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光はどこを照らす  作者: 豆犬
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 チーンという音に従って、トーストの良い香りが鼻孔を擽る。それは、摩訶不思議な世界から現実へと引き戻される合図でもあった。焼きたてのパンを口に運ぶ。美味しい。確かに美味しいのだが、京介の気分は晴れなかった。


 身支度を整え、体節々の不調を引っ提げて玄関のドアを開けた。真夏の空はいつも歪んで見える。数分歩いただけで、額やら脇やらから汗が湧き出してきて気持ちが悪い。ここ数年でぐんと体力が無くなった京介にとって、夏という季節は脅威である。

 古びた外観をした建物の前に着いた。木製の看板に、濁った赤色で書かれた『喫茶たちばな』の文字は、ところどころ塗装が剥がれ落ちており、その名を理解するのに暫し時間がかかる。

「おはようございます」

 ドアを引き、仏頂面の男に挨拶をする。男は京介に顔を向けると、表情を変えずに小さく頭を下げた。

「暑いですね。たちばなさん、今日は四十度近くまで上がるらしいですよ。聞きました?」

 橘と呼ばれた男は、相変わらずの面持ちで頷いた。怒っている訳ではない。悲しいときも、嬉しいときも、彼はその仏頂面を絶やさないのである。

 名前から分かる通り、橘は『喫茶たちばな』の店主である。白髪の混じった髪の毛をオールバックにしており、眉間には常に皺が寄っている。

 京介は、この『喫茶たちばな』でパートとして働いている。前述したように常日頃から体調の優れない彼は、正社員として長時間、会社に勤める事が難しくなってしまった。その分金銭面では苦しいのではないかと思われ勝ちだが、意外にもそんな事はなかった。錆びたアパートの家賃は安く、同居中の慧と折半で払っているので、贅沢は出来ないものの、今のところ金に苦労はしていない。「今のところ」は、なのだが。

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