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異世界で命のせんたくをすることになりました。  作者: fuminyan231
1 たびだち
2/266

1-2 しらないところで

 ……深い、とても深い眠りについていると思う。


 夢を見ているのだろうか、思い出そうとしても次から次へと目まぐるしく変わる風景や人物が、入れ替わり立ち替わり浮かんでは消え、また浮かんでは消えていく。


 人は夢の中で自分の記憶を整理しているというひとがいる。

 なるほど、分かりやすい。情報を整理するには一度区切りをつけてやる方が能率的だ。また、人は夢を見ることで別の世界にいる自分になりかわっているという説もある。


 パラレルワールドへと自分の思念だけが移って、そこでの視点が夢になっているのだと。これは眉唾だと思ってはいたが、いざ自分が異世界に転生するという状況になってみるとあながち間違ってない気もする。


 自分のようで自分でないものの見る光景というのは不思議な既視感を感じさせる。いつまで続くのかわからないこの状況は、いきなり終わりを告げた。






「知らない天井だ……」


 言ってみたかったのだ、こんなシチュエーション滅多にないんだし。

 けど、よく見るとそれは天井ではなかった。天蓋というベッドの上にかけられた物だ。つまり、おれが今寝ているベッドは天蓋付きの高級ベッドという事になる。


「こんなベッド、テレビでしか見たことけど……なんか落ち着くなぁ」


 これが転生による同化なのだろうか。

 かつての自分には違和感しかないのに、何故か受け入れている。この体が過ごしてきた経験や記憶があるからこんな妙な気持ちになるのだろう。


 右手を上げて眺めてみる。

 華奢な手であり腕周りも鶏ガラのようだ。

 十歳といっていたから当然かもしれない。


 起きて、体を見てみる。短めのパジャマから伸びるやたらとすらりとした脚。やはり筋肉はほとんどなさそうだ。


 地球側の管理者とやらはなにもしなかったらしい。文句を言ってやりたかったが、ナユタにすら声は届かないようだ。


 管理者サポートは無しですか……


 頭を抱えた時に、何かが頬をくすぐった。

 どうも髪の毛のようだ。

 触ってみるとさらさらで滑らかだった。近所の子供の頭を撫でてやったときの感触もこんな手触りだった気がする。


 ──これが若さか。


 一つ気づいた事があったが、あえて無視する。それどころではない事が起こっていたからだ。


 どうも焦げ臭い。

 この部屋は日本の感覚で言えばかなり広い部屋だ。クローゼットにやや小さめのテーブル、ソファーではないが上質そうな椅子が二脚。明かり取りの窓にはガラスがはまっているが、窓は開かなくなっている。そうされるように過ごしてきたせいだ。その窓の隙間から煙が入ってきている。ドアを見るとやはりじわじわと煙が侵入してきていた。


 煙にまかれて死ぬのは御免だ。なんのために転生してきたというのか? あっさり死ぬためなら元の世界の方が良かったよ。

 おれはドアに体当たりをして廊下へ飛び出す。


「いたっ!」


 飛び出せなかった。

 ドアをぶち破る事なく、肩をぶつけて痛い思いをした。……非力過ぎないか? この体。仕方なくドアノブを回して開けるが、やはりドアはびくともしない。

 鍵、かけられてるのか。子供の寝室に鍵をかけるとは……と思ってたら答えは記憶の中にあった。

 どうも夜中に出歩いていたようだ。朝になるとメイドが開けてくれるし、呼べば夜中でもメイドは来てくれるらしい。


「おーい、フラン!」


 メイドの一人を呼ぶ。一番仲良くしてくれていた、少しだけ大人の彼女は住み込みのはず。

 何度も呼んでみるが、一向に来る気配はない。


「どうしよう……」


 まだ煙はさほどではないが、このままでは窒息してしまう。なんとかして部屋を出ないと。

 ドアはマホガニーのような重厚な作りで、いかにも子供の力でどうこうできそうには見えない。大人でも道具ないと無理だ。


 道具、道具か。


 部屋の中にあるものを探してみよう。何か使えるものがあるかもしれない。


 クローゼットの中を覗く。服が何着かかかっているがとりあえず着替えている場合ではない。それよりも奥に立てかけてある物を取り出す。


 剣と短杖(ワンド)だ。

 剣はいわゆる短剣、長さ25センチくらいのやや大ぶりなダガーナイフだ。

 大きな剣を振り回すことが出来ない子供にはこれでもややでかいかもしれないが、それまで訓練で使ってきている手に慣れていた。父の使っていたものを譲り受けたものだ。


 短杖(ワンド)は魔術を使うために使用する道具で、長さ15センチくらいの細い棒だ。周りには細かい文字が彫られていて、持ち手には動物かなにかも革が巻いてある。


 ここは確か二階のはずだから窓を吹き飛ばすか、ドアを吹き飛ばすかの二択になるが、窓の下は煙でよく見えない。見えない所に飛び降りるなどケガどころではない気がしたのでドアから普通に出よう。


平和的な(解錠(アンロック))の呪文は覚えていないようだ。というか、知ってたら鍵かける意味ないしな。


 攻撃出来そうな呪文は……


小火弾(ファイアーボルト))(水槍(アクアランス))(理術弾(マジックミサイル))、攻撃に使えそうなのはこの三つ。


気流(ブロウ))は攻撃ではないが、煙を避けるには使えるかもしれないが、ドアを吹き飛ばす程の威力はないだろう。

 ドアの鍵辺りを狙い魔術の呪文を唱え始める。この記憶の中の手順を出来れば空気中に存在する魔素が反応して魔術が起動する、らしい。唱えている呪文もよくわからない言葉だが、ナユタのくれた権能(ちから)のせいか意味はわかる。

 魔素に対しての命令みたいだ。ただ命令するだけで魔術は発動しないので、その分の魔力を注いでやる必要があるのだそうだ。


 煙にまかれている状況で火は使いたくない。ここは(理術弾(マジックミサイル))だろうな。

 意外と淀みなく呪文をつむぐ。よほど練習していたのたろうか、起動した術式に体内の魔力を注いでやると小さな光の玉が出来た。

 これが(理術弾(マジックミサイル))……なんか弱そうだな。白色LEDがそのまま浮かんでいるようで綺麗ではあるが、とても威力があるようには見えない。

 もう少し多目に魔力を入れてみよう。なんとなくさっきと同じくらいの量をつぎ込むと一回り大きくなった。……あんまり変わんないな。なんか無駄な気がするのでこれでやってみよう。


 ドアノブの下、鍵の部分に向けて光の玉を放つ。


 ちょっとした破壊音とともにドアノブ辺りがごっそり無くなっていた。


 お、おう。

 意外に威力あるじゃないか……

 若干引き気味の俺は重いドアを開け、廊下へと踏み出す。


 廊下は左右へと続くが階段は左にしかない。右は確か倉庫だったと思う。詳しくは知らないが、今は外に出ることを優先するべきだ。

 いくつかのドアの前を通りすぎ階段へ着いたのだが、火元は下のようでもうもうと煙があがっている。


 このまま降りるのはまずいかと思い、(気流(ブロウ))の魔術をつかってみる。


 空気を任意の方向に動かすのだが、自分の周りに旋回するように命令を変えてみるとちゃんと周りを回り始めた。煙を押し退けるように階下へと降りると人が倒れているのが見えた。


 大広間に倒れていたのはメイドのフランだった。


 頭を殴られたのか額は血で濡れていて意識はないがとりあえず生きてはいるようだ。

 回復魔術みたいなのはあるかと調べたら、一応あった。

小治癒(ファーストエイド))は簡単な怪我ぐらいなら治せるらしい。時間もそんなにかからないみたいなので使っておこう。

 感覚的にはさっきの(理術弾(マジックミサイル))一回分の魔力を使うみたいで、残りは……うん、かなり余裕はありそうだ。

 どういう状況なのか分からない時に後先考えずに使うのもどうかと思うが、フランを見捨てるなんて出来るはずもない。自我が回復するまでの間の自分を一番面倒みてくれていた恩人だし、何より可愛いのだから。


 呪文を手早く唱えて発動させる。不思議な光が現れて、彼女の頭周辺にちょろちょろ彷徨くと、傷の部分にしみこんでいく。

 呪文の効果が出たようで、出血は止まったようだ。彼女の体に傷が残らなければいいが、ともかくなんとかなった。血はまだ着いてるが、傷は塞がってると思う。頭の中の損傷は……何だか分からないが大丈夫なようだ。確証はないけど大事には至ってない。説明出来ないけど。


「フラン、大丈夫?」


 ちょっと揺すってみる。

 亜麻色のややウェーブのかかった髪が揺れる。頬の色は先ほどとかわって薄く紅をさしている。少し長めの睫毛がぴくりと動き、彼女は目を覚ます。


「ん……あ、え、あれ?」


 やはり混乱しているようだ。

 まあ、それはこっちもだが。


「平気? 立てる? このままだとヤバイから表に逃げないと」


 どういう状況なのか分からないがこのままここにいるわけにもいかない。フランを殴り倒し、火を放った奴等がもういないとは限らないが。


「お、お嬢様、よくご無事で」

「そんな事言ってる場合じゃないよ。さあ、立って」


 フランに立つよう促す。

 今の発言を聞いて分かったかもしれないが、おれは女に転生していたらしい。

 さっき気づいたのだが。


 ……ナユタ、性別は言ってなかったか? ……言ってないか。

 確認しなかったおれも悪かったが、もう少し配慮してほしかった。

 女の子に男の魂っておかしくないか?

 管理者サポートがあるなら電凸しているところだが、そんな場合ではない。


「お嬢様、せめて何か上着なり羽織ってください。淑女が夜着のまま面に出るなど……」

「いや、非常事態だから」


 こんなときでも小言はやめないのか、フラン。玄関は開け放されているが、いきなり飛び出すようなことはしない。

 もし、賊がまだいるなら生存者だと知らせるようなものだ。こっそりと伺うと、前庭には誰もいなかった。ただ、厩舎や使用人の離れも火が放たれていた。


「なんてこと……」


 フランが呟く。


「今日は、確か父様は出掛けてたよね?」


 記憶では、たしかそのはずだ。


「はい、旦那様は先日から王都へ。詳しい事は聞いてはおりません」


 これも記憶にあったのだが、母というのはいないようだ。生後まもない頃に死んだそうで、姿絵でしか知らない。

 線の細いまるで美人薄命を地でいくような儚げな人だった。

 ちなみに家族の話が出たので自分の事も確認しておこう。


 ユーニス・ジュリアーヌ・フォン=アークラウス。


 これが今の名前になる。

 これまでの描写でわかると思うけど、男爵家の娘ということらしい。ちなみにジュリアーヌは洗礼名であり公式の場以外では使わない。

 だから俺の名前はユーニス、となる。


 話がそれた、こんな事を考えているは場合ではなかったんだった。


「ともかく、無事な人を探そう。火を消すのは無理そうだし、人命優先だ」


 男爵と言えば地方の小領主であり、屋敷はそこまで広くはないもののそれなりの人数が勤めている。

 住み込みの人間だけでも五~六人はいるはずだ。逃げているならいいが、フランのように放置されていたらまず助からない。というか、自分のいた屋敷などは一番火のまわりが早かったらしくすでに玄関も通れないほどに燃え盛っていた。


「本館はもう間に合いませんね。みな無事ならいいのですが……」


 悪いが中にいたなら絶望的だ。それは彼女も分かっているらしく、使用人の建物へと向かう。


 こちらはまだそこまで火が出てないように見える。扉の前に積まれた薪に火が燃え移っているが、これくらいなら(水槍(アクアランス))で消えるかもしれない。

 中から扉を叩く男性の怒声と女性の泣き声、閉じ込めて火をかけたのか。


「扉の前から離れろ!」


 中に聞こえたかどうかは分からないが、遠慮なく呪文を唱え始める。

理術弾(マジックミサイル))のように水が空中から湧きだしてきた。大きさから言うと(理術弾(マジックミサイル))よりかなり大きい。自分の半分位の水玉が空中に浮かび上がっている光景はちょっとインパクトあるなあ。ともかく、扉の前の火を消すべく(水槍(アクアランス))を放つ。

 水球が勢いよくぶち当たり、薪も火も扉もまとめて吹き飛ばした。


 ……威力、強すぎじゃね? これ。


「お嬢様、いつの間にこんな……」

 フランも驚いている。まあ、そうだろう。


 放水車からの直撃を受けたかのような惨状は、火は消し止めても扉を破壊し、薪とごちゃ混ぜになって建物の中を濡らし尽くしていた。見てみると、扉の近くにいた使用人の男が二人ばかり倒れていた。

 ごめん、直撃じゃないので死んではいない、と思うが。

 あと奥の方でガタガタと震えているこれまた使用人のおばちゃんが三人ほど。

 ここは、住み込みの人間の住居だが、メイド達は本館の一角にスペースがあるのでここにはいない。

 ここにいるフラン以外は住み込みじゃないのでみんなは無事な筈だ。


「みんな平気?」


 自分の呪文で怪我させたかもしれないがそこはおくびにも出さない。倒れていたおっちゃん達もよろめきつつ立ち上がってきた。


「お嬢様、ありがとうございますだ」


 たしか厩舎な世話係だったかな、名前は覚えてないけど。


「いったいどうしたの? 犯人の姿は見た?」


 フランが問いかけるが、どうも混乱しているのか要領を得ないな。

 まとめると。

 おばちゃんの一人が本館から火が出てると気づいて大慌てで行こうとしたらドア開かない、裏口も締め切られていて出るに出られず火をつけられて現在に至る、となったそうだ。


 当然のように犯人の姿形など見てるわけもない。領主の屋敷が出火となれば、近隣の住人や領軍の兵達もやってくる。まあ、事件が起こってから半刻(一刻が二時間、半刻はつまり一時間)で着いたのは早い方なのか? すでに本館は下火になりつつあり消し止めた使用人の建物以外はまだ燃え盛っている。馬とか馬車もダメだろうな。


 家令のサイラスとメイド長の姿も見えないところを見ると、本館の中で閉じ込められたままだったのかな。

 表の警備をしていた兵士はみな殺されていたらしい。やって来た領軍の士官がそういっていたが、こちらが女子供しか残ってないところを見て詳しい説明をせずに町の宿へ避難していてほしいと言ってきた。

 まあ、子供なのはたしかだし、男でもないから惨劇の場から離しておきたいと思ったのだろう。ここにいても消火や救助の邪魔にしかならないし、ありがたく宿に向かうことにする。


「お嬢様、これを」


 フランがストールを持ってきた。使用人の誰かから借りたのだろうそれを肩にかけてようやく人心地がついた。


 が、そこで緊張の糸が切れたのか。


「お嬢様?! 大変、ちょっと手を貸してくださいませ!」



 フランに寄りかかるように意識を失ってしまった。





 ──再び目を覚ますとそこはまたしてもしらない天井が見えた。


 側にはフランがついていたのだが、自分も疲れているだろうに椅子に座ったまま手を繋いでいてくれたようだ。

 温かい手に包まれているとすごく安らぐ。すでに朝になっていたようだが、もう少し微睡んでいよう。



 命の洗濯ならぬ魂の洗濯だったはずがどうしてこうなったのか。

 のんびりして異世界を満喫できると思ってたのにな。


 ともかく今は休息が必要だ。


 おやすみなさい……




 いきなり、事件です。


 混乱している中でちゃんと命を確保出来たようですが、体力のなさはいかんともし難いようです。

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