1-5 わがとうそう
今回は主人公視点じゃありません。◇ごとに視点が変わります。
『大変な事態になってしまいましたわ。旦那様とも連絡が取れずに頼りになる方は誰もいないなんて』
フランは思い悩んでいた。ユーニスよりは大人だが、彼女とて成人して間もない小娘である。そんなに世事に詳しい訳もない。
それでも馬車の手配をするくらいは何度かやったことがある。都合よく見映えの良い馬車が残っており、施術院まで回してもらうように頼むと足早に戻った。
ユーニスは主人の娘である。
が、それ以上に思い入れがある。
子供の頃から一緒に育った姉妹のようでもあり、親しき友人のようでもあり。
頭の回転がよく聡明なユーニスは、彼女にとって崇拝の対象でもあったりした。
『早く戻ってさしあげないと……きっと心細くしておいでだから』
ユーニスは子供にしては気丈な方だと思われる。
だが、今回の事態はきっと辛いに違いない。側にいて支えてあげねば、と懸命に駆けていた。
施術院の玄関先にまで戻ると、一階の窓が開いて何やら出てこようとしているのを目撃した。
『泥棒かしら?』
普通の人間は窓から出入りはしない。では、誰だろうとよく見たら頭に頭巾のようにストールを被ったよく知る人物だった。
「お嬢様! なんてはしたない!」
「うげっ フラン!?」
「淑女たるもの、うげっなんて言葉は発してはいけません!」
「じゃあね!」
こちらが近づく前に通りに降りると、なんと逃げ出したユーニス。
「お待ちなさい! お嬢様ー!!」
彼女は追うために駆け出す。なぜ逃げるのかは分からない。
しかし逃げるお嬢様を追うには私の仕事! 彼女は躊躇いもせずに走り出す。
「いつもいつも追いかけてた私を振り切れるものですか!」
それは彼女の意地のようなものであった。
◇ユーニス
窓から出たのは失敗だったかな?
フランがいない間にこっそりと行方をくらまそうと思ったのに~
ともかく、今は捕まる訳にはいかない!
父様が残した手紙に書いてあった通りにしないと、たぶんフランもひどい目にあう。
というか、すでにあっている。
私が疫病神だとしたら側にはいちゃダメなんだ!
私のそんな思いを全く考えもせずに猛追してくるフラン。元々、私はそんなに身体能力は高くない。さらにフランは背も高いし年も上だ。
このままでは捕まるのは確実……となれば、使うしかない!
あの夜から唐突に授かった権能のひとつ、【超加速】を!!
◇フラン
「研ぎ澄ませこころ、はじけろ情熱、いま限界を越える!」
何か怪しげなセリフをいい始めたのはどういうつもりなのでしょう。
何にしてもすでに射程圏、飛び付いて転ばせるわけにもいかないから疲れるまで追尾いたしましょうか。それともうまく捕まえれば思わぬご褒美が……ふひひ。
「急加速!」
お嬢様がそう言った直後、破裂音とともに彼女の姿がかき消えた。
風が突然叩きつけてきて思わず目をかばう。つむじ風のような暴風がいきなり叩きつけてきたので、走るのも止めざるをえなかった。
いったい何が起こったの?
「(透明化)、(陰形)なの? 走りながらの行動詠唱なんていつの間に……」
おろおろする私に絹を引き裂かない悲鳴が聞こえてきた。
そっちか!
かなり向こうの建物の陰に居ることを把握すると即座に駆け出す。
そこには……
地上におりた天使がおりました♪
◇ユーニス
ノリで変な事を口走ってしまったが、別にあれは必要ない。
【超加速】が発動すると、途端にまわりの風景が止まった。正確にはほんの少しずつ動いているはずだが、そうは認識できないほどだ。
フランもピタッと止まっている。これなら何とか逃げられそうだ。
とりあえず百メートルほど先の路地に入ろう。あまり長い時間は使えないらしいが、具体的な事は判ってない。そこまで行ってから解除すればフランからは消えたようにしか見えないはず。
ごめんね、フラン。
けど、これから先の事に貴女を巻き込みたくないんだ。
建物の壁に張り付くように身を隠し、権能を解除する。止まっていた時が動き出す瞬間、それは起きた。
袖口からチリッと炎が上がる。慌てる間も無く、炎が全体を覆い煤混じりの灰が周囲に静かに舞い落ちる……
「ぎゃああああッ?!」
え、う、うわ、なんだこれ。
身に付けていた物が一切合切燃え落ちた?
服も被ったストールも靴も持っていた短剣や短杖も、なにもかもが……
呆ける私を見つけたフランは、しばし私と同じように呆然としていた。
だが、硬直からとけると今度は手を合わせて拝み始めた。
……意味分からん。
「あ、あのさぁ。そんなことしてないで助けてよお~」
我ながら勝手な言い種だが、ホントに身動きとれない状態なんで。
いまの声を聞きつけた他の人も来てしまうかもしれない。
さすがにまずいと思ったか、フランは自分のかけていた大きめのストールを巻き付けてくれた。
「うひゃあ?」
くいっと持ち上げて目の前で横抱きにされた。
う、お姫様抱っこってやつだ。
フラン、力あるなぁ。
「お嬢様が軽すぎるのです。お年を考えれば当たり前ですが」
ちゃんと巻き付けてあるか確認してから歩き始める。うん、見えちゃダメだからね。
「フラン……」
「何ですか、お嬢様」
「ごめんなさい……逃げ出して」
問い詰めてこないフランに居心地が悪くて、つい謝ってしまう。
「謝るくらいなら妙な事はしないでください」
……むう。
でもわたしはフランを巻き込みたくなかったんだ。
その考えは今でも変わらない。
私が自分の妙な権能や、家の事とかで迷惑するのは自己責任だ。
けど、フランはただそこにいただけのメイドで。そんな迷惑を受ける理由は何もない。そんなわたしの思いは、どうも通じていないようだ。
「わたしはお嬢様をお助けするためにいるのです。だから、お捨てにならないでください。大したことは出来ない非才の身ですがどうか」
……なんというか、かなわないなぁ(照れ)
超加速、使いました。
ポロリどころではありませんでした。
以後、使い方を模索するまでは禁じ手になります。……当たり前ですよね?