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9-1

 心霊スポットみたいなトンネルをいくつも通り抜ける。

 売りに出されている土地や駐車場が多いと思っていたら、ついにはそれすらなくなって、草がボーボーの荒れ地ばかりになった。

 店らしき店はほとんどない。コンビニすらない。たまに店があっても閉まっている。一軒家は時々固まってあるが、歩いている人はほとんど見ない。時折車とすれ違うだけ。

 まるでゴーストタウンだと私は思った。ここに住んでいる人には失礼かもしれないけど、そんなことを思わずにはいられない風景だった。

 信号も、全然ない。こんなにたくさんバス停があるのに誰もバスには乗ってこない。乗っているのは私を含めて三人だけだ。

 一日二本しかないバスなのに、ガソリン代とか運転手さんのお給料とかは大丈夫なのかしら。と思っていたら、社内には土日祝日は運賃が安くなると張り紙がしてあった。

 きっと採算は度外視なんだろう。たしか役所とかから補助が出てるのだ。うん、たぶんそうだ。そうに違いない。何にせよ安くてラッキーだと思うことにして、私は知らない街の交通事情に思いを馳せるのをやめた。

 どっちを向いてもそびえ立つ山々。広がる空。変わらない景色に飽きて、私はそっと目をつむった。

なぜこんなところまで来てしまったのだろう。

 感情にすべてを委ね、周りが見えなくなる。思うままに突っ走って、他人の迷惑を考えない。そんな恋愛脳が、私は大っ嫌いだった。

 でも今の自分がしていることは、恋愛脳によるものかもしれなかった。

 もちろん自分では、恋に身を委ねた短絡的な思考の結果でないつもりだ。だが、こんなところまで彼を追いかけている理由が、「それ以外の何かなのか?」と問われればよくわからなかった。



 昨日の晩、布施と会ってから家に戻って、気が付くと眠っていた。

 時計を見るともう昼近い。ごはんを食べた後、桐島くんに電話を掛けた。

 何を話すかは決めていなかった。ただ、どうしても声が聞きたかった。

 携帯は電源が入っていないらしく、何度かけてもつながらなかった。

 引き出しから連絡網を取り出し桐島くんの自宅に電話を掛けた。

「雅也っ?」

 一度目の呼び出し音が終わる前に受話器が取られ、そんな悲鳴にも似た声が聞こえた。

「え、えっと。桐島くんと同じクラスの阿部です。桐島くん、いますか?」

「あ、ああ。雅也のお友達? 雅也、一昨日から帰ってないの。友達と一泊だけ旅行に行ってくるっていう書置きがあったのだけど。あなた、心当たりはないかしら? そろそろ警察に連絡しようかと思ってるのだけれど」

 桐島くんのお母さんらしき人の声は、感情を必死に押し殺したように上ずっていて、本当に心配しているようだった。

「いえ、すみません……。わからないです」

「そう、ごめんなさいね。また何かわかったら連絡お願いしてもいいかしら」

 わかりました。失礼します、と短く言って電話を切る。

 私には心当たりがあった。でも、それを言わなかった。

 私はきっと、悪い子だ。



 電車で二時間。自動改札機もなく、年老いた駅員さんが一人いるだけの駅で降りて、バスに乗り換える。そこからさらに一時間。

 交通の便が悪いためか、はたまた有名でないからか。その街は夏休みだというのにそれほど賑わっていなかった。こういう閑散としているところもきっと桐島くんの好みなのだろう。

 夏休みに布施と旅行に行く。行先は、小さいころ家族で行ったあまりメジャーではない観光地。特に何かがあるわけでもないが、大事な思い出の場所。

 彼は嬉しそうに、ガイドブックを見せてくれた。

 ガイドブックなんて今どきネットで調べれば十分なのに。

 そんなことを思いつつ、彼の無邪気な笑顔をうっとりと見ていた自分。

 思い出すとチクリと痛む記憶だけが、彼の居場所を探す唯一の手がかりだった。

 布施に聞けば早いのだろうが、あいつには聞けない。警察にも頼りたくない。私が一番に彼を見つけなければならない。

 そんなよくわからない感情を原動力に、私は道行く人全員に桐島君の写真を見せ、行方を聞いて回った。

 そして街のはずれにある、とある民宿に彼が泊まっていることを知った。

「今、部屋にいますか?」

「朝から出かけていったよ。山に行くって言ってたかな」

 そう教えてくれた民宿のお母さんに振り向きながら礼を言い、私は走り出した。走りながら、この夏休みずっと考えていたことをもう一度考えていた。

 桐島君からは、もらうばかりだった。

 誰かのために料理をつくること。英語の試験勉強。同性愛者という人たちのこと。好きな人のことを話すときの幸せな横顔。人を好きになる幸せ。人を好きなる苦しさ。

 全部、桐島君から教えてもらった。

 山へ行くバスは十分後にちょうど来るところだった。こんなにもスムーズに行くなんて、神様も粋なことをする。私はリュックからピンクの上着を取り出して着た。

 バスの窓越しに見える緑の山々が段々と近づいてくる。この山のどこかに彼はいるのだ。

 そうだ。桐島君からもらっただけじゃない。

 私は大切な人をあなたから奪ってしまったのかもしれない。

 でも、それは仕方のないことだ。あなたが私のことを好きになってくれないことと同じくらい、仕方のないこと。

 だから最後に、私から桐島君に渡そう。

 私はずっと、彼を探しながらそんなことを考えていた。


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