1-4 これからのこと
しばらくすると使用人のおばちゃんが身の回りの物を携えてやってきた。てっきり宿屋かと思ってたらここは施術院だったらしい。
入ったことないから知らなかった。病気にならなかった訳じゃなくて、そういうときは薬師や神官を呼び寄せてたみたい。男爵家とはいえ貴族なんだな。
自前の服などは燃えてしまっていたのだが、何着かは繕うために保管してあったらしい。
肌着の類いは買い揃えてきたみたいで、フランに精算してもらっている。
現金の類いは家令かメイド長が管理していたのだが、現在その二人は行方不明、というかたぶん、亡くなっていると思われるのでフランに代行してもらっている。
成人してないとこういう所も煩わしい。
ちなみにこの世界には一応銀行というのものが存在している。屋敷の焼失などはもちろんどうにも出来ないが、一時的な少額なら蓄えてはあるらしい。
「父様はいつ戻られるかな?」
「予定では明後日には。(通話)でも使えましたら、早急にご連絡出来ますのに……」
家令は使えていたのだが、連絡がいっているとは思えない。
この通話だが、お互い使えないとダメな魔術である。
さらに言えば、お互いの符丁を交換してないと届かない。迷惑電話にはならないのは大いに結構だ。何度安眠を妨害されたことか。
実際問題、家屋敷の焼失はおおごとだ。
王や他の貴族の支援が受けられない場合は領地そのものを担保にしたりして凌ぐ必要が出てくる。そうならないために領地は領軍という兵士たちが守っているのだ。
今回の件で一番問題視されるのは、領主屋敷を警護していた兵士は何をしてたのか、という所だ。
もし外敵によって排除されていたとする。たしか二個小隊が交代で番をしているはずで、これを隠密理に消すなどなかなかできる事ではない。
暗殺者とか魔術師とか、しかも相当の手練れか複数人での仕業だ。
あと考えられるのは内部犯?
その場合は身内を疑う事になる。フランは頭を殴られて一歩間違えば死に目にあう状況だったから除外するとして。
家令とメイド長は……まだ遺体すら出ていない。……現代なら本人の特定方法もあるかもしれないが、この世界にそんな技術があるだろうか?
丸焦げの遺体があったとして、それが家令やメイド長だと誰が断言できるのか。
情報が少なすぎるので推論ばかりだ。
「今はなにも出来ない。犯人がどこの誰かも分からない。屋敷だってすぐには再建できない…」
意外と焦燥が募っている。黒い感情に苛まれるのは慣れてはいないようだ。
まあ、子供だしね。
もどかしく、右手の親指を噛む。
それをそっと押し止めるフランは、とりあえずの指針を言ってくる。
「お嬢様、ひとまずはルグランジェロ伯爵様に身を寄せてみては?」
「ん、ラザル伯父様か……」
ルグランジェロ伯ラザルはアークラウス男爵領に隣り合う伯爵領の領主で、父の兄にあたる。
父は三男坊だった。アークラウス男爵家とは先代からの付き合いだ。その先代の男爵家当主が病気で亡くなると分かった時に、一人残される娘が不憫と思い父に縁談を持ちかけたのだ。
元より子供の頃からの付き合いだった二人は承諾し、次期男爵家領主夫妻となった。
ラザル伯父様は一般的な貴族の典型な人だ。権威主義だし領民の事を軽視しがち、酒と煙草を愛してるし、奥方だって三人ほどいたと思った。
ただ、情が薄いかというとそうでもない。弟であるエルザム(いい忘れてたが父の名だ)が男爵家に入る時にも援助してくれたらしい。年に何度かの父と一緒に挨拶に伺うときも、たぶん過剰に歓待されていると思う。
「そうだね、おそらく話もいってるかも。むしろ頼らないと後で父様が肩身を狭くするかもしれない」
いつまでもここにいても仕方ない。馬車の手配をフランに頼んで、自分は身支度をしよう。
「どしたの?」
仕事を頼んだフランが使用人の持ってきた服を持って待っている。当然のように。
「子供じゃないんだから、一人で着替えられるから!」
フランは普段着をかえる時すら世話をしたがる、らしい。
夜会とかで着るようなドレスとかはたしかに誰がいないと難しいのだが、さすがに普段着の着替えには要らないよ。
「それより、馬車の手配を頼むよ。交易所でなさそうなら、乗り合いでもいいけど」
ただ、乗り合い馬車というのは時間で動くし融通は効かないからね。あまり使いたくはない。
「わかりました、ではしばらくお待ちくださいませ」
ちなみに使用人のおばちゃんにはもう帰ってもらっている。家の方で人手は必要だろうし、身の回りはフランがいてくれれば事足りる。
肌着を換えるのだが、ちょっと目をそらしていた。
自分の体なのになんか遠慮してるみたいでおかしいのだか、こういうのは段階というのものがある。いきなりは、たぶんデリカシーに欠けると思う。
まあ、デリカシー云々いうほどに成熟してない体型だから気にし過ぎかもしれない。
この世界の服は中世らしいのだが、なぜか肌着の類いは現代に近い。年代的な考証でいうとありえないんだが、異世界だからと言うとそうとしか言えないか。
膝下位の丈の萌木色のキュロットスカート(どっちかというと袴みたいに見える)と、やや青みの強い翠のシャツに着替える。貴族の娘にしてはかなりラフな格好である。
ユーニスは活動的な性格のようで、こうした姿で街を徘徊し、フランや家令などの者たちをひやひやさせていたようだ。
魔術に使う短杖と短剣も腰帯に付けた剣帯に提げる。
この短剣は、父が十の誕生祝いにくれたものである。昔、冒険者として生きてきた時に使っていたそうだ。
かなり良い品だがあいにく魔法の剣とかではない。
スラっと抜いてみると、ガシャっと落ちた。
──ん、良いものだと言っていたのに、何故柄から刃が落ちる?
見てみると目釘が抜けている。
むぅ、手入れを怠ってたな父様。
……アレ? なんだろう。
よく見ると柄の中に何か入ってる。紙かな?
「これは…父様の字?」
そこにはこう書いてあった。
『身を隠せ。自分を知るものから距離をとれ。貴族を捨て民草に紛れろ。大迷宮の湖畔に行け』
──何やら、強制イベント勃発らしい。
安らぎはどこにいったんだよ……
強制イベント第二弾です。
ルグランジェロはアークラウスにとって当主です。何か問題があれば頼る存在なのは間違いありません。