ようやくもどっておでむかえ
翌朝、ノーリゥアちゃん達が帰ってきた。傷を負った人が五~六人いたけど死亡者は無し。ノーリゥアちゃんとライデルも軽傷だ。毒も受けたらしいけど、渡した魔石のおかげで事なきを得たようだ。
「あの群れは追い出された連中だったみたいね」
「追い出された?」
たまにある事らしいけど、そこまでいた奴等を追い出す別のゴブリン達が来たのだと言う。それまでよりも大きく、賢い個体。『小鬼隊長』と言うのがいたのだ。巣穴には他に三十程のゴブリンがいたそうだ。
「小鬼隊長など雑作もない。ノーリゥアお得意の(睡眠の霧)は効かなかったが、私の敵ではありませんでしたよ」
すかしてるライデルがスゴくウザい。イリーナやフラン、ノーリゥアちゃんもジト目で見ているが本人はどこ吹く風だ。
帰ってきた彼らの傷を治して、念のため解毒も重ねてかける。そこまでしていると、村の人から炊き出しがきたので彼らは食事にありついた。従士のみんなも疲れているだろうが、一番疲れているはずのノーリゥアちゃんは懐から何やら小瓶を出してその液体を舐めている。何となく分かるけど、どうせお酒だろう。
後で一口下さいな♪
ライデルは楽勝みたいに言っていたが、小鬼隊長はレベルから言えば確か四以上。彼ともほぼ互角だったはずだ。数とノーリゥアちゃんの援護が無かったら、かなり不味かったに違いない。
「ていうか、あんたなんであんな剣持ってたのよ」
ん、?
白薔薇の剣の事かな。あれは師匠から餞別に貰った物で、今の私には使えないから貸したんだけど。
「あれは魔術装具だけど、元はグルリム爺の傑作よ」
グルリムヘイル。『神金の護り手』と呼ばれるドワーフの鍛冶師にして、屈強な戦士。その彼の作品であるらしい。
「聖銀で作られた小剣で恐ろしく軽いわよ。ライデル、ほら」
手を出すノーリゥアちゃんに剣帯から外した白薔薇の剣を鞘ごと渡す。持った時はそんなに軽く感じなかったけど?
「鞘は普通に鉄で出来てるからね。でも、中の剣は…」
引き抜き右手でひゅんひゅんと振り回す。ぱしっと受けとめ、私に柄を出してきた。
「振ってみなさい。ジュンの力でも問題ないはずよ」
ちょっと躊躇いながら、手に取ってみる。するとどうだろうか。確かに軽い。私が使っている刃折りよりも軽いんじゃないかな。つまり半分以上はあちらの鞘の重さなのか。
「ちょっと型をやってみます」
私は鞘を置いて、剣を構える。私の使う剣術は『星光流小剣術』。父様の流派と同じだが、短剣や小剣を使うタイプの剣。その極意は早い動きの速攻。一撃よりも連撃で相手を崩す事を主体とする。
基本の型を何度かやってみたが、特に問題もない。むしろ軽すぎる感覚だ。重さだけなら短剣みたいだ。そのせいでバランスを取るのがちょっと難しい。でも、調整は出来そうだ。
「ふうん…でもやっぱり軽すぎるみたいね」
ノーリゥアちゃんは的確に見抜いている。
「聖銀は普通の武器より半分から三分の一くらいまで軽量化出来る金属で、おそらくそれの適正は3じゃないかな。私的にはそれはイリーナ向きの武器だと思う」
そうか。軽い武器ならイリーナの方が向いてる。彼女の得物は短めの広刃剣。形としては問題ない筈だ。
「やってみる?」
私が出すといいの?と聞いてくる。私はこれにそんなに思い入れは無いし、有効に使える仲間がいるならその方がいいと思う。
「んじゃ、ちょっとだけ」
イリーナが剣を構える。彼女の流派は『水空流小剣術』。受け流してカウンターを狙っていく防御型の剣術であり、私の流派とはライバル関係と言ってもいい。型も構えて敵が刺突してきたのを想定して受ける、捌く、刺すを続けて行う。
「直接的に戦うのは、魔術師としては下策だもん。イリーナが使ってよ」
「弩も借りてるのに…剣も借りるなんて悪いよ」
むう。そんなこと気にしなくていいのに。そうだ。
「じゃあ、イリーナの使ってる剣を貸してよ。あれなら私も使えるだろうし」
「えっ?そりゃあいいけど」
実際に使うことはあまり無いだろうけど、彼女が納得してくれるなら別にいいだろう。
私には少し長めだから、ヤゼンさんに削ってもらおうっと♪
「さて、一休みしたら町に戻るぞ。騎士リーアムは一個分隊と残留、後発の部隊と引き継ぎ後に帰投せよ」
「了解しました!」
向こうでウェイバール伯父様が指示をしている。村の人たちは一度街へ避難させるそうだ。そのために街から馬車が何台か呼ばれている。帰りはこれに乗って帰るようで、私たちも乗せてもらえるようだ。あ、ライデルは馬で帰るから乗らないらしい。鎧はリーアムさんに返したみたいで、かなりボロボロだが特に気にはしていないようだ。
「ライデル」
「はい」
「今回は助かったよ。有難う」
ぺこり。
彼にお辞儀をしたのは、たぶん初めてじゃないかな?どこかでしたっけ?覚えてない。かれはやはりキョトンとした顔で此方を見ている。
「…どうかした?」
私、なんか変なこと言ったかな?いつもみたいにウザい事言ってくると思ってたのに。ふっと笑ってから爽やかな顔でこう言ってきた。
「…いえ。礼には及びません。私はあなたの剣になった身。これからも存分に振るって下さって構いません」
お、おう。なんだこの真面目な応対は。この間からライデルもなんか変だよね。
「褒美として私の褒めて下さっても構いませんぞ!どうぞお褒めの言葉をさあっ!」
……前言撤回。やっぱり、ライデル、ウザい。
でも、力になってくれたのは嬉しかった。だから、ちょいちょいと手を振って座らせると頭を撫でてあげた。
「ありがとお、ライデル」
「──はっ」
いつもこのモードなら、もっとモテるのにな、この人。
この村は街道筋に近いので、復興はさせるという話だ。ただ、今すぐという話ではない。魔物が近付かないように従士の部隊を残留させて、本格的な建物や農地の回復がされるまで時間がかかる。人足の募集や資材の購入などダリエルさんの頭を悩ます仕事がわんさか増えた。でも、なんとかはなる筈だ。
馬車に乗って帰る道すがら、何台もの馬車が通りすぎる。この辺りはウェズデクラウスの近郊で、多くの村が存在している。それらから来る農夫、行商人、色んな人達がいる。徒歩で動く人もいる。やはり大きな背嚢を背負う個人の行商人。冒険者の一団、やはり色んな人達がいる。昼間はやはり人の動きが多く、街の近くまで来ると密度が高くなる。
ガタゴト揺れる馬車は寝てる間もない。あまりクッションが良くないので、路面の振動が直接来る感じだ。それと比べると馬の乗り心地は凄く良かった。ちらりと見ると、馬はご機嫌そうに尻尾を振ってぱっかぱっかと歩いている。ライデルも暇なのか、周りを見ているようだ。
そんなこんなで、ようやくウェズデクラウスまで辿り着く私達。城門から入る時の検問は当然ない。中に入ると意外と多くの人が集まっていた。
「ウェイバール閣下ばんざーい!」
「男爵さまに栄光あれー!」
口々にそういった賛辞が上げられる。閣下は手を上げて、その歓声を止めた。
「グアルコの脅威は取り払われた!」
大きく、響く声だ。いい軍人は声が大きくないといけないらしいが、それなら伯父様はやっぱり生粋の軍人なんだろう。
「多くの犠牲が出てはしまったが、それでも助けられた命はあった!それが成し得たのも彼女が居たからに他ならない!『黄金の森の一輪、迅き風』!!」
ウォー!
一際大きい歓声が上がる。ノーリゥアちゃんは慣れた様子で馬車から立ち上がり、手を振る。営業スマイルがとても綺麗ですよぅ!
「多くのゴブリンは討伐され、闇は押し返された!ダインベールに栄光あれ!」
「栄光あれー!!」
ワアアー!
何だか凄い先勝ムードだけど、実際はかなり敗けっぽい内容なんだ。こっちの人的被害はかなり出てるし、村の再建は一年がかりじゃないかな?
それでも士気を上げるのは意味があるんだろう。
ダリエル執政官がやって来て、ウェイバール閣下と握手をしている。こうゆうの苦手そうだけど、ダリエルさんもちゃんと出来てる。
「さあっ、皆は疲れている。他の者たちは各々に戻れ。彼らを休ませて差し上げろ!」
ダリエルさんは従士達に命じて、集まった人たちを散らし始めた。あんまり過熱されても困るからね。三々五々、人々が帰っていくがそのテンションは上がりっぱなしだ。今日はどこの酒場も大繁盛間違いなしだ。
「また、無茶な事をしたね。怪我はないかい?」
執政官が寄ってきて、頭を撫でてくれた。
「はい。もう治しました」
「出来れば、怪我をしないでくれよ。みんな悲しむからね」
私の事を悲しむ人間がどれだけいるかは分からないけど、今まさに悲しい人達は大勢いる。村人達はとりあえずキョウガイシやジョウコウカンといった神殿で預かる事になったらしい。親御さんを失った子供達は孤児院へ預けられる。でも、引き取る子も何人かはいるだろう。知り合いやら親戚やらがこの街にいるかもしれない。
「ダリエルさん、ちゃんと彼らを助けてあげてね」
「善処します。男爵令嬢様」
片手を胸に置き礼をする執政官。子供だと思って軽く返事するかと思ったのに。言質を取らせないとは、如才ないぁ。まあ、確約できないのもまた事実だ。全員を救うって云うのは理想論だって私だって分かってるよ。
「さて、ともかくゆっくり休んでくれ。伯父さんもどうぞ。狭いところですが」
「私は一度家に戻る。妻を連れて伺わせて貰うぞ」
「お待ちもうしてます。ライデル、君もどうだい?」
ライデルは少し考えてこう言ってきた。
「乙女と仲間たちよ。まずは私の宿にて湯浴みなど如何かな?」
──!
私たちは一も二もなく賛成した。貸し切りと言うわけにはいかないから、一般のお客さんと一緒に入ることになった。
温かいお湯の中に体の中の疲れが溶け出していくようだ。きちんと髪も体も洗った。主にフランが。体の傷は、本当に何もなくなってしまっていたので少し驚いた。額のあの傷はゴブリンの投石器によるものだった。
何故か(対射撃防御)を突き抜けてきたあれは、ノーリゥアちゃん曰く『ファンブル』というものらしい。
ファンブルとは、本来有り得ない事が起こることを指す。魔術の効果を突き抜けて当たる、鎧の隙間を抜けて急所に刺さるなど、致命的に成りかねない失敗の事だ。
「魔術も完璧じゃないからこういうこともあるの。だから油断出来ないのよ、冒険者ってのは」
ノーリゥアちゃんも何度もそれで酷い目に合ったらしい。今回の敵はゴブリンだったから、あの程度で済んだのだ。
「あんたに治して貰ったからなんだけど、ほらここ」
ノーリゥアちゃんは控え目な左の胸の下辺りを指差していた。
「本当はここからすうっとこれ位の刀傷があったのよ」
ふむ。最初に入った時には気付かなかったけど、そうなのか。今は全く何もない、すべすべの綺麗な肌をしている。
「あんときは死んだと思ったわよ。レートレイア姉様がいなかったら、たぶん死んでた」
ちょっとしんみり言うノーリゥアちゃん。歴戦の勇士にはそんな歴史が積み重なっているんだ。
「あ、それじゃあ傷痕消しちゃダメだったんじゃ…」
「乙女の傷は無い方がいいに決まってるでしょ!?」
「…さいですか」
ぶくぶくと泡を作りつつ湯舟に浸かる。イリーナもフランも。戦ってはいないけど村では頑張ってくれていたから、疲れているのだろう。何となく寝てるような気がする。
「え、ちょっと二人とも寝ちゃダメだよ、のぼせるよぉ?」
慌ててノーリゥアちゃんと二人で沈みこむ二人を湯舟からあげる。見かねたおばちゃんやお姉さんが、手を貸してくれたので事なきをえた。
「やれやれ、だね」
「あんた達といると、飽きないわね」
顔を見合わせ、笑う私たち。横になった二人の体を拭いてから、(体力平癒Ⅰ)を使ってみる。ノーリゥアちゃん曰く、のぼせには効くらしいのだ。顔の赤みが取れて、二人は目を覚ます。
「まさか私が湯殿で眠り込むとは…お恥ずかしい限りです」
「やっぱり疲れてたんだね、しっぱいしっぱい♪」
二人ともお疲れさま。さあ、とりあえず戻ろうか。




