1-6 まじゅつのこうぼう
前回は、かなりバカな展開になりましたが不快な表現に思われた方もいると思いますので陳謝を。
いちおう、必要だからああなったので。
ただの面白半分ではないですよ。
逃走は失敗に終わり。またしてもフランに迷惑をかけた。
近くの仕立て屋で既製品の服や肌着を買い、靴屋で良さげなブーツを買う。
今までの私のイメージからは離れた、ふつうの町娘の服である。フランは喜んでいるがスカートって馴染めないんだよな……
旅に出る場合、変装するには幾つか課題があるが、最大の難点は目立つ髪だ。
切るか染めるか位しか対処できないけど、どちらも問題点あり。染める場合は雨や風呂とかで落ちてしまうため、再度染めないといけない。意外と手間だとおもう。
私の髪はこの辺りでは珍しい青みがかった銀色だ。切ったとしても毛色で判別されやすいし、第一フランが泣いて止めようとする。
一度、切ろうとして泣かれたことがあったので二度とあんな思いをさせたくない。
ちなみにこの辺りでは金髪か、茶や赤といった毛色がほとんど。フランの亜麻色の髪もここでは普通だ。見た目はかなりの美形だから、目立つこと受け合いだが。
ひとつだけ思い付いたアイデアがあった。そのためにもちょっと寄り道だ。
「ウェイルン魔術工房……導師のお店に何か?」
フレスコ=ウェイルンは私の師匠であり、町では魔術関係の工房も持っている。
父とは昔冒険者仲間だったのだが、今は引退して魔術を教えたり道具を作ったりしている。
「さっきの騒ぎで短杖が壊れちゃったからね。これから先は無いとマズい」
【超加速】は、本当にヤバい時以外は使わないようにしよう。管理者のつけた権能だから、加速で本人が死ぬことはないのだろうけど、着ている服や装備品は空気との摩擦に耐えられずに燃え尽きてしまうのだろうか?
もしかしたら距離によってはそこまでじゃないかもしれないので要確認だ。
その際、着替えはたくさん用意しておかないとまたしても恥を晒すことになる。
「旦那様の短剣も無くなってしまいましたし。心中お察しします」
フランはそう言ってくれるが、実はそんなにショックでもない。
たぶん『これで身を守れ』ではない。
ただ単に自分のメッセージを隠しておける物だったのだ。
つまり、今日の事態は父の中ではほぼ、確定事項だったということだ。
なぜ、なのかは分からない。ただこういった物を残すということは最悪、自分も娘も生きてはいない可能性かあると示唆できる。
だから自分だけでも身を隠して生き残れと書いたのだ。最後の大迷宮の湖畔、というのだけは意味が分からないが、そこへ行けという事だろう。
そこで合流するつもりなのかもしれないが、今はそれはどうでもいい。大事な事はここで待っていても父は来ない可能性が高い、ということだ。
「自分で生き残れと、教えてくれたんだ」
「自分たちで、でございます」
うん、そうだね。
でもドヤ顔もかわいいなぁ、フラン。
私が男だったら絶対ヤバかったと思うよ?
……自分の発言に少し違和感があったけど、なんだろう。
ちらりと思った事だから大した意味はないと思うけど、妙な感じだ。
「お前たちホント仲良いなあ。とても主従関係には見えない」
こんな会話をしながら店に入っていたのだが、フレスコ導師はそんな風に出迎えた。
「師匠、三日ぶりです」
右手を左手で覆い隠して胸の前におきつつ頭を下げる。
魔術師たちの礼儀作法であり、非公式な場なら他の貴族との挨拶にも使える。魔術を使う貴族は意外と多いのだ。
「おお、三日と言ったか? 昨日の騒動から見違えるほどの差があるから時を越えたかと思った」
フレスコ導師とて領主屋敷の焼失の話は知っているようだ。この人結構ずぼらだから、世の中の事に関心がないことの方が多いんだ。
「着の身着のままで放り出されたせいで。お恥ずかしいかぎりです」
実際、着なれてない格好で恥ずかしい。師匠の前でスカートってはいたこと無かったし。
ちなみにフレスコ導師は五十近くの割にはニヒルな男性で、ちょっと格好良い。父様ほどではないが。
「君が女性だとしばらくぶりに気づかされたが。いや本当にどうしたんだ? 体内の魔力が凄まじく上がってるじゃないか」
うん、分かる人には分かるのかな?
やはりあの天啓とやらで自分の中が大きく変化しているようだ。
「私も恩恵持ちでね。【魔視】というモノで、魔力と魔素の流れが分かるのさ」
そういえば、その恩恵のお陰で発動体や魔術装具も作成しやすいと言っていた。ここウェイルン魔術工房は遠く王都からも足を運ぶ魔術師がいるらしいのだ。
「あきらかに違う。見た目は何も違わないのに、こんな魔力を持つ人族はいない。かつての大賢者ロートシルトですら敵うまい」
大袈裟な。昨日だって六回分位しかなかったよ? それにロートシルトは五十年以上前に亡くなった大賢者なので、見たことあるわけがない。
「ユーニス様は天啓を受けられたのです。恩恵も授かっておいでです!」
フランが唐突にバラしてしまった。これには師匠も苦笑いだ。嘆息する私を見てフランは自分の軽率さに気づく。
「私を信用してくれるのはありがたいが、主人の秘密を軽々しく話すものではないよ」
実のところ、この人が昨日の一味だとしたら今頃身動き出来なくなってるはずであり、そこまで気にすることでもなかったのだが……フランはやっぱりポンコツかわいい。
「うう、申し訳ありません、お嬢様……」
謝罪してくるがどうでもいいので放置して師匠に聞いてみる。
「師匠は天啓を受けて恩恵を得たのですか?」
「いや、私のは先天性のものだ。だから君の得た経緯に関しての知識はフラン君と大差はない。で、良ければ君の得た恩恵とやらを教えてはくれないか?」
そういって見つめてくるフレスコ導師。
むむむ、興味本意としかみえない。だって少しニヤついてるもの。けど、先人の知恵というのも必要だ。いまの私には情報が足りなすぎる。
「わかりました。けど、他言は無用ですよ?」
そういうと彼は口角をあげてこういった。
「もちろん。たとえ、君の父に問われても口は割らない。なんなら(強制の誓い)でもかけようか?」
いや、そこまでしなくてもいいですって。
お師匠さま、フレスコ導師の登場です。
魔術師の中でも魔術装具を作ることに特化した付与術師です。