1-1 序
世の中と言うのは本当にうまくできてない。
生まれとか能力によって差はできるし、そうしたものを埋めるには並大抵より多くの努力が必要になってくる。
そうして、なんとか勝ち得た地位や名誉とか資産とか家族とか恋人とか。そういった様々なモノも死んでしまえばナニも残らなくなる。
有象無象の人生などはこの世にはいくらでもあるし、それ自体に意味があるのかと言われれば、当然意味などあるわけもない。
人の生き死には、本当になんの意味ももたないのだ。
いきなりの愚痴で申し訳ないが、許してほしい。
愚痴のひとつも言いたくなる事もこの世の中には多いのだ。
まず、現在の自分の状況を簡単に説明すると。
自分は死んだらしい。
らしいというのは、その記憶がないからだ。
もちろん、その瞬間の記憶だけであり自分がどういう人間でありどう生活して生きていたのかという事は覚えてはいる。
都市部の高校を出て、金銭面の関係で大学にも行けずに大した収入にもならないバイトを掛け持ちで生きていた。
両親は早くに亡くなり、年の離れた兄が身の回りの事をしてくれていたお陰で生きられてきたのだが。
その兄もいきなり交通事故で死んでしまった。
ちなみに、両親も交通事故だったそうだ。
車社会なんてものが自分の人生にどれだけ悪影響を出したかと思うと死んでも死にきれない。
───ま、死んだのだが。
そうして、いろんな事を考えていたところに声がかけられた。
「……あの、大丈夫でしょうか?」
大丈夫なわけがない。死んでいると言われたのだから。しかもこの声の主に。
「まだ痛いところがありますか? 魂に損傷は出ていたら後々問題になるかもしれませんので。今のうちでしたら外装補修出来ますから」
魂に外装があるとは知らなかったが、何やら怖い事を言ってるので痛みがある箇所を探してみる。というか、体はないのでどういった感じに痛むのかが分からないが。
たぶん痛みはないと思う。
「大丈夫、痛いとこはないよ」
確認し終えると、なんだか目の前に人影らしきものが見えてきた。そこには見下ろしている女性がいたのだが、とても神様とかには見えなかった。
羽も生えてないし、天使の輪もない、ちょっと手が届きそうもないけど町中で会えそうな、そんな美人さんだ。髪は艶やかな黒髪で前髪をすっぱり切り揃えた、所謂ぱっつんという形、肩口ほどまでの長さの髪は柔らかなブーケに隠されている。全体的にゆったりとした感じの服装で、ファンタジーな世界観に近い意匠を感じる。どちらかというと、街とかにいる神官とか聖職者のような雰囲気だ。それでも一応は聞いておくのが礼儀だろうから聞いてみよう。
「神様、なのか?」
かなり不躾な聞き方だが、あいにくそんなにかしこまった言葉は知らないので。彼女はそんな事には頓着しないように答えてくる。
「神様……という存在ではないですね。どちらかというと管理者といったところです」
──何が違うのかよくわからないが、まあどうでもいいか。
「えっと、それでは今後の事の説明をしてもよろしいでしょうか?」
死んだと言われた人間に自分のこれまでの人生をふり返る時間的余裕も与えないとは、管理者という堅い肩書きがよくお似合いですな。
おっと毒が出てしまった。
「ときに、おれはなんで死んだんだ?」
聞いても意味がないのは分かっている。知っても生き返るわけもないからな。けどこっちもそんなに達観はしてないし、疑問に思えば聞くのは当たり前だ。
その管理者は両手を前で合わせ、可憐な微笑みを湛えたままこう言った。
「あ、それはですね。居眠り運転のダンプカーというのでぷちっと……」
……やっぱり、そうだった。
もうこれは車というモノに呪われているレベルだと思う。
「あなたは不慮の事故により死亡したのが十回目になりましたので……」
「ん、ちょっと待て? 十回目?」
人間てのは何回も死ねるモノだっけ?
「ああ、説明が足りませんでしたね。十回目というのはあなたの魂が輪廻の内に死亡した回数です。つまりあなたの前世もその前の人生でも、不慮の事故によってあなたは命を失ったのです」
───なんということだ。
老衰で死ぬこともなく、病気でもなく、ただ不慮の事故だけを十回も繰り返したのか……。
「まさか全部交通事故とか言わないよな?」
ためしに聞いてみた。
「えっと、それは、その……禁則事項でして」
うん、言い澱んだな。間違いなくそういった死に方だったんだな。
どれだけついてないのだろうか。
もう自分の魂自体がダメな気がしてきた。そんな風に落ち込んでいると、拳を握りしめて彼女は言ってくる。
「あ、あのですね。気をたしかに、しっかりと持ってくださいね。次の人生ではそうならないように誠心誠意努めさせていただきますので!」
……おお、励ましてくれているぞ。女の子に励まされるなんて……小学校の頃くらいかなぁ。しかも、先生だ。
ここ何年かは事務的な会話しかなかったし。しかし少し気になったので聞いてみた。
「まず、おれは生まれ変わるのか? 成仏しなくていいのか?」
管理者はここでざっくりと人間の死んだあとどうなるかを教えてくれた。
まずおれの言った成仏というのは魂の休養期間にあたるらしい。
で、その期間の長短はあれど必ず生まれ変わるのだという。
今回の場合はおれは休養期間なしでの転生となるらしい。
魂というのは人の生きる意思とか根源とかなんかふわっとしたことを言われた。
よく分からないが、今のおれは魂の状態にあるらしい。
そして魂は肉の体の影響によって変遷していくもの、なんだそうだ。
「連続で十回も事故死してしまうなど、魂に何らかの歪みがあるのかもしれないと判断されました」
やっぱりそうなのか。
「それであなた方の世界の管理者から別の環境においてみたいと打診されまして。そういう理由であなたはこちらの世界に転生することになりました」
うーん、ちょっと気になる単語が出てきたな。
「ひょっとして、君は地球の管理者じゃないのか?」
「地球というのはあなた方の生活圏の総称の一つでしたね。それなら確かに私は地球の管理者ではありません」
……違う世界に行くのか……なんとなく不安だ。
「なあ、今のおれは魂の状態なんだろ? だったら歪みとやらを治せるんじゃないのか?」
「それは管理者の権限を逸脱するためできません。私たちが出来るのは魂の外装補修、つまり魂が魂として存在できるようにする事までです。内部の歪みの補正などは上位の創造者にしか権限がないのです。」
う、うん。よく分からんが、その創造者とやらがなんとかしてくれないものだろうか? できれば変な世界で行きたくはないのだが。
「創造者はとてもお忙しく、それは無理かと」
申し訳なさそうに言われた。創造者とやらは別の世界の構築をほぼ常にやっているので、出来た世界を管理するために管理者が作られたそうなのだ。
つまり、この娘も創造者とやらに作られた存在なのだ。
「そして正規の手続きの場合、魂の補正は肉の体によって行われます。魂だけの状態では、その歪みは治せないのです。ご理解いただけましたか?」
お、あんまり駄々をこねるようだから少し言葉に険が入ってるぞ。
仕方ないから理解したと言っておこう。
「では、転生処理に移行いたします。それでは私が管理する世界へようこそ。秋津潤さま」
ここでようやく名前を呼んでもらえた。
かつて地球をおいてなんの名声も栄誉ももたらさなかったただの人間だった、おれ。
秋津潤は世界からいなくなっても何も残さなかった。だからたぶん、別の世界に行ってもそれは変わらないだろう。
あまり過度な期待はストレスにしかならない。
というか、それが大きすぎて魂が歪み出したのかもしれないのだ。
「なるべくなら次の人生は事故死したくはないな。やはり天寿を全うしたいし」
「そうですよね、それが一番魂の補正になるかと思いますよ。充実した人生は何よりです」
管理者もそう言ってくれた。やはりそうなんだろうな。にこにこしてるとやはり可愛いなと場違いな感想も思ったが、口に出すのはやめておいた。
「申し遅れましたが、私はナユタ0453685と申します。ナユタと呼んでいただければ」
ナユタ……那由多か。膨大な数としか知らない。
世界の無駄な広さをわずかばかりに実感したよ。
「転生した時にあなたは十歳の子供として存在します」
肉の体を得るためにはやはり普通に受胎する必要があり、当然その提供者はおれの前の両親ではない。
それはその子の魂の居るべき体を奪うようなものではないのかと尋ねてみると。
「元からあなたの魂が入った状態で生まれているので問題はないのです。ただ、十歳の時にあなたの自我が戻るだけなので」
つまり、幼年期をはしょるみたいなところか。
「その間の期間の記憶や感情はあなたの中にも入ってきますので、厳密には今の秋津潤としての自我が確立されるわけではありません。幼年期の間に魂の補正がされる確率が高いため、あえてその期間は自我を抑えていただく、といった次第です」
なるほど、意味はあるのか。もしその魂の補正とやらが出来なければ不慮の事故死を繰り返す連鎖を止められないからな。
そして次に、なるべく天寿を全うできるように超常の力、【権能】を与えると言ってきた。
「あなたのいらした世界、国と比べると文明度は低いところですので。そうした力を持たない者はやはり長生きしづらい環境なのです」
「んで、具体的に言うと?」
「まず、【超加速】。知覚や反射、反応速度といったものを格段に高くします。発動すると、世界がスローモーションのようになります」
来た! 加速装置? ほんとなら勝ち確定だぜ?
「ただし、一度使うとしばらくは使えなくなります。あと、一日の間に使えるのは三回まで」
理由は、世界の都合らしい。
あまり世界に無理な事を押しつけると存在を否定されるとか。
辻褄を合わせられる限界を越えると世界から消えてしまうそうで、それはまあいやだからちゃんと覚えておこう。
「もうひとつは【保管】です。これは物を保管しておく能力です」
これも便利なちからだな。
持ち運びせずに色々運べるようになるのか。引っ越しのバイトのときに欲しかったなぁ……
「それと、言語の理解能力、【翻訳】もサービスしておきました。言葉が通じないとどの世界でも大変ですので」
ああ、そうだな。コミュニケーションがとれないとか無理ゲーみたいなものだ。
些細な行き違いから刃傷沙汰になることだってあるんだ。
「それで、おれはどんな世界に行くことになるんだ? やっぱり中世ヨーロッパみたいな剣と魔法の世界なのか?」
「ええ、イメージはそれにかなり近いと思います。車が無いので交通事故で死ぬことはあまりない良い世界だと思いますよ♪」
そんな喜んでるけど甘いよ。馬に轢かれるや馬車に轢かれる何て事も起こるんだぜ、中世って。
「あと、わたしの裁量でできる範囲での強化をさせていただきます。主に魔力となりますが、一般的な方よりも多少多目にさせていただきます。よろしければご活用下さい」
魔力……魔法がある世界か。よく分からないが身体的には強化してくれないのかな?
「そちらは世界渡航時に向こうの管理者からの申し送りがありまして、そちらの裁量で処理されてしまっております。おそらくは何らかの強化は施されていると思いますが」
まあ、向こうには魔法はなかったからその分身体的な強化をしたってところなのかな?
地球の管理者も意外と有能じゃないか。
「説明は以上になります。なにかご質問はありますか?」
質問と言われても、大体は聞いた気がする。
そもそもあまり想像力のない人間なので、見たり聞いたりした事以外は理解出来ないことが多かったのだ。
それにもう死んでしまっているのだから深く考えても仕方ないし。
それこそ意味がない。
「ああ、あとは特にないな。あれこれ聞いてすまなかった。ありがとう」
素直に礼が言えたのは何年ぶりだろうか。
「いえ、こちらこそ。至らない点はご容赦ください。こうした転生の例は多くはないので要領を得ませんでしたから」
なるほど、管理者という神のようなものでも全能ではないのか。
「では、よき人生を。あなたの魂の歪みが正しく戻るような充実した生をおくれますように」
ナユタが両手を広げると俺の回りに光が満ちてくる。
「ちょっとした小旅行のつもりで楽しんでくるよ」
なにせあっちじゃ旅行もロクに行けなかったからな。
「それがよろしいでしょう。気負わずに楽しんできてくださいね♪」
ナユタの笑顔が光に包まれ、そして世界は真っ白に覆われた。
こうして、おれは異世界へと転生した。