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聖女のバトン

作者: かなめ 律

連載候補のお試し投稿です。

気軽に楽しんで頂ければと思います。


タグは本編で出てくるものも付けています。出だし部分なので全く要素の無いものもございます。

その点はご了承ください。


続きが気になる!という方は是非感想から教えてください!

「準備はできたのかー?」


 一階からパパの声が聞こえる。

 今日は私の旅立ちの日。

 やっとの思いで合格した学園の寮へと引っ越す日だ。


「できてるよー!」


 私もパパに倣って大きな声で返した。


 学園は王都にあり、私たちの住む村は辺境でかなりの距離がある。

 だから、私のような生徒には学園から迎えがやってくる。

 私はそれを、待っているというわけだ。


「楽しみだなぁ……」


 机には何度も読み返した学園のパンフレット。

 表紙はよれよれで、所々破れてしまっているところもある。

 手持ち無沙汰な私は、そのパンフレットを開いた。


 レヴィアス魔法学園。

 国でも有数の貴族である、レヴィアス家がその私財を投じ設立した教育機関。

 理念は個性の洗練、自由かつ多彩な教育。

 設立当初は最高峰の設備と講師陣が揃えられていることで話題を呼んだ。

 また、貴族のみならず、如何なる身分であっても学力試験を通過すれば入学できるということで注目を浴び、今に至るまで幅広い層から支持を得ている。

 入学希望者は第一期生から定員を大幅に超えるものであったが、さらに年々増加し、今年度の新入生を募る入学試験は定員の20倍もの希望者が受験した。


 それを私は勝ち抜いたのである。

 今でも合格の通知を見返すと、にやけ顔が止まらない。


「これで、私も”特別”になれる」


 私はパンフレットを閉じて、そう呟いた。


 学園の理念にもある通り、講義の種類は非常に多い。

 入学時は何も持たなかった者が、卒業する頃には驚くような才能を発掘していたという例もあるらしい。

 私はその話を聞いた時、直感的に”これだ”と思った。


 私は特別になりたい。

 ママみたいに、自分が誇れる何かを見つけたい。


 その思いを胸にずっと頑張ってきた。

 私の憧れだったママ。

 どうしていなくなっちゃったのかな。

 私は棚の上に飾られた家族写真を手に取った。



 *



 5年前。

 私は10歳だった。


 裕福とは言えない暮らし。

 それでもパパとママがいてくれて、幸せな毎日だった。


 ママの仕事はトレジャーハンター。

 磨き上げた盗賊系のスキルを武器に世界中の遺跡を巡り、色んなお宝を探し当ててきた。


 ママには1つのポリシーがあった。

 それは「既に見つけられた遺跡には潜らない」ということ。

 ママは、自分で遺跡を見つけて、そこからお宝探しをしていた。

 確かに誰にも発見されたことのない遺跡なら、お宝は手つかずで残っている可能性が高い。

 それでもその労力とつり合っているかと言われると微妙なところだった。


 私は思い切ってママに聞いた。


「どうしてママは自分で見つけた遺跡にしか行かないの?」

「んー、そりゃお宝っていうのはさ、自分の力だけで掴み取ってこそのものじゃない? ママはね、誰かが見つけた遺跡に入ってって残りかすを漁るような真似はしたくないの。ミーシャもいつか欲しいものが出来たなら、自分の力で掴み取ってごらん? めっちゃ気持ちいいからさ!」


 自分のポリシーを語るママの顔はまるで子供のような無邪気さを孕んでいて。

 その上で、大人としてのカッコ良さを両立させていた。

 子供の目から見ても、その時のママはとても魅力的に見えた。


 そんな日から数日たったある日、ママは遺跡に行ったきり帰ってこなかった。

 捜索依頼を方々に出して、探してもらったけど見つからなかった。


 ママがいなくなってもう5年が経つけれど、ママのお墓は作っていない。

 私もパパもいつか帰ってくると信じているから。



 *



 私は、写真を棚に戻した。

 そして、目を閉じ、これからの生活に思いを馳せる。

 私を待っているのは、新しい世界、出逢い。

 そこから私は何を掴み取ることができるのだろう。

 きっと簡単にはいかない。

 だけど私には確固たる決意がある。

 ママのようなカッコイイ自分になるという決意が。



 目を開ける。

 そろそろ迎えが来てもいい頃だ。

 そう思って、私はドアの方へと振り返った。


「こんにちは」


 私以外誰もいないはずの部屋。

 しかし、ドアの前には確かに人が立っていた。


 茶色の髪を肩まで伸ばした女の子。

 私と同い年くらい…いや少し年上のようにも見える。

 服装は淡い青のワンピース。

 失礼だが、あまり裕福そうには見えない。


「えっと……どちら様?」


 まずはそこだよね。

 いろいろと突っ込みたいところはあるけどさ。


「あ、そうですよね。ごめんなさい。私はジャンヌ。貴方に『聖女』の資格を渡しに来ました」

「『聖女』?」


 聞きなれない単語。

 私の興味はそちらに吸い寄せられた。


「そうです。『聖女』です。貴方は第17代目の『聖女』に選ばれたのです」


 私が。『聖女』に。


「選ばれた…?」


 なんのこっちゃ。

 状況が全く分からない。


「混乱するのも無理はないと思います。ですので順を追って説明しますね」

「はあ……お願いします」


 とりあえず、説明してもらえるなら聞いておこう。


「まず、『聖女』についてですが、これは神から与えられた奇跡の力です。初代から連綿と受け継がれ、あなたで17代目になります。この力は決まった形を持ちません。ある者には剣、ある者には建物という形で現れたと聞きます。あ、ちなみに私は戦闘指揮の才能になりました」


 これでも一応、軍人なんですよ、と胸を張る彼女。

 張ってるはずだが、そこは絶壁だった。

 私も言えたものではないが、これはなかなか……。


「あの、話聞いてます?」


 気づくと、ジャンヌが私の顔を覗き込んでいた。


「あ、うん。聞いてるよ。ジャンヌの力は戦闘指揮の才能になったんだよね」

「はい、そうです。それで私は『聖女』の務めを終えたので、後任である貴方に力を渡しに来たんですよ」

「後任って…私が?」

「そうですよ。何度も言ってるじゃないですか」


 解せない。

 聞いてる限りじゃ、割とすごい力だと思うけど、そんなものに選ばれる理由が私には思い当たらない。


「私…ただの女の子なんだけど?」

「まあ、普通そう思いますよねー。分かります分かります。私もそうでしたから」

「え、ジャンヌも?」


 意外だった。

 てっきり、何かそういう血筋とかなのだと思っていた。


「私は、ただの村娘でした。『聖女』として選ばれていなかったら、多分人並みの人生をそのまま歩んでいたでしょうね」


 ジャンヌが遠い目をする。

 自分の人生を思い出しているのだろうか?

 もしかして、『聖女』ではない自分の人生を想像しているのかもしれない。


「今でも、私がなぜ選ばれたのかなんて分かりません。ですからそこまで気にすることではないと思いますよ。大切なのはこの力で何を成すかですから」


 何を成すか、か。


「ジャンヌはその力で何をしたの?」

「私は、フランスを守るためにこの力で戦いました。私の生きた時代は戦争に満ちていましたから」

「フランス…?」


 聞いたことのない名前。

 人の名前…かな?

 それなら聞いたことがないのも頷ける。


「フランスは国の名前ですよ」

「そんな国あったっけ…?」

「いえ、貴女と私の生きた世界は違いますよ。この世界では魔法があるようですが、私の世界ではありませんから」

「へ、へえ…そうなんだ…」


 どんどん話が大きくなってきた。

 つまり、ジャンヌは別の世界からやってきて、よく分からない凄い力を偶然選ばれた私に託しに来たと。

 何かもう頭が痛い。


「まあ、説明はこんなところですかね」

「ちょっと待ってよ。その『聖女』の力で何をすればいいのさ? ここには戦争なんてないんだけど?」

「それを考えるのも『聖女』の務めです。私は目的が分かりやすかっただけですから」

「はぁ……」

「では、ミーシャ・クロック。手を。貴女に『聖女』の力を託します」


 ジャンヌが手を差し出す。

 いろいろと彼女は説明をしてくれた。

 まああんまり、頭には残ってないけど。

 ただ1つ分かっているのはこの手をとれば、『聖女』の力が手に入るのだということ。

 これは私が望んだ特別。

 数センチ先にそれが転がっているのだ。


 ならば、私が取る行動は1つ。


「お断りします」


 私はジャンヌの目を見据え、はっきりとそう言った。


「ええ、そうですよね。おことわ――ってえ?」


 ジャンヌの目がパチクリしている。

 まつ毛長いなー。

 妙に落ち着いている私はそんな細かいところに目がいった。


「あの、もう1回言ってもらってもいいですか。多分聞き間違いだ――」

「お断りします」


 ジャンヌの言葉に被せて、一蹴。

 彼女は呆けた顔を晒している。


「ちょ――」

「ちょ?」


 何かを言いかけてジャンヌはぴたりと止まった。

 あ、深呼吸してる。

 一旦、落ち着いてるようだ。


「ちょっとどういうことですか!?」

「どういうことって?」

「いや、普通あの流れで断りはしないでしょう。力を受け取って、頑張ってくださいねとか私が微笑んで終わるパターンですよね!?」

「パターンって…。そんなの知らないけど」

「あの、ほんと、考え直してもらっていいですか? ちょっとそういうの困るっていうか」


 懇願するような顔ですがってくる。

 本当なら受け取った方がいいのかもしれない。

 でも私はママみたいなカッコイイ自分になりたい。

 それを完全に体現するなら、ここで力を受け取るんじゃなくて、自分で掴み取るべきだって思うから。


「何度考えても一緒だよ。私の答えは変わらないから」


 取り付く島もなく断る。

 ここでちょっとでも考える仕草でも見せれば、ずっと付きまとわれそうだ。


「えー! そんな…ちょっとっていうかめちゃくちゃ困るんですけど……」

「何がそんなに困るの? もう一度選び直せばいいんじゃないの?」

「そんなことできるわけないじゃないですか! 別に私が貴女を選んだわけじゃないんですー!」


 頬を膨らませて怒るジャンヌ。

 顔はほんのりと赤くなって、ちょっとかわいい。

 大事な話の時に申し訳ないけれども。


「そのまま力を持って帰ることは…?」

「持って帰るって、どこにですか?」

「いや、ジャンヌの世界にだけど」

「できませんよ、そんなことー。私、もう死んじゃってるんですよ。だからここにいるんです。力を受け取ってもらえないと、私の中に力が残って、ずっと精神体でこの世界を彷徨うことになるんですよー? こんなの生殺しじゃないですか。私、魔法とか使ってみたかったんですよ」

「いや、知らないよ……」


 意外にテンションが高くて、びっくりする。

 本当に困ってるのか、怪しんでしまうくらいに。


「あ、そうだ! ミーシャ! 貴女、これから学校に行くんでしたね。それも結構厳しいところの」

「まあ、そうだけど…何で知ってるの…」

「事前学習はばっちりです。力を渡す相手のことを全く何も知らないのも失礼かなと思いまして」

「あ、そう」

「軽いですね…。と、それはいいとして、これから入学すれば色々困ることもあるでしょう。特に貴女はこれといった才能もないようだし、苦労するかもです。そんなとき、『聖女』の力があったら…なんて思うこともあるかもしれません」


 これといった才能もないって…余計なお世話だよ!

 事実ではあるのが悲しいけれど。

 それに、『聖女』の力をそんなお手軽ツールみたいな扱いでいいのかな…?


「ですから! 一旦、保留にしましょう。まだ結論を出すには早かったかもしれません」


 保留。

 いいのか、それで。


「答えは変わらないよ?」

「いーや、分かりませんよ…? 何があるか分からないのが人生ですよ!」


 それっぽいこと言ってるけど、この流れだしな。

 今の状況なら、どんなセリフでも台無しになる謎の自信がある。


「で、どうです? これならいいでしょう?」


 めちゃくちゃ詰め寄ってくる。

 近い近い近い。


「う、うん。わかったから。一旦、離れて。ね?」


 なんとかジャンヌを落ち着かせる。

 何かどっと疲れた。

 何もしてないと思うんだけどね。


「で、保留って具体的にどうなるのさ」

「私がこの世界で待つだけですよ。一応、売り込みもかねて近くにはいようと思うので学校については行きますが」

「え、ついてくるの。全寮制なんだけど」

「ご心配なく。私は『聖女』の力をで何とか保っている精神体ですので、ミーシャ以外には見えないし、触れません」


 うーん。

 問題はないんだろうけど、何か腑に落ちない。

 私は、隣で『聖女』の力を売り込もうと息巻くジャンヌを見た。

 悪い子ではなさそうなんだけどな。

 普通に出会ったなら友達になったっておかしくはないと思う。



 全く、奇妙なことになったなぁ。

 私は、1つため息をついた。


 今日は私の旅立ちの日。

 それと同時に、ちょっとおかしな聖女に取りつかれることになった日というのが私の日記に書きこまれることになるのだった。


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