はたしてゆめなのかかんがえる
気が付くと、私もフランも階下のエカティリーナ様の部屋に寝かされていた。
私の保管の管理画面も閉じられていた。
かなりぐっすり寝てしまっていたようで外から差し込む光は赤く、夕暮れ時になっていた。
フランはまだ寝てるようだが、寝息は穏やかで先程のような乱れた感じは見られない。
私は戸の前にいって居間に入ろうとしたが、そこに聞こえてきた声が引き止めた。
「じゃあ、■■■いたの?」
「ああ」
……なんの話だろう。
それにこの声は、ノーリゥアちゃんと師匠じゃないのか?
何かぼそぼそ言ってるからよく聞こえない。
「あ■影の■■なも■■■も?」
「ああ、君が■■■しまったから恐らく■■■化■■まると思う」
「何■■か、■■■てるの?」
「あい■■と魔力■■素の■■■見えるけど、何かは■■■ない。分かるのは星幽体■■■■としか言えない」
「星幽体…■■■いなモノね。それが■■■に取り憑いている■■■と?」
「ああ。周■■■素と本人■■■を吸■■り、成■■るように私に■■えた。だから、■■■路の■部に栓■■■た」
「道■■■たら固■■■りだと思っ■■。て■■■が封■■■いたっ■■ね」
「厳■■は、封■■ゃない。た■■■■療法だよ。完全に■■■■ない以上、その■■■■ゆっくり■■長する。■■か遅い■■けの差だ」
……どういうこと?
何の話をしているの?
私は思わず扉を開けて二人に詰め寄る。
そこには発言してなかったオルガさんもいたが、三人は驚いた風もなく私を見ていた。
「いったい、なにがあるって言うんですか? なにが起こって……いるんですか」
声が震える。
泣き出しそうな声になっているのが分かる。
でも聞かない訳にはいかない。
「ユーニス、冷静に聞いてほしい。この問題は最初に──」
フレスコ導師の顔が苦渋に染まっている。
どうして、そんな顔をしているんですか。
そして不意に導師の顔が歪んだ。
というか私の視界が歪んだのかもしれない。
歪んで暗くなり意識が遠退く。
私はとても苦しくなり大きな声で叫ぼうとした。
でも声にならない。
暗闇のなかで、大きな声をだそうともがいた。
懸命に、彼女の事を呼び掛ける。
「フラン!!」
「は、はい! なんでしょうお嬢様?」
気が付くと。
そこはイリーナの部屋だ。
小さなテーブルに突っ伏していた私は寝込んでしまっていたようだ。
私の声に驚いたフランはイリーナのベッドの上から身を乗り出してこちらを伺っている。
「今の……え?」
どういうことだろう。
夢でも見ていたのだろうか?
「フラン、体はなんともない? 痛いとか違和感があるとか……」
私の問いにフランは答える。
「痛くはありません。違和感と言えば、何か胸の辺りの支えが取れた気がしますが」
言うが早いか、私は立ち上がり階下へ駆け降りる。
居間への扉を開けると、そこにはハイヤール老とノーリゥアちゃんがいた。
イリーナの姿は見えない。
「随分寝てたわね。もう夕の鐘が鳴ったわよ」
ノーリゥアちゃんがそう言うが、私はそれどころではない。
「師匠はどこですか?」
「え?」
「フレスコ導師は、オルガさんはどこに行ったの? なんの話をしてたんですか!?」
ノーリゥアちゃんは何を言われてるのか分からない様子だ。
けど、私の方も分からないのだ。
私を追って降りてきたフランが心配そうに私を見つめる。
狼狽しきった私は、その場にへたりこんでしまう。
「どうしたの?」
ノーリゥアちゃんは何かあったのかと此方に寄ってきた。
私はノーリゥアちゃんに縋り付くようにして声を出す。
「な、なんの話をして、いたんですか? わたしや、フランの話じゃ、ないですよねぇ?」
「え? 何を言ってるの? ジュンはどうしたの? フラン」
ノーリゥアちゃんは私の後ろにいるフランに事情を聞いている。
「わ、私にもよくは分からないのですが……夢見が悪かったのでは……」
ゆめ?
あれが、夢だったというの?
あんな、よく分からない会話を、していたノーリゥアちゃんと、師匠と……
「──え。だって、師匠が…」
「あんたの師匠のフレスコなら、サンクデクラウスに居るでしょ?」
……うん。
そのはずだ。
でも、師匠なら(転移門)位は使える。
こちらに来るなんて容易なはず。
でも、師匠は昔から魔力が少ないから大きな魔術は使いたがらないんだ。魔石を使えば補助にはなるけど……
「じゃ、じゃあオルガさんは?」
「オルガは来てないわよ?ねえ」
ハイヤール老は話を向けられると顎を擦りながら肯定する。
「わしゃ昼寝してたからよう知らんがな。イリーナも寝とるようだしの」
そういってエカティリーナ様の部屋の方を見る。
居間から続くあの部屋の戸は開いていて、布団にくるまるイリーナの姿が見える。
気持ち良さそうに寝てるのが凄く羨ましく感じる。
「じゃ、それじゃあ、ほんとうに……?」
夢だったのだろうか。
たしかに荒唐無稽な話だ。
この居間でノーリゥアちゃんとオルガさん、ここにいないはずの師匠が小声で密談しているなんて……でも、凄く現実味があったんだ。
怖いほどに。
「ゆめ、だったの……」
ノーリゥアちゃんは震える私をゆっくり抱いていてくれた。
見た目はあまり変わらない感じの少女なのに、抱かれているととても安らぐ。
ドキドキした鼓動がようやくおさまっていくのが分かる。
「それで、どんな夢を見たの?」
ノーリゥアちゃんに私は夢の中での話を聞かせた。
よく分からない所も多くてあまりよくは覚えてない気もする。
だいたい話終えるとノーリゥアちゃんはふむ、と考えてからこう言ってきた。
「予知夢的なモノかもしれないわね。あなたの権能にはそうのもあるの?」
いや、無いと思う。
少なくとも私は知らない。
あの人なら知ってるかもしれないけど。
「たぶんそういう権能はないです」
「そう。でも、肝心な所が何も分からないわね。殆んど会話になってないもの」
ノーリゥアちゃんが離れる代わりにフランが寄り添ってくれたので抱きついてみた。
フランが至福な表情をしている……この状況でもブレないなぁ。
それでも、やっぱりフランの抱き心地は格別だ。
「はーい、皆さんちょっと遅いけど夕飯ですよー」
ソリシアさんがお盆を持ってやって来た。
レガン君もお手伝いで大きめの箱を抱えている。
かなり重そうだが、鍛えてあるのかちゃんと保持しているからたいしたものだ。
「お、きたきた。とりあえずご飯にしましょ。悩むのは後にしましょう!」
ノーリゥアちゃんが喜んでいる。
声を聞いてイリーナも起きてきたようだ。
私以上の寝坊助さんは何が起こったのかも分からないようだったけど。
あんな夢を見るくらいなら、夢など見ない方がいい。
ちなみに。
ソリシアさんがエカティリーナ様から伝授された『炊いた米』というものを食べることが出来た。
ふっくらつやつやしてて、噛むほどに甘味が出てくる。
しかもこのご飯というのは、だいたいの主菜に合うというのだ。
試しに一角狼と葉野菜の炒め物と食べてみると、これが絶妙に合うのだ。
是非とも、炊き方を教えて欲しいとソリシアさんに願い出る私。
話によると、このご飯というのは夜営でも比較的食べやすい類いのモノらしい。
また、出来たご飯を手で握ってしまうと携行食にもなってしまうと言うのだ。
一緒に出されたお味噌を使ったスープも美味しかった。
ただ、難儀したのはベルゲルメールの食事の時に使う道具、箸の使い方だ。
なんとか様になったものの、かなりぎこちなかったのは言うまでもない。
かなり練習しないと。
フランはなぜか簡単にマスターしていた。
刃物以外は本当に器用なものだと感心してしまう。
「イリーナも上手いよね。箸の使い方」
「昔から使ってるからね。こんなの誉められても嬉しくはないなぁ」
イリーナにはあまり意味がないように思えるみたいだけど。
私にはとても大事な事のように思える。
ご飯の炊き方とか、箸の使い方とか。
戦いには何の役にも立たないけど、それも一つの文化であり知識だ。
あんな夢の中で出てきたけど、師匠は常々こう言っていた。
『無駄な知識なんて一つもない。それには意味はなくても、それを知ることで得られる知識もある。知らなくて得る知識もあるだろうが、魔術を追い求めるならより積極的にいくべきだ』
だから。
考えたくなくても、考えざるをえないよね。
あの夢の意味も。




