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1-2

 桐島君はいつも一人静かに本を読んでいて、あまり口を聞かない。しゃべりかけても反応は鈍く、彼には感情がないんじゃないかと私はひそかに疑っていた。しかしそんな私のおめでたい頭は彼の笑顔にかち割られた。いきなりぶつけられた裸の感情に、私の心はいとも簡単に揺り動かされた。

 あんな笑顔を向けてもらえるなら、私だって彼の彼女になりたい。そう思ってしまった。

 好きになるのに理由はない、とはよく言うが、こんな単純なことで好きになるなんて我らながらバカみたいだ。

 可愛いね、とか褒められて好きになるほうがまだマシだ。ノロケ話で恋に落ちるなんて。

「負け戦確定じゃんかぁぁ」

 私は思わずぼやいた。

 下り坂をノーブレーキで疾走する。

 彼からその後、ちゃっかり頂いたミートボールのおいしさは一生忘れられないだろう。あんな美味しいミートボールは食べたことがないし、これから先もこれを越えるミートボールはないと私は断言できる。

 まあでも、もっとおいしいハンバーグを作ってやればいいだけの話だ。

 下り坂でつけた勢いのまま、今度は上り坂に差し掛かった。

 高校に入ってからというもの、お昼前にはお腹が減ってしまうのは、毎朝この急な上り坂を立ち漕ぎしているせいだろう。

 それにしても、朝っぱらからこんなことばかり考えているなんて、陽子のことを笑えない。中学からの付き合いの陽子が中三になって突然身だしなみに気を遣い始めたときは、なんだか遠い存在になった気がして寂しかったが、これで私も陽子と同じ、恋する乙女の仲間入りだ。

 階段を上っていると、始業のチャイムが鳴り響いた。私はいつも通り、そこからラストスパートをかけ、階段を二段飛ばしに駆け上がる。

 チャイムの余韻が残るうちに、汗だくで教室に滑り込んだ。

「阿部、お前もう少し余裕持って来いっていつも言ってるだろ」

 よれよれのワイシャツを着たうちの担任はそう言いながらも、遅刻はつけないでくれるから良いヤツだ。

「間に合えばよくないですか?」

「ダメだっつの。ゆとりを持てって言ってんだよ」

「ゆとりを持つことも大切ですが、ゆとり教育の弊害というものもありますよね、先生」

「はいはい、お前は朝から元気だな」

 教室の笑いに背中を押され、自分の席につく。

 ふと見ると、隣の席の彼も笑っていて、私は急に恥ずかしくなってくる。恋する乙女は好きな人の隣で朝から汗だくになったりしないだろう。

 そう、隣の席の彼。桐島雅也君が、私の意中のお相手だ。

 桐島君は縁の細いメガネが良く似合う、知的なイケメンだ。笑い方も「フフフ」っていう感じで、気品があって素敵だ。もちろん、前に一度だけ見せてくれた少年のような無邪気な笑顔も最高だ。

 周りの友達は、身体が大きくて男らしい感じの人が好きっていう子が多いけど、桐島君は真逆。彼は帰宅部で、たぶん運動はそれほど得意じゃないし、肌は女の子よりも白くって全体的に細っちい。でも頭はとても良くて、この前の高校で初めての中間試験では学年一位だった。

 きっと、私みたいにバリバリ体育会系の女とだったらバランスがとれてちょうどいいだろう。もしエーリアンが攻めてきたって、私が守ってあげよう。

 そんな何の役にも立たない妄想をしていると、いつの間にか一時間目の英語が終わっていた。

 黒板だけは半ば無意識に写していたが、授業の記憶は何もない。

「やべー、なんもわからん」

 私は絶望をそのまま口にした。ポカンと開けた口から中身が出てしまいそうだ。

「阿部さんて考えてること何でも口に出てるよね」

 桐島君がこっちを見て笑いかけてくれた。

 それだけでラッキーと思ってしまう私はバカなのかもしれない。

「違うよ。誰か助けてっていう祈りだよ。もうわけわからなすぎて口から魂抜けちゃうって。空也だよ」

「空也って仏像の?あれは念仏が具現化したんじゃなかったっけ?」

「真面目に答えないでよ。私がバカみたいじゃん」

 桐島君は楽しそうに笑ってくれた。やはり私はバカだ。それだけで魂が体内に戻ってくるのをしっかり感じてしまった。


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