
シャチの背を撫でてやると、まるでおねだりをする犬のように尾をばたつかせながらぼくの傍らに寄り添う。
「気持ちいいかい?」
「ああ、気持ちいいな」
低い、テノール歌手のような男性の声が聞こえてきて、ぼくはびくーっ、と体を跳ねさせる。
「ああ、すまないね。あまりに気持ち良かったから、つい」
「きみは話せるのか!?」
「長年生きているからね。それよりも、私は鼻の下あたりを撫でて貰う方が好ましいんだ」
そう言うと、シャチは口元をぼくに向ける。
「ここかい?」
「いや、そこじゃない」
シャチはヒレでぼくの手を誘導する。
「ここ?」
「そうそう。あー気持ちいい」
満足気にキュ、キュ、と鳴くシャチを見て、ぼくは口元を綻ばせたのだった。