姫(2)
「そなた、何を申しているか分かっているのか!?」
大臣の大きく、それでいて震えた声が王座の間から聞こえてきた。いつものんびりとしている大臣が声を荒げるなんて珍しい。
無理もないか。今私の父…王と謁見しているのは、昨夜客間で私に俗世間の様々な…本当に様々な事を手取り足取り教えてくれた女勇者だ。
良くも悪くも肝が据わった彼女が突拍子もない事を言い出したであろう事は想像に容易い。
「入っても良いかしら?」
小声でそう尋ねると警備兵は少し困った顔を浮かべたが、渋々頷いた。ゆっくりと王座の間に足を踏み入れる。
「そりゃ分かってますよ。でも世界の為とはいえたった一人に命懸けの戦いを押し付けられるんですよ?一国のお姫様の寵愛を受ける権利くらい欲しいじゃないですか」
女勇者の可愛らしくも堂々とした声が鼓膜を擽ると、昨晩の事が思い出され身体が火照る感覚が襲ってくる。ああ、なんと恐ろしい勇者様なんだろう。
「しかし跡取りはどうするつもりだ?姫は私の一人娘…そしてお主は女なのだぞ」
「…良いではないですか、お父様」
「なっ…!?」
父と大臣が目を丸くしてこちらを見た。
女勇者は昨日ぶり、と呟くと軽く手を振ってくる。王族を前にしても堅苦しさのない態度が心地よい。
「遠い雪国では同性同士の生殖が可能になる魔法が編み出されたのだとか。それを使えば子は設けられましょう」
というのは昨夜女勇者が持ってきた下世話な情報誌で得た知識である。王族の教育係の教えでは決して得られない情報の数々に胸が踊り、隅々まで目を通してしまった。
「ひひひひ姫様!!何故貴女がそのような…!!」
私の口から出たとは信じ難い発言に、大臣は今にも卒倒しそうなほど青ざめている。
ごめんなさいね大臣、清純な姫は昨日死んでしまったの。
「…お前はそれで良いのか?まだ深く知りもせぬ相手を軽々しく欲する相手だ、旅の道中で同じ事を繰り返さないとは限らぬぞ」
父が険しい顔で尋ねてくる。すると女勇者があっけらかんとして口を開いた。
「限らないというかその気マンマンです。姫様だけと言わず世界中の女の子にチヤホヤされたいだけなので」
「貴様、無礼が過ぎるぞ!!」
大臣は顔を青くしたり赤くしたり忙しそうだ。
確かに彼女は耳を疑う発言ばかりするのだが、常識に囚われず欲に忠実な生き様を私は気に入ってしまった。悲しくも人は自分に無いものに惹かれてしまう生き物なのだ。
「良いのです。私は彼女の旅に着いて行けないのですから。しかし勇者様」
「ん?」
「世界を救った暁には、私だけを見て下さいませ」
「あはは、しょうがないな…良いよ」
女勇者はそう微笑むと真っ直ぐに私を見つめてきた。
この空間で彼女が敬語を使わないのは私にだけ、という事実が私との距離を示しているようで嬉しくなる。
彼女がしているのは最低な申し出なのに、彼女の無邪気な笑顔に胸の高鳴りを抑えられなかった。