酒場従業員(2)
「お客さん、閉店時間ですよ」
「…俺ァ今日…ここで寝るん…だ……」
「…参ったわね」
少女を部屋に誘ったは良いものの、一人の泥酔した客が席を離れようとせず、私は途方に暮れていた。
普段なら荒々しく追い出してしまうのだが、少女にどう見られるかが気になってしまい手が出せない。
あ、でも決してあの子をそういう目で見てるとかではなく、教育衛生上問題ないかが心配なだけで、えーと…
誰に向けるでもない言い訳を考えていると、少女が男性客へスタスタと近付いてきた。
「おっちゃん、勘弁してよ。私これからお姉さんとイイコトするんだからさ」
「…あ?いいことだぁ?」
少女のハッキリした声は酔っ払いにも届きやすいのか、テーブルに突っ伏していた頭が持ち上がる。
え、今何て…イイコト???
私の疑問符をよそに少女は続ける。
「このお姉さんの部屋に呼ばれちゃったから、早いとこ閉店してもらわないと困るのよ」
「けっ、そりゃあ結構だな…だが俺には関係ねえ」
相手が非力そうな女だと分かったからか、男は頑として動こうとしない。相手がオーナーならすぐ立ち上がる癖にな、と内心で毒づく。
「そう?お姉さんの知られざるあんな事やこんな事を教えてあげようと思ったのになぁ…」
「な、なんだと!?」
男が音を立てて立ち上がる。が、酔いが回っている為かすぐにまた座った。今度は行儀よく少女の話に耳を傾けている。
しかしあんな事やこんな事、とは…?
「お姉さんってここのアイドル的存在なんでしょ?」
「そりゃあおめぇ、城下町に酒場は数あれど、ここに通う男は皆このねーちゃんが目当てと言っても過言じゃねぇ」
「そんな彼女と寝た感想、ファンの皆に教えてあげようと思ったんだけど…おっちゃんが居座るなら仕方ないかぁ」
ね、寝るんですか!?!?!?
私の衝撃をよそに、男がワナワナと震え出す。
「ぜ、絶対教えろよ!!!絶対だからな!!!」
「はいはい、早く出てってよ」
男は大慌てで代金をテーブルに叩き付けると、足早に店を出ていった。
店内に静寂が訪れる。彼女のお陰で助かった。
しかしあまりにも気になる発言が多かったので、私は問い詰める事にした。
「あの、イイコトって…?」
「え?まかない料理振舞ってくれる以上の良い事って何かあるの?」
「ななななないよねある訳ない!!!!!よ~しお姉さん張り切って作っちゃうぞ☆」
私の慌てる様子に少女が吹き出す。
笑った顔の愛らしさに思わずドキッとしたが、それ以上に羞恥心が勝っている。自分で赤くなっているのが分かるほど顔が熱い。
「で、でも私と寝るって言ったのは!?」
「え?ベッド2つあるの?」
「なななないです狭いけど隣で寝るしかないよね!!もし寝相悪かったらごめん!!!!」
私の焦りように少女はケタケタ笑う。
これじゃまるで私が期待してたみたいだ。
「うう…でもあんな事やこんな事って言うから…」
「言うから、何?」
そう言う少女はいつの間にか私の目の前まで顔を近付けていた。少女の大きく美しい目が視界に飛び込んで来る。
驚いて息を呑む私に、少女が重ねて尋ねた。
「どんなこと想像しちゃったの?」
いたずらっぽく微笑みながら囁きかけてくる。
心拍数がみるみる上がるのを感じた。
「あの、それは…」
「ふふ、部屋でゆっくり聞かせてよ」
少女の柔らかい手が私の手を握ってくる。ガチガチに固まった体を何とか動かし、私は部屋へと向かった。
オーナーごめんなさい。
明日は遅刻するかも知れません。
みかんが美味しい季節ですね。
でも百合は年中美味しいので最高です。
炬燵でみかん食べながら百合を読みたい。