ししゃくかっかはまちをあるく
今回は第三者視点での話になります。
ウェイバール=トライデトアル士爵。ウェズデクラウスの領軍司令官である。ルグランジェロ伯爵の二番目の弟だ。兄のラザルが伯爵家を継いで、そこに息子が出来たのだから彼に継ぐべき家はない。しかし彼には領軍に在籍している間に得た数多い武勲があった。伯爵家の人間であるため、王国会議の席で士爵位の授爵が認められた。トライデトアル家が興され、彼は士爵位に任じられた。この時、彼が臣従したのは兄ではなく、隣のアークラウス男爵だった。
そもそも先代のアークラウス男爵レグザイルこそが、彼を欲して授爵の話を勧めていたのだ。ラザルには止めるつもりはなかった。自分の家族以外の武門の人間が残ることに良いことがあるとは思えなかったからだ。
対してアークラウス男爵領は娘が一人いるだけで親類縁者も少ない。彼にはサンクデクラウス領軍司令官の職を与える事も決まっていたので、反対する者はあまり居なかった。
もっとも、この後に三番目の弟であるエルザムの婿入りの件がなければ、だが。
ルグランジェロ伯ラザルはこれを最初、自分の係累の切りとりと考えた。ラザルにとってはウェイバールとエルザムという武芸と魔術を極めた者が二人とも引き抜かれたようなものだからだ。
だが、よく考えれば彼の家の傍流がアークラウス領に浸潤していくのは悪い事ではないのだ。
手元に残しても防衛の戦力としてしか使えないが、他家の家臣や仮にとは言え領主になるわけで、本人たちによい話なのだ。
ラザルの思惑はさておき、次男ウェイバール氏は特に不満はなかった。元々武芸でしか身を立てられない自分には過ぎた待遇だと思ったほどだ。
エルザムやラザルのように政治的な手腕は殆ど無い、というか嫌いなのである。誰か良い人物の下で働く事が自分の望みであり、目的でもあった。
アークラウス男爵レグザイルは、武芸に秀でる訳ではなかったが政治面において非凡ではあった。ウェズデクラウスの拡張やサンクデクラウスの領地拡大工事などを着実に進めて内需の拡大を図っていた。だが既に老境にあり、残される一人娘の事は彼の心に影を落としていた。
しかし、それは簡単に解決する事になる。ウェイバールやラザルの弟であるエルザムが、一人娘のテレーゼと結ばれることになったからだ。
エルザムが継ぐことになったときに、ウェイバールの心境がどう変化したか。
結論として、彼はエルザムを主君として迎え入れた。忸怩たる思いが無いわけではないが、エルザムの手腕は彼に不満を与えることは無かったからだ。
そも、エルザムは弟とはいえあまり接点もなく、進むべき道も違っていたため意見の対立はあっても遺恨になることはなかった。能力に問題がなければ取り立てていうべき事はない。
エルザムが継いだあと、領内の生産は滞りなくを越えて上昇した。新たに興した琥珀色小麦の生産も軌道に乗った。財政面の不安は迷宮という天然の採掘場によってほぼ無くなっていた。
時折、迷宮の討伐任務が与えられるが、彼からすれば願ったりな仕事である。
息子が武芸に乗り気でないのは気にはいらないが、無理矢理やらせても大成は出来ないのは分かるので好きにやらせるようにさせた。
芸術など彼には分かるはずも無い分野を選んだ息子は、はじめはうまくいかなかったものの宿を運営するという手法で何とか成功した。それも軌道に乗ったのだから、自分よりも家を存続させる能力はあるのかもしれない。あと何年もすれば隠居になるそんな折に、あの事件が起きる。
焼失事件の翌日には彼に報告は入っていた。彼の今の役職はウェズデクラウス領軍司令官であり、サンクデクラウスで起こったこの事件の采配を振るう資格はない。現地のカウフマンに報告をさせて、状況を整理するとエルザムの娘が行方不明になっているというではないか。
取り急ぎ、エルザムと王宮、兄のラザルに連絡を入れておく。エルザムからの指示は、カウフマンに任せておく、だった。明らかに彼の力量を越えた事態だが、領主がそう言うなら従う他はない。
信頼できる者に監視をさせることにした。これは兄のラザルの意見だったが、確かに何もしないわけにもいかない。何せ、現状アークラウス男爵家の血統は行方不明のユーニスのみになっている。放置など出来る筈もない。
家を守るという考え方は貴族としては当たり前で、エルザムのやり様は些か常軌を逸しているのだ。本来は最優先でユーニスを保護すべき、なのである。
営利誘拐の線は無さそうだが、それも誘拐犯が身代金の要求をまだしていないだけかもしれない。ユーニスが害されれば、エルザムは管理責任を問われ重罪となる。病死とか自然死ならまだ過失は問われないが、こういった事変での死だと保護責任を果たさなかったとみられるからだ。ユーニスを見つけ保護することは家の存続と弟の命の両方を救う手立てなのだ。
彼は武人であるが故に、ユーニスを保護すべきと分かっていても命令には背かなかった。だからサンクデクラウスにおいてはなす術は無かった。
監視を命じた者からの報告では、魔術工房にいた子供と護衛が姿をいつの間にか消していて、その者達は乗り合い馬車にてウェズデクラウスに向かったと言っていた。
その子供と護衛がユーニスと同行者という確証はないが、そこにもう一つ別の報告があった。
街道に捕縛された野盗らしき集団が発見されたそうだ。全員、憔悴してはいたが傷は手当てされていた。
その者達が言うには、たった一人の子供にやられたらしい。
十人前後に魔術の心得もある野盗集団がたった一人の子供にだ。事の異常さは詳細を聞けばさらに深まる。
その子供が使った(爆裂火球)は、およそ普通に使われるものの倍以上の範囲を焼け野原に変え、放った(理術弾)は彼らを一瞬にして行動不能にしたという。
虚言だとは思う。
そもそも一人でそんな魔術を使ったら、魔力切れを起こして倒れる。だから、野盗が嘘をついているのが正しいはずだ。
だが、問題はその子供なのだ。背丈からも合っているし、ローブを被っていたから顔は分からなかった。でも齢十歳にしてあの娘は三系統の魔術を使っていなかったか?少なくとも自分が屋敷に赴いた際に見た練習では、間違えもせずに詠唱をこなし理術弾もきちんと的に当てていた。
乗り合い馬車の御者は妙に義理堅い人間で、乗せた客の個人的な話は何も話さなかった。馬車ギルドに要請してみると、名前だけはわかった。
ジュンというのがその子供だ。
乗り合い馬車の他の乗客はどうなのか? なにか手がかりがあるかもしれないので調べてみると、素性が分かる人間が一人いた。
ゼイクトという男だが、彼はサンクデクラウスの青果ギルドの事務長だ。何度か会合で会ったこともあるので、事情を聞くには都合が良いかもしれない。
午後も過ぎて夕刻にウェズデクラウス青果ギルドへと着くとゼイクトを呼び出す。いきなりの領軍司令官直々の訪問に、ギルドはにわかに騒然となった。だが、事は私的な話ということでギルドの面々は胸を撫で下ろしていた。
一室でゼイクトに事情を聞くと、野盗が言っていた事が事実だと分かり愕然とした。そのジュンという子供が使った呪文は道を塞ぐ倒木をすべて消し炭に変え、一度に放った理術弾は全ての野盗を一撃で屠ったそうだ。
さらに驚くべきは、その前日に襲撃してきた一角狼の群れも撃退していたと言うことだ。この時には、護衛の戦士も戦っていたそうだが、その振るった戦鎚は文字通り身体を吹き飛ばし、頭を弾き飛ばしたという。
ゼイクトの気が触れてるのかとも思ったが、どうもそんな様子はない。ともかく、ジュンという子供の背格好と外見を聞いてみると、背は同じくらいだが、髪と瞳は違うらしい。ただ、すごく綺麗な顔立ちらしく、彼はどこかの商家の御令嬢と護衛だと思ったそうだ。
街に着いたらどうするか聞いていないかと聞くと、よくは知らないそうだ。同乗していた老人と孫娘とはかなり仲良く話していたらしいのでそちらに聞いてみたらどうかと教えられた。孫娘の名は知らないが老人の方は知っている名だった。
夕刻を過ぎて、ハイヤール氏の家に来てみると、家には彼しか居なかった。
「これはトライデトアル士爵。夜分に我が荒ら屋にようこそおいでくださいました。茶などをたてる用意もないので、もてなしは致しかねますがどうぞお上がり下さいませ」
慇懃無礼としか聞こえないが、取り立てて言うつもりはない。夜分に使者も立てずに来るなど、非礼はこちらにある。
「構わんでくれ。聞きたいことがあるだけなのだ。ジュンという子供の件なのだが、存じておるか?」
「はて、乗り合い馬車で同乗した者がそのような名だったとは思いますが」
「その者の所在は知らぬか?」
「冒険者のような事は言っておりました。しかしながら、どこの宿をとったかまでは存じませんな」
なるほどな。いる場所は知らんから勝手に捜せと云うことか。ならば。
「貴殿の孫も同席していたそうだが、その子はおらぬか? 私が直接、聞いてみたいのだが」
「あれは今日は友人の家に泊まると言って出払っております。戻るのが明日か明後日かは分かりかねます」
中にいる感じはしない。本当に居ないのだろう。押し入るわけにもいかんし、孫の友人の家などどうやって探せば良いのか見当もつかん。
「では、孫が戻ったらジュン某の居場所を知っておるか聞いておいてくれ」
「その、ジュンが何かやらかしたのでしょうか?」
お、少し食いつきおったな。
「野盗を退治した褒美を渡したいのだ。貴殿も覚えがあろう」
そう言うと大袈裟に納得した様子を見せる。
「なるほど。あやつらは捕縛されたのですな。これは愉快じゃて。とは言え、孫も知っているかどうかは聞いてみんと分かりませんのでのぅ。伝えておきますので、分かりましたらお知らせにあがりましょう」
ここはこれくらいで引いておくか。疑い過ぎるのも良くない。
「うむ、それでは頼む」
そういって表に出る。部下を残そうかと思ったが、老いたとはいえあのノワールの目を誤魔化せる手練れは私の部下にはいない。そのままにしておこう。
冒険者ならば宿を使うだろう。そう思い息子の営む宿に足を向かう。だが、思いとどまり他の宿を先に調べることにした。息子の所は多少遅れて迷惑をかけても問題にはならないからだ。他の宿は部下にも手分けして探させたが、それらしき子供と護衛の二人連れは宿泊していないようだ。
夜も更けてきたので捜索は一時とりやめることにした。部下を帰らせ、私は息子の宿へと向かう。相変わらずゴテゴテした装飾が鼻につく建物だ。宿などというものは快適に過ごせればそれでいいのに、なぜここまでするのか理解に苦しむ。それでも需要はあるらしく、営業成績は上がり続けているらしいからこの世はよく分からない。
不肖の息子、ライデルを呼び出し用件を話す。
「ほう、では父上はその子供がユーニス様だと仰るわけですな」
「うむ、誘拐でなければ、ご自分の意思で出奔したと考えるべきだ」
事の真相も大事だが、それよりもユーニスさまの身が一番大事なのだ。彼女を押さえることができれば、真相も明かされるだろう。ジュンという子供がユーニス様ではないかと私は考えている。変装の手段は色々あるだろうからとりあえずその子供を捕まえるのが先決とライデルに言った。
「ユーニス様であるなら例え姿形を変えましても、会えば分かりましょう。あの方の内から湧く気品は隠せはしません」
それはそうだ。私とてあの方には得体の知れぬ高貴な品位を感じる。
「それらしき人物は泊まってはおりませんな。もしも来たのならお知らせしましょう」
そんな事を話している所に見知った顔が見えた。冒険者ギルドの支部長、オルガ=メイヤーズだ。上の酒場でひっかけていたのか、酒の臭いがする、女の匂いも。息子が先に挨拶をしたので次に声をかける。
貴族の身分を敢えて捨てて隠居の身に甘んじるとは見下げ果てた奴と思っていたのは、相当前の話だ。今では奴の気楽な身分が少し羨ましくもある。
彼もこの街での重責を担う人間なので耳に入れておくべきだ。
「屋敷の焼失の件は聞きましたが、ユーニス様がおられるという話は存じませんな。誘拐とかで、ありますか?」
彼は即座にそう言った。普通に考えれば、貴族の娘が一人で勝手に出歩く筈がないのだから、そう考える方が自然だ。
「サンクデクラウスで行方不明になっておいでだ。向こうも手を尽くして探しているそうだが。今回の件は噂でな、確証はないのだ」
「ほう、では司令官閣下は噂を信じて捜索されておいでなのですか?」
オルガが答える。俺が噂ごときで動く筈がないと見てるのだろう。
「ジュンと名乗る子供の冒険者は知っているか?」
「ジュンですか、私は聞き覚えはありませんが、明日にでも受け付け係の者に聞いてみましょう。其奴が今回の件に関わりが?」
オルガはそいつが誘拐したと思っているらしい。私はそれを否定してこう告げた。
「その者がユーニス様だと私は考えている」
すると奴は僅かに推考した。
「よく分かりませんな。姿を変えて名を偽って、ユーニス様は何のためにそのような事を?」
「それが分かれば苦労はない。ただの家出にしては洒落にならん。あの事件自体、犯人が捕まっておらんのに軽率にもほどがある」
意味が分からないのは私だって同じだ。状況から言えば誘拐と考えるべきなのに、ユーニス様らしき影が自由に動いているようにみえる。
「ひょっとするととんでもないお転婆娘なのかもしれんな」
私の独白にオルガは面白そうに笑っている。
「振り回される方は大変ですな。いや、失言でした。忘れてください」
子供に振り回される大人たち。確かにその通りだが、事は家の存続のためだ。道化にでもなんでもなってやろう。
「そちらも冒険者達に聞いてみてくれ。ジュンとユーニス様、どちらでも構わんからな」
そう言うと彼は大袈裟に頭を下げ、承りましたと言った。
街の中を歩きづめで足が痛むが、気にはしていられん。屋敷に戻るため、宿を出る。
夜風が冷たくなってきている。どこかに泊まっているなら良いが、路頭で迷ってなどはいまいか。あの奥方の子なら身体はそんなに強くはあるまい。
風邪などひかねば良いなと思った。




