5-2
次の日、遅刻ギリギリに学校に行くと、「どうだった? 昨日」とバスケ部の友達が私の席に来て聞いてきた。
何もなかったと言えば嘘になるが、どう言えばいいかわからない。
とりあえず桐島君の隣でそんな話はしたくなかったので、「部活のときにね」と誤魔化した。でも、もう手遅れだったらしい。
「ねえ、阿部さん。クラスの子が噂してるのがたまたま聞こえちゃったんだけど、その……」
桐島君はそう話しかけてきた。彼にしては珍しく、歯切れが悪い。彼はいつも、話すことを決めてから話し始めるタイプだと思っていた。
「あー、もしかして藤堂のこと?」
「うん。もし阿部さんが藤堂君と付き合うなら、俺、気を付けなきゃね」
「……なにを?」
「あ、いや。だから、藤堂君に勘違いされないようにさ。あんまり他の男子と仲よくしてたら阿部さんが怒られるでしょ」
彼はさも当然のようにそう言った。
私の心は複雑だった。
隣の席で、ちょっと話したり、お昼ご飯を一緒に食べたり。そのくらいも、ダメなんだろうか。
他の男と仲よくしてたら、怒られる。それは、自分も同じ気持ちになるからわかるのだろうか。それとも、怒られたことがあるのだろうか。
わかってる。純粋な優しさだ。私に気を遣ってくれただけだ。そんな下衆な勘ぐりをしてしまう自分が恥ずかしくてたまらない。
でも、心に広がった黒いモヤはどうしても晴れてくれなかった。
放課後、私が着替えて体育館へ向かうと、入り口のところに藤堂が立っていた。なぜこいつはいつも私の前に立ちふさがるのだろう。
「ねね、阿部ちゃん。返事まだ?」
余裕綽々な態度がひどく鼻について、私は脛のあたりを蹴り飛ばしてやりたくなった。だから、代わりにこう言った。
「ごめん、付き合えない。それじゃ」
「待ってよ、阿部ちゃん。オレ、けっこう人気あるんだよ」
横を通り抜けると、彼は私の肩に手を置いた。彼はこの癖を直さないと将来、セクハラで訴えられることになるだろう。
「へー、誰から? 近所のおばさん? 親戚のおばさん?」
私は振り返らずに答える。
「あはは。なんでおばさん限定なの? 他校の女子とか後輩とかだよ」
「じゃあその子たちと付き合えばいいじゃない。よりどりみどり」
「待てって。阿部ちゃんがいいんだって」
私はもう我慢の限界だった。指をへし折ってやりたいのだけは堪えて、彼の手を払いのける。
「わけわかんないんだけど。『俺、けっこう人気あるんだ』、で、『私がいい』? どーゆう意味? 俺は人気があるからよりどりみどりだけどその中からお前を選んでやってるんだぜって意味? 喧嘩売ってんのか、ナルシスト」
一気にまくしたてた。少しはスッキリするかと思ったが、息が切れて苦しくなるだけだった。
怒りでなのか恥ずかしさでなのかはわからないが、彼は顔を真っ赤にしていた。これに懲りて、少しはナルシストが治るといい。
スリーポイントシュートは、今日は一度も入らなかった。我ながら、ダメダメだ。
私はイライラした気持ちを抱えたまま家に帰りついた。布団に倒れ込む。
嫌でも気づかされた。やっぱり私は、桐島君がゲイだからって、そんな簡単には好きでいることをやめられないみたいだと。たとえ自分が思っていた桐島君と違っていても、それでもやっぱり私は、桐島君が好きだって。
ちょっとでも、私のほうを向かせたい。私のことを視界に入れさせたい。私が、あなたを好きだと知ってほしい。私の気持ちに気付いてほしい。私の気持ちにこたえてほしい。
そんなことを思っていたら。涙を流すのを堪えていたら。
スリーポイントシュートなんて入るわけがなかった。




