ごぶりんとのせんとう
ライデルの前に座る私は、【保管】の中の『武器・防具』のディレクトリを開く。いつもの刃折りは置いてきてるし、小型弩はイリーナに貸し出し中。ここには投擲用短剣位しか無いと思うだろうけど、実は師匠から渡された魔術装具の内にも幾つか武器はあったのだ。今の私には使いこなせない大きさの小剣。銘は『白薔薇の剣』とある。適正筋力が11となっているから、小剣の中では大きい部類だ。私はそれを出して、ライデルに渡す。
「身を守るのに使って」
「それは構いませんが…今どこから出しました?」
「細かい事気にする人は嫌いだよ?」
「有り難く使わせていただきます」
ライデルはそれを腰の剣帯に引っ掛ける。剣は持ってなくても一応着けてたんだ、剣帯。すっかり外してた自分がちょっと情けない。まあ、短杖は持ってきてたんだから良しとしよう。
続けて『道具類』から、魔石を取り出す。私が倒した一角狼のもあるけど、師匠は二十個ばかり渡してくれていた。天然の魔石は一つ一つ内包する魔力が違うのだが、師匠のくれたものは再精製されたものでどれも同じくらいの量になっている。ノーリゥアちゃんと合流出来たら渡すつもりだから、これもポケットに入れておく。
「ライデルは魔術か神術って使えたっけ?」
私の問いに彼は答える。
「私は才無き者でした。故に魔術装具に拘りました」
彼は左手の指輪を見せると『(魔盾Ⅰ)の指輪です』と答えた。他にも(防御Ⅰ)の指輪、(小治癒)のバックルなどを所持していた。安い物ではないが、あれだけの宿の経営者なら理解も出来る。
煙が近くなってきたので、そろそろ準備をしよう。まず、暗くなってきたので(温度差視覚)、敵の接近に備えて(敵意感知)、私とライデルに(対射撃防御)をかける。持続時間は二倍にした。
(敵意感知)の開いたマップ上にはまだゴブリンの姿はない。こちらの移動速度が速いから、遠くは(温度差視覚)に頼った方が良さそうだ。煙の辺りに赤い光点がある。炎だろうか。小さく緑色の光点が見える。距離はまだ二百メートル以上、でも馬だと三十秒程で攻撃範囲に入る。向こうはまだ気づいてない。手をしきりに振り上げ降り下ろし、何かを持って口へ運ぶ…!
「うああっ!」
その浅ましい事が行われるのを黙ってみてはいられなかった。
『我は常しえの探究者である。遥かなる星霜より来たれり光よ、我が意によって其を穿ち貫かんことを!理術弾!!』
「遠いぞ、届かない!」
「届かせる!」
ライデルには見えてないだろうけど、距離を倍に伸ばせば十分届く。一つ出来た光の矢が暗闇を貫き小鬼の頭を吹き飛ばす。攻撃されて気づいたか、それとも(指向性光)のせいか分からないが、奴等はこちらに向かって移動を始める。
「ライデル、前方ゴブリン四匹、その後ろ三匹!」
(指向性光)を前方へ向ける。こちらを通さんとする小さな人影、間違いなくゴブリンだ。
「突破する!」
こちらに飛んでくる石が(対射撃防御)の壁によって外される。今のは危なかった。ただの石でも当たれば痛い。しかも私はほぼ防具が無い。考えている内に前衛のゴブリンの前を飛び越える馬。そのままライデルは体勢を変えて斜めに白薔薇の剣を振り抜く。後続のゴブリンの肩口から右腕を切り落とすと、体勢を戻し駆けさせる。
「切れ味は良すぎるほどだが、如何せん短いな」
「ごめんね」
「無いよりはましです。このまま中央へ行きます!」
火をかけられた家から何かを引き摺る二匹のゴブリン。道端で倒れた人に馬乗りになり動いているゴブリン。人形のようなモノの腕や脚を引きちぎるホブゴブリン…。ここは恐らく地獄という所だろう。(敵意感知)の赤い光点はおよそ三十五~六。内十二匹が先の方で囲むようにいる。建物を包囲しているのだろう。(生命感知)を唱えて、光点を青に変えておく。これでゴブリンの色は赤紫になった。青の光点は囲まれた中にしか存在しない。いや、遠くに離れるように移動するのが二つほど。ゴブリンに捕らえられているのだろうが、今はそっちよりノーリゥアちゃんの方が心配だ。
『我は常しえの探究者である。遥かなる星霜より来たれり光よ、我が意によって其のもの達を穿ち貫かんことを』
呪文を唱えつつマップからマゼンダの光点を選んでいく。全部で十三、建物の前の殆どを標的にする。
『(理術弾)』
私の周囲に光の矢が浮かび、ライデルが慌てた声をあげる。
「うお、なんだこれは?」
「いけ!」
解放される魔法の矢は綺麗に乱舞し、赤く燃える建物を囲むゴブリン達を刺し貫いていく。全ての光点が一瞬で消える。
「凄まじいな…貴女はいったい…」
ライデルは今ので驚いているが、そんな暇はない。私は(通話)でノーリゥアちゃんを呼び出す。
『ノーリゥアちゃん!生きてる?』
『えっ?あんた、まさか来たの?馬鹿、何してるのよ!』
良かった、生きてる。中にいるんだ。建物は火がかけられてるけど、その内側から風の防壁が作られてるみたいでそこから先に奴等は行けなかったみたいだ。
『私が全開で眠りの霧を使うから、フォローお願い!』
『はあ?ちょっ…』
ライデルに不眠の魔法薬を渡す。
「それを飲んで」
「な、何ですかな?」
「眠れなくなる薬よ」
私は呪文に集中する。今回はありったけの力を突っ込んでこの辺のゴブリンどもを全部範囲に入れる。
『我は常しえの探究者である。微睡みを誘う甘き香り、其は水であり空気、空より出でて吸にて満たし…』
ガンッ
意識が一瞬遠のいた。ふらりと体勢が崩れ、そのまま落馬したと思う。遠くから、ライデルが叫んでるように聞こえるが、よく分からない。
何がどうしたか分からないけど、頭が痛くて落ちた時に打った肩も痛い。
ライデルが馬から飛び降り、私の近くに来るゴブリンに斬りかかる。彼はさすがにゴブリン程度は簡単にあしらえそうだが、如何せん数が多い。その内の一匹が私に向かい手に持ったどす黒いナイフを振り上げる。
まだだ。
まだ諦めない。
こんな簡単に終われない。
私は咄嗟に体を捻り、ナイフをかわす。ゴブリンのナイフは地面に突き刺さる。そのままの体勢で右手をゴブリンに叩き付ける。拳は握らずに平手のまま。当然、威力などあるわけもない。
『ぐぎゃあ?』
上手くいった。叩いた所から炎が立ち上がり、ゴブリンの小さな体を瞬く間に業火に包む。
[無詠唱]の(小火弾)。師匠からは『コンパクトにまとめる感じで。距離や威力は最低限、その魔力を練り上げる事だけを優先しろ』と言われて、何度も練習していた。今、自然にそれが出来たのは偶然だろう。けど、感覚は分かった。
左の目に何か入って見づらいが、(感知)は両方とも健在。敵の光点はたぶん二十前後、あの感覚を忘れぬためにもう一度。
周囲十メートル内の目標は四体、内一つは大きいからホブゴブリン。ライデルと戦ってるからこれは様子を見る。私に近づく二匹とライデルの背後に回り込もうとする敵に照準。
「(小火弾)」
短杖から吹き出す白い輝き。輝く軌跡を放ちつつ私の左右とライデルの背後のゴブリンに突き刺さる。
『いだ、いだだ、あがぁ…』
断末魔はあまり聞こえなかった。火炎の矢は刺さった瞬間にゴブリンに燃え広がる。
「ゴ、ゴブリンって…喋るのか…」
【翻訳】さんが余計な仕事をしているみたいだ。そんなモノを聴いたら、戦いづらくなる。近くにいるのはライデルと戦っているホブゴブリンだけになった。けど、しばらくするとこちらに来てしまうだろう。魔術を連発しすぎて疲労が酷い。せめて傷だけでも先に治そうと、ラークトさんの回復魔法薬をくいっと一飲み。
「大丈夫か、乙女よ!」
ホブゴブリンに手傷を負わせつつ、自身はあまり傷を負ってないのはさすがだと思う。防具が無いから必死に捌いているのだろうが、(魔盾Ⅰ)の使い方も上手い。
『我は常しえの探究者である。我が身の奥の更に最奥、命の源に流るる紅き聖域よ。我が求めに従いて疾く戒めより放て(体力平喩)』
体から疲労感が抜けていくが、逆に頭部の痛みが増した。うそ、あの薬ほとんど効いてないの?それとも、相当ヤバかったのか?ともかく、敵が近くに寄る前にノーリゥアちゃんに連絡を取ろう。ライデルはまだ大丈夫だ。
『ノーリゥアちゃん』
『いきなり通信切るな、驚いたじゃない!』
『今、その家の前にいる。ライデルも一緒。魔石持ってきたから、結界を開けて』
『マジ!?分かったわ』
この瞬間に左後方から妙な気配を感じた。振り向くと、そこに火炎の球を作り出しているゴブリンがいた。
暗転する世界。何かが目の前で弾け、その衝撃で私とライデル、戦っていたホブゴブリンもまとめて吹き飛ばされていた。
「…か、かは!」
息が苦しい。(防御Ⅰ)をかけてなかったのは失敗だったかも。ライデルもぐおおと呻いている。ホブゴブリンは、どうも直撃してしまったらしく物も言えないみたいだ。
私はポケットを探る。残っているゴブリンが寄ってきた。ゴブリンシャーマンはこちらに近づいてこないが、指示を出してゴブリンを呼び集めてる。私に近寄ったゴブリンが棍棒を振り上げる。
「させるか!」
ほぼ体当たりでライデルがゴブリンを突飛ばし、白薔薇の剣がゴブリンの体を易々と貫く。
「ご、ご無事ですか?」
「生きては、いるよ」
「それは重畳です」
そこにシャーマンからの(小火弾)が突き刺さる。
「ぐあッ!?」
ライデルの左肩にぶつかり、彼は吹き飛ばされる。
私の傍に寄ってくる別のゴブリンが下卑た笑いを浮かべているのが、見える。
『ぎゃ、まだ子供だけど、使えるかな?』
何に使う気だ。私は手を振り上げるが、奴に止められてしまった。
『うけけっ』
私の胸元に手をかけるゴブリン。体はもう動かないから、どうにもならない。
でも、何とかは出来たみたいだ。
『ぐぎゃあっ!?』
背後から喉元にナイフを突き刺されるゴブリンが私に倒れこむ。
「人ん家の子に何悪さしてんのよっこの!」
「ノーリゥ…ア、ちゃん」
私の投げた魔石はちゃんと持ってるみたいだ。彼女はシャーマンに対しても簡単に(睡眠の霧)を使い沈黙させていた。
「もう、何してるのよ!無茶し過ぎでしょ」
倒れこんだゴブリンを引き剥がし、私の傷を見るエルフさま。ちょっと涙目なのが可愛いなぁ。とりあえず、ポケットの中の魔石を全部渡して、逃げた奴がいると教える。方向と数。たぶん、ノーリゥアちゃんなら巣穴の討伐は簡単に出来てしまうのだろうな。
「つかれたよぉ…」
私は、ついに意識を失った。




