酒場従業員
城下町で一番大きなこの酒場には情報収集や討伐依頼に使う為の掲示板がある。魔王が復活してからというものの、魔物が凶暴化し討伐依頼は増えるばかりだ。
「お姉ちゃん、麦酒もう一杯!」
「はーい、ただいま!」
魔物の被害に遭う人間が増える一方、そのお陰で潤う人間もまた存在する。
討伐依頼の報奨金で生活する冒険者や武器商人、そして私達…冒険者が集まる酒場の従業員だ。
「そろそろスタッフをもう一人雇わないとな、仕事が増えてあんたも大変だろう」
「あらオーナー、私は大丈夫ですよ!この仕事、好きですから!」
私のような一従業員にも気を配ってくれるオーナーや気の良い冒険者達、酔って歌い出す吟遊詩人…
いつでも賑やかなこの場所を私は気に入っている。
「しかしここも新しい客が増えてきたな。今日も見慣れない顔が大勢だ」
「そうですね、有り難い事です…あら?」
店内を見渡すと新規顧客の中でも一際目立つ人物が目に付いた。屈強な冒険者達に紛れて、華奢な少女が掲示板を見つめている。
「あの子随分若いけど…旅人さんかしら」
「お姉ちゃん、こっち注文頼むぜ!」
「あ、はーい!!」
疑問は客の呼ぶ声に掻き消され、酒を頼まない少女とは閉店まで話す事はなかった。
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「お客さん、もう閉店だけど…ずっと掲示板見てたの?」
「あ、ごめん…使い方がよく分からなくて」
店内には閉店作業をする私と酔いつぶれた数人の冒険者、そしてあの少女だけが残っていた。静かなホールに少女の凛とした声が美しく反響する。
「まともに魔物と戦った事がないから、自分に合った依頼も検討付かないんだ」
「魔物以外とは戦った事あるの?」
「城の兵士さん達となら」
研修中の見習い兵士だろうか。ともあれ従業員として掲示板の使い方を一通り説明する。
「ありがとうお姉さん、助かったよ」
そう言って微笑む彼女の瞳が吸い込まれそうな程美しく、私は思わず固唾を呑んでしまった。
それを悟られぬよう、私は慌てて話し始める。
「お腹空いてない?ここでは何も注文してなかったでしょう」
「確かに空いてるかも。宿が見つかったらそこで携帯食でも食べようかと思ってたけど」
「なら私の部屋でここのまかない料理でもどう?」
少女がこちらの言動を怪しんでいない様子に安堵してしまい、つい余計な事を言ってしまった。こんな時間に酒も飲めない少女を部屋に連れ込むなんて、不審者同然ではないか。
しかし私の後悔とは裏腹に、少女は喜んで誘いを受ける。
「良いの?お姉さん可愛いからゆっくり話したいと思ってたんだよね」
見た目によらず振る舞いは軟派なのだな、と意外な一面に一瞬戸惑ったが、幼さが残る少女の愛らしい笑顔に邪悪さは感じられない。
ただ…少女の美しい瞳の奥にギラついた光が見えた気がしたのだが、気の所為だろうか。