百合っコビットのゆるゆる大冒険
瞼の裏を白くする光を感じ、わたしは目覚めた。
しかしすぐに起きたりしない。
窓の光から逃れるように寝返りをうつ。
こうやってベッドの中でしばらくウダウダするのが気持ちいいんだよね……。
と思ったら、おなかにモフッとした感触が当たった。
起きてみると、窓から顔を突っ込んだシジュウカラの母さん、カラ母さんがいた。
オオビト族はシジュウカラのことを『小鳥』なんて呼んでるけど、わたしたちコビット族には『大鳥』だ。
カラ母さんは、小豆みたいな大きな瞳で言った。
「おはようリリー。
市場に産みたての卵を持っていくところだったんだけど、まだ寝てるあなたが見えたから、こうして起こしてあげたのよ。
寄り道したらお腹がすいちゃったわ」
「おはようカラ母さん、ちょっと待ってて、たしかここにヒマワリの種が……」
わたしはベッドサイドにある棚の引き出しにしまっておいた、ヒマワリの種を握りしめる。
夜中にお腹が空いたときに食べる用だったんだけど、カラ母さんのクチバシに差し出した。
それからわたしはベッドから起きだし、パジャマからいつもの勇者ルックに着替える。
青いシャツにショートパンツ、あとはマント。
そして、ママからもらった勇者のティアラ。
鏡の前でくせのある赤毛を三つ編みにしてひとつにまとめたあと、部屋を飛び出す。
二階の廊下では、今日の掃除当番であるミントちゃんがいた。
彼女はモップを改造したスリッパで、スケートみたいに滑り回っている。
「おはよーミントちゃん!」
「リリーちゃんおはよー!」
ミントちゃんはわたしのパーティでも最年少の女の子で、いちばんちっちゃい。
しかし元気だけはいちばんで、ポニーテールが髪につくヒマがないくらいに動き回る。
いつもジャンパースカートを着ているんだけど、あまりにスカートがめくれるのでスパッツを穿いているくらいだ。
わたしはミントちゃんに負けない元気さで一階に駆け下りる。
すると台所にはゴハン当番のシロちゃんが立っていて、芽キャベツを包丁で千切りにしていた。
「おはよーシロちゃん!」
「あっ、おはようございます、リリーさん」
シロちゃんは長い黒髪が似合う、おっとりした大人しい女の子。
今日もまっさらみたいな白いローブ、控えめな笑顔がまぶしい。
わたしはシロちゃんの笑顔にほっこりしつつ、裏口にある庭へと飛び出す。
そこには薪割り当番のイヴちゃんがいて、目が合うより先に怒鳴りつけられてしまった。
「遅いわよ、リリー! いつまで寝てんのよ!?」
イヴちゃんは金髪のツインテールをリボンで結っていて、いつも騎士の鎧を着こなしているお姫……いや、いいとこのお嬢様だ。
彼女はとてもガミガミした性格なので、わたしは怒られてばっかり。
「今日はアンタが朝の買い物当番なんでしょ!? さっさと市場に行って卵買ってきなさいよ!」
いつもなら追い立てられるようにしてわたしは市場に走っていくんだけど、今日はちっとも慌てない。
じゃじゃん、と背中に隠していた卵を差し出した。
さっき、カラ母さんに起こしてもらったついでに売ってもらったものだ。
しかしイヴちゃんは、「シジュウカラの卵ぉー?」と不服そうだ。
「アタシ、今日はウズラの卵が良かったんだけど」
「まあまあイヴちゃん、シジュウカラの卵もおいしいよ。それと少し遅くなったけど、おはよう」
「少し遅いどころじゃないわよ! アンタの場合は『おそよう』でしょうが! だいたいアンタはいっつも……!」
わたしはイヴちゃんのお小言を聞きながら、薪割り台の隣に卵をセッティング。
金槌で卵をコンコン叩いて、頭の部分の殻だけを取り除く。
オオビト族なら卵なんて指先で割るんだろうけど、コビット族のわたしたちはこうやらないと卵が割れないんだ。
割った卵を台所の窓越しにシロちゃんに渡すと、ジュゥー! と卵の焼けるいい匂いが漂ってくる。
その匂いを夢中になって嗅いでいると、いつのまにか隣にはクロちゃんがいた。
彼女は気持ちのいい朝でも、黒いローブのフードを被っている。
いつもむっつりした無表情だけど、わたしは不思議と彼女の感情がなんとなくわかった。
「おはようクロちゃん」
無言で頷き返してくれるクロちゃん。
彼女は基本的には無口なんだ。
クロちゃんは街のカフェでもらってたのであろう、クエスト依頼の紙を持っていた。
そういえば、今日は『冒険の日』だったんだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
朝ゴハンはパンにベーコンとスクランブルエッグ、芽キャベツのサラダ。
デザートはヘビイチゴのヨーグルト添えだった。
5人で楽しい食卓を囲んだあと、わたしたちはウサギのミルクを飲みながら、今日の冒険について話し合う。
クロちゃんがカフェで見繕ってきた冒険は、ぜんぶで3つ。
『厨房で悪さをするネズミを退治』
『卵を産まないニワトリの説得』
『緊急事態の対応』
オオビト族は私たちコビット族以外とは話ができないので、他の動物たちとはよくトラブルになる。
しかしネズミなどは動きが素早いので、やっつけられないときは彼らと同じくらいのサイズのわたしたちに依頼が来るんだ。
といってもネズミは強いので、わたしたちは戦うよりも説得して悪さを止めてもらうようにしている。
好戦的なイヴちゃんだけは、ひっぱたいて言うことを聞かせようとするので、そんなときは戦闘になっちゃうけど……。
そんなやる気のありすぎるイヴちゃんは、『緊急事態の対応』に大いに惹かれていた。
「オオビト族と暮してる、猫のトムが大変なんですって!
あの猫が大変ってことは、かなりの強敵が待ってるに違いないわ!
今日はこの依頼にしましょう!」
猫というのはわたしたちよりもずっと大きくて、そのうえ動きもものすごく速い。
わたしたちコビット族にとっては、ドラゴンよりも強敵とされている。
彼らを怒らせたら、あっという間に食べられちゃうだろう。
でもドラゴンよりは話がわかってくれるので、わたしたちは彼らとはなるべく友好的に接するようにしている。
最近、オオビト族の街には行ってなかったし、猫を助けたら猫スタンプがもらえるからいいかも。
わたしはイヴちゃんに乗っかった。
「わたしもイヴちゃんに賛成! みんなはどう?」
「ミントもさんせー!」とミントちゃん。
「右に同じ」とクロちゃん。
「みなさまがよろしければ、わたくしは構いません」とシロちゃん。
特に異論も出なかったので、わたしたちは『緊急事態の対応』クエストをやってみることにした。
オオビト族の街は、わたしたちコビット族が住んでいる丘の麓に広がっている。
歩いて降りると何日もかかるので、ロープとバスケットを利用したロープウェイか、または鳥タクシーか猫バスが使われる。
今日はロープウェイを使って街へと降り立ったわたしたちは、『コビットウォーク』という専用の通路を使ってトムの家に向かう。
トムは真っ赤なスカーフを巻いたロシアンブルーという猫である。
トムはずっと、虫の居所の悪そうな顔でタンスの前に座っていた。
彼らが不機嫌なときに、下手に刺激すると鋭いパンチが飛んでくる。
わたしはおそるおそる近づきながら挨拶した。
「こんにちは、トム。
クエストの依頼書を見てきたんだけど、『緊急事態』ってなに?」
するとトムは、にゃあにゃあ鳴いてまくしたててきた。
「ああ、やっと来てくれたか! マジでヤバいんだよ!
ボクの大切なおもちゃが厄介な相手に取られちゃって、手も足も出ないんだよ!
アレがないとボク、おかしくなっちゃうよ!」
「ええっ!? 猫のトムが手も足も出ない!? それってまさか犬とか!?」
「犬!? そんなマヌケが相手じゃなないよ! もっとずっとヤバいヤツさ!
いくら引っ掻いてもどっしり動かなくて、いくら言っても返してくれないわからずやなんだ!」
「えええっ!? そんなのがいるの!? いったいどこに!?」
「ここだよ! 目の前にいるじゃないか!」
と、トムが肉球で示ししたのは、隣にあるタンスだった。
彼といっしょに暮しているオオビト族が使っている、見上げるほどの巨大なタンス。
トムはタンスと床の隙間に手を突っ込み、ガリガリとやりはじめた。
「ほら、見てよ! いくら引っ掻いてもぜんぜんダメなんだ!」
トムも勝てないほどの強敵と言われたのでわたしはドキドキしたが、その正体を知って少し安心する。
イヴちゃんはあからさまにガッカリしていた。
わたしたちは腹ばいになってタンスの下に潜り込む。
するとそこに、オオビト族サイズの瓶のフタがあったので、力を合わせて引っ張りだした。
タンスの下からフタが出てきたとたん、トムは大喜びでひとりホッケーを始める。
「やったぁ! 1日10回はコイツをやらないと、寝覚めが悪いんだ! 本当に助かったよ、リリー!」
感謝されると悪い気はしない。
「いやあ、どういたしまして」とわたし。
「よかったですね、トムさん」と微笑むシロちゃん。
いっしょになってフタを追い回すミントちゃんに、その場から微動だにしないクロちゃん。
「そんなのはいいから、さっさとお礼をよこしなさいよ」
イヴちゃんに言われて、トムがわたしたちの所に戻ってくる。
「ああ、そういえばそうだったね! スタンプを押してあげるから、スタンプ帳を出して!」
わたしは持参したリュックから、コビット的にノートサイズのスタンプ帳を取り出す。
スタンプ帳にはいくつかあって、猫の肉球を押してもらうことにより、あとで力を貸してもらうことができるんだ。
スタンプ帳を広げて肉球を押してもらっていると、イヴちゃんが「ちょっと!?」と口を挟んできた。
「リリー! アンタそれ、『猫ベッドスタンプ帳』じゃない!?」
「そうだよ、いけなかった?」
「普通は『猫バススタンプ帳』でしょうが! 猫はベッドにするものじゃなくて、乗るものでしょう!?」
「もしかしてイヴちゃんって、猫ベッドで寝たことないの?
猫といっしょに寝るのって気持ちいいよ。ちょうどクエストも終わったことだし、使ってみよっか」
というわけで、わたしたちは貰いたての猫ベッドスタンプを、さっそく使ってみることにする。
トムのとっておきの場所という窓際は、お日様がいっぱい差し込んでぽかぽか暖かかった。
横になったトムの身体のうえに、わたしたちは横になる。
猫の身体をベッドにして、お昼寝1回ぶん。
それが『猫ベッドスタンプ』の使い道だ。
「どぉ、イヴちゃん? ふかふかで気持ちいいでしょ?」
「……まあ、悪くはないけど」
くあー、とトムとミントちゃんは同時にアクビをして、頭をもたげる。
トムはお気に入りのぬいぐるみに、ミントちゃんは隣で寝ているシロちゃんに。
クロちゃんはうつぶせになって、トムのお日様みたいな匂いを堪能していた。
気付くとイヴちゃんはもう安らかな寝息をたている。
わたしはこっそりイヴちゃんの手を握る。
わたしが触れたとたん彼女の眉はピクッと動いたけど、払いのけられたりはしなかった。
わたしはみんなといっしょに、ゆったりとしたお昼寝の時間を楽しんだ。
私が初めて書いたお話である『リリーファンタジー』。
そのキャラクターたちが小さくなったら面白いのではないかと思い、このお話を書きました。
このお話が連載化するようなことがあれば、こちらでも告知したいと思います。
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「つまらない」の☆ひとつでもかまいません。
それらが今後のお話作りの参考に、また執筆の励みにもなりますので、どうかよろしくお願いいたします!