1-8 もどるはなし
「申し訳ありませんでした。それほど貴重な品を勝手に出してしまいまして」
フランは事が殺人に発展しそうな勢いにまけて、チコに謝罪している。ホント、怒られるのはアンタの方なんだからね。しかも一人で半分くらいまで食べてたし。
とはいえ、客人に接待の準備をさせてしまった手前チコは強く出られなかったみたいで、お気になさらずにと言って残りを薦めてきた。
「私の給金三日分の味なので、召し上がってください~」
許してはいなかった。
さりげなくでもなく、普通に毒を吐いてきてるよ。
導師は息も絶え絶えになって覚めた紅茶を飲んでいた。
今まで見たことないほど狼狽する様は、かなり幻滅ですよ?
もちょっと威厳をもって欲しいものです。
不肖の弟子としましては!
「さてと、お噂の男爵家令嬢がこちらにおいでとは思いませんでした。領軍の指揮官さまがお探しでしたが、まだお会いになっていませんでしたか?」
チコさんはどうも先ほどまでその件で呼ばれていたそうで、魔術的な放火なのかを検証していたそうだ。結果としては、シロ。大規模な火系の魔術は使われてなく、使われたとしても(点火)くらいのごく小規模なものだった。ただ、使用された油は植物動物由来の油脂ではなく、鉱物由来の良い品質の物を使っていたそうだ。
「この辺りではあまり取引はない物ですね」
チコさんはお菓子を頬張りながら自身の検証を語る。
「それと、本館の一階で成人の男性と女性一名ずつの焼死体が発見されました。ご冥福をお祈りします」
手を合わせて一言。
関係者としてはやるせない。
「それは、……やはり家令のサイラス様とメイド長のミューリ様だったのですか?」
フランの思い詰めた言葉にチコさんはあっさりと答える。
「どうとも言えませんね。男性か女性かは骨格で分かりますが、ほぼ黒焦げで特徴もなにも判別できませんでした。測定板とかで確認できるかどうかも怪しいですね」
やはり、そうか。
にしても、この人は遺族とか関係者に対しての配慮がない。沈痛な面持ちのフランの手を握るととても冷たかった。ひょっとすると菓子を食われた意趣返しなのかもしれない。
「現状ではそうと推測するしかないでしょうね。他に該当する方がおられないなら消去法で。あと、窃盗があったかどうかも分かりかねます。金庫室の金庫だけは残っておりました」
ああ、あまり多くはないが一応貴族だし多少の現金はあったのだろう。ただ、激しい火災に巻き込まれた金庫って開くのかな?
「鍵穴と扉が融解して固着してしまっていて、素人には開けられない状態でした。専門の鍛冶師とかじゃないとたぶん無理かと」
鉄を切るとか火系の中級魔術(炎熱剣)ぐらい必要じゃない? たしかフレスコ導師は使えないと思ったけど、鍛冶師の親方に何人かいたとは思う。
「本来は捜査を任された士官から伝えられると思うのですか、ここにいらっしゃるなら先にお知らせしても構いませんよね? 当事者なのですし」
チコさんはあまり気にせずに言ってしまっているが、領軍の実質の上司が男爵でその娘だから構わないと思ってるのかもしれない。
緊急事態でもあるからありがたいけどね。
すっかり空気と化していたフレスコ導師も知らんぷりを決め込むつもりなのか、話を変えてきた。
「ああ、そういえばチコ、買い出しを頼んでいいか?」
導師は羊皮紙の切れ端に手早く何かを書いて、それを渡してチコにこう言った。
「買い物がすんだら今日は帰りなさい。仮眠室は今日は満室になりそうだから」
そういってこちらにウインクをしてくる。意外と様になってるけど、いいのかな?
「分かりました。くれぐれもご令嬢に粗相のないようにお願いします」
そうしてこちらにも向き直ってこう言ってきた。
「師匠をよろしくね、妹弟子さん?」
あ、まあ姉弟子だよね。お世話になりますと頭を下げる。フランに対しては何もなく、一瞥しただけで退出していった。彼女が出ていった扉を軽く睨み続けてる。
「フラン?」
「わたし、あの方嫌いです」
まあ、悪いのは君だし。けど確かに私も好きなタイプじゃないんだ。頼れる大人の女性なのは確かなんだけど。
「そう言ってくれるな。だいたいの魔術師はあんなものだ。私の方が変わり者なのさ。普通は焼け出された人間を招いたりはしない」
魔術師は変人が多いのは確かだけどね。……自分も含めて。
思わぬ所で事件の情報が入ってくれたのはありがたいが、これが吉となるかはまだ分からない。
チコさんが買い出しから帰る前に仮眠室の掃除をするとフランが言い出したので、そちらは彼女に任せて私たちは会話に戻る。
まだ話しは、終わってない。