やえいともりのなかのこども
街道筋から少しだけ離れた広い空き地に夜営を決めた私たち。四人で入れる大きなテントをテキパキと組み上げていくイリーナ。
ゆるい人かと思ったら本気な人だった訳だが、聞いてみると夜営自体は七つくらいの頃からヤゼンさんやソリシアさん、ハイヤール老と参加していたそうなのだ。
「だから、こういうのはよくやってたの。ただ、料理は才能が無いって言われてね」
乗り合い馬車の時はテントは無かったけど、竈や焚き火の設営には参加していた。なるほどね。
「ジュン、水をお願い」
ノーリゥアちゃんの指示が出たので【保管】から水用の樽を出して、(水召喚)を唱える。樽にいっぱいの水を満たし、大小の手桶や小さな樽に水を分ける。用途に分けて別にしておくのだ。
「これでよいでしょうか」
ちなみにやってくれたのはフラン。私がやってたら日が昇るとノーリゥアちゃんに言われたので、代わってもらった。その代わり、私は食事の用意だ。
大きな鍋に洗って浸けておいた大麦1と米3を入れて、水を指三本ほど深さにする。木の蓋をして、火力を強くなるように細かく割った薪を五分毎に投入。
三回目の一番大きくなった後は薪をなるべく避けて熾火にして十分。それから、火から下ろして枯れ葉や焚き付け用の小枝の上に置いて十分。蓋を開けると、多少のムラはあるもののきちんと炊けた麦ご飯になった。
おかずは炊いている間に作っていた一角狼のお肉と根野菜のスープ。薬草学を得たら、何となくだけどハーブの配合も上手くなったようで味が良くなった気がする。ほくほくとしたむかごや黄色い人参、馬鈴薯などが堪らなく美味しく煮あがってる。
「うん、うまい。なんだろ店で食べるみたいな味になってる」
ノーリゥアちゃんはかなり気に入ってくれたみたい。フランも無心で食べている。
「私にも料理、教えてもらえる?」
イリーナはそんな事を言い出した。教えるのは別に良いけど、ソリシアさんに才能が無いって言われたのが気になると言えば嘘になる。
「じゃあ、明日の朝は一緒にやろうね」
「頑張るよぉ!」
イリーナの頑張りはどうなるのか。ノーリゥアちゃんはそんな事は全く頓着してないように呟いた。
「ライデル、追ってきてるかな?」
先ほど、ノーリゥアちゃんが通話でオルガさんに連絡したところ、ダリエルさんから『馬で出ていった』と聞いたらしい。つまり、馬での夜間行軍という事だ。
「あいつの事だから魔術装具は持ってるだろうし、怪我とかはしてないとは思うけど」
とは言え、夜間に馬を走らせるというのはよほどの緊急事態にしかしないものだ。この間の時のように。それも私の魔術とかイリーナの神術みたいなサポート無しでの単騎での行動とかかなり無茶な話だ。
「ライデルだって馬鹿じゃないから、馬を潰すような乗り方はしないわ。適当に休んで来るだろうから、明日には合流出来るわよ」
それからは見張りの順番とかを決めて眠りに付くことになった。私とイリーナ、ノーリゥアちゃんは[野伏]というクラスを取得している。これは野外での行動をする者達のクラスで、聞き耳とか罠の感知や発見、解除からロープを使わない登攀とか敵の夜襲などに対する危険の感知とかも出来るようになる。
フランを除く三人が持っているので、組み合わせとしてはどうとでもできるのだけど。ここは私とイリーナ、フランとノーリゥアちゃんにしようと決まった。私とノーリゥアちゃんは魔術での戦闘に強いのでバラけた方が得策、フランの援護にはノーリゥアちゃんの方が機転が利くからという理屈だ。別に嫌がる事でもないのでそれでいく事にした。
「それじゃ任せたわよ」
「お嬢様、お先に失礼します。お休みなさい」
二人はそういってテントに入る。私たちは焚き火の前で小声で話ながら番をすることにした。
「イリーナ、薬草の加工、やってていい?」
「別に良いけど、なんかあったら大丈夫?」
「敵が来たらそのまま【保管】に放り込むから」
「なるほど。しかし便利よね、それ」
本当にそう思う。出すのもしまうのも一瞬だし。量もすごいけど、手軽に使えるのはとても便利である。
それはそれとして、ラークトさんの所で買った薬草をいくつか取り出す。サルビアの葉を数株分、ダイラムの葉を数枚、アグレーノは一株分くらい。全部を細かく刻み、擂り鉢で丹念に擦っていく。目の細かい布に包んで紐で縛っておく。この配分だとだいたい十個位作れるかな?
「傷薬の配合とは違うのね? 何作ってるの?」
イリーナが聞いてくるので教えるが、これは料理に使う物だ。
「本当はそのまま入れちゃうんだけど、こうしておくと使いやすいの」
「へえ~薬草を料理に利用してるのか」
「サルビアやアグレーノなんかはその辺にも生えてるし、ダイラムだって探せば見つけるのは簡単だしね」
私の作ったハーブ袋は本当にその辺で採れるものばかりを使っている。肉や魚の臭みを取って、柔らかくしたり味を引き出す為の知恵だ。教えてくれたメイド長は昔勇者の末裔が教えてくれたと話していたけど、これは眉唾だと思っている。実際、少し料理を噛じった人間ならすぐに考えつくものだ。
次にかかろうかと思ったときに、イリーナが手を向けてきた。ちょいちょいとハンドサインで彼女の右手後ろを指している。
「なに?」
「かなり遠くで不自然な葉の音と声を殺した感じの声がした」
そちらを見ても、暗い森の中だ。私は(温度差視覚)を唱えて森の奥を見る。微かに見える緑色のもの。おそらく人か人に近い形状の者。ただ、動きはしていない。倒れているようにも見える。距離は百メートルあるかないか。近いようにも感じるが、森の木立に阻まれていると意外と距離を感じる。
「イリーナ、二人を起こして。私は見てくる」
「ちょっ……それは私の仕事でしょ?」
イリーナは夜目が利かないけど今の私はある程度は見える。どちらが適任かは分かる筈だ。
「確認したら戻るよ」
言うが早いか、【保管】に道具をしまって移動する。背を低くして気持ちだけ小走り。イリーナは『ああ、もう』と言いながらテントへ行った。
近づいていくと、それはやはり倒れている。動き自体はないけど、生きてはいる。体の大きさからすると人間の子供くらい。
三十メートルくらいの所で音を聴いてみると、微かな呼吸音と堪えるような声。言語はダインベール公用語、つまり人族の子供だ。警戒しながら近づくと向こうは驚いたようだった。
「ひっ……」
ん? 女の子?
「怪我はない? 平気?」
私は倒れている子供に近づくが、その子は出した声をかき集めんとするが如く両手で口を押さえる。
そして、彼女の後ろから来るモノたちが動きを始めていた。色の感じは回りとほぼ変わらず。
でも、人の形をしてゆらゆらと歩いてくる。平均的な村の人達が着ているような服を着ているが、明らかにおかしい。何かをぶちまけたような色が染み付いている。ゆっくり歩くゆえに足音はほとんどない。ただ、小さく呻くような声を出している。まるで獣のように。
「動く死体……?」
カタカタ震える女の子を立たせて、一緒に走る。森の中で彼女は足元も見えてないけど、私が先導してるせいか倒れもせずについてこれた。先に見える私たちの夜営地の灯りが近づく。
「あんたってばまた独断専行を……」
「ノーリゥアちゃん、動く死体が後ろから来る!」
その言葉に即座に剣を抜くノーリゥアちゃん。フランは兜を付けられてないけど、戦槌と盾を構えている。
「動く死体ってなんで不死者がいるの?」
女の子を抱き抱えてイリーナは慌てる。しっかりしてよ、神官さまでしょ?
私は(敵意感知)を唱えたが、赤い敵の光点は近くに六つある。が、その先からはおよそ二十以上ある。
「ノーリゥアちゃん、まずい。近場の六体はすぐ来るけど、後続もある。その数二十以上」
「なんてこと……とりあえず近くのを撃退。然る後に撤退よ。ジュンは夜営の撤収を、フランは私と前衛、イリーナはその子の側で(不死者よ還れ)を」
なし崩しのまま、戦闘に巻き込まれた私たち。
イリーナにすがり付く女の子は、ガタガタと震えて声も出せずに怯えていた。




