1-25 ふらんとわたしのかんけい
本当は夜食とか食べるのは良くないのである。そもそも簡単とはいえ食事はとってしまっていて、その後に襲撃されたわけで。
でも、なんか良さそうな匂いがしてくればお腹は食べたくなるようになってしまうものだ。
この鍋や器などは御者であるロッツェンさんの私物だが、こういう時もあるので一応は用意はしてあったらしい。もっとも、彼の場合は湯を作って茶を飲むのがいいところだとか。
聞けば麦茶らしいから、後で淹れておこうかな。作りおきでも飲めるのは麦茶の良いところだ。
皆にもつ鍋の椀を回ったのを確認すると、ロッツェン氏が音頭を取ってくれた。
「本来なら誰も生き残らなかったかもしれない状況から、私達を救いこのような恵みまでもたらしてくれたジュン様とフラン様に感謝をしましょう」
うう、あらためて言われると恥ずかしいが、実際倒したのは私達だけだから仕方ないか。
「いただきます」
「魔物の肉なのに臭みが少ないわ」
「きちんと処理できましたからね、素晴らしいわ」
「うん、お前の店で出したらいけるんじゃないか?」
「長生きはするもんじゃなあ」
うん、やっぱりあったかいご飯はおいしいな。さっきのより、断然食が進む。
フランは面頬を外さないように食べようとしているが、さすがに難しいんじゃないかな?
「フラン、兜取った方がいいよ。熱くて食べづらいでしょ?」
「はあ、よろしいのですか?」
まあ、今は問題ないと思うし。頷くとフランは顎紐を外し、兜を取る。イリーナの目が驚きに変わるが、声で気づかなかったのかな?
「フランさま、女性だったのですか?」
長い髪を結い上げてるし、体型も分かりづらくなってるけど、よく見れば女性だって分かるはずだがなぁ。
「おいしいです。ジュン様」
満面の笑みを浮かべるフランに思わず笑みがこぼれる。
まもりたい、この笑顔、だね。
イリーナは目を白黒させているが、私は二杯目に突入だ。やっぱりこの時期の一角狼は美味しい。油が適度にのってて、臭みも意外と少ないからどんな 料理にも使えそうだ。
「ジュンちゃんはどこで料理を覚えたの? とても素人とは思えなかったけど」
ルイゼさんが口をほふほふさせながら聞いてくる。
「うちのメイドさんが教えてくれたんです。まだ一年位ですけど」
「お家にメイドさんがいるの、じゃあけっこう良い所のお嬢さんなのね」
はあ、まあ男爵令嬢ではありますが、それは言えないので。
「うぇええっ? あんた、女の子だったの?」
……イリーナさん、あなたは本当に知性を司る神の下僕なんでしょうか。
少しキョウガイシの方たちへの認識が変わりそうです。
さて、食事もすんで手早く寝支度しないとね。
まだ水は十分残ってるから少し分けてもらって、顔を洗う。
繊維質の強いニマラクという木の枝の先端を潰したもので歯を磨く。歯ブラシというのも売ってはいるが、この枝で磨いた方が手早いという事で庶民はこれを使っている。
身支度をしているとフランも一緒にやり出したのでしばし無言が続いた。最後に口を濯ぎ、フランも手早く終わらせて口を濯いだ。
「お嬢様、今日はよくご無事でおられました」
いきなり、ペコリとお辞儀をするフラン。
「そっちも無事でよかったよ。それに助かったし」
あのとき私はわざと隙を作ったが、フランが応えてくれなかったらどうなっていたか。
もし、フランが怯んでしまっていたら私はあのまま噛みつかれて、何もできないままに絶命していた可能性もあったのだ。
そう考えるとフランには感謝しても、し足りないくらいなのである。
「私の助力がなくとも、お嬢様ならなんとかなさいましたはず。ですが、私があなたの一助になれたのでしたら、こんなに嬉しい事はありません」
「わたしも嬉しかったよ、フラン。でも、いい加減お嬢様とか呼ぶのはやめてくれないかな?」
私としては彼女は立派に戦える仲間のつもりだが、どうも未だに使用人の感覚のようだ。
「お嬢様と呼ぶなと仰るなら、従います」
フランはけっこう頑固である。
私にくっついてこんな冒険の旅に出てしまうくらい頑固なんだ。
「ですから、命じてください。私はユーニスのメイドなのですから」
……やはりそうか。
その線は譲れないんだね。
でもこっちも譲れないものがあるんだ。
「命令はしないよ、絶対。私はあなたに友達になってほしいから。だから、絶対、命令なんかしない」
フランの目を見て、まっすぐに言う。
これは私の本心であり、悲願といってもいい。
身分とかそういうのを抜きにして、彼女とは友達になりたいのだ。
ずっと。
ずっと思っていた事だったから。
「お嬢様……」
私の気持ちを知るかどうかは分からない。
けど、伝えた。
フランは、どうしてよいか分からずに、ただ戸惑っていた。
「私は、とてもな分不相応な果報者のようですね。高貴な方に、そこまで仰ってもらえて……」
そういう畏まった言い方も必要ないんだけど、これはフランの性格だものね。それに簡単には翻意しないのはわかってる。
「呼び方はどうでもいいよ。無理に変える必要もない。でも、気持ちだけは分かって。私は貴女を見下したり蔑んだりしてない、友達として思ってると云うことを」
差し出す右手をおずおずと握り返すフラン。気恥ずかしいけど、暖かい手の温もりは私に喜びをくれた。
静かな秋の夜に、ひやりとした風が吹く。もうしばらくするとこの辺りでもちらほらと雪がふるようになるだろう。
私たちは乗り合い馬車へと戻り眠りにつく。
二人で抱きあうように毛布にくるまっていると自然に瞼が落ちていった。
潤の常識が混ざっているせいか、ユーニスには身分制度に対しての疑問が根付いています。貴族としてはかなり異端といえる考え方だと、自分でも分かっているようです。
フランは大事なお姉ちゃんですから。




