高ノ嶺麗花は高飛車がすぎる
久しぶりに恋愛小説を書きました! お手軽な短編ですので、ゆるっと楽しんでいただければ。
「ごめんなさい……ちょっと、ムリ」
「…………ッ!!」
誠心誠意、全身全霊のラブ・アタック。しかし、少年はあえなく撃沈した。
高校入学以来――通算20回目の失恋!
パチパチパチパチ――。
周辺に群がるギャラリーたちが、記録更新による拍手喝采を少年に贈るのだった。
鮮やかな花びらが舞い散る都内屈指の進学校。
その中庭で、右手を差し出したまま彫像のように固まる少年がいた。
彼の名は桜田。今年で高校生活二度目の春を迎えたこの物語の主人公である。
「言わんこっちゃない。今日も派手にイッたなぁ……」
彫像の肩に手を乗せながら、桜田の友人が微笑んだ。
「他人にどう思われようが知ったことか」
「ていうかもうムリだって。そうやって意気込んで告白するたびに悪い噂がマシマシで更新されてんだから。お前、女の子たちの間でなんて呼ばれてるか知ってる?」
「……万年フラれ男?」
「種馬ピンク」
思ったよりヒドいあだ名が付いていることに、桜田は大きなショックを受けた。
「お前の異常な気の多さは確かに問題だけど、本気で好きになってんだからタチ悪いよな。……まあ、好みの方向性はまったく理解できんけど」
桜田の今日の相手は、お世辞にも細いとは呼べない、少し――いやかなり太めの女子だった。
「美味そうに重箱弁当を喰らってる姿がさ……もう幸せそうで最高に可愛いんだよ」
「喰らってるとか言うな」
ちなみにその前は小学生に見えてしまうロリッ子で、さらにその前は容姿からの年齢測定が極めて難しい呪術をこよなく愛する少女だった。そんな桜田を、仲間たちは物好きと呼ぶ。
ふと――中庭へ肌に優しそうな柔らかい風が流れた。
桜の木々が、まるで主を迎え入れるかのようにさわさわと揺れ動く。
そんなとき、こちらに歩いてくる一人の少女がいた。
自然と、校舎から視線が集まる。男も女も関係なく、人はみな彼女を視界に入れたがるのだ。
長く美しい黒髪が靡き、赤を基調とした可憐なスカートがふわりと揺れる。
風さえ味方につけた彼女が、一歩、また一歩と桜田たちに歩みを寄せてきた。
高ノ嶺麗花。
格好良く。美しく。ときには愛らしく。品行方正で才色兼備な麗しの姫君。
学校屈指の美少女であり、多くの男子生徒の憧れの的。まさに高嶺の花という言葉は彼女にこそ相応しい。在学中に切り捨てられた男子生徒の数は50を優に超えている。
そんな一笑千金の美少女が、桜田たちの前でピタリと歩みを止めた。
そして、その大きな二重瞼で意味ありげな視線を桜田に向ける。
パチリパチパチと瞬きをするたびに、高ノ嶺の長い睫毛が扇情的に宙を遊ぶ。常人の男性であれば、心を鷲づかみされることは必至である。
高ノ嶺麗花は、発色の良い桃色の唇をにこりとさせて、再び歩み始めた。
――桜田の横を、高ノ嶺が通り過ぎる。
平凡な高校生桜田と、高ノ嶺麗花の間に特筆すべき接点は何もない。
こうして、彼らの物語は始まる前に終わった――――――――“かのように見えた”。
クルリと、高ノ嶺が桜田を振り返る。
天使の微笑みが、桜田を捕らえた決定的瞬間である。
桜田と高ノ嶺の間には、特筆すべき接点はない。本当である。
「え、高ノ嶺先輩、なんか今お前に笑いかけなかった? わざわざ振り返って?」
「そんなわけあるかよ。たまたまだろ」
「なぁ、ダメなのは百も承知でさ、高嶺の花に挑むってのはどうなん?」
自虐的な笑みを持って、桜田はこの話を切り上げたのだった。
* * *
「……あの。どうして……わたしに告白しないのです?」
放課後の体育館裏で、桜田は高ノ嶺と二人きりだった。
無言の重圧に耐えきれなくなった高ノ嶺が、ようやく口を開いた瞬間である。
「え? だって俺高ノ嶺先輩のことを好きじゃないですからね」
ノータイムで飛び出た桜田のその一言に、高ノ嶺は思考が停止した。
「……ええと。それは、どういうこと?」
「言葉通りの意味ですけど……なんかオカシイこと言ってますかね、俺」
「…………おかしいわ。だってあなた、さっき別の女の子に告白していたじゃない」
「まぁ……はい。好きだったんで」
「何をちょっと照れてるんですか。え? その……それで……わたしのほうは?」
「わたしのほう……ってなんですか?」
まったくもって理解できないという表情で、桜田は逆に訊ねた。
「あ、もしかして先輩って俺のこと好きなんですか?」
「違います! おかしいじゃないですか。あなたは校内屈指の好色家。そのあなたからなんでこのわたしに声がかからないんです」
「えぇ……好きでもないのに告白しろってことですか?」
「好きでもないのにとか言わないで! まるでわたしに魅力が無いみたいに聞こえるじゃない。なぜわたしのことを好きにならないのか、聞いてるんです」
「横暴ですねぇ。そんなこと言われてもビビッとこないんだからしょうがないでしょ。どれだけ自分のこと好きなんですか。高飛車すぎますよ先輩」
「むぅぅぅぅぅ……!」
高ノ嶺が頬を膨らませながら涙目で桜田を睨み付ける。敗北を知らない彼女にとって、それはとても侮辱的で屈辱を伴う行為だった。
桜田が5度目の失恋を迎え、校内で“桜田”という存在が明確に負のパワーワードとなったころから、高ノ嶺はそれはもうやきもきしていたのである。
誰ふり構わず女子に告白するくせに、なぜ学園屈指の美少女である自分には声がかからないのか! そもそも一番目に選ばれなかった時点で、彼女は憤怒していたのだ。
完璧美少女である高ノ嶺麗花は、その怒りを決して態度には出さない。……次かな? その次かな? と当然来るであろう桜田からの告白を心待ちにしていた。
――だというのに!
もはや……! その数は20を超えてしまった!
自らの取り巻きである女生徒が全員告白されたというのに、まるで自分だけが避けられているかのよう! 高ノ嶺は憤慨していた。
これには流石の高ノ嶺も黙っていられなかった。常に求められ続ける姫君としての自尊心が彼女をそうさせたのは、至極必死な流れだった。
「人気のないこの空間で……その、ふ、二人っきりになってみたというのに……それでもあなたはまだわたしのことを好きではないと、そういうのですね?」
「アンタの取り巻きに拉致されて、半ば強制的に連れ込まれたの間違いですよね?」
「一体何が不満なのですか! わたしのこの綺麗な顔を見てください! そしてしなやかなこの身体! 弱きを助け、強気を挫く正義感でいっぱいのこの性格に、一体どんな問題が?」
「自社製品アピールみたいなのやめてください」
高ノ嶺は、桜田の渇いた笑いを目にしても尚、譲らないとばかりに胸を張る。
「わかりました。逆説的に進めます。あなたが今まで告白してきた20人の女の子たちが持っていて、わたしが持っていないものとはなんですか?」
「そんなこと言われてもなぁ……わかんないですよ。顔で好きになったことも、性格で好きになったこともあるし。俺の心が好きだなって思ったから、素直に告白してるだけで」
「じゃあなおさら納得できません! 顔も、性格も、わたしが彼女たちより劣っているということじゃないですか。客観的に見て、あなたがわたしを好きにならないのはおかしいんです」
「人の好みは千差万別、美的感覚は人それぞれだと思いますけどねぇ」
「そんなこと言って、本当はわたしのことが大好きでたまらないのでしょう? 告白したい想いを内に秘めつつ悶々とした夜を過ごしているのでしょう? 我慢しないで、良いんですよ」
「ああ、次はそういう感じでくるんだ……っていうか、高ノ嶺先輩は俺が告白したら付き合ってくれるんですか?」
「いえ。丁重にお断りさせていただきますが?」
「当然みたいな顔してる! そしていよいよ先輩が何をしたいのかわからない!」
「とにかく、わたし諦めませんから」
「何が!?」
高ノ嶺は手のひらを銃の形にして――それを桜田の胸に突き付けた。
「あなたの口から『好きです。お付き合いしてください』と言わせてみせます。絶対に」
「結果フラれるのに!?」
「わたしの座右の銘は“有言実行”。必ずや、あなたのハートを粉々に打ち抜いてみせます。この、バン! バン!」
「好きになってほしいのか俺の心を折りたいのかどっちだよ!? てか撃つな! 小学生か!」
こうして、桜田と高ノ嶺の奇妙な関係が出来上がったのだった。
* * *
それからの毎日は、桜田にとって衝撃の連続だった。
手始めの昼休みに、桜田は例の如く二人きりになれる体育館裏に拉致された。
「どうぞ召し上がってください」
差し出された重箱弁当の蓋を開けると、高級和食屋で振る舞われるような色とりどりの食事がギッシリ詰め込まれていた。
「これ、高ノ嶺先輩が作ったんですか?」
「ええ。あなたが以前告白した女の子が重箱好きだったと聞いたので、わたしも作りました」
「なんかヘンな勘違いをしてそうですけど……凄げー。先輩って成績良いしスポーツも万能なのに、その上料理も作れるなんて。噂通り本当になんでもデキる人なんだなぁ……」
「世の中が女性に求めるあらゆる素養を習得していますので」
「壮大だなぁ……流石は高ノ嶺先輩。それじゃあ、いただきます!」
高級な味わいと、真心の籠もった見事な重箱に舌鼓を打つ。
勝手なお嬢様イメージを持っていたせいか、小手先な作業は苦手だろうと思っていた桜田だったが、彼の中で高ノ嶺は料理上手へと更新された。
天は二物を与えずという言葉は、どうやら高ノ嶺麗花には通用しないらしい。桜田は改めて彼女のポテンシャルの高さを思い知るのだった。
「めっちゃ美味かったです。ごちそうさまでした」
「わたしを好きになりましたか?」
高ノ嶺が落ち尽きなく訊ねた。自信に満ち足りた表情で、鼻息をフンとさせながら。
「……そんなに告白してほしいですか」
「違います。あなたの傾向として、そうあるべきだと言っているのです」
「相手を好きになるって、なんというか……そういうのとは違うと思うんですけどねぇ」
「では……これはどうでしょうか」
桜田の左腕が、きゅっと高ノ嶺の胸の中に収まる。
「あの……高ノ嶺先輩」
「そして、こうです」
高ノ嶺は、大きく潤んだ黒目で桜田に至極必中の近距離見つめ攻撃を繰り出した。
「じっー……」
「マンガ的擬音を口で言うんですか」
「愛読している作品で、ヒロインの子がやっていたので」
「先輩、それは空想だからですよ」
「ドキドキしたり……しませんか?」
「俺は……付き合いもしてないのに、こういうのは……反対です」
桜田は絡まってくる高ノ嶺から腕を引き抜こうとした。だが抜けなかった。
「……離さないわ。ここで片を付ける」
「アンタは一体何と戦ってんだよ!」
「わたし、負けないもの……何事にも屈してはならないの!」
小さな子供のようにぷくっと頬を膨らませた高ノ嶺が、桜田をガッチリホールドする。
数分間の格闘の後、桜田はなんとか高ノ嶺を引きはがして事なきを得たのだった。
その後も高ノ嶺の猛攻は続いた。
不必要なボディタッチに、桜田の休憩時間の独占。蠱惑的な上目遣いの多用。放課後の待ち伏せからの帰宅デート。ときにはバイト先のコンビニに客として訊ねて来ることまであった。
高ノ嶺が取る桜田を惚れさせるための行動は、いずれも人気の無い場所で二人きりのときにだけ行われた。それは、世間体を考慮した高ノ嶺の判断によるものであった。
高ノ嶺麗花には、三つの呪縛がある。
『なんでも一番になれ』『みっともない真似をするな』『求められる人材であれ』
幼い頃から両親に言い聞かせられて育った彼女にとって、これらはできて当然のことだ。
だからこそ、桜田に求められないことは高ノ嶺にとって琴線に触れる出来事でしかなかった。しかしここ最近の自らの行動が見るに堪えないものだということも、彼女は十分理解していた。
高ノ嶺は、早急に蹴りを付けたかった。
高ノ嶺麗花としての――威厳を保つために。
つまり、次に学校中の生徒を前に高ノ嶺が桜田と共にいる瞬間とは――、
桜田が――高ノ嶺麗花に告白をするそのときなのである!
ある日の放課後デート。雑多な車が往来する遊歩道橋を歩きながら、桜田は言った。
「そこまでしてくれなくても良いんですよ。高ノ嶺先輩」
「それはあなたが決めることではないです」
隣を歩く高ノ嶺が、桜田の空いた手のひらを狙っていた。
そして次の瞬間、獲物を狩る猫さながらに彼女の手が伸びる――が、桜田はそれをヒラリとかわして笑った。
「手を繋いだからって好きになるわけじゃないですよ、先輩」
「男性は、異性との肉体的接触によって好意が芽生えるという客観的なデータがあります」
「俺はそんなことないですよ」
桜田の言葉に、高ノ嶺が「信じられない」とぼやく。
「一貫性がなくて、ただでさえ大変なのに……」
「大変? 何がですか」
「なんでもありません! とにかくあなたはわたしに心からの告白をしてくれればそれで良いのです!」
トライ&エラーを繰り返していた高ノ嶺が、ようやく桜田の手を掴み取った。満足そうにする彼女を横目に、桜田が切り出す。
「……そういえば、最近、先輩の悪口を聞きました」
「なんですって? 誰よ、その愚か者は」
「愚か者って……先輩の取り巻きの誰かじゃないですか? ……まあ、十中八九俺とのことでしょうけどね」
「……そう」
桜田の手のひらを離し、高ノ嶺はしゅんと肩を落とした。
そんな彼女の様子を窺いながら、桜田は口を開く。
「すいません、先輩……知らないままのほうが良かったですよね」
落ち込んだ顔に相反して、今日の彼女も相変わらず綺麗だ。先日とは違い、今日は明るめのリップをしているせいか、普段より活発な印象だった。
高ノ嶺麗花は、毎日微妙な変化を桜田に見せてくる。
それはヘアスタイルやメイク、カラーコンタクトなど手軽に変えることのできる装飾で、桜田は、彼女をまるで着せ替え人形みたいだな、と思った。
「先輩は――」
桜田が口を開いた折り、正面から走ってきた男子中学生と肩がぶつかる。頭を下げてきた中学生に落ちた紙切れを手渡して、その後ろ姿を見送る。
「ちなみに高ノ嶺先輩って、俺の名前知ってます?」
「え? 桜田、でしょう」
「……そうです。よく知ってましたね」
「あなた、もしかしてわたしのことをバカにしているの?」
「だって先輩俺のこと呼ばないから」
「桜田桜田桜田。はいどうですこれで満足ですか」
「めっちゃ不服そう。てか早口すぎでしょ」
ハハハと笑いながら、桜田は鉄橋をぺんぺん叩いた。
* * *
それ以来ぱったりと、桜田は高ノ嶺と会うことがなくなっていた。
そもそも学年が違うため、故意に会おうとしないかぎり二人が遭遇することはない。
桜田から会いに行くことは決してなく、彼はいつもの日常に戻っていたのだった。
移動教室の際、たまたま高ノ嶺のクラスとすれ違うときがあった。
桜田、これには流石に声をかける。
「あ、高ノ嶺先輩だ。最近どーしたんですか」
足を止めて、彼女の表情を覗き込むようにして話しかける桜田。一方の高ノ嶺は彼を一瞥しつつも、歩みを止めることはなかった。
「ちょっと先輩、無視は良くないでしょ。人として」
桜田の強めの声に、高ノ嶺が足を止める。
彼女は取り巻きの女生徒たちを先に行かせてから、桜田を横目に言った。
「悪いけど、もう話しかけてこないで」
「なんでですか」
「……それは、あなたに関係ない」
「あ、そういう作戦ですか。あえて距離を取る的な」
「…………あなたみたいに、脳天気には生きてないってことです」
「ふぅん。じゃあもう俺に告白はしないってことですか?」
「はぁ? 何を勘違いしてるの! あなたが、わたしに告白するのよ!」
「俺、まだ先輩のこと好きになってないんですけど。諦めちゃうってことですか?」
桜田の挑発的な言葉に引っ張られるように、高ノ嶺の眉と唇が微動する。
「……やっぱ、俺なんかに掻き回されてちゃ、高ノ嶺先輩としては面白くないですもんね。というかその周囲の人たちが……って感じかな。利口だと思いますよ、先輩の舵取りは」
「……知ったようなことを言わないで。別に、そういうわけじゃないから」
「あ、知りませんよ? 本当の事情とかは。先輩何も教えてくれなそうだし。俺が憶測で勝手に言ってるだけです。本音は、口にしてくれないと誰も何もわからないんですから」
沈黙を続ける高ノ嶺に目をやりつつ、桜田は手を叩いた。
「あと、座右の銘は変えたほうが良いと思います。んじゃ」
そのままペコリと頭を下げる。別れの挨拶のつもりだった。
しかし――桜田の制服の袖が、引っ張られる。
「…………しょうがないでしょう。それが、みんなの望むわたしなんだから」
桜田の袖をぎゅっと握りしめたまま、高ノ嶺は顔を俯けていた。
そのときの彼女の表情は、いつもの美少女然としたものではなかった。かといって桜田の良く知る高飛車なものでもなく、ただ何かに悩んでいる女の子のものだった。
「……何か、相談ごとが?」
「別に。まったくないですけど」
平然な顔で高ノ嶺が返事をする。桜田の袖は、とうに解放されていた。
「そうですか」高ノ嶺に背を向けて、桜田が再び歩き出す。
やがて、くいっと身体を捻った。
「さっきの先輩……俺、なんか良いなって思いました」
「は? どうしてですか」
「さあ。わかりませんけど」
おどける桜田と、困惑する高ノ嶺。
少し離れた距離で、二人はかみ合わない表情で見つめ合った。
「帰って。もういいです」
「引き留めておいてなんですかー」
「引き留めてない! 糸のほつれを取ってあげただけです!」
* * *
とある放課後、帰宅途中だった桜田は高ノ嶺の後ろ姿を視界に収めていた。
それは取り巻きたちと手を振って別れた瞬間だった。桜田は咄嗟に喫茶店の看板に身体を隠し、高ノ嶺の優雅な歩き姿を遠目に見つめる。
――別に、隠れなくたっていいのに。何してんだよ、俺。
あれ以来彼女とは会話をしていない。顔を合わせても、お互い無視を決め込んでいる。
だがそれを意識的に行っているせいか、桜田の頭に高ノ嶺の存在は以前より色濃く残ってしまっているのが現状だった。
通学経路付近のコンビニで働いているときに、同じ制服の生徒が外を歩いていたら、つい高ノ嶺の姿を探してしまうくらいには。
彼女の“あの表情”が、ずっと焼き付いて離れなかった。
装飾を何も纏っていなかった、ありのままのあの顔。等身大の少女のソレを。
――そういえば、先輩って学校の外ではいつも何をしてるんだろう。
高ノ嶺がクラスメイトや取り巻きと遊びに出かける、という話は聞いたことがなかった。かといってアルバイトをしているのも聞いたことがない。
看板から身体を出して、高ノ嶺の後を付ける決心をする桜田。若干後ろめたい気持ちながらも、彼女のプライベートが気になった。
高ノ嶺麗花に関心の無い桜田という男にとって、それはあり得ない行動のはずだった。
徒歩5分。高ノ嶺は雑居ビルのエレベーターに乗り込んだ。
3階で停止したのを確認すると、桜田はテナント看板に目をやった。
社名をネットで検索してみると、そこは習字教室であることがわかった。
「高ノ嶺先輩って感じだなぁ」
桜田は心の底から関心した。プライベートでも隙なく自分磨きを行う高ノ嶺という人に。
彼女の書く字を見たことはなかったが、元より達筆な印象があった。わざわざ通うということは、溢れ出る上昇志向によるものだろうと桜田は想像した。
何が彼女をそこまでさせるのか。
それこそが高嶺の花――高ノ嶺が高ノ嶺である由縁なのだろう。
しかし同時にこうも思う。
そこまで自分の立ち位置やキャラクターを守りたいものなのだろうか。
桜田にはさっぱり理解できなかった。
別の放課後、桜田は再び高ノ嶺の後ろ姿を発見した。
また習字教室へ行くのか、それとも友人の家に遊びに行くのか。流石に辞めようと思ったが、結局欲には勝てなかった。
結果高ノ嶺が向かった先は、ボイストレーニングスクールだった。
別の日では生け花教室やダンスレッスン。剣術道場なんていう日もあった。
見境のないその行動に、桜田は既視感があった。
今日は桜田も会員になっているフィットネスクラブだった。
親の友人がここのトレーナーをしているため、桜田は半ば強制的に入会させられたのだが、まさか高ノ嶺麗花の秘密の特訓場だとは思いもしなかった。
普段は幽霊会員のような桜田だが、その日彼はわざわざ家に着替えを取りに行った。
そしてロッカーでの着替えを終えた彼は、高ノ嶺の鍛錬ぶりを一目見てやろうと、トレーニングマシンの並ぶジム内に乗り込むのだった。
桜田は手頃なダンベルを上下させながら、日光の差し込んでくる窓側を見つめる。
長いポニーテールを揺らしながら、一心不乱にランニングマシンの上を走る高ノ嶺がいた。
細いのに体幹がしっかりしていて、ふらふらとブレたりしない。実に均整の取れたフォームだった。走りを自分のモノにしている。高ノ嶺麗花のランニングになっている。
――本当に、高ノ嶺先輩は何をしていても綺麗で美しい。だけど……俺にはそれが――、
後ろ姿だけで彼女だと十分にわかるその走りは、きっと作られたものだ。
それが大衆から望まれるべくして産まれた高ノ嶺麗花であり、それ以外の何者でもない。
そんな高ノ嶺を眩しく思うと同時に、桜田はその奥に垣間見える深淵の声が聞きたかった。
そして思う。あなたは――大衆のためにあるものではないはずなのに、と。
しばらく見惚れていると、高ノ嶺はマシンを止めて首に巻いていたタオルで汗を拭った。やがて知人のトレーナーが彼女に近寄り、二人は話し込んだ。なぜかトレーナーが嬉しそうに拍手をした。
桜田は視線をそらして、しばらくトレーニングに集中する。
「あ、久しぶりじゃん」
声のほうに顔を向けると、さっきまで高ノ嶺と会話をしていた知人のトレーナーが手を上げていた。桜田はたった今気付いたような反応で挨拶を返す。
「あの子、良く来るんですか?」
彼女は別のトレーナーと会話中だった。マシンを決めかねているように見える。
「ここ最近だよ。めっちゃ美人だよね、同じ学校の子?」
「まあ、はい。有名人なんで。高嶺の花ってヤツですよ、絡みもないんで話しかけませんが」
「なんだよー、珍しく人見知りするじゃん。……何? 好きなの?」
「それは……ないですかねぇ」
「なんだよつまらない。やせ我慢は後悔するよ。これおじさんからの忠告ね」
知人のトレーナーが知ったようなことを言った。桜田は、少しだけ胸がもやついた気がした。
気分を変えて、トレーナーに一つ聞いてみようと思った。
「……彼女、やっぱセンスありますか? 走りが凄い綺麗だったんで」
「いんや、全然」
トレーナーの一言に、桜田は目を丸くする。
「え? でも」
「ここに来てからずっとランニングマシンだからね。そりゃ綺麗なフォームにもなるでしょ」
「ずっと……? 他のことはしてないんですか?」
「そうそう。他のトレーニングを勧めても、まずはこれを完璧にするって聞かなくてさ。で、さっき話してみたんだけど、自分的には今回で目標到達したから、次のやつを探すんだと」
ストイックな高ノ嶺の行動に、桜田はついため息が出る。
「……なんで、そんなことしてるんですかねぇ」
「ああ、なんかねえ」
トレーナーが和やかなに微笑みながら、言った。
「なにがなんでも告白させたい相手がいるんだってさ」
視線の先で、高ノ嶺麗花が花咲くように笑った。
「あんな美人が好きになってもらいたい男ってどんなヤツだよ。贅沢すぎるわって思ったね」
もう話しかけてくるなと拒絶された手前、桜田は自分のことを一瞬対象から外したが、その考えはすぐに改めた。
「なんでも、その相手が何を好きなのかわからないから、色んな習いごと増やして、形からで良いから、何か一つでも気にかけてもらいたいんだって。俺的にはもうそのままで十分過ぎるくらいだと思うんだけどねえ……ホント、贅沢な野郎だよなあソイツ。何様だよ」
「そう、ですね」
そのとき突然、ジム内で高ノ嶺の悲鳴が響いた。
「はは、ホラ。あれ」
桜田とトレーナーの視線の先で、高ノ嶺がベンチプレスを持ち上げていた。
ただ、その格好のままピクリとも動いていない。彼女は怖くて降ろすことができないと涙声で主張している。
周囲の視線が高ノ嶺に集まり、穏やかな笑いが彼女を中心に集まっていた。
「もはやココのムードメーカーになりつつあるよ。彼女さ、超ぶきっちょなのにプライド高くて可愛いんだよな。ランニングマシンのときも良くスッ転んでたけど、絶対綺麗に走れるようになりたいからって頭下げてきてさ。こっちも夢中で教えたよ。だからあんまり面白くはないけど、彼女の恋の成就を応援してる」
「それは……知らなかったですね。学校では完璧お嬢様なキャラなんで」
「へぇ、そうなの? でもなんか納得。同じ学校の入会者が居ないか確認してきたから。君は幽霊会員みたいなもんだし、居ないって言っちゃったけど。ほら、美人だったからさぁ……しっかし、君もなんでこのタイミングで来ちゃったかなぁ」
「別にときたま筋トレしにきたっていいでしょ! それに、喋りかけませんからご安心を」
――女性として求められる素養は、習得していますので。
余裕の表情でそんなことを言った高ノ嶺のことを、桜田は思い出した。
豪勢な重箱弁当は、どれだけの時間をかけて作られたものなのだろう。本当は余裕などではなく、彼女の努力の結晶体だったのではないか。胸が詰まる想いだった。
今まで勝手に思い込んでいた高ノ嶺の行動が、桜田には違う風に見えるようになっていた。
あのときのスキンシップや、細かな所作の一つひとつを桜田は――、
表面的で、中身の無いモノだと、ずっと思い込んでいたのだ。
高嶺の花でなんでもできる完璧なお嬢様が、高ノ嶺麗花として生きるために、自らの自尊心を保つためだけに桜田を巻き込んだだけなのだと、そう思っていた。
実際、その動機は変わっていないのかもしれない。真意は聞かなければわからない。
だが、桜田は高ノ嶺が完璧な存在ではなかったことを知ってしまった。
できないことをひた隠し、誰にもわからないところで刃を研ぎ続け、それを当然のように振る舞う人こそが高ノ嶺麗花だったのだ。
表と裏。その両面を知ってこそ桜田は、高ノ嶺麗花の本来の姿を知ることができた。
とても健気で愛らしく、美しく儚い高ノ嶺麗花だけの本音を。
桜田は中学生のとき、友達の誘いで行ったお嬢様学校の文化祭で高ノ嶺麗花を目にしたとき、これまでの人生で感じたことのない感情を得た。
それは恋。完全な一目惚れだった。
顔も。声も。スタイルも。知人と談笑する雰囲気でさえ。そのすべてが可憐で美しかった。
ムリをして偏差値に合わない進学校を選んだのも、高ノ嶺麗花に近づきたい一心だった。
入学試験当日、前夜のギリギリまで英単語を頭に詰め込んでいたせいか、寝坊した桜田は焦って家を飛び出した挙げ句、通行人と肩をぶつけてしまう。
その相手が自分の入学理由だったとわかったとき、桜田は受験票を落としたことにも気付かずに呆然とするのだった。
「これは、あなたのですか?」
「…………あ。そ、そうです!」
「あら。うちの受験生でしたか。合格できると良いですね、応援していますよ」
「あ、ありがとうございます! 頑張ります!」
「玲くん……綺麗な名前ですね。きっと大丈夫ですよ」
そう言って受験票を渡してくれた高ノ嶺とのなんてことのない日常エピソードを、桜田は今まで生きてきた人生の中で、最も印象強い出来事として記憶していた。
きっと、名前が似ていたからそんな無責任なことを言ったのだろう。とことんお高くとまっている人だな、と桜田は今になって思う。
もしあそこで高ノ嶺と出会えていなかったら、今の自分はなかったかもしれない。桜田はずっとそう思っていた。
そうして無事都内屈指の進学校に入学したのは良いものの、高ノ嶺に声をかけることは憚られた。まだそのときではないと一丁前に恋愛を語り、高嶺の花を摘むこともなく。
桜田は、高ノ嶺を遠目に見つめているだけだった。
平凡な存在である自分と、高嶺の花。釣り合いが取れるわけなどなかった。
そんなことはわかっていたのに……。
それでも……どうしても恋い焦がれてしまう……。
恋人になりたいのか、ただ好きだと伝えたいだけなのか。既に乗車してしまった恋の終着駅は一体どこなのか。自分のことでありながら、桜田は良くわからなかった。
近づくことも、離れることもできないまま、気が付けば半年が経っていた。
次第に、彼の中で少しずつ何かの違和感が蓄積していく。
そして――桜田は気が付いた。
彼女の表面には、心の仮面のようなものが付いているのだと。
友人にも。先生にも。後輩にも。高ノ嶺麗花は、誰一人として本当の声を聞かせていない。
綺麗な上っ面な言葉はいつも自分を飾るためのもので、決してその奥を覗かせてはくれない。
人々が望む表情や仕草をそっくりそのまま演出できる彼女は、天性の女優のようだった。
今まで一度も上辺を飾る必要のなかった桜田にとって、底の見えない高ノ嶺は怖かった。
憧れの存在を目指して進学校までやってきたのに、それを前に目標を見失うような自分と、仮面を被ることこそが正解であるとばかりに生きる高ノ嶺麗花とでは、生き方が違いすぎた。
二人の間には、決して跨ぐことのできない深い溝があったのだ。
おかげで桜田は、自分のやってきたことがすべて意味のなかったことのように思えた。
そんな嫌な気持ちを払拭したかった。桜田は自らを否定したくはなかった。
だから、高ノ嶺を否定した。
そうやって視点を変えてみると、心に起きた動揺も気にならなくなってくるように思える。
そして、世の中には高ノ嶺麗花よりも美しいものがたくさんあるのだという当たり前のことに桜田は気が付いたのだ。
顔だろうと。性格だろうと。表面的なものに一体なんの意味があるのだろう。
高ノ嶺麗花への憧れは、もはやなかった。
* * *
「ついにか……でも遅すぎたよな。これまで高嶺の花を避けてた理由がわからん」
「失恋するのは確定してるしな。始まる前から終わってんだ、アイツの恋物語は」
「恋多き敗北者と書いて、タネウマピンクと読むからな」
好き勝手沸き立つギャラリーたちの中心に――今日も桜田はいた。
前回失恋した中庭で、彼は人を待っている。
しばらくすると、取り巻きを数人連れた高ノ嶺麗花が彼の前に現れた。
高ノ嶺が合図をすると、取り巻きたちはそそくさとその場を離れて行く。
桜田と高ノ嶺がお互いを見つめ合う。
桜の花びらと共に、緩やかな春の香りが二人の間を通り過ぎていった。
「こほん……なんでしょう。告白ですか?」
切り出したのは高ノ嶺だった。瞼をぱちぱちさせながら、アイドル声優のような甘い声音で喋った。そんな彼女の言動に驚いた桜田は、数秒遅れてから大笑いした。
「もう、ムリしなくていいですってば。自然にしてくださいよ。あはは」
笑い続ける桜田に、高ノ嶺はムッとした表情で返す。
「一体何がおかしいのよ。人のことを見て笑うなんて。非常識だわ」
桜田は返事代わりに口角を上げて言った。
「先輩って、基本敬語ですけど、ムッってしたときはタメ語になりますよね」
「はあ? なんの話?」
「自覚なし、と。まぁ……自分のことって案外わからないもんですよね」
「ますます意味がわからないです。そんなことを言うためにわたしを呼んだの?」
「……告白、しようと思ってるんですよ」
「え?」
「知ってましたか? 俺、高ノ嶺先輩に一目惚れしたことがあったんですよ」
突然の桜田の発言に、周囲のざわめきが大きくなっていく。
「……どういうこと?」
疑念の籠もった高ノ嶺の問いかけ。桜田の発言はこれまでの彼の行動と大きく矛盾していた。
「俺みたいなバカが、なんでこの進学校に居るんだと思います?」
考えもしなかったことを聞かれた高ノ嶺がうろたえる。
それを見た桜田は、照れくさそうに視線を逸らしつつ、「そういうことです」と答えた。
しかし、一方の高ノ嶺は難しい表情で頭を傾けていた。
「えぇ……今ので察してくれないんですか、マジっすか……」
「まったくわかりません。遠回しな言い方したりして……伝える気があるんですか?」
言い返されちゃったなぁ……とぼやきながら桜田が後頭部を掻きむしる。
「……まぁ、俺は……先輩に一目惚れしたっていう低俗な理由で猛勉強して、この進学校まであなたを追いかけてきたってことですよ」
「なら、どうして一番に告白してこないのよ。そもそも……好きじゃないって言ってた」
拗ねた態度の高ノ嶺が頬を膨らます。
「正確には、好きじゃなくなったんです」
桜田が、周囲のギャラリーに目線を配った。
「これ以上は、二人きりで話したいですね」
「は?」
「お手を拝借」
突然桜田が高ノ嶺の手を取って、走り出す。
「ちょ、ちょっと! 急になんなのよ!」
「高ノ嶺先輩を尊重した結果ですよ」
二人は押し迫ってくるギャラリーたちを振り切って、人気の無い体育館裏に移動していた。
息を切らした高ノ嶺が、壁に寄りかかりながら言った。
「みんなに……一言、いえば良かっただけでしょう……なんで、わざわざ……」
「適度に運動したほうが……迷いが晴れたりすることってあるじゃないですか」
言いながら、桜田はコンクリートの段差に腰を下ろした。
「もういいですよ。なんでも」
それで……? と高ノ嶺は視線で桜田に訴えた。会話のボールは彼が持っている。
「俺が異性を好きになるきっかけって、なんだと思いますか?」
「それがわからないから、わたしは……」
ごにょごにょと言い始める高ノ嶺を差し置いて、桜田が胸を張った。
「その人の本音を、好きになれるかどうかです」
「今まであなたが告白してきた相手は……その本音を好きになった相手だということですか」
「例えばですけど、人に疎まれるような趣味を持っていたとしても、好きなものを好きだと心の底から言える人とか、凄いタイプですね。俺」
「わたしは……そういうタイプじゃないってことなんですね」
「先輩は……いつも綺麗な仮面を付けてますからね。表面はとても綺麗に見えるけど、それが高ノ嶺麗花を演出するためのものだと知ったとき、俺はガッカリしたんです。ピュアハートの持ち主だったもんで」
習字教室やボイストレーニング、ダンスに剣道。それらはすべて桜田の好意をモノにするために高ノ嶺が着飾った自己中心的な装飾だった。
「う、うぅ……なかなか言うじゃないですか」
「ただ、それって俺の勝手な勘違いでした」
桜田が、突然頭を垂れて謝罪した。
「先輩の表面だけを見て、わかった気になっていたのは俺のほうでした」
「な、なんですか……突然」
慌てた高ノ嶺が、桜田の肩を揺すろうかどうしようか悩んでいると、桜田は頭を上げた。
「俺、先輩ってなんでもできる人だと思ってたんです」
「基本的にはできますよ」
「……バーベル怖くて下ろせないのに?」
「………………ん? どうして、それを」
「経過はどうでも良いんです。問題は、不器用な先輩が俺のために健気に頑張っている姿を、俺が知ってしまったことです」
徐々に顔が赤くなっていく高ノ嶺を、桜田はまっすぐな瞳で見つめる。
「凄く……愛しいなって思ったんですよね」
「それは……今もわたしが好きということですか?」
「というか……もしかしたら俺は、高ノ嶺先輩のことをずっと好きだったのかもしれません……結局、先輩の本音がどんなものなのか、ずっと気になってたんで」
「ずっと……ですか」
「いや、まあ……俺も自分の気持ちなんて良くわかんないですよ……」
しばらくの沈黙。青空を見上げたまま、桜田は口を開けた。
「本当は告白なんてできないタイプなんですよ、俺」
「誰ふり構わず告白しまくりでしたよね?」
「…………多分、先輩の気を惹きたかったんです。だから……その」
ポリポリと頭を掻きながら、桜田は告白する。
「……やけくそ、入ってたんですよ。見事にすべてご縁がなかったですけどね」
それは、桜田がこれまで隠してきた本音だった。
これまで仮面を付けてこなかった桜田が、始めて作った子供じみた彼だけの仮面。
「あ、誤解しないでくださいね。当然一人ひとり本気で好きになってますし、オーケーされたら誰よりも素敵な恋人関係になるつもりでしたから」
「ああそうですか。事後報告なんてなんとでも言えますからね」
「あ、でも俺って基本嘘とかつけないタチなんで」
「どの口が言うのよ!!」
高ノ嶺の指摘に大笑いする桜田。彼女は大きなため息とともに、額を抑えた。
「はぁ……わたしはあなたの稚拙な誘導にまんまと引っかかったというわけですか」
「ちなみに先輩の猛アタックを一度退かせるきっかけ作ったのも俺な気がします。先輩の本音を見たい一心で。マジすいませんでした」
「え、はあ!? あの……わたしの悪口を聞いたとかいう?」
「でもまあ本当に聞いたんで。先輩って誰からも愛されるタイプかと思いきや、そうでもないですよね。ワリと身内に敵が多いというか」
「なんなのあなた……ほんとなんなのよ! わたしがどれだけっ!」
高ノ嶺の奮闘について、桜田は一切知らない。
それは彼女が話してくれない限り、知ることができないのだ。
今回、桜田が胸中を吐露したように。
「ほら、言ったでしょう。嘘つけないって」
「あなたこそ……だいぶ敵が多そうだわ」
「流石。結構相手を傷付けちゃうことも多いので、嫌われますね」
「はあ……なんというか、難儀な人ですね」
「振り回して、すいませんでした。でも、俺は高ノ嶺先輩に出会って、勝手なショックを受けて、今こんな感じで仕上がってるんです。凄い気に入ってるんですよ、今の自分が。色々ダシに使わせてもらっといてなんですけど、感謝してるんです。本当にありがとうございました」
桜田が深々と頭を下げた。高ノ嶺はそれを見下ろしながら、訊ねた。
「……で、わたしのこと結局好きなんですよね?」
「はい」
「…………それで? その先は……?」
「高ノ嶺先輩。俺――――」
桜田の言葉に、高ノ嶺はふふんと得意気な表情で満足そうに微笑んだ。
高ノ嶺麗花の恋心とは――――――いかに。
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