1-13 どうしのごさん
今回はフレスコ=ウェイルンの視点になります。
虚空から飛び出してくる光る帯がフランに絡み付く。
(理力縛帯)は理術初級の術で、相手を魔力で作り出した帯により行動を阻害する。初級ゆえに素人でも手早く抜け出すことは出来るが、それが叶わぬ場合効果時間の三分ほどは動けないままとなる。
「さて、そろそろユーニスも油断してる頃かな? へっへっへ♪」
私はわざと下品に言ってみた。フラン君の顔色がさっと変わる。
「導師、あなた何を考えていらっしゃいますの?」
「そうだな、たぶんいま君が考えているのと同じだと思うよ」
「なんて卑劣な!お嬢様を手篭めにしようなどと」
──あ、いやそこまでは考えてないよ。ずいぶん信用なかったんだなぁと内心傷つく。本当にそんなことするわけもない。
これはフラン君のために必要な事だからだ。先ほど言った発動のために必要なイメージを分かりやすく得られるように、一芝居うつことにした。当然、ユーニスの風呂場に侵入なんかするはずもない。フラン君が危機感をもって発動させるイメージを掴んだなら、あの術程度は簡単に引き千切れるはずである。
「うがあああ、あああ」
思った通り、何とか脱出するために力を入れ始めた。やはり彼女にはユーニスの危機が一番効くようだ。
が、想定外の事が起きた。
「さっせっまっせんっー!!」
グググッと、帯が軋み始める。なんと彼女は、あの装具を発動させずに動き始めた。
「お、おいおい?……」
これはある意味すごい事だ。彼女は一般的な成人男性よりも高い筋力を有している証だ。彼女の能力確認を怠ってたのが悔やまれる。そのうち、帯が弾け飛んだ。その勢いのままフランは拳を握り込み私に打ち込んできた。
「天誅ー!!」
「(魔盾Ⅰ)!」
私はとっさに防御の術を使う。不可視の盾に阻まれて彼女の拳が宙に止まる。
「まさかこれほどとはな!」
戦士としての意外なまでの素質に私は驚愕を禁じ得ない。が、それ以上に驚いたのは。
「お嬢様に不埒な真似をっ! させるわけにはっ! いきませんわっ!」
フラン君のユーニスに対しての想いの強さだ。魔術の盾に防がれているにも関わらず何度も何度も打ち込むが、すでに手から血が滲んでいる。
「やめたまえ! 手を潰す気か?」
それでも彼女はやめない。仕方なく私は眠りの魔術を使おうとする。そこへドアを開けてユーニスが戻ってきた。
「あー、いいお風呂だったー♪ あれ? 何してるの?」
ぴたり
彼女の動きが止まった。
湯に濡れた銀の髪は艶やかに流れ、抜けるように白い肌はほんのりと紅く染まっている。湯浴みの後のバスローブ姿は若々しい姿態を隠しているが、無防備な姿なのに変わりはない。
「お嬢様、ご無事でしたか……」
そういって頽れるフランを何とか抱き留める。よほど無理をしたようで気絶していた。
「え、何なに、この状況?」
ユーニスには分からないだろう。とりあえず彼女を仮眠室へと連れていかねばならないな。
「──そうだったんですか」
フラン君を寝床に寝かせて、ユーニスにさっきまでの事を説明した。その間、彼女はフランの手の傷を治していた。
「結局、その装具は使えなかったんですね?」
自力で突破はしたが、【熱狂的な守護者】自体は動かしてなかった。やはり素養に問題があるのか、その他の理由か。アレも関係しているかもしれない。
「フランは、たぶん戦うことに慣れてないんですよ」
「慣れ、かね?」
「私はこう見えても貴族の一人娘だから、競争や闘争も視野にいれて生きてます」
大人びた事を言うな、まだ子供なのに。
言ってやりたかったが、それは真実だから否定できない。深窓の令嬢だって、形は違えどそういったものからは逃げられない。
しかし、メイドというのは主人に仕えるものだ。そこに自らの意思をもって戦う姿勢は必要ない。今まではそれを考える必要はなかったのだ。
「なるほど。では、戦う事に慣れれば使えるようになる、というのか?」
「それは、分かりませんよ。私はフランじゃないですから」
あっけらかんと言われてしまうと、なにも言い返せない。ユーニスはフランの髪をいじりながらポツポツと呟くように言いはじめた。
「……わたしは、自分のために誰かを傷つけたくはないんです。わたしは生まれたときに母様を傷つけ失なったんで」
母のアークラウス男爵令嬢は、とても体が弱いという話しは聞いていた。それがテレーゼだと聞いたときは二度驚いたものだ。
「だからフランにも来てほしくないんです。私と父様の勝手に、フランが命をかける必要なんてないんだから」
「彼女はお前の力になりたい、そう望んでる」
「フラン、優しいですから。私が無謀な事しようとしてるのが、見過ごせないんですよ」
フランの頭を撫でるその顔は、子供には見えなかった。何が彼女をそうさせるのか、今一度聞いてみた。
「そこまでして旅に出る理由は何なんだ?」
ユーニスは考えていた。しばらく考えていたが、頭を傾け「どうしてですかね?」、とこちらに聞いてきた。父の書き置きはそこまで信じるに値するのか、私には未だに懐疑なのだ。
「たぶん私はいま、酔っているんだと思います」
「酔っている?」
「いきなり家を失い父との再会は旅の果てなんて、どんな物語ですかね? 私はそんな荒唐無稽な物語はあまり知りません」
「騎士流離譚としてはありそうだが。その設定に酔っているというのか?」
だとしたら余計に行かせられない。
軽い気持ちで成せる事ではない。
「だけどこんな物語の主人公になれるのだとしたら、心踊るのは仕方ないと思いますよ? 師匠だって若い頃はそういう時期があったんじゃないですか?」
なるほど、若さか。
それならたしかに自分にもあったよ、そんな時期が。
世界が知りたい。
冒険がしたい。
自分の足で歩いてみたい。
そんな事を熱望した時期はたしかにあった。
「私はまだ子供で、それに女で。でも、そういうのに強く惹かれるのはむしろ、今だからこそなんだと思います」
くすりと笑うと私を部屋から追い出そうとした。あ、フラン君の着替えね。
こりゃ失敬。
──ふむ。
まるで考えてない訳でもないのか……
これは止められないよなぁ。
まったく、仕方がないか。
しかもそんな澄んだ瞳で言われたら、応援せざるをえないじゃないか。
拘束する形の魔術には、対抗するのに力任せに引きちぎることの出来る物と、魔力によって解除する物があります。また、術自体を消去し無いと消えないものもあります。
基本として初級に属する物は力任せに解除できる類いの物が多いので、相手の力量を見ることに使われることもあります。




