えるふさまとさいかい
『宵闇のサルビア』に来るのはこれで二度目のはずだ。この街で暮らすハイヤール一家はまるで縁がないようで、その玄関ホールで既に舞い上がっている。ハイヤール老は普通に落ち着いているが、二度目だというのに落ち着かないのはイリーナだ。
そう言えば初めて来た時は借りてきた猫のようだったから、ようやく余裕が出てきたということか。
「ようこそおいでくださいました。愚息のしでかした不始末のお詫びでありますれば、こころゆくまでご堪能ください」
ウェイバール伯父様が出迎えてくれたが、なんかいつもと違う……軍服じゃないからだ。私の中の伯父様の印象は軍人そのものだったから、普段着るようなスーツに違和感がある。
「家内のロザリンドだ。どうしてもご挨拶したいとごねられまして」
横にいた女性は会ったことはなかったトライデトアル士爵夫人だ。ウェイバール伯父様の家には伺ったことがなかったから。
年の頃は四十後半くらいか、やや痩せておいでだ。今回の件で心労が重なったようで顔色はあまり良くなさそうだ。
「この度は私どもの不出来な息子がご迷惑をお掛けしました。申し訳ありませんでした」
深々と頭を垂れるロザリンドさま。
一堂はとても恐縮してしまっている。
無理もないよね。
この街の重鎮の夫妻が謝罪してくるなんて、一般市民には荷が勝ちすぎる。
「まあ、そのくらいでええじゃないですか?」
お、ハイヤール老がフォローするみたい。この二人も彼の事は知っているはず。かつての英雄の一人の家族に迷惑をかけたという事実が余計に大袈裟な話になっているのだが、この事態を産み出した人間の一人としては心苦しいなぁ。
「ハイヤール様にそういって戴けるなら何よりです。今宵はどうかおくつろぎくださいませ」
ロザリンド様の丁寧な謝罪のあと、お部屋の方へ案内された。
ヤゼン一家は、一纏めで続き部屋。
私とフラン、イリーナも同じく一緒にスイートだけど、ハイヤール老は一人寂しくエグゼクティブルームを占拠するらしい。ある意味こっちの方が贅沢かもね。
「うわ~、これが貴族の部屋なのね、そうなのね?」
イリーナが変なテンションで聞いてくる。でも、はっきり言えば家よりも贅沢な造りだ。ベッドの質もテーブル、サイドボードや蝋燭立てなんかの調度品もかなり高い品を揃えている。
「ベッドふかふか~。何でかな、凄い跳ねるよ?」
それは、下のマットにバネが入ってるからだよ? ふかふかなのは、ちゃんと乾燥させてあるからだ。
生活魔術の(乾燥)とか、風系初級の(気流)とかできちんと乾燥させてる事が出来る。
あと、これも生活魔術なんだけど、(塵芥清掃)という術がある。細かいゴミを吸い集めて固めてくれる術なんだけど、これを使うと仕上がりが良くなるのだ。
同じ効果の魔術装具に[吸引式除去機]という物もある。高いけど便利なので家にもあったんだ。メイド長は下手だったけど、フランは器用に使っていた。
「こちらの燭台は蝋燭を使わないのですね。お嬢様の使う呪文のような輝きが点っております」
それは[点灯燭台]。光系の初級魔術にある(光球)をかけるのだが、どうも魔石が見当たらない。紐のようなコードが出ているので、おそらく集中管理型のものらしい。
導師の家もそうなのだが、頻繁に魔石を使う家は魔力炉を置いている。魔力炉は魔石を燃料にして動く魔術装具だが、魔石から出た魔力を効率的に運用するために魔力を変圧させたり、ある程度の蓄積も出来たりする。これによって様々な魔術装具の運用が可能になるのである。
ただ一般的な家には当然なく、魔術工房や賢者の塔のような魔術師ギルドか、貴族の中でも比較的裕福な大貴族くらいしか魔力炉は持ってない。何か裏がありそうな気がする。伯父様が知っているなら話は早いけど、ライデルしか知らない可能性もあるね。
内装関係でようやく落ち着くと、ノックがあった。隣のソリシアさんが来たようだ。ドアを開けて話を聞くと、お風呂に行かないかとのお誘いだ。
昼二つの鐘から一刻(およそ午後二時)から風呂場が使えるようになるらしい。当然、男女は別だ。
大きなお風呂というのはあまり経験がない。家にあったのはウェイルン魔術工房製の個人用の[給湯式風呂釜]で浴槽も若干大きめのタイプだった。
ルグランジェロ伯爵邸にあったのはもっと大きかったけど、四人くらいで入るのが良いところかなというサイズだ。
「ファリナ預かっておくよ? 先に行ってきなよ」
イリーナが珍しく大人な発言をしているが、長女ならそうなるかな?
ところがソリシアさんは断っている。
「乳母の係がいるので入浴中はお世話してもらえるんだって」
ほう、そんなサービスまでしてたのか。
ライデルって実は、相当出来る奴なのかも。
赤ちゃんていう存在はお母さんには凄く負担になるんだけど、ひとときの安らぎの為にそんな用意までして迎えるとは。
「あら、ソリシアじゃない」
「これはノーリゥアさま。お久しゅうございます」
なんかフラッと立ち寄ったみたいなノーリゥアちゃんにソリシアさんは敬語で挨拶している。
「お母さん、ノーリゥアちゃんと知り合いなの?」
「こら、イリーナ! ノーリゥア様に失礼でしょう。この方はエルフさまであり、かつての英雄でもあるのよ!」
そうだね、『黄金の森』のノーリゥアと言えば魔王殺しだ。
実物みるとそうは見えないんだけどね。
「いいわよ別に。これから同行する暫定的な仲間だし、多目には見るわ」
「え、は?」
そう言えば事の成り行きは説明してなかったっけ?
「ノーリゥアちゃんも一緒に来てくれるのよ?」
「え、は?」
ソリシアさんがちょっと面白くなってる。横からだけど、少し説明しよう。
「私たちと方向が同じなので、アクアリアに戻るまでという形で同行していただける事になりまして」
「そういうこと。あんたたちも少しは私を敬いなさい!」
こういうこと言うから威厳がなくなるの、分かってないよね。しょうがないからここは立てておこう。
「「「分かりました、ノーリゥアさま」」」
何故か、ハモッた。
「気持ちが籠ってないように聞こえるけどまあいいわ。これからお風呂でしょ? 一緒に行くわよ! 案内するわ! もう何ヵ月も泊まってるから我が家も同然よ?」
え、凄いな。
どれだけ浪費してるの、大丈夫なのノーリゥアちゃん。
私の危惧は、道すがら聞いた話で納得できた。どうやらディナーの時に披露する歌や演奏でかなり割り引いて貰っていたらしい。
「こう見えても、私のクラスは[吟遊詩人]なのよ? もっとも、戦闘ではあまり役にはたたないから他のクラスのが上になっちゃってるけど」
[吟遊詩人]は特殊な魔術を使える。[呪歌]は、一般的な魔術よりも長い詠唱と多くの魔力を使用する。
その効果は絶大だが反面、魔術のように[詠唱隠蔽]や[詠唱短縮]、[無詠唱]、[行動詠唱]等の魔術系の[技術]のようなものは存在しない。歌を謳い、それが続く間にしか効果を出さないのが[呪歌]の特徴だ。
低レベルの[吟遊詩人]は呪歌は使えないので、その間は普通に歌と演奏をするただの大道芸とかわりがない。高レベルになって初めて意味を為す上位クラスといってもいいのだ。
町にいる[吟遊詩人]はほぼクラスレベルは一~二くらい。呪歌は最低でも四レベルあたりは必要らしいので、大概の者は使えない。
ちなみに一番最初に得たクラスが冒険者ギルドでのクラスになる。これは測定板でも出ていたが、私は「魔術師」だ。
ノーリゥアちゃんも最初は「吟遊詩人」だったのだろう。
「イリーナとフランはなんだったの?」
ノーリゥアちゃんの問いに答えるイリーナ。
「私は斥候だよ!」
あ、神官は後から頑張った結果なんだね。努力の人だ。
「私は戦士となってました。レベルは0でしたが」
フランはクラス的には定まっているけど、レベルが一に足りてない状態なんだね。まだ彼女のステータスを見てないからなんとも言えないけど。
そんな話をしながら歩いていると、更衣室に着いた。時間も早いせいか他には誰もいない。
あ、何人かの女性スタッフがいてこちらに寄ってきた。
「汚れ物がありましたらこちらで洗濯を致しますが、如何ですか?」
えええ。
なんて至れり尽くせりなんだここ。
ノーリゥアちゃんがずっと住み続けるわけだよ。便利過ぎるよ、本当に。とはいえ私もフランも着替えてきてるから……あ、そうだ。
保管に入れっぱなしの着替えた服とか肌着とかあるから、それを頼もう。私とフランのだけだけど、何日分もあるから洗う暇がなくてそのままだったんだ。
保管の中を匂ったら臭かったりとかしたら嫌だなぁなんて思いながら、後ろに回した腕のなかにしまい込んだ服を出して手渡す。
「お預かりいたします。こちらの札をお持ちください。こちらをお出になる前に出来ていると思いますので、その際に札をお出し下さいませ」
間違えないように番号付けで分けてるのか。
合理的だね。
魔術装具を使えば、洗濯も乾燥も簡単だ。さらに便利なのが生活魔術だけど、あいにくと私は覚えてない。
普通の魔術で応用出来るかな? 水魔術の(水流操作)に( 脱水)、風魔術の(気流)辺りで何とかなるかな? 洗うときに洗剤を入れた方がいいけど、石鹸が上手く馴染むかな? 切って砕いた後(乾燥)で乾かせば粉末になるから、それを混ぜればいいかもな。
「では、行っていらっしゃいませお嬢様方」
一礼して離れていくスタッフ。
なんか一人でごちゃごちゃ考えてたら放っておかれたみたい……少し恥ずかしいな。
さあ、なんか長かったけど。お風呂に入ろう!
この頃は、生活魔術というモノを視野に入れてなかったようですね。
あっちなら簡単に洗濯も出来るし、乾燥も出来る。ただ、洗剤とかに拘ると難しいかもしれないなぁ。




