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6-3

【作戦4。笑顔で楽しくデートをする】

 私は約束の十五分前に、集合場所の駅前にいた。

 薄めのお化粧も、爽やかな白い洋服のコーデも、我ながらよく似合っている気がする。さっきからチラチラと男どもがこっちを見ている気もする。いや、それは完全に気のせいと言うか、自意識過剰なだけかもしれないが。

 まあとにかく今日の私は可愛い。大丈夫、自信を持て。私は自分で自分に言い聞かせた。

 桐島君は約束の二分前に来た。桐島君は襟のついた綺麗なシャツと黒いパンツという高校生らしくない落ち着いた格好をしていたが、とてもよく似合っていた。

「ごめん、待った?」

「ううん、今来たとこ」

 私がすかさずそう言えたのは、少女漫画でよくあるセリフだったからではない。

 本当に、「今来たところだから大丈夫だよ」と咄嗟に言いたくなったのだ。なるほど、少女漫画のヒロインたちはこういう気持ちでこのセリフを言っていたのだなぁ、と私はしみじみ実感した。

 二人で電車に乗り、遊園地へと向かう。

 桐島君はいつもの休み時間みたいに鞄から文庫を取り出した。少しショックだったが、こんなことでめげる今日の私ではない。昨日見たテレビの話からおばあちゃんの家の相続問題についてまで、私は思いつく限りの話をし続け、彼が本に目を落とすのを阻止した。

 桐島君は私の取り留めのない世間話をしっかりと聞いてくれて、ときどき笑ってくれた。

 小一時間ほどで、目的地の遊園地にたどり着いた。頑張って話していたからか、思ったより早く感じる。

 ずいぶん久しぶりに来た遊園地は、とても新鮮に見えた。

 観覧車にジェットコースター。高いところから真っ直ぐに落ちるあれの名前は何だっけ。

 なんだか鉄パイプのジャングルみたいで、少し滑稽にも思えてくる。娯楽のための遊具としてはいささかオーバーテクノロジーというか、気合を入れ過ぎてるんじゃないだろうか。

 もちろん手離しに「わぁ、すごい」と女の子らしく素直に感動できない私のひねくれた感性は残念なのだが、今日隣にいるのは桐島君だ。

 大丈夫、今日の私はたとえ腐ったミカンを見たって楽しい気持ちにはなれる。

「わぁ、なんか楽しくなってきたねっ」とよくわからないことを勢いだけで言ったら、桐島君は少し困ったように笑っていた。

 最初は絶叫マシーンに乗ることにした。

 三十分待ちの列がのろのろと進んでいく中、いつも冷静沈着で無表情な桐島君の顔が段々と引きつり始めた。目はしっかりと頭上の高速で動く鉄の塊を睨み付けているが、彼の魂はどこかへ行ってしまったらしい。いつも以上に無口だ。

「もしかして、こわい?」

「いや、大丈夫」

 そう言う桐島君は自分の手をさすっている。

 私は普段見れない一面が見られて嬉しい反面、心配にもなってきた。

「じゃあどうしたの?」

「なんか、緊張しちゃって」

「それってこわいんじゃないの」

「そうかも」

「たしかに眼鏡はぶっ飛びそうだよね」

「うん、たしかに」

 桐島君は真顔で頷いた。

 冗談も通じないらしい。これは重症だ。

「手握ってあげようか?」

「だいじょぶ」

 やっぱり冗談は通じなかった。

 いよいよ私たちの順番がきた。桐島君はロボットみたいな動きでコースターに乗り込むと、念入りに安全バーと眼鏡のフィット具合を確認し始めた。なんだか情けないその姿が面白いやら可愛いやらで、私は全然怖くなかった。

 ガチャリと音を立てて進みだしたコースターは、ゆっくりと上に向かっていく。

 上にゆくにしたがって、前や後ろできゃーlきゃーと歓声が上がり出した。

「この執行猶予みたいな時間、やばいね」

 バーのせいで隣は良く見えないが、きっと桐島君の顔は引きつっているのだろう。

「うん、やばい」

 彼の声はか細く、まるで虫の鳴き声のようだった。

「やっぱり手握ってあげようか?」

「お願いします」

 彼はそう言って、私の手の先の方をぎゅっと握った。私は別の意味で胸の高鳴りが止まらなかった。彼の指先はこのくそ暑い夏だというのに冷たくて、少し震えていた。

 一番上へとたどり着いた。景色を楽しむ余裕なんてなかった。暴れ出しそうな感情ぜんぶを乗せてジェットコースターは走り出す。私は力いっぱい叫んだ。

 ぐるっと一回転して、頭に血が昇る。ぎゅーと横にカーブして、内臓が右に寄る。

 隣の桐島君は私の手を握りしめて、微動だにしなかった。

 楽しい時間はあっという間だった。

 よろよろとコースターから降りる桐島君の顔は真っ白だ。

「やー、楽しかったね」

「死ぬかと思った」

「大丈夫? どっかでやすもっか?」

「是非、お願いします」

 ジェットコースターの途中で撮られた桐島君の写真は、なんか悟りの境地にいる人の顔みたいで面白かったけれど、桐島君は本当に死にそうだったからあまり笑わないであげた。

「大丈夫?」

 アイスコーヒーを握りしめる彼の手の間から、結露した水が滴っていた。

「うん、ようやく大地に戻ってきた感じ」

「そう? よくわからないけど、まあよかった」

「あれに十回乗ったら俺はどんな秘密も暴露する自信があるよ」

「えー、拷問ってこと? 楽しいじゃん」

「前から思ってたけど、阿部さんは心臓に毛が生えてるよ」

「えー、前から思ってたの? ひっどーい」

 桐島君はクスクスと笑った。あの無邪気な笑顔で。

 私はもう、幸せ過ぎて死にそうだった。

 次はお化け屋敷に向かった。桐島君は、もうすっかりいつもの調子だ。

「お化け屋敷は怖くないの?」

「怖くはないけど、突然何かあったら普通にびっくりするよ」

「あ、私も。お化けとかは大丈夫なんだけど、いきなりなんかされるとやばいよね」

 人形の館がどうたらこうたらという設定は何だかよくわからなかったが、人形はけっこう不気味だった。

 包丁で人を切断して鍋で煮ている人形。頭のない血まみれの人形……。

 並べられた人形たちはこわいというより、どちらかというと趣味が悪いという感じかもしれない。どれもこれも物語の中で意味がある人形らしいのだがよくわからなかった。

 そんな私の気持ちをくみ取ってか、桐島君はストーリーを要約して説明してくれたり、人形の説明をしてくれたりした。「あれはこの館の主人が亡くなったときに近くにあった人形なんだよ」「あれは、この館で行方がわからなくなっていたすごく高価な人形なんだよ」とか。

 これじゃあまるで美術館見学じゃないかと私は笑えてきた。

 やっぱり、お化け屋敷は正直それほど怖くはなくて、ストーリー重視という感じだった。中はけっこう明るくて、人二人が並んで歩くのに十分な通路もある。ほんとにこわかったら、勢いに任せて抱き付いてしまおうかと思ったけれど、残念ながらそんなチャンスはなかった。

 暗いところから出た後の太陽は一段と眩しい。桐島君と二人、手で覆いをつくり目を細めていると、私はそれだけで幸せを感じている自分に気が付いた。

 そろそろ遅めのお昼にすることにした。

 フードコートはどれも高いわりにイマイチな感じだったが、それは特に問題ではなかった。桐島君と二人で食べられるなら、何でもおいしいに決まっている。

「こういうとこ、久しぶりに来たけど、けっこう楽しいね。友達と来たからかな」

「私とだからじゃない?」

 私のとびっきりの笑顔とセリフに、桐島君は小さく吹き出した。

「あー、ひどい」

「ごめん。でもきっとそうだね」

 午後はコーヒーカップやらメリーゴーランドやらの、無難なものに乗って少しゆっくりした。桐島君が昼食後はさすがに絶叫系はやめようと言ったからだ。

 もしかしたら、桐島君は少しだけ。ほんの少しだけ、私と二人でいることに緊張していたのかもしれない。時間が経つにつれて、彼の表情が少しずつ柔らかくなっていくような気がした。


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