1-26 あさのふうけい?
乗り合い馬車での夜営は大概は馬車の中か表での寝袋になる。大きな荷物を持つ隊商とかの場合は、テントを張ったりするけど乗り合い馬車の場合はそれ自体が動くテントのようなものだ。雨風のだいたいは防げるし、多少狭いが地面からの冷えはかなりましになる。
二頭立ての馬車はだいたい定員十二名。二つの個室があり、その一つに三人かける二で六人が座る。
前側の個室にハイヤール老人とイリーナさん、あと御者のロッツェン氏が入り、後ろ側に私達と夫婦がいる。夫婦は寝袋に入っているが、私達は毛布で凌いでいる。
フランの体は暖かいのだが、やはり帷子とかは脱がせた方がよかったかな? なんか、固い。
せっかくのフランの柔らかさが台無しだよ。彼女もそう思ったらしく、鎧は寝るときには外したいですねと言ってきた。
けど、冒険者をするならこれは慣れるべき事だ。襲撃を受けて鎧着るまで待ってという冒険者は長生きできないはず。
本来、夜営は見張りを立てるものだが、全員ほぼ素人のこの集団では耐えられまいとの意見で全員就寝になった。一角狼の襲撃はあったものの、基本的には街道筋は安全に近い。
それに寝ておかないと魔力の回復も悪くなるし体力も戻らない。そうしてまどろむうちに、朝になった。
眠ったままのフランに毛布を巻き付けて、馬車の表に出る。焚き火は一応大きめの薪を入れておいたので熾火で残っていた。何匹か動物が来てたらしく、足跡が見える。血の臭いに寄せられたのだろうが、放置していた一角狼の方に動いていたのでうまく誘導できたようだ。
小枝を折って熾火に投下、火がついてきたらもう少し太い枝を入れて、火を大きくしてやる。即席竈に火を移して、お湯を沸かしておこう。
馬たちも元気なようだ。夜の間に襲われる可能性もあったのだが。
あ、なるほど魔除けの香か。
馬たちの首にかけてある袋から魔物の嫌がる香がする。
これはトキスグリという高木の実の皮とラフィオンという香草の葉を乾燥させて混合したものだ。
トキスグリの実は葡萄よりも酸っぱくて苦いが毒ではない。さらに言えば煮てジャムにするととても美味しい。何故か火を通すと苦味が甘味に変わるのだ。
実の皮は葡萄のようだがそれよりかなり分厚くて、魔除けの香にはこれを乾燥させてから抽出したエキスを使う。
おっと、話がそれた。
馬たちの世話は御者のお仕事だから、わたしがやれる事はない。でも、それじゃなんとなく悪いから少しでも体力を回復しておいてあげよう。
(体力平癒Ⅰ)は水魔術初級。体力を回復させる効果があるが、傷とかを治す訳ではない。ただ疲弊した体力を回復するので、その分戦闘とかの継続には必要になってくる術だ。
昨日のように魔術連発をする際には必須とも言える。
馬たちもなんとなく嬉しそうにみえたからよしとしよう。
私は竈の方に戻り湯の具合をみる。良さそうなのでロッツェン氏から預かってた麦茶を作っておこう。
とはいえ、やることは単に煮だすだけ。この麦茶の大麦は既に焙煎してあるからそのまま煮だせばいいはず。
ザルに五分目くらいにあけて、鍋にいれる。しばし待って色が出てくるから、それからもうちょっとだけ待って取り出す。ザルから吹き零れるくらいに膨れた大麦の粒は、食べることも出来る。そういえば、米が買ってあったからそれを使って麦と米の粥にしてみよう。
できた麦茶を竈から外し、次に別の鍋をおく。水はまだまだ残ってるから使っていこう。麦茶の出し殻の大麦を鍋に入れて、煮たつまで放置。ザルに米をあけて水で研いでいく。
やっぱり朝まで放っておいた水はそれなりに冷たい。が、まだ耐えられないほどじゃない。
何度か研いだら、これも鍋に投入。この辺では米も麦もまとめて粥にしてしまうけど、隣の国とかでは米は炊いて食べるのが普通だそうだ。次の機会にやってみたいが、いまは麦粥だ。
えっと使えそうな食材を保管から探す。やっぱり枠一つって使いづらいな。
「生姜、乾燥葱、クコの実、むかご、と……」
さっさと出していく。おっと一角狼の肉も出汁で使おう。肉は少量、出汁だからね。
細かく刻み、入れておく。クコの実とむかごは洗って少し水に浸けておく。後はやはりそのまま投入。生姜はちょっとザク切りで、葱は元々切られて乾燥してあるからこれも入れる。
ことこと煮たって来たら火を弱めておこう。お粥はじっくり煮るのが肝要だ。
「あら、早いのね」
いつのまにか起きていたイリーナが、声をかけてきた。
うん、間違いない。
彼女は自分で足音を消して歩いてきていた。
──つまり、裏家業か密偵か。
いずれにしてもまともな稼業についてない。
問題はなぜいまそれをばらすように行動しているのか、だ。
振り向く私にイリーナはにっこりと笑っている。
「まさか、(収納)まで使えるとは思わなかったわ。本当に凄腕なのね」
余裕がありそうな態度に威圧されてるのか、少し汗が滲む。
「そういうあなたはキョウガイシの神官では無さそうね」
私の言葉に彼女は不敵に笑う。
「あら、それは本当よ。私はキョウガイシ様の忠実な下僕であり、貪欲な知識の探求者よ」
普通の町娘のような格好に騙されていたということ? キョウガイシの信者には公務に就くものも多い。
おそらく密偵、わたしを連れ戻しに来たか、実行犯をあげるためのエサにするためか、それとも………
「だから、わたしとパーティーを組まない?」
──えっ……
あれ、なんだこの、考えにない事を言われた時の空虚な感覚……私が何も言わないので痺れを切らしたか、イリーナはもう一度同じことを言ってきた。
「わたしとパーティーを組まない? かしら?」
いや、あの、えっと……どうしよう。
こんなに困惑するのけっこう久々な気がする。
密偵にいつの間にか潜入されてて絶対絶命の瞬間から、まさかの仲間勧誘とか。
温度差がありすぎてついていけてないよ。
「わたしは斥候と野伏の訓練を受けているわ。貴女たちとは相性は良いはずよ?」
あ、うん。そうだね。なかなかの忍び足だとは思うけど。
「一つ、いいかな?」
「なにかしら?」
「なんで、いまここで勧誘なの? 貴女もウェズデクラウスの冒険者ギルドに行くんでしょ?」
選択肢は多い方がいいはず。わたしと組むと決めたら、別のパーティーに入ることは出来なくなる。少なくとも、私はそうするつもりはない。
「わたしとフランはちょっと遠くまで旅をする必要があるの。近くの迷宮で探索したり、素材を狩るだけの生活はしないの」
最初にこれは言わなければならない。旅に同行できないなら一緒にいられないのだ。私は私の目的があって、彼女の目的と合致しない限り仲間にはなれない。
すると、彼女はとても嬉しそうに言ってきた。
「やっぱりそうなのね! 見知らぬ土地を旅する冒険者なのね?」
──食いついちゃった(笑)
いわゆる薬草と云われる物は、普通に加工されて作られる物です。乾燥したり、刻んだり、混ぜたり、擂り潰したり。
これとは別に魔力や神力を利用して作られる魔法薬という物もあります。
使われる素材は似ていますが、魔力によって効果が高くなり保存性も高まります。
大概、街の平民たちが使うものは薬草の類いで、貴族などが魔法薬を使います。冒険者は用途によって使い分けています。




